After story/under the snow

黒羽 雪音来

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1.1-2 始まり

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 ──どうして、自分は処刑されなければならないのか──


 自分が自分でなくなっていく感覚の中で、魔法で生み出した炎のように悲しみが灯った。
 人間から死体に変わっていく摂理の中で、浮き上がる泡のように疑問が浮いた。
 
 何も見えない。
 何も聞こえない。
 そんな暗闇の中でそれを感じとった。

 今まで、どんなに辛く悲しく寂しく痛く理不尽な目にあっても、何も思わなかった。
 自分は、冬の聖剣に選ばれた北の勇者。
 北の大陸とそこに生きる人を、邪悪な魔神や魔物から守る存在。
 魔物と魔神を倒した感謝がなくても、助けるのが遅いと石を投げられても、それが勇者なのだと当然のように受け入れた。


 だから、処刑されなくてはならない道理がわからない。


 魔神と裏で繋がっていた裏切り者。
 冬の聖剣を失わせた大犯罪者。
 この体に流れる半分の王族の血を使って支配しようとした愚か者。

 他にもいろいろ罪状を述べられた。その時ですら、否定せずにただただ受け入れていた。
 否。否定はしたかったかもしれない。
 体の中に広がっている黒い靄が、自分の頭と心を押さえつけてそれを許さなかった。
 死刑が決まるまで1年かかったが、その後はとても速かった。

 この雪と寒さが統べる北の大陸で最も重い死刑は磔刑。
 北の大陸の北の果て。雪が積もる平野に処刑場がある。
 縦と横に交差された磔台に体を固定され、両手両足両耳両眼を潰され、放置される。
 
 潰された痛みの衝撃に耐えきれずに死ねればまだ良い。
 だが、だいたいの死刑囚は魔力のせいで死ねない。本能が生かそうとしてナーマを勝手に吸収し続ける。
 痛みと絶望以外の感覚が、寒さによって奪われる。

 この状態で5日間生き続けたある死刑囚は、泣き喚きながら必死に願った。
 殺してくれ。いますぐ殺してくれ。と。 
 
 だが、自分は違った。
 熱い血のような恨みが脳に流れてきた。

 ──復讐だ。この大陸を血祭りにあげろ──

 熱しられた鉄針で突き刺された耳は何も聞こえなくなった。
 ならば、この声は誰のものだろう。
 いや。聞こえないなら、自分の心の声なのだろう。

 次に、冷たい血のような慈愛が脳に流れる。

 ──復讐はやめなさい。意味のない行為です──

 頭ではわかっている。
 勇者としてあるまじき行為だと。
 誰も救われない。自分が誰かを殺せば、その殺された人と関わりがある人が自分を恨み復讐しようとする。
 頭ではわかっている。罪人の逆恨みという愚かな行為だと。

 でも、復讐をしたいのだ。
 価値がないまま、終わりにしたくなかった。
 誰かが囁いたように。頭の中にその方法が浮かんだ。

 人間が取り込めるナーマという魔力源を魔力に変換せずにため込み続ければ、自分という容器は耐えきれずに壊れる。
 ナーマは行き場をなくし、周りを巻き込むように消滅する。
 大陸全てを壊せるほどかはわからない。
 でも、復讐の手段はこれしかなかった。
 
 どのぐらいの時間が経ったかわからない。
 磔にされているから身を丸くして守ることもできない。
 寒さで凍ってしまったように、体の表面の感覚が感じない。

 だが、内側はそうじゃなかった。
 呼吸をするたび体の奥が焼き付くように痛い。内側からひびが走るように痛い。
 直接臓器を殴ったような衝撃に、口から熱いものが出てくるのを感じた。
 血だとすぐにわかった。
 まだ、熱のある血が残っていたんだと暢気に思った。
 
 喉が痛い。
 血を吐き出し続けているからだろうか。
 自分では聞き取れない、何を言っているのかわからない言葉を叫んでいるからだろうか。
 その両方なのか。わからない。
 
 ひび割れた隙間から溜まったナーマが零れるのでは。そんな不安とは裏腹に、自分の体という容器はひびなどないと言わんばかりに、まだまだ溜めていく。
 早く終われと願うつもりはない。
 あっさり終わる復讐なんて、こちらの望みではない。
 

 ようやく理解したからだ。
 なぜ、自分が復讐を望んだのかを。
 復讐が叶うのなら、この世の苦痛を全て受け入れてやる、と。
 復讐を叶えるためなら、この命を使い切るのも本望だ、と。 

 
 ふと。額に何かが触れた。

 凍ったように何も感じなかった触覚が溶けて、温かいより熱い、骨のようなごつごつとしたものが覆っているのがわかった。

「ご所望は復讐かい?」

 知らない男の声だ。
 常に楽しいことを捜しているような明るい、少ししゃがれた声だ。
 さっきまで聞こえていた不思議な声とは違い、声の主は目の前にいるとわかった。
 潰された耳からではなく、直接自分の脳に語りかける。

「あんだけきゃんきゃん喚いていたから事情はよーくわかった!! ・・・・・・でもな。自分の手でっていうのは無謀すぎだろ!! もうちょっと現実見よぉーぜ!!」」
 声の主は、滑稽だと言わんばかりに笑い声を上げた。

 安堵した分、惨めになった。
 あいつらみたいに馬鹿にするなら、声をかけないで欲しかった。

「悪ぃ悪ぃ。マージですまん! 俺はフォークが落ちただけでも笑っちまう性格なんだ。俺は俺を売り込みに来きたんだよ」
 軽い口調だが、初めて誰かに謝られた。

 売り込みにきたとはどういうことなのか、わからなかった。

「復讐のアドバイスマネージャーとして俺を雇わねぇか?」
 声の主は自信満々に告げたが、出てきた長い単語がどういう意味を持っているのかわからなかった。

「俺を雇えば、アップグレート──いや、横文字使うのはやめとくか。完成度の高い復讐に出来るってことだ。報酬は後払い一括。この仕事は変更がよくあるから報酬の上乗せ問題が頻繁でな・・・・・・依頼主も俺も納得の仕事にしたいから勝手にそうしてる。通常なら復讐の代理人として引き受けているんだが、お前さんは直に手をかけたいって要望だろ? アドバイスマネージャーなら要望に沿えるしお得だぜ? どうだ?」
 声の主は仕事として手を貸すと言っている。
 
 答えは決まっている。

 要らない。
 そう、口を動かした。

「ご契約ありがとうございます」
 
 丁寧な声で告げられ、自分を疑った。
 確かに要らないと答えた。口はそう動いていた。

 なんで、真逆の答えで受け取られているのか。
 そう思われるような中途半端な言葉で否定してしまったのか。

 頭の中がぐちゃぐちゃになる。自分はまたやらかしたのかと責めたくなった。
 すぐに言い直そうとしたが、口から吐き出される血で妨害された。

「っというわけで、さっそく取りかかるとするか!!」

 やる気に満ちた声を最後に、何も聞こえなくなった。
 否。眠りに落ちるように意識が沈んだ。


 
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