After story/under the snow

黒羽 雪音来

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16.2−8 決着へのカウントダウン

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 レモーナ家当主が魔法を放つ以外は、言葉はなかった。
 魔法と影がぶつかって消える。
 魔法と剣が火花を散らす。
 魔力と魔力が弾き飛ぶ。
 音と音が相手を呑み込もうと響き合う。
 殺意と敵意を織り交ぜた視線が何度も激突する。

 魔物の妨害もなければ、助けを求める人の姿もない。

 この世界と時間には、自分とレモーナ家当主しかいない奇妙な感覚。互いの存在を拒絶し、今生の別れを求めるかのように、その命を奪う為に全ての技と手段を使って、この世界から1秒でも速く排除しようと躍起になる。

 さらなる詳細を求められても、これ以上の説明は難しい。
 自分も必死なのだ。無駄な考察、一瞬の迷い、僅かな動き、一音分の言葉。そんな些細な思考や行動で、自分の首が風の刃で切断されるか、自分の体が氷結して粉々に粉砕されるか。あるいは燃えて灰になるか。そんな瀬戸際だ。
 それはレモーナ家当主も同じだ。

 
 マナの力を魔力に変えることができても、その体は人間だ。
 耐性があっても、その容量を超せば普通の人のように死に至る。
 その死に方は特殊だと、南の魔神は言っていた。
 寿命という時間を削り取るように老いていく。
 魔力変換機関が近くにあるために耐性が強い臓器より、外側の肉体の方から脆く崩れていく、と。

 レモーナ家当主は中年男性であり、皺だらけの老人ではない。
 けれど、2つの魔法を同時に、3つの魔法を同時に、使うたびに老化が進んでいく。

 魔法の併用は、捨て身故に強大な技。

 勇者の時の自分に見せることのなかった、この魔法使いの奥の手。
 怪物となった自分を殺すには必要だと、命を削って使っている。

 この攻撃に、自分は禍々しい魔力を纏わせた剣撃しか有効な手がなかった。

 影で迎撃するも、呆気なく燃え落ち、潰され砕かれ、氷付けになって止められる。
 1度でも喰らえば、眷族の体であっても耐えられない。

 1撃食らう前に、自分の刃がレモーナ家当主に届くか。

 レモーナ家当主の体が終わりを迎える前に、その魔法で自分を殺すか。

 それが勝敗の結末。
 互いの勝利のために、相手の勝利像を敗北像に塗り潰さんとする。


 長いような、短いような、そんな時間に変化が起きる。
 レモーナ家当主の右腕と左頬が、灰色の砂のように崩れた。

 素早く杖を左手に持ち替え、風と氷の魔法を放ってきた。

 魔法を放つ威力と速度は変わらない。
 だが、限界を迎えようとしてる。その目に浮かんだ動揺を自分は見逃さなかった。

 自分の方も、眷族の力を維持する分以外の魔力も残り僅か。
 こちらも長引けば魔法を打ち払い、レモーナ家当主に届かせる刃がなくなる。
 
 間に合わなくなる前に、接近して勝敗を決める。
 剣に魔力を纏わせる。使える範囲で魔力を注ぎ込み、自分の魔力が禍々しく荒ぶる。

 自分の目の前で、レモーナ家当主のローブの裾から灰が落ちる。
 浮いているから移動や攻撃に支障はない。だが、向こうも次で決着をつけようとする。


 レモーナ家当主が3つの魔法を同時に放つ。
 こちらの剣撃で使っていた魔力を上回るほどの、威力を持つ魔法攻撃。

 自分は駆け出し、正面から切り捨てる。
 剣に纏っていた魔力が消える。それでも足を止めない。

 1歩でも間違えれば、こちらが負ける。
 逸る気持ちを抑え、怖じ気つく気持ちを払い、この動きこそ勝利への道筋だと、自身を納得させるように数える。

 残り12歩。
 戦いながら吸収したナーマで作り出した魔力で、剣に薄く塗るかのように纏わせる。
 お粗末でいい。1回でも持ってくれればそれでいいのだ。
 この状態は、膨大な魔力をくっつけるように乗せるために使っている方法と同じ。潜伏期間中に新たに覚えたものではない。


 残り9歩。
 レモーナ家当主が即座に魔法を放とうと杖を向けた時、左腕が干涸らび、音を立ててひびが走った。

 残り6歩。
 これ以上強力な魔法を放てば命がない。それが躊躇いを生んだ。
 体に負担がない、1種類の魔法を放った。

 残り3歩。
 踏み込む足を、少しだけ止める。
 すぐ目の前で放たれた火炎の魔法を、剣に這わせた魔力で定着させる。右下から左上に振って、炎を纏わせながら持ち上げる。
 視界には、炎という矛であり盾を奪われて戦慄する復讐相手ではなく、この活路に瞠目する魔法使いがいた。
 瞬き程度の間ではあったが、止めていた分を踏み込む力に変える。

 残り2歩。 
 眷族として、魔族として、人間の比にならないほどの強い腕力で、強引に左上から右下へ斜めに炎を纏った剣を振り下ろす。
 腕力で押し付け、炎の刃で杖を不平等に2つに切断した。
 紙を破り捨てるような音と共に、結界が破れた。
 勢いは落ちることなく、レモーナ家当主の胴体を焼き裂いた。
 炎は消え、這わせた魔力は刃の上を滑るように剥がれ落ちた。
 

 切り裂き血に染まった服から、血に塗れた丸い銀飾りが見えた。
 懐中時計ほどの大きさ。だが、針を調整するための、蓋を開けるための、突起物がない。
 ひと目見てこれだと察した。剣の柄を握っていた片手を手放し、即座にそれを握り壊した。
 
 そこに収められていたマナが、自分の方へと流れてくる。
 この銀飾りこそ、マナを閉じ込めて使い手に送る魔道具。
 これを見つけ出して奪えなかったら、自分の方がマナ不足で負けていた。
 
 自分の予想していた以上にマナは閉じ込められていた。そのマナを自分の方へと流し込み、魔力変換機関で魔力に変えた。魔法を使わなければ、数時間は困らないほど溜まった。

 レモーナ家当主は、奥の手であるマナの魔力を使った魔法は使えなくなった。
 否。耐性を上回って体に異常をきたしている以上、マナがあっても使うことはできない。
 

 この時点で、自分の勝利は確実となった。
 だが、戦うのが目的ではない。
 復讐を果たさなければ意味がない。 
 自分の手で殺さなければ、意味がない。

 振るい下ろした剣ごと、腕を後ろに引いた。魔道具を壊した手を添えた。 

 最後の1歩。
 あのヒトを殺した時と同じ、至近距離からの1撃。
 レモーナ家当主。お前は最後に何を言い残す。そう心の中で叫び、心臓へ向けて剣を突き出した。

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