After story/under the snow

黒羽 雪音来

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10.3-3 裏側エピソード その2

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 木の全身鎧の兜が転がり落ちる。
 外ではなく、背後から不意打ちしてきた存在の足下で止まった。
 左手が、背中から胸を貫く魔物の手を抜かせまいと掴む。

「知ってっか? お前のような奴をストーカーって呼ぶんだぜ!!」

「最後の、負け惜しみか?」

 魔物に踏まれた木の兜が、音を立てて軋みだす。

「ぎゃははははぁ!! これぞひねくれ者の模範解答だっ!!」

 魔神は胴体も震わせるほど笑い出す。
 心の底から嬉しそうに笑い出す。

「そうそう!! こういうのがいいんだよ俺はっ!! 素直に黙ったり謝ったり自傷したり死にたがったりすーぐ自分を卑下する奴よりこっちの方がズタズタに弄りがいがあるってもんだっ!! なぁなぁ時間あんだろぅ? あるだろぉ? スっゲぇえ、くっだらない話しようぜぇ!! ぎゃあははははは!!」
 
 長い間会っていなかった親しい友に再会したように、魔神は興奮する。
 あるいは、どんなに乱暴に扱っても壊れない玩具を手に入れた子供のような、はしゃぎっぷりだ。

 魔物は無言で、兜を踏み壊した。

「おいおい!!」

 今度は、鎧の胴体の方から声が響く。

「愉っしいのはこれからだぜぇ!! 眉間に皺寄せてねぇで嗤おうぜぇ!! 何から話すぅ? 何を話すぅ? いっつもサバククジャクのように逃げてばかりな奴だから何から話したらいいか悩むなぁ!!」

 興奮は高まっていき、早口になっていく魔神。
 その背後では、魔物による教会の人間の殺戮が続いている。
 阿鼻叫喚の地獄を嗤っているような、無慈悲な光景と化している。

「慌てて作った分身が俺のより強くて安心してる? しちゃってるぅ? もう少し本体の俺も弱くすればお話してくれる!? いいねいいね!! これぞ負け犬って感じで最高っ!!」

 鎧の両足が凍り付き、音を立てて砕け散った。

「図に乗るな・・・・・・貴様ごときが‼」

「あの話‼ あの話しようぜっ‼ お前んちの工場ぶっ壊しちゃった話っ‼ ちょっと触れただけでバキバキに壊れた使徒の空っぽ容器‼ ドミノ楽しみてぇっでクッソ楽しくってさぁ‼」

「っ、黙れ‼」

「あれだ‼ お前んちの工場ぶっ壊しちゃった話っ‼ 蟻のようにわらわらわらわら出てくる北の奴‼ ちょいと持ち上げただけで流れて死んじまう蟻のようでさぁ‼ 見ているだけで腹抱えちまったよっ‼」

 魔物は無言を選んだ。
 
 こうやって捕まえたのだから、いろいろ尋問しようと思っていたが止めた。
  
 ほんの一言二言の会話であっても……喧しく鳴くだけ。
 考え方も感じ方も異常。
 魔神は悪。
 こちらの言葉など理解できない愚かで罪深い存在なのだ、と。

「だんまりぃ~? じゃあさじゃあさ‼ とっておきの話‼ 大陸騒がす人身売買の組織っ‼ せっかく俺が逸材連れてきてあげたぁ~ていうのにぃ~……最初に俺が声かけた時に捕まえたガキ以下の値段でしか売れなかったんだぜっ‼」

 まさかの真実に、魔物は怒りで我を忘れた。
 音を立てて、魔神の左腕を乱暴に千切った。

 その左手が魔人の手を掴んだまま、腕がだらりと下に向く。

「3番目の王子様と呼ばれている息子君の価値はそこら辺のガキ以下‼ 爆笑必須のコメディだこれっ‼ ぎゃははははははっ‼」

「────っ、貴様っ‼」 
 
「お話してくれる気になったぁ? じゃ、あれも捨てがたいっ‼ あいつのお気に入りの庭焼いた時‼ あいつ、どんな顔してた? 目じり上げて怒ってた? それとも目じり下げて泣いてた? なぁなぁ教えてくれってばよ‼」

「穢れた、神の罪、の分際が……‼」

「────吠えるな。矮小」

 聞き慣れているしわがれた声の突然の口調の変化に、魔物は言葉を切ってしまうほど体がびくりと跳ねた。
 軽快さは消え、地響きのような厳かさがあった。
 あの偉大なる存在のように──人の上に立つ存在の偉大さと尊敬という恐怖を感じ、魔物は本能的に後ずさる。

 だが、それを許さないと魔神が強く握って制した。

「おっと。悪ぃ悪ぃ! あまりの不敬さにあっちが出てきちまった……俺が騒ぎ過ぎたから出てきたか……ま、どっちでもいいや!」
 軽快な声に戻った。
「あーあ。俺の方がシケちまったよ・・・・・・今日は解散~」
 声だけでなく、先程の興奮が嘘のように魔神からなくなっていた。

「貴様は……あれで……何がしたいのだ・・・・・・?」

 魔物は逃げられないように、空いている手で鎧の首回りを掴んだ。


「なんで俺? あいつが復讐したいって未練があって仕事を受けたから手ぇ貸してるだけよぉ?」


 この魔神に首があれば傾げていただろう。
 それほど、魔物の質問に不思議そうにしている。


「・・・・・・何が……言いたい?」

「あぁ? 未練をなくして成仏した魂は転生するって話だよ。もともとはお前ら人間が作り出した概念だろ? おおーっと悪ぃ悪ぃ‼ お前らや魔物には一切関係ねぇ話だったなぁ‼」

「なぜ‼ 知っている・・・・・・?」

 呆然とする魔物の表情を見て、魔神は再び爆笑する。

「もう随分前から知ってるっての!! ちゃんと聖女を見張ってねぇからぺらっぺら勇者に喋っちまうんだろ!!」

「!! あれが、話す、だと・・・・・・ありえ、!!」

 鎧の魔力が急激に上がる。
 まるで、すぐ近くに膨大な糧があったかのように。

「・・・・・・その保護者面がマジで気持ち悪ぃから教えてやるよ。神様って生き物の心が読めるし、触れれば干渉できんのよ。つーワケで、ごちそーさま」

「貴様!! まさか・・・・・・!!」

「ついでにお前の魔力も全部喰わせてもらったわ」

 魔物は慌てて手を引こうとするが、魔神の左手が邪魔で引き抜けない。
 その胴体事壊そうとするも、それに必要な魔力がなくなっていた。

「本当は、本体のお前に仕掛けようと思って粛々と魔物喰ってチャンネル合わせてたんだけど・・・・・・ま、俺と違って大ダメージにはなるから結果オーライだな」

 魔物は、この神の掌で踊っていたような錯覚を覚えた。
 ほぼ強襲だった。だが、それすら目の前の神は知っていたかのように、魔物から情報と力を奪っていった。

「最強になってから出直してこい」

 鎧の胴体が光出す。
 最小までに縮小されていた力が、一気に解き放たれて激しい勢いで破裂する。
 爆発の方に価値はない。
 光の方こそ攻撃の主要だ。
 光を浴びた魔物達が真っ黒に塗り潰される。端の方から砂の粒が落ちて崩れていく。
 そして、爆風の衝撃によって崩壊した。
 残っているのは、呼吸のない人間達。



 爆発が終わってからかなり時間が経った後。
「・・・・・・なによこれ?」
 地上に戻ってきたサフワは、愕然とした表情で聖堂の中を見渡した。
「も、戻ってくるまでに何が起きたのですか・・・・・・?」
 サフワに背負われるソフィは、顔色を真っ青にしていた。
 
 そして、知っているが知らない顔をする狼が足元にいた。
 北の聖女がいる部屋に落ちていた、シルクハットを咥えていた。

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