After story/under the snow

黒羽 雪音来

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6. 3-3 予想などできるはずのない、最悪な状況

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「た、助かりました!!」

 目の前に、身なりの良い中年の男性がやってきた。
 この男が外にいた記憶はない。馬車に乗っていたのかもしれない。
 大喜びする様子を見て、疑われていないと確信して安堵する。
 同時に、復讐者としての自分が出てきてしまった。

「いえ。皆様にお怪我がなくて良かったです」

 仕方ないとは言え、口が腐りそうになる。
 柄を掴んで、抜剣と共に目の前の男の首を斬りたくなる。
 我慢だ。今は我慢だ。と、心の中で復讐者の自分に言い聞かせる。

 狼の姿をした魔神が、人なつっこい犬のように尻尾を振って戻ってきた。
 この様子で戻ってきたら、教会側に売り込めという合図だ。
 
 このために、魔物討伐を目の前に逃亡した騎士団長の手紙を奪っておいた。
 魔神が執筆を真似て、その手紙の下に強ボス討伐は英雄のおかげだと添えてある。
 騎士団長は魔神の洗脳によって、そう思っている。

 止めを刺したのは魔神だが、一撃で戦闘不能にしたのはお前だ。何も間違っていないと魔神は言っていた。

 これを見せれば、教会側は喜んで巷で有名な英雄を迎え入れるだろう。 
 聖女に近づくなら、怪しまれる事なく教会内部に潜り込んだ方がいい。この計画を練った魔神の言うとおりに事が進んでいる。 
 魔神の言うとおりに順調に計画が進む。それが恐ろしく、同時に苛立たせる。

「うるさいわよ!!」

 叱咤の声は馬車の中から聞こえた。
 馬車には聖女が乗っていると思っていた分、全然知らない少女の声に驚く。

「そんな奴いなくたって!!」

 はきはきとした口調の少女の声と共に、内側から蹴る音が何度も響く。
 そして、勢いよく馬車の扉は開けられた。

「ここに聖女がいるのだから問題なかったわよ!!」

 馬車から出てきたのは、燦々と輝く瞳から気の強さを感じさせる15歳ぐらいの少女だ。
 赤い髪をきつく纏め上げ、顔にはそばかすがある。

 自分の知っている聖女ではない。
 見た目と性格が違いすぎて、影武者ですらない。

 自分の横にいる魔神が尻尾を振るうのを止めて、聖女と名乗った少女をガン見している。

「スワン神父!! 勝手に鍵を閉めるな!!」

 少女は中年の男に指を向けた。

「し、しかし!! お怪我してしまっては──」

「はぁ~~!! わたしたちが負けるって言うの!! そんなわけないでしょ!! ほら!! ソフィも言ってやれ!!」

 聖女は馬車の中に戻ると、中にいる別の人物の手を引っ張って外に出す。
 黒い外套を纏った黒髪の少女。聖女と名乗った少女と同い年ぐらいだろう。
 聖女とは対照的に元気がない。常にぽろぽろと涙が流れている。
 気になったのは、その少女が背負っている聖剣だった。

 その少女と目が合った。

「・・・・・・どうも。南の勇者のソフィです・・・・・・」

 グスンと、その少女は泣く。

「ああ!! もう!! そんなんだから心配させるんでしょうがぁ!!」

 聖女が荒れ狂っている間に、視線だけで状況の説明を魔神に求める。
 魔神は視線を合わせようとしない。
 
 南の勇者と一緒にいる聖女となれば、1人しか思い浮かばない。
 この聖女は南の聖女だ。
 北の大陸で、南の大陸の勇者と聖女と邂逅。予想などできるはずのない、最悪な状況だ。
 
「あーもー!! いい加減泣き止みなさいよ!!」

「・・・・・・ムリ・・・・・・南の魔神さんと戦いたい・・・・・・」

 こちらの気持ちなど知るわけないのはわかるが、この緊張感のないやり取りですら緊張してしまう。

「そんなに泣いてたら顔が凍るわよ!!」

 聖女は中年の男を睨む。

「こんな得体の知れない奴放って、さっさと北の聖女の所に連れて行きなさいよ!!」

 南の聖女が北の聖女に用があるなら、今は撤退した方がいいかもしれない。そう思った。 

「でも・・・・・・そこのオオカミさんなでたい・・・・・・モフモフしたい・・・・・・」
 南の勇者の涙声を聞いて、自分を盾にするように魔神は隠れた。

「黒装束!! そこのオオカミ貸しなさい!!」

「あ、ああ・・・・・・」

 聖女の圧と切り替わりの速さに、思わず頷いてしまった。

 南の勇者の行動は速かった。
 駆け寄る姿が見えなかった。横切った時の風がなかった。

 気付けば、自分の近くで魔神を抱えてなで回していた。
 もし、これが戦闘だったら自分は気付かないうちに殺されていた。その事実に肝が冷える。

「アンタ達はいつまで躊躇しているのよ!!」
 
 聖女の視線を辿れば、気を失っている魔物に対して狼狽える教会の兵士がいた。
 魔物を殺すのに躊躇う。
 これは黒だと判断できた。
 この場にいる兵士は、魔物の正体を知っていることを意味している。
 この兵士達はかなりの立場の人間だと察した。
 
 守護団ではなく、それなりに腕のある信者の兵士を護衛に付かせた。
 だから、馬車に乗っているのは北の聖女だと思った。
 予想は外れたが、南の聖女と南の勇者を大事な客人として招いたという証拠ではある。

 前に読んで新聞では、西の大陸に2人は滞在しているように書かれていた。
 たまたま北の大陸に来て、教会の人物が接触したとはとても考えにくい。

 この2人と教会が接触したのは偶然なのだろうか。

 それとも、どちらかが意図して接触したのだろうか。

 そうであれば、この2人が教会を去ってから計画に移った方が手堅い。
 
「あのー・・・・・・」

 横から、魔神を撫でまくる南の勇者がおずおずと声を掛けてきた。
 
 平然を装って顔を向けるも、心臓がバクバクと鼓動する。
 正体がバレれば一発で終わる。そんな危険な状況だ。
 行動1つで、言葉1つで、命取りになる。

「一緒に来てくれませんか?」

 目は泣きはらしたように充血しているが、年相応の愛らしい笑顔で頼んできた。

 思ってもいなかった言葉に、自分の思考が停止する。
 そこは、悪意ある言葉を投げる、悪意ある態度を示すものではないのかと。
 今までの記憶にない言葉と態度をする人間を目の前に、自分はどのような行動や言葉をすればいいのかわからず、狼狽する。

 そんな自分を見る魔神は、目をギョッと丸くさせている。
 ボロが出そうだぞ、と驚いているのかもしれない。

「このオオカミさんをモフモフしていると、南の魔神と戦っている時みたいに楽しくて元気が湧いてきまして・・・・・・ダメでしょうか?」

 南の勇者は気付いていないらしいが、魔神は訴えるように首を横に振っている。

「元気になるの? スワン神父。こいつらも同行させて」

「はい!!」
 
 割って入ってきた南の聖女によって勝手に話を進められた。
 
 神父が馬車の扉を開けた。横転していた馬車をいつ起こしたのかわからない。
 こちらの答えを言うよりも先に、南の聖女に強引に馬車に乗せられた。
 南の勇者は、狼を抱えて乗り込んだ。
 すぐに神父も乗り込み、扉が閉められた。

 魔物はどうしたと思って窓から見ると、初めからいなかったように姿が消えていた。
 南の聖女の仕業だとすぐに気付く。だが、その方法も見ていなかった己を恨みたくなった。 
 馬車が動き出し、護衛の馬も駆け出す。

 北の聖女への復讐は、不安な幸先から始まった。

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