After story/under the snow

黒羽 雪音来

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16.8-8 裏側エピソード その7

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 どうして魔神が彼の前に現れたのか。
 

 それを語る前に、魔神の趣味の仕事について語らねばならない。

 
 魔神が、人間の復讐に関わる仕事を始めたのは数千年前からだ。
 今では復讐のスペシャリストと自画自賛しているが、始めたばかりはとても酷かった。

 始めたばかりの頃は、復讐代行だけだった。
 人間に興味がある変わり者の下級の魔族と偽り、報酬をもらう代わりに、依頼人が復讐したい相手に手をかける。
 
 よく注文されるのは、復讐相手に絶望を与えたい。そんな願いだ。
 その時の依頼人も、そんな復讐を望んでいた。

 魔神からすれば、赤子の手をひねるより簡単だった。

 復讐相手には家族がいた。祖父と祖母、妻に娘1人と双子の息子だ。
 復讐相手の仕事は議員であった。多くの伝手を持っていた。

 魔神が依頼を受けてから1ヵ月後。
 復讐相手の家族は全員亡くなった。死因は刺殺。
 復讐相手を除いて、互いで互いを殺しあったのだ。

 その家族の醜聞が世界に広まったのだ。復讐相手は自殺未遂に終わった。


 何をしたのか。依頼人は魔神に問い質した。

 祖父と祖母に多額の借金を背負わせた。
 複数人の男を雇い、妻を襲わせた。
 それらの証拠を世間にばらまいた。
 子供を高値で買い付ける業者がいると祖父母に囁き、子供が売られるぞと母親に囁き、君たちさえ売られれば、君たちさえいなくなれば、みんなやり直せて幸せになれるよと子供たちに囁いただけ。魔神はそう報告した。

 依頼人が与えたかった絶望と、魔神が想定していた絶望は大いにかけ離れていたのだ。

 魔神はやりすぎていたのだ。

 復讐相手の不正を暴いて絶望を与えることもできた。だが、それをせずに、復讐相手にとって大切な人達を不幸に突き落とし、復讐相手の心を壊す手段をとった。
 
 復讐相手の不正を暴くことはできた。だが、暴いて非難されて刑務所送りになるだけだ。
 きっかけさえあれば、誰だって探偵の真似ができる。逃れられない証拠さえあれば警察が動き、裁判が開かれ、厳格な罰を言い渡される。

 それは復讐ではない。だた罪人を罰しているだけ。
 復讐相手は罪人として、己の罪を悔いるだけだ。

 それは、絶望とは言えない。
 絶望とは言わせない。

 絶望とは、希望がないことだ。
 希望という光などどこにもない。この先は暗闇しかない。僅かな願いですら悉く裏切られる状況に、一秒でも長く閉じ込めることこそ絶望だ。
 
 復讐相手にとって、家族が互いに醜く殺しあって死んだ。自分の知らないうちに死んだ。自分の声や手が届かない地獄へ落ちていった。
 
 殺人事件をきっかけに、復讐相手が犯した不正が発覚。復讐相手は自殺未遂のところを逮捕された。

 復讐相手は悲観に暮れ、気が触れたかのように発狂して暴れまわり、自殺をして家族の元へ逝こうとするも看守に止められ、監獄で絶望に慟哭した。
 
 
 復讐対象が惨めとなり、絶望する様は爽快だった。
 けれど、その材料として関係の無い人間の命が落とされた。
 これはやりすぎだと、依頼人は非難の声をあげた。

 この逮捕によって、依頼人の名誉は取り戻された。
 なぜ非難の声を上げて詰め寄ってくるのか。魔神には理解できなかった。
 
 関係者だから同罪は当たり前。魔神は面倒臭くなってそう言った。
 依頼は果たした。それも要望にだ。
 それで苦情を言われるのはおかしい。本気でそう思っていたのだ。
 
 復讐相手の男に罪はある。協力者だった祖父と祖母は同罪かもしれない。けれど、8歳の少女と3歳の少年達になんの罪があるというのか。
 依頼人の言葉に、魔神は首を傾げた。
 考えて考えて、これなら納得するだろうとひねり出した。

 その二言が余計だった。
 復讐相手の血を継いでいるのと、目の前で襲われている母親を助けなかったことじゃないか、と。

 目の前に、依頼人の固まった表情があった。
 当時の魔神はその意味を理解できなかった。

 理解できないまま、復讐の依頼は破棄された。
 まだ復讐したい相手がいるのに、無言で破棄した。
 自ら首を吊って、復讐という舞台から立ち去ったのだ。
 
 仕事を全うできず、報酬をもらえなかった。

 今回は依頼人とそりが合わなかった。そう思いなおして、次の復讐依頼を取りに行った。

 似たようなことをして、たびたび依頼を取り下げられて、これはやり過ぎなのだと、ようやく自覚した。
 
 その後悔を生かし、魔神は人間という生物を調べ直した。
 片っ端から論文を読み漁り、面白くはないが人間観察もした。
 
 なんとなく人間を理解してきたあたりで、魔神と人間じゃ感覚が違い過ぎて無理だと悟った。
 それでも、この復讐関係の仕事を辞める気はなかった。少しだけ対応を変えることにした。

 ひとつのルールを己に課すこと。

 生きている依頼人には、どのような復讐を行いたいかを事前に計画し共有。依頼人自身に復讐を行ってもらう。魔神はその計画の段取りと下準備、妨害者などの排除などの細かな部分を担う。そんな裏方として、復讐のアドバイスマネージャーとして、立ち振る舞うように心がけること。

 依頼をした後に依頼人が亡くなってしまった場合、事前に聞いた要望に沿いながら、魔神の独断で復讐を代わりに行うこと。こちらの場合は、事前に報酬を頂戴している。
 様々な問題を起こした復讐代行としての活躍だ。
 加減は一切しない。依頼人ですら目を背けたくほどの悪逆をもって、復讐対象を絶望へと追い込んでいく。 
 
 
 以上が、魔神の趣味の仕事の話である。
 
 

 そして、どうして魔神が彼の前に現れたのか。その話に戻る。

「──と、まぁ・・・・・・復讐のアドバイスマネージャーとして、もっともらしい理由を告げて早急に送り出すことができました、とさ・・・・・・」

 彼の抱いた疑問は正しかった。
 視覚を取り戻したら、全てが明るみになってしまうところだった。

 盲目では、復讐はできない。
 分身体の方も、そろそろ足止めが厳しい状況。
 復讐の代行遂行の、この状況で置いておくわけにもいかなかった。

 魔眼が見つからない中でも、最善の手は尽くした。

「白骨にマントの出で立ちは怖いのかねぇ。2度も怖がられ・・・・・・ん? 逃げようとした時って目見えてねぇよなぁ・・・・・・。心読めねぇのはこういう時厄介なんだよなぁ~」


 正直な話、彼がここにいるとは全く予想もしていなかった。
 事前に入手していた王族のみが知る隠し通路を通って、復讐代行としての最大の復讐相手の目の前に、大々的に登場する。それが魔神のシナリオだった。

 だが、城の地下から気付けと言わんばかりに覚えのある魔力を感じとった。喧しさ半分興味半分で見に来たら、もう少しで神降ろしが完成する場面に出くわしたのだ。

 儀式を補佐する魔法陣には様々な素材や道具が必要となる。それをクリスタルと対象者の血で魔法陣を作り出して、実行しているとは思っていなかった。

 しかも、彼は『悪食』になりかかっていた。
 近くにいた人間という理由から、その喉に歯を突き立てていた光景は、ホラー小説のようでかなり怖かった。 
 
 彼の口に手を突っ込んで引き剥がした後は、早急に対処すべきタスクが多すぎた。
 彼の回復と送り出すための準備。神降ろしの妨害と破壊。王都に敷かれるように張られた念話を始めとする情報伝達を妨害する結界の破壊もしくは無力化。とりあえず邪魔な魔法使いの排除。退路の封鎖。王都にいる分身体とこれからくるビッグゲストの補助。
 それらを不備なく行い、ようやく一段落した。
 
「ま。気を取り直して、と!」

 白骨姿の南の魔神本体は、マントの内側から髑髏を取り出した。
 それを持って歩き出す。
 
「お前とは初対面だし、挨拶でもしておこっか!」

 首から流れる血を両手で必死に抑える国王の前で、魔神は足を止めて見下ろした。
 騒がれても困る。逃げられても困る。彼を引き剥がした後に、国王の両脚を切り落とした。
「初めまして。2代目現王さん。───俺の名前は南の魔神」 

 魔神は笑っているかのように、剥き出しの歯を鳴らす。

「どうよどうよ‼ この空間‼ 最高に綺麗だろっ‼ 魔神はその大陸の特徴を見合った形で魔力を使うことが多くてな。俺の場合は砂漠とオアシスのふたつのイメージから砂と水を使ってんだ。魔神のそういう魔法の2つ持ちって結構珍しいんだぜ? バレたら面倒だから他の魔神には内緒にしてんだ。で、話を戻すと、オアシスってのは憩いの場を意味していてな。さっきみたいに回復系として使うことが多いんだ──今は、ある魔法も併合して使っている」

 ドーム状の空間に、水が渦を巻いていた。
 天井を突き破り、壁に沿うようにゆっくりと回り、床は足首まで満たすほどの青い水が溢れていた。
「氷と雪だらけの大陸じゃ見かけねぇだろ? 奮発して城全体を包み込むように水柱にして、水にも内側にマナもた~くさん含ませつつ、外に放ってんだぜ」

 それは、毒に満ちた逃げ場のない牢獄だった。 
 現に、逃げようとした魔法使い達の死体が水の中で回っていた。
 果敢に立ち向かおうとする前に、空気に混じったマナを吸って死んだ魔法使い達の死体が水の床に転がっていた。

「範囲を指定することでマナを強制的に出現させる──人間を殺すだけの魔法だ」

 魔眼を失った彼が無事だったのは、国王が生き残っているのは、魔神がマナを操っているからだ。

 見境無しに増え続けるマナに、人間が生きていけない。
 発動してから数分だが、マナを吸収できる魔法使いでも、耐えきれないほどのマナが城の中に充満していた。

「元人間の眷族が編み出した魔法。他の場所から持ってきているとはいえ、発想がまさに復讐者だ。復讐相手の人間を苦痛と絶望で殺すならマナの方が有効的だって嗤ってたなぁ」

 同時に、マナとナーマの均等が崩れる魔法だ。世界を維持する魔神としては禁忌として許してはならない魔法である。
 だが南の魔神は気にしなかった。むしろ、それで復讐が果たせるならやるべきだと、後押しまでしていた。
 儀式を増やせばどうにかなると言って好きにやらせた。それが復讐のアドバイスマネージャーとしての判断だった。
 
「いつもなら砂嵐と一緒に使うんだが、あいつの回復と直接マナを流しての魔力の補充。あと南の魔神だってバレたくないからこっちにした・・・・・・ま。そんな話されても現王さんには興味ないよなぁ・・・・・・自己紹介のインパクトにはいいかなぁと思ったんだが、いや~失敗失敗‼」

 話を聞いて助けてくれるのかと勝手に勘違いした国王は、見捨てられた失望から体が震え出す。

 魔神は後ろ頭を掻くように、手を添えた。

「1代目を毒殺したときは、病に伏せてることにされたんだよな~」

 その言葉に、国王はびくりと体を震わせた。
 さらに顔色が悪くなる。全身の小刻みの震えは大きな揺すりに変わる。

「優先順位的にもうないと思ったが、あっさり造られて俺も吃驚したわぁ。どんだけお手軽操り人形なの? でも全然威厳ねぇよな~。1代目も言動ちぐはぐだったし・・・・・・これは手抜きによる副作用かぁ? よくこれで勇者の処刑まで漕ぎ着けたよな? 裏方ながらも主犯格の手腕が良かったのかねぇ?」 

 不思議そうに何度も首を傾げる。
 そんな魔神に、国王の目が訴える。

 なぜこんなことをするのか。
 なぜ自分を殺そうとするのか。
 なぜ南の魔神がでてくるのか。
 自分が何をしたというのか。
 ああ。死にたくない。死にたくない。

 その視線に気付いて心を読んだ魔神が、眼窩の中央上下を上に持ち上げてにっこりと笑った。
 
「この大陸ってさ、王様至上主義なんだっけ? その正当なる血筋を偽物が殺そうとしたんだから、処刑ものだと思うんだよなぁ~。でも俺時間ねぇから磔までの準備も1カ所ずつやるのも無理!」

 魔神が恐ろしいことをしようとしているのを察した国王は、藻掻くように体を揺らす。
 しかし、両脚を失った国王に逃げる術はなかった。

 パチンと。魔神は指を鳴らした。
 砂嵐が現れ回転しながら形を変える。槍のように細く長く、針のように小さく鋭くなった。
 それが6つ。魔神の背後にあった。

「熱した鉄釘より痛ぇけど、他の罪人みてぇに失った後も長く苦しまずに死ねるから良かったな!! あひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

 人生の最高潮にいるかのようなはしゃいだ声で、魔神は持っていた髑髏を顔の位置まで上げた。
 次の瞬間、その声は嘘のように感情がなくなり、冷たい声で魔神は告げる。
「じゃ、無様に死んでくれ───現在王様やってる亡き国王の複製体さん、略して現王さん」
 
 その髑髏の内側にある暗闇は、まるであの世という暗き場所に繋がっているかのような錯覚を与える。
 眼窩という穴を通し、絶望で発狂する哀れな作り物の男を見て、嘲笑っているかのような不気味な錯覚を与えた。

「1代目と同様に、依頼人でもある本人が見届けてやる」


 これが終われば、復讐の代行の最後の仕上げとなる。
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