After story/under the snow

黒羽 雪音来

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9.4-4 神の足元には地獄があった

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 北の大陸で産まれた者は、北の大陸の為に人生を捧げるべきという考えが根強い。戦争が起きた時に、この大陸のために自ら進んで命を差しだして守護し、敵を殺す刃として死地に赴く。そんな大陸愛だ。
 それがどの時かと示すのが王族の役目で、その補佐をするのが貴族。一般市民にもそれは常識として教え込まれている。

 実際、昔の自分もそうだった。
 北の勇者だから、という気持ちもそこに通ずるものがあった。その結果、利用されて切り捨てられた。


 目の前の光景もそれなのかと、自分は北の大陸の1人として、この光景を信じたくない気持ちの方が勝っていた。

 
 復讐をしにきたはずだった。
 なのに、なぜこんなことになったのか全くわからない。

 
 北の大陸に根強く残る聖女像。それはこの複製体が使われ続けたきたことを指しているのだろうか。
 そうでなければ、自分が処刑される前日に、聖女が牢にやって来るなんてありえない。礼を告げるなんてありえない。
 
「ありがとう。私より先に、そして悲惨に死んでくれて。お礼にひとつ良いこと教えてあげる」

 あの時の聖女は、水槽の中にいる複製体のひとりだった。

 理由はわからない。根拠もない。
 だが、頭の中ではこれが真実だと勝手に決めつける。

 あの北の聖女が、力を使っているところを見たことがない。
 強ボスに殺された北の聖女は、力を持っていなかった。


 複製体は、自ら力を行使することができない。
 そう、勝手に決めつける自分がいた。


 そうでないと辻褄が合わないと、声を上げる自分がいる。
 常識的にそれはありえないと、声を上げる自分がいる。
 無意味なやり取りが、自分の内で繰り返される。
 底のない水の中で溺れるように、息が苦しくなる。

 呼吸ができないから、考えていることが纏まらない。

 前に読んだ物語で出てきた悪い武器より、目の前の光景の方が空想から生まれたありえない存在だ。
 現実に起きても胸が弾むことはなかった。
 むしろ、首を締め付けられる苦しさと、肺が握り潰されていくような恐怖。
 空想のようでありながら、現実という残酷で悍ましい地獄に対する吐き気があった。

 もう見たくないと、心臓が痛くなるほど心の中で張り叫ぶ自分がいた。
 答えを見つけ出そうとじっと見て、疑問や考察を頭の中でぶちまける自分がいた。
 心と頭が乖離して、自分が自分でなくなっていく。

 なんでもいい。なんでもいいから北の聖女以外を考えよう。
 否。考えなければいけない。考えなければ自分が壊れてしまう。


 周りを見て、スノーフラワーと呼べそうな植物らしいものがないことに気づいた。
 左右に並ぶ水槽と、ガラスの箱が乗っている祭壇のような四角い台。
 そして、聖堂にもあった神の像。こちらは抱えて運べるほどの大きさ。
 その像の後ろに歪な穴ができあがっていた。


 何か知っていると思われる人物は、目の前から消えていた。
「魔神・・・・・・?」
 答えが欲しくて、この恐怖から逃れたくて、ここ場所から逃げたくて、剣を杖の代わりにしてふらつきながら立ち上がった。
 その穴へと足を踏み込んだ。
 
 

 真っ暗な部屋に青い花が咲いていた。

 暗い床に直接植え付けるように長い茎が刺さっている。
 二重に重なる花弁は俯くように咲いており、この植物が淡く発光していた。

 人間を優に超える大きさの花は全て氷で出来ていた。
 魔族達が鳴らす鈴の音より高く澄んだ音が鳴ると、手前の花弁の端が砕けて天井に向けて飛んでいく。どこまであるかわからない真っ暗な天井に溶け込むように砕けながら消えていく。
 よく見れば、二重の花弁の外側は葉だった。花弁と大きさの変わらない植物は初めて見た。

 見ているだけで悲しくなってくる。そんな花の群だ。

 その花の群が、一瞬で砕けて地面に落ちた。
 否。微かに砂の粒子が飛んでいた。それが花の周りを舞うようにして叩き割ったのだ。
 

 大量のガラスを割る音に、耳が痛くなる。
 手で耳を塞いでも、ただの気休めにしかなかなかった。

 脳を揺らすほどの大音量の中に、いるはずのない姿を目撃した。


 氷の彫像のような美しき翼竜の姿。
 頭から背中の途中までしかないが、見間違えるはずはなかった。


 自分が聖剣で止めを刺した、北の魔神だった。

  
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