After story/under the snow

黒羽 雪音来

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9.3-4 北の聖女

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 否。それを見て何が起きているのかがわからなかった。

「理解することを拒絶してるだろ?」
 
 魔神の言葉に、胸がズキリと痛くなった。
 図星だった。

「だが、選んだのはお前だ。選んだからには責任だって伴う」

 魔神はそう言いながら自分の横を通り過ぎた。

「前に南の大陸のサンドワームや東の大陸のゾンビの話したよな? あれらは取り込んだナーマを取り込む機関が1つしかない。そこは人間と同じだ。切り飛ばした手足が勝手に動くことはない」

 この状況で進化体の話が出てくるのがわからない。
 否。関係があるから話しているのだ。
 それを、自分が知りたくないと拒んでいるだけ。

「北の大陸にいた進化体のスノーフラワー。あれは動物ではなく植物だ。西の大陸の進化体も植物系だか、そいつらには存在しない特徴がある。──種だけでなく、花や茎を切り落としても残っている部分から再生し、個体数を増やせる。プラナリアの植物版とでも思ってくれぇ」

 左右の水槽には見向きもせずに、魔神は正面に置かれた小さなガラスの箱の横に並ぶ。

「それは珍しいことじゃあない。そういう風な体の作りをしている生物として、確立しているからなぁ」

 その中には、キラキラと輝く白い光が1つ閉じ込められていた。
 否。それは大きな情報を縮小した媒質だ。 

「それを、馬鹿な考えを持った奴が悪用しているってだけだ。本物の北の聖女のデータを元に複製し、作った方を再生という形で採取した時の年齢まで成長させるなんざ──人間じゃ思いつかねぇよ」


 そんな話、聞いたことがない。
 自分の知る北の聖女は人間だ。
 こんな、光では、なかった。

 魔神の言葉を受け入れようとしない自分がいた。
 まだ、幻術を使っていると言われた方が信じられる。
 この光景を見たって、証拠がない。

「……そうだよなぁ。信じられるワケないよなぁ~。人間だもの。俺の説明だけで同じ人間がこうなるなって理解できる方がありえない、もんなぁ~」

 魔神は後ろ頭を掻くように、右手を添える。
 パチンと。左手を鳴らした。

 生命維持だけの魔眼が、勝手にその光という美しき皮を被った情報を解読した。

 それは、聖女の力を持った少女だった。
 少女という物質は解かれ、数字や記号に置き換えられた。
 遺伝、性別、魔力、聖女の力と、細かく区分けされ、もう人間に戻すことはできない。

 魔眼から脳へ、膨大で衝撃的な情報が叩き込まれる。
 立てなくなって、よろけて、尻もちを着くように後ろに倒れる。
 痛みはあったが、それを気にするほどの余裕など、今の自分にはなかった。
 見なければいいだけだとわかっているのに、その恐怖から目が離せない。


「スノーフラワーの性質を使って作られた聖女の複製体は無理でも・・・・・・この現物なら持って地上に出れるだろ? ラスボスとは戦わずにとっとと逃げろよ~」

 人間じゃないから、南の魔神は平然と出来るのか。
 左右の壁にずらりと並べられた筒型の水槽。その中に眠るように立っている同じ容姿をした北の聖女達を見ても恐怖を感じないのか。

 目の前のガラスの箱に収められている光から圧を感じる。
 自分を囲うように、周りの水槽に収められている、同じ顔の聖女達から圧を感じる。
 ただ光っているだけなのに、眠るように瞼は下ろされているのに、視線を感じるのだ。

 この私達を見て何を思っているの。

 そう、嘲笑うように尋ねてきている気がするのだ。


 
 彼女たちの手首に妙な管が刺さっている。
 それが血を吸い上げ、丸みのある長方形のガラス瓶に溜めていく。
 ガラス瓶から別の管へ。その色は赤から無色の液体に変わっている。

 
 視線が、管の行き先を追う。
 止めろ。そう必死に訴える心と頭の声を無視して、追ってしまった。


 見たことのない魔方陣が彫られた石版があった。
 左右の水槽の後ろ、通路と思われる間を挟んで、並べられていた。

 その上に無色の液体が屋根から伝う雪解け水のようにしたたり落ちる。

 溝が液体で満たされる。眩しい光を放つ。
 溝から液体は消え、石版の上に拳ほどの大きさのクリスタルがあった。

 血の気が引くのを感じた。自分の声とは思えない貫高い音が口から零れた。

 これが、魔神が言っていた酷い真実。

 クリスタルは、聖女の複製体の血を材料にできていた。
 その複製体を作るのは、スノーフラワーと変わり果てた姿の北の聖女だったのだ、と。

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