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5. 2-2 西の大陸の新聞を読む
しおりを挟むノック無しに、書斎の扉が開けられた。
大軍にして個の魔族が入ってきた。
真っ白なふわふわの毛に包まれた体。長い耳とひげに大きな目。ひくひくとよく動くピンク色の鼻。北の大陸に生息しているモチユキ兎と瓜二つの見た目をしている。
それが雪崩のように、回る車輪のように、密集するたくさんのモチユキ兎が氷の床を滑っていく。
これか移動方法。兎のように飛び跳ねることはない。
そしてなぜか、この兎の魔族だけが中級魔族に成長していた。
「おおおおおー!! よーうやく届いたか!!」
魔神は人間の言葉を上げて、嬉しそうに兎の魔族から手紙と紙束を受け取った。
関係ないことだと割り切って、何も言わずに椅子に座って持ってきた本を手に取る。
だが、魔神は本の前に座って、興奮した声で勝手に説明を始める。
「こいつは新聞っていうんだ!! ニュース・・・・・・いや、こっちではこの名前は馴染み無かったな。社会情勢や特定分野の出来事を文字や写真で伝える媒体だ!!」
「そ、そうか・・・・・・」
その圧に押されて頷いた。
「西の新聞は最高だ!! 他の大陸の情報や出来事まで載っているからな!! 月1じゃなくて毎日発行して欲しいぜ!!」
どうしたらいいのかと、熊と兎の魔族がいる方を見たが、姿がなかった。
「お!! 北の事も大きく報じられているな!! ・・・・・・読んでみろよ!」
数秒だけ紙面を見て、渡してきた。
内心では心臓が飛び出すほど驚いた。
こっちに振られるとは思っていなかった。
とりあえず受け取った。
北の大陸の所に、見覚えのある教会が大きな写真で載っていた。
だが、自分の目に止まったのは、その隣にある南の大陸の小さな記事だった。
「どーしたぁ?」
自分の様子に気付いたのか、魔神が首を傾げる。
いつの間にか、抱えるように人間用の櫛を持っていた。
「・・・・・・南の大陸の魔神、捜しています・・・・・・?」
口にして、なんだこの記事と改めて思った。
野良猫を捜すようなタイトルを投稿したのは、南の大陸の勇者とその大陸の魔神の眷族と南の大陸に暮らす人々いう奇妙な組み合わせ。
自分の肩に飛び乗って、勝手に髪留めの黒いリボンを外す魔神を横目で見る。
「気になるならそっちから読んでもいいぞ~」
そう言うと、鼻歌交じりで勝手に自分の髪を梳き始める。
前に、この行動の必要性を尋ねたことがあった。
「身なりは大切だぜぇ」
たかが髪だ。大切にする必要性がわからない。
それ以降、気にするのを止めた。
「・・・・・・南の大陸の魔神が行方不明になってから8年」
自分と南の魔神が出会ったのも8年前だ。
「・・・・・・眷族達の証言・・・・・・有力な情報提供者には南の大陸名産のサンオレンジ10箱分贈呈します。1、2年で帰ってくるって言っていた問題児ならぬ問題老人。読んでいるならとっとと帰って仕事しろ」
「・・・・・・俺魔神だよ? 不敬過ぎない?」
「・・・・・・南の大陸の住人の証言・・・・・・あの方がいないとこの砂漠はとても寂しいです。子供達も「いつ魔神さんは来てくれるの」と毎日尋ねてきます。ジェ、ジェフュ、-ル、ファ、ワインを用意しているので、帰ったらみんなで飲みましょう」
「ジェフュールファワインな。南独自の言葉で意味は血の水だ。他の国で言うところのノンアルコールの赤ワインの名称。マジでウマいから今度飲もうぜ!!」
「・・・・・・南の大陸の王様の証言・・・・・・サンドワームがマジ大量発生。大陸中穴だらけ。逃げ足速くて退治無理。助けてくれ」
「頑張れよ! 罠張れよ!」
「・・・・・・南の大陸の勇者、の代理の証言・・・・・・魔神がいなくなって勇者が軽いうつになりました。医者からは「魔神が帰ってくればケロっと治るよ」と言われました。今は西の大陸で美味しい料理を食べる旅にでています。西に寄らずに帰ってきてください・・・・・・代理は誰だ?」
「聖女だ・・・・・・あの女はサンドワームを嫌っているからな・・・・・・西に近づくなって圧すら感じるなぁー」
「サンドワームは魔物なのか?」
「いんやぁ~。ナーマを取り込みすぎて進化したでっかくて長い虫。昔っからいる生物だ。鎧のように堅~い甲殻を纏って灼熱の砂漠の中を進みながらナーマを取り込んでいく。手を出さなければ何もしてこないが、放置すっと移動中に村や国やオアシスを壊す厄介者ってだけだな・・・・・・南の勇者はサンドワーム退治を倒せば、王様から報酬が貰える」
嫌われ者のサンドワームに親近感を覚えた。
「で、俺はサンドワームになるナーマをマナに変換してから吸収してただの長い虫に戻してる。魔神討伐が本来の目的だからな。勝敗関係なく俺と戦えば、勇者達は報酬が貰える。俺としても寄り道してな──」
「・・・・・・──は?」
「──いで、うおっ!! いきなり顔向けんな!! 櫛が当たるだろ!!」
慌てて顔を前に戻した。
新聞ではなく、自分の手に視線が行った。
それは口にすることすら赦されない質問。だから呑み込んだ。
他の大陸には、魔物なんていない。
北の勇者であった自分のように、この手を血で汚す必要などないのだ。
魔神は呆れたようにため息を吐く。
「ぶっちゃけ。西も東もそんな感じだ。以前の北もスノーフラワーっていうナーマの過剰摂取による進化体退治で報酬が貰えたはずだったんだがなぁ~」
魔神は櫛を口で咥え、猫の両手を器用に使ってリボンで結ぶ。
「おっし!! 本日も美髪の完成だ!!」
魔神はひょんと肩から机に飛び移った。
「で、北の記事は?」
「・・・・・・北の大陸の至る領土で一揆が起きている。理由は、王の代わりに国を指導する妃による重税と新たな政による信頼の低下。この1年間で下級魔物の被害が増加。それに伴い徴兵や食料などの金銭以外の税を加えたことで領土に済む人間、さらには村や町の人口が減少したことで生活が成り立たなくなった。──さらに、魔物の被害は村人や町民の命には及んでいない。村や町の復旧に人手が必要な状態での重税。魔物を倒すことが出来ない王族への不満が高まっている。──なお、村人や町民達は英雄と名乗る奇妙な男に助けられた。纏め役の魔物を倒したのも彼だと多くの証言もあった」
「さすが西!! もう俺達のことまで入手したか!!」
魔神は感心した声を上げる。
自分は、写真が載っていないかとひやひやした。
「あー・・・・・・それにしても俺は嬉しい。1年と半年ちょっと前まで幼稚な話し方で学のなかったお前がここまでできるようになって・・・・・・がんばって一般教育の知識を教えて良かったぁ~」
小魚を目の前に目を輝かせる猫のような表情で、魔神は感動していた。
その言い方にこちらは少し憤りを覚えるが、実際そうだったので何も言えない。
他にはどんな記事が載っているのかと、新聞をめくる。
「予定より早いが頃合いだし、謹慎終わったら北の聖女への復讐始めるか」
魔神の言葉に、新聞から顔を上げた。
ようやく、この時が来た。
喉元までくる歓喜の言葉を押しとどめ、どうにか冷静であろうと奮闘する。
「この新聞を読んで、妙に思ったことはないか?」
突然の質問。
浮かれていなくて良かったと思った。
「・・・・・・教会の事が一切書かれていない・・・・・・?」
「大正解!!」
魔神は後ろ足で立って、前足で拍手する。
「俺達が下っ端魔物に手を出さなかったのは、お偉いさん達の信頼を無くすのと、教会の戦力をゼロに近い状態まで持っていくためだ。奴らの収入源は寄付金。守護団は衣住食だけ約束されたボランティア。聖女と守護団という顔あっての教会だ。だが、聖女がいれば勝てるはずの戦いで連敗している。いくら寄付金を積もうが守ってもらえず、守護団に入っても命をドブに捨てるものだとわからせるためだ。──新聞や看板があれば弁解できただろうけど、読み書きできない人間に届くわけがない。──何を言われようとも、無能で無知の奴は偉さマシマシの輝かしい肩書と、目にした事実を信じる。村や町に箝口令を敷いたって人間の口を塞ぐことは出来ない。他の場所もそうだったとわかれば、教会と聖女は守護団を見捨てたと、誰もが知ることになる」
魔神は目を細めて、にんまりと笑う。
「守護団は、神のために身を捧げたい信者から構成された一般兵団だ。その団長は騎士団にいてもお荷物だがクビにできない立場の存在。貴族王族なんでもいいが、そいつは部下という命を預かっている。聖女は信者を見捨て、団長だけが生き残り、一般兵は使い捨て。神の威厳は飾りだとバレておしまいだ。国以上の非難の的になる」
「・・・・・・だが、北の大陸で教会を非難する声など聞いたことがない」
「当たり前だろ。謹慎してるのに知ってたら逆に怖いわ」
返す言葉もない。
「教会は信頼で金をもらっている。資金源を失ってはならないと、なりふり構わず阻止してっからな。新聞にも載ってるぜ」
そう言われて、新聞を見直す。
何度も何度も、北の大陸の記事に目を通す。文章にはなく、大きな写真にもそれらしいものはない。
「北の大陸で何が起きている?」
「・・・・・・一揆」
「その主導者が教会の人間だ。我が身可愛さに王族貴族を売った」
魔神の言葉を聞いて納得した。
自分自身、教会と王族の両方から罪を着せられた。
そう思うと、自業自得だなと思ってしまった。
「この大陸は身分社会で成り立っている。王族貴族と手を切るのが愚策だが、生き残るのにはどちらかが悪役にならないといけない。王はいまだに病で伏せり、妃は人身売買の摘発で大忙し。切るならここだと教会は見限った。──名誉回復の為に、守護団の即戦力が欲しいと行動に出るだろうなぁ・・・・・・例えば、強ボスを倒せるほどの強い奴とか~」
強ボスという言葉で、教会がどのような人物を求めているのかわかった。
「・・・・・・こちらと接触を図ろうとしているのか?」
「ああ! そうなるように仕込んだだろ?」
狼の姿の魔神が、村長に言っていた言葉を思い出した。
ここまで読んでいたのか、と魔神の考えに畏怖する。
復讐に協力すると言いながら、自分は勝手の良い手駒にされているではないか、と。
人間時代と同じ過ちを繰り返しているのでないか、と。
さらに黒い靄が広がった。
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