After story/under the snow

黒羽 雪音来

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5. 1-2 難しい話

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 南の大陸には悪魔がいる。
 奴に会ったら逃げなければならない。
 振り返ってはならない。
 足を止めてはならない。
 その赤い目に見られたら、生きてはいないのだから。

 そう締めくくられた本を閉じる。
 この本に題名はない。
 南の大陸の、名もなき伝承を纏めたものだ。

 北の大陸は、人間が偉業を為しえた伝承が多い。
 西の大陸は、存在に関係なく魔法によって起きた伝承が多い。
 東の大陸は、自然を謳歌する細やかな伝承が多い。

 そして南の大陸は、1体の悪魔によって引き起こされた伝承しか存在しない。

 この悪魔はとても恐ろしく、砂漠で出会ったら生贄を要求してくる。
  なければその者の命を奪ってしまう。

 悪魔なりに掟を定めているらしく、それを破った存在の前に姿を現して自らの手で処刑を行う。
  だが、その掟を誰ひとり知らない。


 この悪魔の正体は砂漠ではないかという説が上がっている。南の大陸は砂漠地帯。無慈悲に命を奪う灼熱の熱さと、過酷な環境で他者を蹴落として幸福になった者は、その者に報復され、逃げた砂漠で命を奪われることを暗示している。そんな見方だ
 

 この悪魔がとても不思議で、他の大陸の伝承にも出てくるのだ。
 
 西の大陸では、物語の中心人物と戯れるように魔法で競い合う。もしくは西の魔神と魔法について語り合っている。
 東の大陸では、東の魔神と魔法で花咲かせ対決をしている。もしくは妖精と呼ばれる存在が人間を巻き込んで珍道中を起こす物語のきっかけになった謎かけを出すという立ち回りをしている。

 そして北の大陸では、勇者と聖女によって倒される悪役として登場している。
 

 赤い目という特徴だけしか書かれていない。
 だが、こんなにも様々な表情を持ち、与えられた役割を超えて読み手に自身を魅せつける。


 最初は、この悪魔が関わっていたと言われている人間が起こした復讐を調べていた。

 皆殺しという復讐にも計画は必要。その足がかりになればと思った。
 いつしか、この悪魔が出てくる伝承を読むようになっていた。
 文字の読み書きが出来るようになると、余計なことをするようになってしまった。
 
 自分の不手際が招いた結果で、見張り付きの3ヶ月の拠点謹慎。それがもうすぐ終わる。
 そんな余裕などないと自分を叱咤したくなる。
 なのに、まだ読んでいない伝承の原本を選んでしまう自分がいる。

 大陸全土の言語は統一。
 だが南の大陸には、絵のように見える古い文字で書かれた本もある。今の統一された言語に翻訳されていない伝承も数多くある。

 辞書で調べながら自分で解読して読んでいる。 

 数冊選んで机に戻ろうと振り返ると、辞書の上に座る猫の姿の南の魔神がいた。

「なぁあ~~~~~~!!」

 しかめっ面で、尻尾をびたんびたんと叩きつけている。

「寛大な俺も怒るぞ~~~~~!!」

 本日の見張り役である、2本の角を生やした熊の魔族を見る。
 熊の魔族は、諦めからくる穏やかな笑みを浮かべていた。
 これはいつものあれかと察した。

「ここに素敵で無敵でカァッコいい魔神がいるのによ~~~。ぬあぁんで、こいつの本ばっか読んでんだぁよ~~~!!」
 燃え上がるような怒りではなく、粘り気のある嫉妬だとわかる口調で言いかがりをしてくる。

 いつものことではあるが、どうしたらいいのかわからずに熊の魔族を再び見る。
 いつものことだよと言わんばかりの、穏やかな笑みで返された。

「・・・・・・不快にさせたなら謝る。申し訳ない」

 悪魔と仲が悪いのを知っていた。にも関わらず、目の前で読まれていたら嫌なのだろうと思った。

 自分に非がある。それで謝った。

「ぎゃああああああああ!! お前のピュアさに俺の心が浄化されるぅ!! 3ヶ月前の反抗期が恋しいぃ!!」

 なのに、この大げさな反応である。
 こちらも困る。
 本当はどうしたらいいのかと熊の魔族を見る。
 黒い石で出来た眼鏡をかけて、穏やかな笑顔で親指を立てている。
 大丈夫らしいが、魔神の反応を見てしまうとこれで良かったのかと不安になる。


「ああ・・・・・・この世は残酷だ・・・・・・ゲスな俺特攻のような奴を生み出した世界が憎い・・・・・・謹慎破ると思っていたらちゃんと守るなんて・・・・・・なんて良い奴なんだ・・・・・・ばたん」

 そう言って、南の魔神は辞書の上で倒れた。
 熊の魔神が立ち上がった。魔神を抱えてベッドの上に置いて、隠すように布団を乗せる。そして何事もなかったかのように座った。

 これでいいのかと思いながらも、自分は持っている本を机の上に置いた。

 布団を押し上げるように、魔神が飛び出す。
 魔神の口から、鈴の音が鳴る。怒っているように小刻みでやや貫高い。
 熊の魔族は即座に自分を指した。
 魔神は再び鳴り、熊の魔族も同じ音を出す。

 これは魔族同士の言葉らしい。
 自分も魔族になったが、何を言っているのかわからない。そして、この音は出せない。

 1年と3ヶ月前に、魔神に頼んで眷族になった。
 人間を辞めて魔族になった。
 だが、自分の体は人間とほとんど変わらない。

 魔神から、その当たりの説明は受けている。

 魔族は吸収したマナを使って自身の体を作って維持している。
 人間のように、生存に必要な様々な臓器や組織は存在せず、好き勝手に描いて魔法という名の力を付与し、自分で体を作っている。
 魔神が言うには、魔族の中身は高性能の魔力変換機関で、それを入れる容器を好きに作っている、らしい。
 目で例えるなら、目という部位がなくても、魔力を使って視るという結果だけをもたらすことができる。
 魔族はナーマを取り込むことも可能らしいが、少量かつ粗悪な魔力になるらしい。

 人間の体には生存に必要なものが多く、最初から持って生まれてくる。
 空気中の酸素の吸収、食事、睡眠など……臓器や組織を包む体を維持するための行動が必要になる。
 魔神曰く、魔族の体の維持がこれに該当する、らしい。
 人間の体はナーマしか受け入れないように作られている。
 マナが体の中に流れると臓器などの器官が敏感に反応し、脳にその電波が送られて拒絶反応が起こし、死に至る。
 
 正直、難しくてなかなか理解できなかった。
 それほど、魔族と人間では体そのものが違いすぎるのだ。

 体という実物があるぶん、下手に手を出したり要らないと思って削除したりすると、不具合が発生して取り返しのつかないことになるらしい。特に、脳とそこから体中に繋がっている神経は危険物扱いされた。
 足りない部分を魔法で補おうとすれば、さらに最悪な事態になるらしい。義手や義足のような魔力で動かす人工物で代替えするしかない。

 だが、自分の場合は臓器そのものが弱まっていた。
 体力の代わりに、それらを動かすのに使える魔力は、魔力変換機関が壊れて無理だった。
 一刻も早く、心臓を動かして血を循環させ、肺が酸素を取り込み、二酸化炭素を吐き出さないと体の方が持たない状況だった。そのショック療法として魔眼を使った。 
 すでに備わっている魔眼の魔力を使うことで、生命を繋ぎとめた。
 ここまでが、治療の流れだ。生命維持だけならこれですむ話だった。


 眷族になると、少し話が変わってくる。

 前提として、魔族のようにマナを吸収して上質で膨大な魔力を作れないといけない。 
 眷族は魔神の力の一部をその身に宿す。その力を維持しながら、行使するためだ。
 
 僅かに前例があるが、それは特異な体質を持った人間だった。
 自分はその例に当てはまらなかった。
 
 その為、別の方法がとられた。
 目に見えない第2の心臓と呼ばれる魔力変換機関をマナ専用に作り直し、魔眼に連結させて順応させる。
 その際に、マナだけが通れる管を作って、人間の部分に漏れないようにする。そんな処置だ。


 マナさえ取り込み続ければ、魔族のように不老として生き続けることが可能になりながらも、自分の体のほとんどは人間の時の部品がそのまま使われている。
 感覚としては、人間を土台にした魔族だ。 

 魔族語が話せないのは人間の時の口を使っているからであり、魔族語でなんと言っているのか聞き取れないのは、人間の耳に合うように調整された代替えの鼓膜だからだ。


 本当は、もっと複雑な説明があるのだと思う。
 だが、自分には理解できない。
 そう魔神は判断して、上澄みを掬うように必要な部分だけを選んで説明したんだと思う。

 それは正しい判断であった。
 復讐には直接関係ないのだから、より深く理解する必要はないのだ。

 復讐するためにはすぐに動く体が必要なだけだった。
 長い時間かけて治癒すべき傷を、上質で膨大な魔力と魔神の力を持って完治できる。
 だから眷族になった。それだけだ。


 なのに、目の前で魔族同士の会話を見てしまうと、蚊帳の外にいるような寂しさがあった。
 それに安堵する自分もいた。
 なぜそう感じたかはわからない。

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