After story/under the snow

黒羽 雪音来

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10.1‐3 だあれ?

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 北の魔神の目の前に、南の魔神がいた。
 差し出すように伸ばされた右手に砂が舞う。
 その砂が広がって、北の魔神を呑み込み、跡形もなく消した。


 否。あの時のように、2つの水晶玉が転がり落ちた。


 片手で持てるほどの小さな水晶玉。
 北の魔神が戦利品だと言って、自分に渡したものだ。
 これを王家に渡せば勇者から解放される。
 幸せになりなさい。
 ──そう託された遺品だった。 

 南の魔神の手がそれに伸びる。
 掴もうとする手を、自分が掴んで上に振り上げて妨害する。
 あんなに蝕んでいた恐怖より、目の前のそれが消失することを恐れる自分がいた。

 南の魔神が、無言でこちらを見つける。

「・・・・・・はぁ~」

 最初に出たのは、呆れからのため息だ。
「これ、お前の復讐に関係ないけど?」

「うるさい!!」

 自制が効かない。
 握る手にさらに力が入った。

「・・・・・・つーか。聖女放置すんなよぉ。このままじゃ回収できなくなるぞ?」

 復讐にきたのだから、魔神の言葉は正しい。
 だが、今の自分には北の魔神がいた証拠を壊される方が許せなかった。

「うるさいっ!!!!」
「・・・・・・なーるほど。お前の復讐の動機は北の奴か」
 魔神は確信を得たような声で笑った。

「っ!! 違う!!」

「今言葉に詰まっただろ。認めたもんだぞ」

「これはっ!! 俺を陥れた奴らへの復讐だっ!!」

 必死に言葉で取り繕う。
 この復讐を果たすために、罪悪感から自分の心を守らないといけないからだ。

「違うね。北の魔神の為に復讐をしたいだけだろ」
 疑問形ではなかった。
 魔神はそうだと断言した。


 否定しないといけないのに、言葉が出ない。
 違うと言わなければいけないのに、嫌だ嫌だと首を横に振ることしかできない。
 どういう言葉を使えば、魔神が納得してくれるのかわからない。
 そもそも、自分の言葉になど価値はない。これ以上何を言っても聞く耳を持たずに、同じ質問をされるのが怖い。
  
 
「・・・・・・猫と狼の俺が言いたかったのって、そういうことかぁ~。確かに。こりゃ~、俺がズカズカと入りすぎだなぁ~」

 南の魔神は困ったと指を鳴らした。木管楽器を鳴らすようなやや籠もった低い音だ。
 水晶玉に張り付くように砂が覆い、バキンと割る音が聞こえた。

 自分の目の前で、あのヒトが生きていた証拠が消えていく。
 自分は僅かに残っている破片を掴むために、魔神から手を離した。

 消えたはずの、黒い靄が急激に広がっていくのを感じる。

 自分の感覚がおかしくなった。
 その黒い靄は人のような形を取り、自分の意識を塗り潰していくのだ。
 自分の中に、全く知らない別の誰かがいるかのような、よくわからない感覚だった。


「ここで争う理由はなくなった」


 南の魔神が、自分の手首を掴んで無理矢理持ち上げる。

 指先に引っかかることなく、証拠は消えた。
 あのわからない感覚と一緒に消えた。


「依頼人とトラブル起きちまったから帰っていいかぁ?」
 魔神の言葉は、自分ではない誰かに向けられていた。
 

 つくづく、自分は勇者なのだと痛感する。
 もしくは、眷族としての性質なのだろうか。
 あるいは、もう手が届かないとわかって諦めたのか。

 背後から浴びせるように向けられた、魔力と殺意で作り上げた攻撃に、勝手に体が反応した。

 掴まれている手首を軸に体を反対側へ向けながら、剣を抜く。
 魔神を背にして前に立ち、禍々しい魔力を纏わせ、上から下へと振るう。
 薄い布を切るような手応えだった。だが、自分たちの背後で爆発と勘違いするほどの酷く荒々しい音が響いた。


「・・・・・・っふふ」
 絡みつくような、粘り気のある声で男性は笑った。
 大きな獣の毛皮を被っていた。フードで顔は見えない。

 攻撃してきたのだから、観察して対策をしなくてはならないのに、今の自分は何も考えたく、見たくもなかった。 

「笑っているなら帰らせてくんない? 俺も忙しいのよ・・・・・・」

 魔神はうんざりとした声で言い、足で追い払うような仕草をする。


 そして魔神は、自分に頭突きを喰らわしてきた。
 鉄製と勘違いしてしまうほど痛みに、頭がくらくらとふらつき、じんじんと痛い。
「お前はシャキッとしろ」
 魔神の言葉は正しい。
 頭突きという衝撃でまだ頭は痛いが、思考するという役割を取り戻す。


 男性はゆるりと右腕を持ち上げる。
 毛皮と服の間にできた隙間から、その腕の下にもう1本の腕が見えた。
 右腕が2本なら、左腕も2本あった。

 尋常ではない、膨大で強力な魔力を持つ魔物。
 しかも、今までのどの魔物よりも強い。

「そこにいた」

 その魔物は、自分を指した。
 自分は飛び跳ねるように体を震わせる。

「南の魔神はハゲタカだった・・・・・・人の道具をかっ攫う最低野郎・・・・・・丹誠込めて作った大事な大事な聖剣の苗床・・・・・・っふふ」

 熱に浮かされ愛を囁くような気色悪い口調より、心臓に直接指を這わせるような悍ましい言葉に身の毛がよだつ。
 
 聖剣の苗床。

 その言葉に、得体の知れない不気味さがあった。
 先程見た、聖女達の姿とクリスタルが脳裏に浮かぶ。

「ハゲタカにかっ攫うぅ! なぁーんて可愛い言葉のチョイスだ!! その時点でお前の底が知れてんだよっ‼ つーワケで帰るっ!! もう帰るぅ!!」

「帰れる、ならな・・・・・・」

 魔物の背後から、1つの影が躍り出る。
 それは魔物を超えて、こちらに降ってくる。

 向けられた夏の聖剣を、禍々しい魔力を纏わせた剣で受け止めた。

「───え!?」

 鍔責め合いのという至近距離から、南の勇者が驚きの声をあげた。
 南の勇者ごと聖剣を薙ぎ払う。

 南の勇者は聖剣で地面を叩いて、体勢を立て直してから着地する。
 巨大な岩が降ってきたかのように、聖剣で叩かれた場所が穿った。

 南の勇者は、目を大きく見開いた。緊張しているのが見てわかる。

「そ‼ そ、そそ、その姿の魔神さんも強いですか!?」
 質問の内容がおかしい。
「あ。間違えちゃった。───なんで魔神さんと一緒にいるのですか!?」
 
「よーくぞ聞いてくれましたぁ!!」
 
 その質問を待っていたかのように、魔神は意気揚々と答える。

「こいつは俺の新しい眷族!! 本来の俺はそこの毛皮の本体にねちねちとバトル挑まれて動けないからこいつに代理を任せてる!! そしてこの俺は弱い!!」

 ここで自白するとは思っていなかった。
 1度に両者の相手をしなくてはならなくなった。
 強ボスと南の勇者なら勝てる。
 だが、魔物の方は得体が知れない。能力は先程の攻撃以外不明。
 魔物の方の出方に注意しながら、先に南の勇者を無力化する。

 
「──ずるいです・・・・・・」

 魔神に手を離すように言おうとする直前。南の勇者がぼそりと呟いた。
 そして、聖剣を魔物の方へ向けた。
「え?」
「ずるいです!! わたしだって魔神さんと戦いたいのにーーーーーーー!!」
 ブンブンと聖剣を振り回して勇者は泣きながら怒り出した。
  その勢いで魔物に飛びかかる。

 何が起きたかわからずに、状況を見つめる。
 剣先を向けられた魔物も、驚いている様子だった。
 あの様子だと、魔物も何が起きたかわかっていなかったのだろう。そう思った。

「言ったろ? バトルジャンキーだって」
 魔神が耳元で告げた。

「このまま逃げっぞ!」

 魔神に引っ張られる。つられて駆けだす。
 魔物と南の勇者の横を通り過ぎる。
 北の聖女達のいる部屋で、この世の終わりを見てしまったかのように呆然と立ち尽くす南の聖女と、狼の姿の魔神がいた。

「サフワの嬢ちゃん! あとよろしくぅ!!」
 横切り、遠ざかる中で、全身鎧の魔神は言葉だけ置いていく。
 その言葉で、南の聖女ははっと我に返ったように体が跳ねた。

「待ちなさいこれは───」
 問いただすような鋭い声は、遠ざかって聞こえなくなった。

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