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悪戯の1月
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「え、リュウ?」
「あ」
「レオ……」
とある日の放課後。ついに、その瞬間はやってきた。リュウとレオくんが、私の前で鉢合わせしたのだ。
「なんで、リュウがここに……今、さくらさんと会話してなかった?」
「――誤魔化しても無駄か……」
ぼそりとそう呟いたかと思えば、リュウは肩を軽く落として、レオくんへ向き直った。顔は見えないが、声が真剣なそれだ。
「レオ、今まで黙っててごめん。僕、レオと同じで見えるんだ。少し前から、この人と会ってた」
「どうして……今まで黙って……」
突然のことに、戸惑いを隠せないレオくん。様々な事実が、頭の中で飛び交っているようだ。
しかし、それも仕方がないだろう。リュウが私のような存在を認知できることだけでなく、私とリュウが知らない間に、知り合いになっていた。こそこそと会っていたようなものだ。
どうして知らされなかったのか。どうして隠されていたのか。いろいろな思いが一気に押し寄せて、軽く混乱しているかもしれない。
「黙っていたことは謝る。本当にごめん。だけど、レオのことを蔑ろにしたとか、騙していたとか、そんなつもりはなかったんだ。それだけは、信じてほしい」
リュウのこれほどまでに必死な声を聞くのは、初めてだった。それだけ、彼に対して誤解してほしくない思いが強いのだろう。緊張感すら伝わってきた。
「あ、いや……驚いたというか、思ってもみなかったことが起きているから、正直、理解が追いつかなくて……。ちょっと待って。落ち着くから」
レオくんは、らしくもなく慌てていた。
私はというと、見目の良い二人が珍しくわたわたしているのを、冷静な頭で眺めていた。
どこか、蚊帳の外にいるような気もしないではないが、特に寂しいとは思わなかった。むしろ、このまま風景と化して、しばらくこうしていたいとすら思っている。
だが、そうは都合よくいかなかった。矛先が、私へ向いたのだ。
「さくらさん、リュウと知り合ってたんだ……」
「あ、うん……少し前に……」
「そうだったんだ……」
「知り合いだけど、仲がいいとか、そういうわけじゃないよ。リュウくんっていう名前ぐらいしか、知らないし……」
これは、ちょっと嘘。生徒会の書記をやっているとか、演劇部に所属しているとか、レオくんの幼なじみとか、同じ一年生だとか、もうちょっと知っていることがある。だけど、あまりそういうことを言うのは得策ではないだろうと、方便を使った。
彼は、「ふうん……」と若干疑いの眼差しを向けてきたが、それ以上追及されることはなかった。
「じゃあ、紹介するよ。俺の小学校の頃からの幼なじみ、龍之介だ。同い年だよ」
龍之介……似合うような、似合わないような……。
「何。言いたいことがあるなら、言えば?」
私の視線に、じろり。リュウは、睨み上げるように私を見た。
「随分と、仲が良いんだね」
言ったのは、レオくん。今の会話と態度に、仲が良い要素はあっただろうか。
「レオ、何言ってんだよ。悪いけど僕、この女のこと嫌いだからね」
「どうして……」
「どうして? レオがご執心だからだけど? この女は、レオを惑わす悪霊じゃないか。僕、レオのことが心配なんだよ」
「いくらリュウでも、さくらさんのことを悪く言うのは、許さないよ。俺がずっと彼女のことを想っていたこと、リュウなら知ってるはずだよね」
少し雰囲気が険悪になってきた。だが、下手に口を挟めば、火に油を注ぎかねない。私がハラハラしながら見守っていると、リュウが折れた。これ見よがしに、大きな溜息を吐いている。
「わかった。わかったから、悪口を言ったことは謝るよ。だから、睨むのはやめてくれ。レオが真剣なのはわかってるつもりだよ。この人に会うためだけに、どれだけ努力してきたか……ずっとそばにいたんだ。それはわかってるんだよ。だけど、あまりにも盲目すぎて、時々不安になる。何もかも、命さえ投げ出すんじゃないかって、怖いんだよ」
「リュウ……俺の方こそ、ごめん。リュウは、いつだって俺のことを考えてくれてたのに」
どうやら、二人とも冷静になったようだ。親友というのは、本当らしい。
「……レオ、僕がこの女に近付いて、嫉妬したんだろ」
「するよ。リュウは綺麗な顔をしているし、頭がいいし、優しくて女子にモテるから。さくらさんの心がなびくのも、無理ない」
誰が優しいって?
「それに、さくらさんは美人で優しくて、思いやりがあって、おまけにすごく可愛いから、男なら誰だって好きになっちゃうよ」
レオくん、褒めすぎ……真剣なところ悪いけれど、聞いているこちらが恥ずかしい。
同じく聞かされていたリュウが、ややうんざりしたような声を出した。
「あのな……僕に彼女がいることは、知ってるだろ? 何の心配してるんだよ」
「それは、そうだけど……」
「自分の彼女だろ。だったら、もっと信用してやれ」
私は、リュウのことを見直した。今のは、格好いい。
「そう、だよね……ごめん……さくらさんも、ごめん」
「ううん。不安にさせるようなことをしちゃって、私の方こそごめんね」
良かった。レオくん、いつもの笑顔を浮かべている。私は、ほっと胸を撫で下ろした。
「いいか? 僕は、彼女一筋だ。彼女の方が美人だし、スタイルもいいし、清楚で凛としていて、優しくて頭が良くて、笑顔が世界一可愛いからな」
腰に手を当てて、まるで威張るように言い放つ美少年。言葉を受けた彼は、聞き捨てならないとばかりに、応戦した。
「彼女って、中学一緒だったあの子だろ? さくらさんの方が美人だ。さくらさんは、宇宙一可愛い」
「いやいや、何言ってるんだ? レオ、僕の彼女の顔を忘れたんだろ。適当なこと言うなよ。彼女の方が可愛い」
「リュウ、さくらさんのこと、ちゃんと見えてるの? あの女神のような神々しさが、わからないかな?」
もうダメだ。正直、どっちでもいい。当事者だけど、どうでもいい。嬉し恥ずかしを通り越して、誰か止めてくれないかとすら思っている。
しかし、私の存在そっちのけで、二人は延々とこのやりとりを続けた。体感で、およそ一時間といったところだろうか。二人に疲れの色が見えてきた頃、すっかり半眼が板についた私は、ジト目で彼らに声を掛けた。
「随分と仲のよろしいことで。まだ続くなら、私のいないところでやってもらっていいでしょうか?」
私の言葉を受けて、互いに顔を見合わせる二人。罰が悪そうに、視線を逸らしていた。
「つい、熱くなったな……」
「ごめん、さくらさん……」
まったく……褒め言葉を争いに使うなんて……。
そういうのは、是非二人の時に直接面と向かって……って、何を考えているのだか。
「結局、何の話だったっけ?」
「さあ……?」
蒸し返すのもややこしいので、私はかねて疑問に思っていたことを口にした。
「リュウは、生まれつき私のような存在が見えるの?」
見えることを、幼なじみであるレオくんにすら隠していた。理由も気になるが、教えてもらえるだろうか。
「俺も知りたい。俺が見えるって知ってたのに、何で隠してたの?」
見えることを言えば、大抵はからかわれるか、信じてもらえないかだろう。だけど、レオくんは違う。きっと、自身と同じであることを喜ぶはずだ。それが、幼なじみで親友のリュウならば、尚更に。
「隠してたわけじゃない……タイミングを逃したんだ。見えるようになったのは、つい最近だから」
「最近?」
レオくんが、促すように問い掛ける。リュウは、「ほら……」と言葉を継いだ。
「中学の卒業前に、手術してるだろ? あれ以降なんだよ。見えるようになったのは」
詳細を教えてもらうことは叶わなかったが、リュウはその手術の際に、一度生死を彷徨っているらしい。それが原因ではないかと思われた。
「最初は、ぼんやりと何か見えるなってくらいだったんだけどさ。だんだんとそれが、そういう存在だってことがわかってきて。はっきりと確信を持ったのが、つい最近だったってわけ。勘違いかもしれないし、術後の幻覚とかだったら嫌だし、ちゃんとわかるまで、言うのを控えてたんだよ」
「そっか……そうだったんだ」
「今は、レオにだけ見えていたものを共有できるんだって、嬉しい。だから、複雑そうな顔するなよ」
リュウの偽りない言葉を受けて、レオくんは安心したように頷く。その様子に、リュウはレオくんへ改めて向き直った。
「この際だから、ついでに確認しておくけど。レオ、本当にこの女のことが好きなのか? 命の恩人とか、小さい時に助けてもらったとか、心の支えだったとか……そういう依存じゃなくて、最後には報われないとわかっていて、それでも本当にこの高校生活の間だけでも、一緒にいたいと思うのか? 後で、後悔しないのか? ……僕は、レオが不幸になるんじゃないかって、それが心配なんだ。やっぱり、いつまでも一緒にいたいとか、のめり込みすぎて、いつか何かをやらかすんじゃないかって不安なんだ。だから、確認させてほしい。本当に、このまま期限付きの恋愛をしていて、いいのか? 卒業と同時に、ちゃんと現実と向き合うことができるのか? 潔く、清々しく、お前たちは別れることができるのか?」
リュウは、私と初めて出会った時と同じく、真剣な顔つきでそう言った。念を押すように、最後の確認とでもいうかのように、彼はレオくんへ問いかけた。
対するレオくんは、開きかけた口を閉じる。
それは、惑いか。はたまた、真剣な相手に対して適当な答えを言うべきではないと考えているのか。
それはわからない……だけど、レオくんにはどちらも当てはまるのではないかと思った。
「リュウ……ごめん……」
「レオ?」
「いや、その……いろいろ言葉が浮かぶんだけど、どれも違うなって思ったら言えなくて……たぶん何を言っても、言い訳とか理想にしか聞こえないと思うから。だから、答えはわからない、かな……。実際にその時が来たらどうなるか、自分でもわからないんだ。頭では、そういう時が来たらちゃんと向き合おうって思ってる。決めたことだからとか、約束したからとか、そんな思いを自分に言い聞かせて、寂しくてもきちんと別れようって思ってる。この気持ちは、嘘じゃない。だけど、建前なのも事実でさ、本音は抗おうとしてる。だから、ごめん。ちゃんと答えなくて、ごめん。だけど、真剣に向き合ってくれてるリュウに、適当なことは言いたくないから」
眉尻を下げるレオくんは、さながら困り顔の大型犬。対するリュウは、その純粋な瞳にぐっと押し黙って、目を逸らしていた。
「良いよ……突然いろいろ聞いた僕も、悪いし……レオが真剣なのは、わかってるつもりだから」
「ありがとう、リュウ。だけど、これだけは答えておきたい。俺は、さくらさんのことが好きだ。そこに依存が含まれていたとしても、これだけは言える。さくらさんのことは、本気で好き。嘘偽りない、本心だよ」
そう、リュウに向かって言って、その視線がこちらへ滑る。まっすぐに射抜かれて、心臓が音を立てた。
「好きだよ、さくらさん。大好き。これだけは、胸を張って言える」
にこりと微笑まれて、顔が熱くなる。リュウがいることも忘れて、私たちは見つめ合っていた。
「ちょっと、僕のこと置いていかないでくれる?」
斜に構える、やや不機嫌になった美少年。レオくんが、わかっているのかいないのか、「置いていってないよ」と言っていた。
「とにかく、僕はレオのことが心配なの。ちょっとでもおかしいと思ったら、口出すからね。わかった?」
「相変わらずだね、リュウは」
「そうやって、笑って誤魔化してもダメ。わかったの? 返事は?」
「わかった。わかったよ、リュウ」
半ば強引だったが、頷くレオくん。こうしてみると、確かに彼は保護者なのだと思った。随分と過保護だけど……。
「よし。それじゃあ、僕はそろそろ行くけど、レオも長居しないようにね。今日は、特に寒いから」
「わかった。あ、リュウ」
踵を返そうとしていた彼を、レオくんが呼び止める。リュウは、きょとんとした顔で振り返った。
「何?」
「ありがとう。いつも、俺のこと考えてくれて。心配かけて、ごめん。リュウが友達で、俺は幸せ者だよ」
「なっ……」
みるみるうちに顔を真っ赤にさせて、口をぱくぱくさせるリュウ。困ったような怒ったような……そんな複雑な顔をして、視線だけを逸らした。
「この、天然……」
「え?」
「何でもない。じゃあね」
言うなり駆けていくリュウを、私たちは顔を見合わせて見送った。
「……リュウって、いい子だね」
「うん……俺には、もったいないくらい」
「レオくんがいい子だから、友達もいい子なんだよ。類は友を呼ぶ、だからね」
「ありがとう。さくらさんもいい人だから、皆一緒だね」
「……そうだね」
いい人……私も、彼の目にそう映っているのか。
それをどこかで喜べないでいるのは、私がひねくれているからだろうか。
だけど、確かに浮かべた笑顔の裏で、頭の隅の私が冷ややかな目をしているのだった。
「あ」
「レオ……」
とある日の放課後。ついに、その瞬間はやってきた。リュウとレオくんが、私の前で鉢合わせしたのだ。
「なんで、リュウがここに……今、さくらさんと会話してなかった?」
「――誤魔化しても無駄か……」
ぼそりとそう呟いたかと思えば、リュウは肩を軽く落として、レオくんへ向き直った。顔は見えないが、声が真剣なそれだ。
「レオ、今まで黙っててごめん。僕、レオと同じで見えるんだ。少し前から、この人と会ってた」
「どうして……今まで黙って……」
突然のことに、戸惑いを隠せないレオくん。様々な事実が、頭の中で飛び交っているようだ。
しかし、それも仕方がないだろう。リュウが私のような存在を認知できることだけでなく、私とリュウが知らない間に、知り合いになっていた。こそこそと会っていたようなものだ。
どうして知らされなかったのか。どうして隠されていたのか。いろいろな思いが一気に押し寄せて、軽く混乱しているかもしれない。
「黙っていたことは謝る。本当にごめん。だけど、レオのことを蔑ろにしたとか、騙していたとか、そんなつもりはなかったんだ。それだけは、信じてほしい」
リュウのこれほどまでに必死な声を聞くのは、初めてだった。それだけ、彼に対して誤解してほしくない思いが強いのだろう。緊張感すら伝わってきた。
「あ、いや……驚いたというか、思ってもみなかったことが起きているから、正直、理解が追いつかなくて……。ちょっと待って。落ち着くから」
レオくんは、らしくもなく慌てていた。
私はというと、見目の良い二人が珍しくわたわたしているのを、冷静な頭で眺めていた。
どこか、蚊帳の外にいるような気もしないではないが、特に寂しいとは思わなかった。むしろ、このまま風景と化して、しばらくこうしていたいとすら思っている。
だが、そうは都合よくいかなかった。矛先が、私へ向いたのだ。
「さくらさん、リュウと知り合ってたんだ……」
「あ、うん……少し前に……」
「そうだったんだ……」
「知り合いだけど、仲がいいとか、そういうわけじゃないよ。リュウくんっていう名前ぐらいしか、知らないし……」
これは、ちょっと嘘。生徒会の書記をやっているとか、演劇部に所属しているとか、レオくんの幼なじみとか、同じ一年生だとか、もうちょっと知っていることがある。だけど、あまりそういうことを言うのは得策ではないだろうと、方便を使った。
彼は、「ふうん……」と若干疑いの眼差しを向けてきたが、それ以上追及されることはなかった。
「じゃあ、紹介するよ。俺の小学校の頃からの幼なじみ、龍之介だ。同い年だよ」
龍之介……似合うような、似合わないような……。
「何。言いたいことがあるなら、言えば?」
私の視線に、じろり。リュウは、睨み上げるように私を見た。
「随分と、仲が良いんだね」
言ったのは、レオくん。今の会話と態度に、仲が良い要素はあっただろうか。
「レオ、何言ってんだよ。悪いけど僕、この女のこと嫌いだからね」
「どうして……」
「どうして? レオがご執心だからだけど? この女は、レオを惑わす悪霊じゃないか。僕、レオのことが心配なんだよ」
「いくらリュウでも、さくらさんのことを悪く言うのは、許さないよ。俺がずっと彼女のことを想っていたこと、リュウなら知ってるはずだよね」
少し雰囲気が険悪になってきた。だが、下手に口を挟めば、火に油を注ぎかねない。私がハラハラしながら見守っていると、リュウが折れた。これ見よがしに、大きな溜息を吐いている。
「わかった。わかったから、悪口を言ったことは謝るよ。だから、睨むのはやめてくれ。レオが真剣なのはわかってるつもりだよ。この人に会うためだけに、どれだけ努力してきたか……ずっとそばにいたんだ。それはわかってるんだよ。だけど、あまりにも盲目すぎて、時々不安になる。何もかも、命さえ投げ出すんじゃないかって、怖いんだよ」
「リュウ……俺の方こそ、ごめん。リュウは、いつだって俺のことを考えてくれてたのに」
どうやら、二人とも冷静になったようだ。親友というのは、本当らしい。
「……レオ、僕がこの女に近付いて、嫉妬したんだろ」
「するよ。リュウは綺麗な顔をしているし、頭がいいし、優しくて女子にモテるから。さくらさんの心がなびくのも、無理ない」
誰が優しいって?
「それに、さくらさんは美人で優しくて、思いやりがあって、おまけにすごく可愛いから、男なら誰だって好きになっちゃうよ」
レオくん、褒めすぎ……真剣なところ悪いけれど、聞いているこちらが恥ずかしい。
同じく聞かされていたリュウが、ややうんざりしたような声を出した。
「あのな……僕に彼女がいることは、知ってるだろ? 何の心配してるんだよ」
「それは、そうだけど……」
「自分の彼女だろ。だったら、もっと信用してやれ」
私は、リュウのことを見直した。今のは、格好いい。
「そう、だよね……ごめん……さくらさんも、ごめん」
「ううん。不安にさせるようなことをしちゃって、私の方こそごめんね」
良かった。レオくん、いつもの笑顔を浮かべている。私は、ほっと胸を撫で下ろした。
「いいか? 僕は、彼女一筋だ。彼女の方が美人だし、スタイルもいいし、清楚で凛としていて、優しくて頭が良くて、笑顔が世界一可愛いからな」
腰に手を当てて、まるで威張るように言い放つ美少年。言葉を受けた彼は、聞き捨てならないとばかりに、応戦した。
「彼女って、中学一緒だったあの子だろ? さくらさんの方が美人だ。さくらさんは、宇宙一可愛い」
「いやいや、何言ってるんだ? レオ、僕の彼女の顔を忘れたんだろ。適当なこと言うなよ。彼女の方が可愛い」
「リュウ、さくらさんのこと、ちゃんと見えてるの? あの女神のような神々しさが、わからないかな?」
もうダメだ。正直、どっちでもいい。当事者だけど、どうでもいい。嬉し恥ずかしを通り越して、誰か止めてくれないかとすら思っている。
しかし、私の存在そっちのけで、二人は延々とこのやりとりを続けた。体感で、およそ一時間といったところだろうか。二人に疲れの色が見えてきた頃、すっかり半眼が板についた私は、ジト目で彼らに声を掛けた。
「随分と仲のよろしいことで。まだ続くなら、私のいないところでやってもらっていいでしょうか?」
私の言葉を受けて、互いに顔を見合わせる二人。罰が悪そうに、視線を逸らしていた。
「つい、熱くなったな……」
「ごめん、さくらさん……」
まったく……褒め言葉を争いに使うなんて……。
そういうのは、是非二人の時に直接面と向かって……って、何を考えているのだか。
「結局、何の話だったっけ?」
「さあ……?」
蒸し返すのもややこしいので、私はかねて疑問に思っていたことを口にした。
「リュウは、生まれつき私のような存在が見えるの?」
見えることを、幼なじみであるレオくんにすら隠していた。理由も気になるが、教えてもらえるだろうか。
「俺も知りたい。俺が見えるって知ってたのに、何で隠してたの?」
見えることを言えば、大抵はからかわれるか、信じてもらえないかだろう。だけど、レオくんは違う。きっと、自身と同じであることを喜ぶはずだ。それが、幼なじみで親友のリュウならば、尚更に。
「隠してたわけじゃない……タイミングを逃したんだ。見えるようになったのは、つい最近だから」
「最近?」
レオくんが、促すように問い掛ける。リュウは、「ほら……」と言葉を継いだ。
「中学の卒業前に、手術してるだろ? あれ以降なんだよ。見えるようになったのは」
詳細を教えてもらうことは叶わなかったが、リュウはその手術の際に、一度生死を彷徨っているらしい。それが原因ではないかと思われた。
「最初は、ぼんやりと何か見えるなってくらいだったんだけどさ。だんだんとそれが、そういう存在だってことがわかってきて。はっきりと確信を持ったのが、つい最近だったってわけ。勘違いかもしれないし、術後の幻覚とかだったら嫌だし、ちゃんとわかるまで、言うのを控えてたんだよ」
「そっか……そうだったんだ」
「今は、レオにだけ見えていたものを共有できるんだって、嬉しい。だから、複雑そうな顔するなよ」
リュウの偽りない言葉を受けて、レオくんは安心したように頷く。その様子に、リュウはレオくんへ改めて向き直った。
「この際だから、ついでに確認しておくけど。レオ、本当にこの女のことが好きなのか? 命の恩人とか、小さい時に助けてもらったとか、心の支えだったとか……そういう依存じゃなくて、最後には報われないとわかっていて、それでも本当にこの高校生活の間だけでも、一緒にいたいと思うのか? 後で、後悔しないのか? ……僕は、レオが不幸になるんじゃないかって、それが心配なんだ。やっぱり、いつまでも一緒にいたいとか、のめり込みすぎて、いつか何かをやらかすんじゃないかって不安なんだ。だから、確認させてほしい。本当に、このまま期限付きの恋愛をしていて、いいのか? 卒業と同時に、ちゃんと現実と向き合うことができるのか? 潔く、清々しく、お前たちは別れることができるのか?」
リュウは、私と初めて出会った時と同じく、真剣な顔つきでそう言った。念を押すように、最後の確認とでもいうかのように、彼はレオくんへ問いかけた。
対するレオくんは、開きかけた口を閉じる。
それは、惑いか。はたまた、真剣な相手に対して適当な答えを言うべきではないと考えているのか。
それはわからない……だけど、レオくんにはどちらも当てはまるのではないかと思った。
「リュウ……ごめん……」
「レオ?」
「いや、その……いろいろ言葉が浮かぶんだけど、どれも違うなって思ったら言えなくて……たぶん何を言っても、言い訳とか理想にしか聞こえないと思うから。だから、答えはわからない、かな……。実際にその時が来たらどうなるか、自分でもわからないんだ。頭では、そういう時が来たらちゃんと向き合おうって思ってる。決めたことだからとか、約束したからとか、そんな思いを自分に言い聞かせて、寂しくてもきちんと別れようって思ってる。この気持ちは、嘘じゃない。だけど、建前なのも事実でさ、本音は抗おうとしてる。だから、ごめん。ちゃんと答えなくて、ごめん。だけど、真剣に向き合ってくれてるリュウに、適当なことは言いたくないから」
眉尻を下げるレオくんは、さながら困り顔の大型犬。対するリュウは、その純粋な瞳にぐっと押し黙って、目を逸らしていた。
「良いよ……突然いろいろ聞いた僕も、悪いし……レオが真剣なのは、わかってるつもりだから」
「ありがとう、リュウ。だけど、これだけは答えておきたい。俺は、さくらさんのことが好きだ。そこに依存が含まれていたとしても、これだけは言える。さくらさんのことは、本気で好き。嘘偽りない、本心だよ」
そう、リュウに向かって言って、その視線がこちらへ滑る。まっすぐに射抜かれて、心臓が音を立てた。
「好きだよ、さくらさん。大好き。これだけは、胸を張って言える」
にこりと微笑まれて、顔が熱くなる。リュウがいることも忘れて、私たちは見つめ合っていた。
「ちょっと、僕のこと置いていかないでくれる?」
斜に構える、やや不機嫌になった美少年。レオくんが、わかっているのかいないのか、「置いていってないよ」と言っていた。
「とにかく、僕はレオのことが心配なの。ちょっとでもおかしいと思ったら、口出すからね。わかった?」
「相変わらずだね、リュウは」
「そうやって、笑って誤魔化してもダメ。わかったの? 返事は?」
「わかった。わかったよ、リュウ」
半ば強引だったが、頷くレオくん。こうしてみると、確かに彼は保護者なのだと思った。随分と過保護だけど……。
「よし。それじゃあ、僕はそろそろ行くけど、レオも長居しないようにね。今日は、特に寒いから」
「わかった。あ、リュウ」
踵を返そうとしていた彼を、レオくんが呼び止める。リュウは、きょとんとした顔で振り返った。
「何?」
「ありがとう。いつも、俺のこと考えてくれて。心配かけて、ごめん。リュウが友達で、俺は幸せ者だよ」
「なっ……」
みるみるうちに顔を真っ赤にさせて、口をぱくぱくさせるリュウ。困ったような怒ったような……そんな複雑な顔をして、視線だけを逸らした。
「この、天然……」
「え?」
「何でもない。じゃあね」
言うなり駆けていくリュウを、私たちは顔を見合わせて見送った。
「……リュウって、いい子だね」
「うん……俺には、もったいないくらい」
「レオくんがいい子だから、友達もいい子なんだよ。類は友を呼ぶ、だからね」
「ありがとう。さくらさんもいい人だから、皆一緒だね」
「……そうだね」
いい人……私も、彼の目にそう映っているのか。
それをどこかで喜べないでいるのは、私がひねくれているからだろうか。
だけど、確かに浮かべた笑顔の裏で、頭の隅の私が冷ややかな目をしているのだった。
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