After story/under the snow

黒羽 雪音来

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8.2-3 再会とトラウマ

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 部屋の外から聞こえてきた慌ただしい声に、自分の脳が麻痺を起こす。

 北の聖女が魔物と戦い、相打ちになった。
 
 ありえない。天地がひっくり返ったと言われた方が信じられるほど、ありえないのだ。
 北の聖女も、同行者も、誰ひとり魔物と戦うことなどしなかった。
 醜い、汚れる、穢らわしい、私達のやることではないと言い放ったほどだ。
 
 日中に調べていた地下墓廟について纏めていた書類を燃やす。身支度を整え、話の真相を確認しに行くために部屋を出る。

 だが、ドアノブに手をかける寸前で体が動かなくなった。

 不思議に思う声も、驚きの声も、出せない。

 ギアスが発動したわけでない。あれは、魔神がその場にいるのが必須条件だ。それに声が出ないなんて一度もなかった。

 眷族としての力を使おうとするも、全然発動しない。

 混乱する頭で、この状況はなんだと必死に考える。

 自分の頬に、生々しく冷たくも温かい、人間の手の触感があった。

 無抵抗で剥き出しの肌に触れられるのが怖い。冷や汗が止まらず、呼吸ができなくなる。
 勇者の時に、ざんざん受けた理不尽な暴力を思い出すからだ。
 こちらに寄り添うように優しく撫で、不意に殴る蹴るという痛みを負わされる。

 撫でる場所は、頬や首、手の甲などの肌が剥き出しの場所ばかり。
 体が覚えてしまったのだ。この条件が起きたら理不尽な目にあうぞ、と。

 何度も許しを請うても、暴力は止むことなかった。
 それを知っていながらも、自分は心の中でその言葉を必死に紡いでる。 

 内側の黒い靄が色濃くなり、自分を塗り潰していく恐怖があった。
 ふたつの恐怖に、自分は息が出来ないほど溺れていく感覚に蝕まれていく。

「よ! お久しぶり!」

 聞き慣れた魔神の声。だが、横から出てきた顔は木造の兜。

 1度だけ会ったことのある、木造の全身鎧の姿をした魔神の並列思考だった。

「狼から聞いていたから知ってたけど・・・・・・まだトラウマ治ってないのぉ~?」

 腰のベルトに差していた剣を勝手に奪われる。

 頬から手が退く。

 後ろ襟首を掴まれ、ずるずると足を引きずら、仰向けでベッドに倒される。
 自分の視界に、備え付けの椅子をベッドの横に置いて座るその魔神の姿が映った。

「ちなみだが、これもギアスな」

 サイドテーブルに置いていったシルクハットを兜の頭に被せ、魔神は勝手に説明を始める。
「ギアスは魔神が力を分け渡す時に結んだ誓約を破った眷族に対して行動不能と意識停止を行使させる。が、もうひとつ発動する条件がある。魔神が違反したと判断を下したときだ。暴君じゃないぜ。神だから許される権能。とびっきりの力にはそれ相応のセーフティがかけられるってもんだ!」


 だんだんと、呼吸が落ち着きだす。
 前にギアスを使われたのは、荷物持ちの男に再会したときだ。
 あの時は、人を殺そうとしたことによる誓約破りだ。事前に聞いていたギアスの効果と同じだった。
 もうひとつ条件があるなんて初耳だ。


 その時、再びあの悍ましい感触の手で頬を触れ始めた。
 顔を逸らして逃げたいのに、それすら許されない。

 鋭利な刃物を当たられているかのように、恐怖で体温が下がっていく。
 体の自由が奪われていなければ、恐怖から体はびくりと痙攣して、情けなく震えていたかもしれない。

「こっちは報酬の約束を取り付けた上で仕事しているからなぁ。依頼人であってもまた違反されちゃ困っから使わせてもらったっというワケだ」

 話が頭に入ってこない。
 心臓の激しい鼓動音の方が大きくて、声が聞こえづらい。

「ま! この俺もこの教会に用事があったから近くにいたんだ。お前さんと涙の再会でもするか~と思って来たら、狼の俺から応援要請でまさかの状況だ。本当に運がないなぁ~。お前って」 

 心の中で何度も許しを請う。
 自分に非はないが、この手をどかして欲しいと藁に縋る思いで何度も心の中で叫ぶ。

「その応援要請の1つが、状況が落ち着くまでお前を部屋から出さないでほしいってものだ。顔色も悪いし、ちょっと眠ったらどうだ? 子守歌は無理だから意識停止というリラックスを提供してやるよ」 

 内側に広がる黒い靄に混じるように、再び恐怖が自分の体を蝕んでいく。 

「起きたら面白い話た~くさん聞かせてやるから。じゃ、グッナイ~ト!」

 その言葉を最後に、糸を切るように意識は途切れた。

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