After story/under the snow

黒羽 雪音来

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6. 2-3 雪林の中の戦闘

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 計画実行日。
 8年と6ヶ月ぶりに北の聖女に接触する。
 そうなる、はずだった。

 魔神は様々な注意という名の注文をしてきた。
「影は使うな。一発で人間じゃないとバレる」
「剣に魔力を纏わせるな。それでもバレる」
「魔物は殺すな。事故に見せかけて人間を殺すのも駄目だからな」
「銀仮面は外すなよ。目の周りに悍ましい傷があるとか言えば、神聖を好む奴らは無理に強要しない」
「お前の見た目なら、冷静かつ丁寧な態度の方が相手を信じ込ませやすい。嗤うなら心の中だけに留めとけ」
「無駄な殺生だと感じる戦いには消極的になれ!!」
「義に背く場面に直面したら剣は存分に振るえ!!」
「無駄に怪我負うなよ!!」
「名前はラーク。ラークだからな!! 間違っても名前ないなんて言うなよぉ!!」

 自分は、首を縦に振った。
 小さく、1回だけ。
 毎日のように魔神とは会話をしている。
 なのに、聞き慣れた声がとてつもなく不愉快に感じた。


 ここは村や町などの人の営みがある場所ではない。

 雪が積もっていてわかりにくいが、林の中だ。
 お忍びで通過するには、うってつけの道なのだろう。そう判断できた。
 
 偶然を装い、魔物に襲われる教会側に助太刀する。
 この魔物は、魔神がどこからか連れてきた。強ボスまでいる。
 事前に特徴は聞いていた。勇者の時に似たような魔物と戦ったことはある。が、気合いが入り過ぎている気がする。

 高貴な存在が乗っているとひと目でわかる、馬車が止まっている。 
 あの馬車の中に聖女がいる。
 自分を絶望にたたき落とした復讐相手の1人がいる。
 今すぐに殺してやりたい気持ちを抑えながら、その鬱憤を目の前にいる魔物達に向ける。


 近くにいた魔物の首の脈を鞘で叩き、気絶させる。
 両腕が鎌のようになっている魔物の攻撃を躱し、背中に回り込んで剣の柄で殴って気絶させる。

 さらにその背後から襲いかかってきた、人の姿は留めているが全身を毛で覆った四つん這いの獣じみた魔物の攻撃を鞘で受け止める。
 大きな穴のように広がった口と牙のように鋭い歯による力業で鞘を折ろうとするが、体勢を支えている後ろ足に足払いをすると、呆気なく横転。巻き込まれる前にその腹に剣の柄で殴って右に回避。雪の上に倒れる前に魔物は気絶していた。

 今度も四つん這いの魔物。だが、それは緑色をしているが人間のような肌を持っていた。3体分の魔物で1つに繋がったような魔物だ。
 先頭の部位が紫色に変色した拳を叩き込む。
 その拳は魔力で作られた毒を纏っており、掠っただけでもそこから広がって死に至らせる。僅かな動きだけで回避すれば、後尾の部位が支えとなって体の向きを変え、中心の部位が毒の拳で追撃する。対処法として、その場から大きく離れるしかない。
 
 この手の魔物は非常に厄介なのを覚えている。どこかひとつを殺しても他の部分が生きているとすぐに傷が癒えてしまう。
 視線を走らせて他の魔物を見る。
 あの三位一体の魔物が強ボスだと判断する。
 それ以外の強そうな魔物がいないからだ。

 ふと、こんなことを考えてしまう。
 質より量の方が厄介だったと。
 ここにいる魔物は確かに強い。だが、それだけだ。


 勇者の時は鉱山という閉鎖的な空間だった。
 無限と錯覚するほど奥から湧いてくる魔物達は敵味方関係なく襲ってきていた。自分だけが生き残ればいい。他は殺せればよいのだと、手当たり次第に。その殺意の中に放り込まれた自分は、我武者羅に聖剣で殺していった。
 夢の中なら、それなりに思い出せる。
 だが起きている間は、魔物達の怒りの咆哮と死への悲鳴、自分につけられた手枷の鎖の煩わしい音だけしか思い出せない。


 そう考えていたら、別の魔物が攻撃してきた。
 細身の剣のような細く鋭い爪を、体を後ろにそらすことで、背後から襲ってきた別の魔物の目に当てる。
 飛び散り、零れる血を全身に浴びる前に、わざと雪の上に倒れて横に転がる。

 その魔物の悲鳴が空気を震わせる。
 他の魔物達は驚くようにびくりと体を跳ねさせた。
 が、それは一瞬。すぐに自分を糾弾するような鋭い目を向ける。 
 
 鉱山の魔物とは違い、こちらは仲間意識があるらしい。
 欺き蹴り落として捨てていく人間より情があるらしい。
 
 少し、やり方を変える。
 
 こちらに向ける怒りを利用して互いを殺し合わせればいい。
 攻撃を誘うために、わざと剣を鞘に戻す。雪の上に放り捨てる。
 その行動を見た教会の兵士がポカンと間抜けな表情を浮かべている。
 
 丸腰の相手に、魔物達は円を描くように取り囲む。
 逃げ場を与えずに一斉攻撃を仕掛けるつもりだ。
 僅かな傷は負うだろう。それで魔物を一度で葬れるなら安い代償だ。
 
 飛びかかるタイミングを見計らう魔物達の動きを、観察する。


 突然、木の陰に隠れていた魔神が狼のように吠えだした。
 その声につられた顔を向ける魔物達。強ボス以外の魔物が魔神に向かって走り出す。

 魔神から魔力の気配はない。 
 だが、強ボス以外の魔物は、魔神を目にしただけで襲いかかっていく光景を何度も目にしている。
 その理由はわからないが、こちらの作戦が崩れた。
 
 苛立ちが募る。
 すぐに作戦を変える。
 
 近くの木の幹を足場にして跳躍する。走るよりも速く強ボスへ接近する。
 魔神に釘つけになっていた強ボスが、こちらに気付いて振り向く。
 遅い。と思いながら着地と同時に、先頭の部位の顎を殴り上げる。
 
 糸で上に引っ張られるように、強ボスの体が宙に浮く。
 先頭の部位が白目を剝いて気絶しているのが視界の隅に入った。
 
 中心の部位が毒の拳を纏うより先に、無防備な後尾の部位の腹に左の拳を叩き込んだ。ちょうど拳の高さにあった。
 僅かな滞空時間を経て、強ボスの体は降下する。
 地面に近い後尾の部位の支えがなく、毒の拳を纏っても狙いが定まらずに狼狽える中央の部位の顔面を思いっきり蹴飛ばした。
 
 一撃ずつ加えているが、端から見れば全ての攻撃を一瞬で行ったように見えただろう。
 視界の隅に映る兵士達の様子を見れば、一目瞭然だった。

 強ボスの体は、風のように吹き飛ぶ。
 だが、重さがあるためすぐに落下する。
 魔神へ向かう魔物を下敷きにするという形で落ち、一網打尽にする。

 闘拳士でないのに殴る蹴るで魔物を倒せしてしまったことに、人間じゃないと疑われないか今更不安になった。
   
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