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17.1‐5 北の大陸の北の果て
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背中から落ちた。
処刑された日と同じように、暗い鼠色の雲から大きめの粒の雪が降っていた。
柔らかい雪が積もっていた。冷たいだけで怪我は無かった。
頭が混乱していた。
視界を失う前と、今の状況があまりにもかけ離れすぎており、しかも視界を失っていた間の情報量が多すぎて処理しきれていない。
考えなればいけない。確認しなくてはいけない。やることは山ほどあるのに、どこから着手すればいいのかわからずに、空を見上げるだけしかできない自分がいた。
手から感じる堅い感触。
腕ごと、それを持ち上げてみた。
全く見覚えの無い真っ黒な片刃の長剣。刺突は必要無いと言うように切っ先は平たく、刃波は夜空を走る流れ星の軌跡のような美しさがあった。
両拳がくっつくほど柄が短い。巻いてある黒い布のおかげか、とても握りやすかった。
斬れればいい。刺せればいい。それを基準に剣を振るっていた自分には勿体ないと思ってしまうほど、この剣は使い手のことをよく考えて造られていた。
南の大陸ではこんな剣も造れるのか。感情が波打つように高ぶった。
今更だが、自分の体の異変に気付いた。
ようやく、脳が動き出した。
景色が見えること、両腕や指が普通に動かせることに驚いた。
慌てて起き上がる。見覚えのない、元の服装とは不釣り合いな茶色のコートをめくって、自分の体を確認する。
切り裂かれた皮膚は、傷そのものが嘘のように消えていた。襤褸のように破れた服はそのままだが、吸っていた自分の血は洗い落とされて乾いていた。
傷は負っていた。それを魔神が治した。あの言葉を信じるならそういうことになる。
魔力も充分にある。むしろ、教会に行ったとき以上だった。
自分という容器に、マナを変換して作り出した魔力が満ちている。
自分の影で一条の鎖を形成して具現化させる。問題なく発動できる。
黒い靄はまだあるが、黒い液体はどこかに流れてしまったかのように全く感じなかった。
ここはどこだと疑問に思いながら、自分の手を隠すほど大きな袖を捲りながら、立ち上がった。
一面雪景色。だが、振り帰ればここがどこなのかすぐにわかった。
下に長いが2枚の木を十字に交差した磔台。
血を吸った木板は黒ずみ、罪人を縛っていた特殊な縄は下に真っ直ぐ垂れ下がっていた。
この大陸の北の果てにある処刑場だった。
魔神がここで何をしようと考えているのか。全く予想ができない。
「見つけたあああああああああ!!」
右から魔神の叫ぶ声が聞こえた。
振り向いた。
全力疾走でこちらに走ってくるコナユキ猫がいた。
その背後で、光の矢と砂嵐がぶつかり合っては互いに消えていく。
状況が理解できない。
光の矢も砂嵐も、何が起きているのかまったくわからない。
どうしたらいいのかわからなくなる。
「シャキっとしろぉ!!」
そう叫びながら、鼻の上に皺を寄せた猫姿の魔神が跳び蹴りをしてきた。右に移動して躱した。
その背後から感じた別の殺気に体が反応する。持っていた剣で受け止め、弾き飛ばした。
襲撃してきた人物を見て、その姿に目を見開いた。
大男のような体を銀の甲冑で覆い纏い、背中に天使の翼のような神々しい4枚羽を生やした姿。その手に持つ杖は、槍のように先端が尖り、十字架のように交差した上には三角形をいくつも重ねたような杖の頭があった。
その姿と相まって、聖書に出てくる神秘的な存在のような神々しさすら感じた。
もう、魔法を行使することで可能な域を超えていた。
「あれ。ウォール大賢者だからな」
肩にしがみついてきた魔神の言葉で、ますますわからなくなる。
自分の知っているウォール大賢者は、あんな人間離れしていない。
「さあ!! 役者は揃った!! ここから復讐の再開だぁ!!」
堂々と宣言する魔神に、自分の口から待ったの言葉が飛び出る。
「状況を教えてくれ!」
「それ込みで教えっからお前は全力で奴の攻撃を抑えろよぉ!!」
何もかもがわからない。
状況に置いてけぼりにされ、今になって喉に違和感が無いことに気付いた。
相手は何かを察したかのように、天に向けるように杖を持ち上げる。その周りを、何重に重なった魔法陣とは異なる奇怪な文様が回っていた。
大賢者が杖を上に向けただけで、魔法陣が空へと浮かんで広がり、こちらに向かって光の束が打ち出される。
それは人間が使う魔法ではない。魔神が使う力の圧に酷似していた。
このままでは自分の体が吹き飛ばされてバラバラにされる。それだけはわかった。
ここへ飛ばす前の魔神の言葉を尋ねたいが、その余裕すらなく全力で走っているかのように状況が進んでいく。
足を緩めればこけて起き上がれなくなるように、事情を尋ねようとすればその間に殺される。
この状況すらいいように使われているように思えて嫌になる。だが、復讐が終わっていない状態で死ぬのは避けたい。
今は魔神の言うとおりに、戦いに専念する。
あんなに嫌悪していたのに、猫の姿の魔神には拒絶感が持てなかった。
どの分身体より、1番いる時間が長かったせいかもしれない。
すぐに自身の影を鏃を付けた鎖状に変換と具現化させ、相手に向けて飛ばす。こちらは追撃を与えないようにするための妨害。
本命は飛ばす斬撃。これで光の束の威力を弱らせ、2撃目で相殺させる。
剣に禍々しい魔力を纏わせる。前の剣と同じ量を乗せたはずなのに、その圧も強さも増していた。
この剣のおかげなのか。そう思うと、ただの剣ではないのだろう。
この1撃目で対抗できる。そう確信しながら飛ぶ斬撃を撃ち放つ。
「え。なにそれカッコイイんですけどぉ?」
魔神の憧れに満ちた言葉を聞き流し、直撃して霧散するのを確認せず、影で妨害していた相手に飛びかかる。
禍々しい魔力を纏った剣と、神々しい光を纏った杖が、激突する。
対抗できると言っても、あれを何度も使われればこちらが先に消耗してしまう。
あのおかしな技を使わせないなら、至近距離からの斬り合いに持っていくしかなかった。
「ウォール大賢者さんよぉ。木の全身鎧の俺からこう言われなかったか?」
2、3度打ち合う中で、魔神が語りかけた。
「最強になってから出直してこい・・・・・・あの時の分身体よりちょっと強いだけで最強じゃねぇよ」
自分が繰り出す剣撃に、相手は杖や光で出来た盾を出現させて防ぐ。
穏やかに振る雪とは違い、貫高い金属音が激しく鳴り続ける。
この音が止まった時、どちらかが倒れている。そう思わせるように。
魔神にとって最強でなくても、自分にとって目の前の相手は見知らぬ力を使う脅威でしか無い。
「それともあれか? もらった天井の神様の力が弱かったか?」
その直後。相手は自分の攻撃を盾のみで防ぎ、杖の槍先を魔神に向けて放つ。
魔神は頭を低くしてやり過ごす。
「図星かぁ?」
その隙を逃すことはしない。
この剣の柄の形状もあって、振るうときに力が込めやすかった。盾に弾かれてもすぐに握る力だけで軌道修正を行い、その甲冑の首元のつなぎ目に振り下ろす。
「それとも眷族としての差かねぇ? こいつ、才能の塊だもんな」
斬った手応えはあった。
だが、その傷から血が零れるより先に回復してしまった。
追撃に出るより先に、相手が杖の頭をこちらに向ける。上半身を横にずらした直後に光線と言えるような細い光が打ち出された。
少しでも遅かったら、顔を撃ち抜かれていた。さすがに肝が冷えた。
「私は『使徒』だ。そんな愚かな存在と一緒にするな」
その声は、紛れもなくウォール大賢者の声だった。
その重々しくも威厳に満ちた老いた声は、己の正しさに有無を言わせないほどの気迫があった。
「ああそうかい。使徒も眷族も存在は一緒なんだぁよ」
魔神は怒っていた。
大賢者が自分の顔に手を伸ばす。
「そんなくだらねぇことはどうでもいいや。眷族の本来の役割ってのも今は関係ねぇから説明する気もない。──だが、これだけは言わせてもらうぞ。眷族の行動は神の沽券に関わる。お前の今までの行動は、お前の崇拝する神に泥を塗ってるのと一緒なんだぁよ」
剣を振るのを止め、咄嗟に顔を逸らして躱した。
掴まれていても、手の届く範囲なら剣を振り下ろした。
だが、自分の脳裏に過ぎったのは、魔眼が阻止してくれた時の記憶だ。
あの時と同じ位置で触れようとしたのだ。
「聞くに堪えられなくなった? それとも心臓が痛くなってきた? 見下してきた奴の方が才能と力があった。ザ・新人の方が眷族として格上という現実を突き付けられた。でもな、己の無力で平凡さという絶望にまだ落ちきってないだろぉ? ここまでは余興だぜぇ?」
大賢者が距離を開けようと大きく後ろに下がる。
影でその動きを止めようとするが、大賢者はそれを空間から出現させた光の矢、あるいは光の短剣を射出して悉く消していく。
少しでも離れればあの攻撃がくる。そうさせないために、自分は影の鎖をさらに増やして前に飛び出す。
「ここからが本題だ!!」
槍先からの突きを、身を翻すだけで躱し、右脇に着地と同時に剣を斜めに振り上げる。
「処刑の日、あの日にお前が心酔する神様が降臨するはずだった。どうしてそれができなかったか理由知りたい?」
「貴様が妨害したからだ」
大賢者は杖を手の中で回転させ、頭の方でこちらの攻撃を防いだ。
華美を強調するような細く美しい杖。だが、剣を通して伝わってくるのは大きな盾で防がれているような揺るぎない安定感だ。作り出されている光の盾より堅い。
槍先ならはじき返せた。だが、杖の部分ではこちらが力負けする。身を退くと同時に剣を杖から離す。
「なんだなんだわかってんじゃん!! でもな・・・・・・ちんたら罪人凱旋なーんてやってんだから手を打たれるんだろ!! あれさえなければ、誑かしてまでナーマ吸収で無理矢理生存させてまで待つ必要も無かったし!! 可愛いぃハゲタカに奪われることもなかったのになぁ!!」
心当たりがあった。
処刑され、ただ死を迎えるだけだったあの時の囁きは、ウォール大賢者の仕業だったのか。
罪人凱旋とは、自分が処刑場へ向かう馬が待っている所まで王都を歩かされたことを言っているのだろう。あの時、魔神もどこかから見ていたのだろうか。
「集中っ!!」
魔神に叱咤された。
大賢者の背後から放たれ、影の鎖から逃れた光の矢を、その場で身を屈めて躱す。剣を持っていない左手を雪の大地につけて支えにし、鎧の隙間から両脚の腱を切り落とす。
斬った手応えはあるのに、目を疑うほどの素早さで回復した。
上からは槍先、左右からは新たに向けられた光の矢と短剣。それぞれが自分に向けられる。それらの攻撃に合わせて影の鎖を半球体に組み合わせて防ぎ、わざと開けておいた後ろから転がり出る。
体勢を立て直せるほどの距離を開けてから、すぐに接近戦に戻す。
「あとさ。愚かな存在って言ったときのあんたの心覗かせてもらったが・・・・・・呼び名以上に否定したがるほど、スゲェ嫉妬してたんだなぁ、こいつに」
槍先より杖の方で防御されている間に、あの光の矢などの飛び道具で攻撃される方が厄介だ。
そう考えていた時、魔神の肉球が自分の頬に当たった。
否。魔神が肉球を当ててきた。
「コスト削減で代替えできる部位を切り落とすまでは理解はできたが、眼球や鼓膜はやりすぎだよなぁて不思議に思ってたんだわぁ」
自分が戦いに集中しているのかを試すかのように、何度もプニプニと肉球を押し付ける。
突き出されるであろう槍先を見て、左に体をずらすように移動すれば回避できる。
そう判断しても、添えられた右手の位置に違和感があった。
胸の奥に妙なざわめきがあった。
それは頭の中でひとつの映像を浮かばせた。
回避した瞬間、その右手に掴み変えて杖を横回転。杖の頭で自分を殴ってくる。
否。それ以上に何かを仕掛けてくる。
別の回避方法をとれば、方法を変えられて仕掛けてくる。
「実際、こいつに着けさせた義眼ってあの神をイメージしたもんだろ? 魔神だったら誰でもわかるほど綺麗な青い目だもんな~」
さきほど使った影の鎖はばらしただけで、まだ魔力に戻していない。
ならば、対策は可能だ。
「で、制作者はお前だ。失敗を生かして降臨の補助を付け加えたそれを先に装着させたんだろうが・・・・・・もうあからさまに目は治せませんって言ってるようなもんだ。王妃とは別の意味でその処刑に拘ったんだろ?」
大賢者は、自分の想像通りに槍先で刺突してきた。
体の位置をずらすように、自分は左側へ避ける。その瞬間に影の鎖を杖に何重にも絡ませて固定する。
大賢者から動揺を感じとった。
右手を軸にして杖を回せない。なにより、必殺と思われる攻撃に移れない。
すぐに立て直してくる。
その間に、聞き手である左手を切り落とすために剣を振り上げた。
左の二の腕の堅い骨と柔らかくも弾力のある肉を斬った。手応えがあった。
今までと同じで、すぐに回復された。
否。斬られた断面から再生されるように元通りに繋がった。
時間を倍速した、切れた尻尾が治ったトカゲ。そう思えた。
「心読めるってこういう時便利なんだわ~。現実は小説より奇なり・・・・・・いや、心情は現実の方が複雑じゃないんだよなぁ」
だが、鎧まで作り直されるのは異常だった。
杖を掴んだまま残されていた元左手と鎧は、黒い粒のように崩れた。
否。粒が大きいだけで、それは霧のように空気に溶けていった。
「そりゃそうだよなぁ! 崇拝しているあの糞野郎に見出されたのはこいつの方だっ! 嫉妬に狂って殺人なんて人間あるあるだもんな!!」
見覚えがあった。
それは、北の魔神の消滅とそっくりだった。
あの鎧は体の一部なのか。そう疑問を抱いた。
もしその疑問が正しいと仮定すれば、腕1本切り落としても致命傷にならない。
魔神や魔族には肉体がない。魔力変換機関が無事で、それを収納できる器さえあれば生きていける存在だ。
一筋縄では倒せない。
「長い長い時間。身を尽くしてきたのに、1番見て欲しい神は別の人物に夢中だ。まるで長年の片思いをこじらせた気分だよなぁ。それとも、情報収集や資料製作を頑張ったのに、憧れの上司からは見向きもされないような気持ちぃ? ──なら残念っ!!」
左右から、光の矢が放たれた。
自分は足に力を入れ、飛ぶように跳躍して躱す。
この攻撃だったから、跳躍を選んだ。
本命は落下速度を足した、剣を振るった以上の威力のある斬撃。
すぐに治らないほど深めの傷、あるいは一撃で致命傷になる部分を狙うしかない。
「人としての生涯と終わりを捨てて。神の為に身を粉にして働き。己の全てを魔力に変換してまで尽くしたってなぁ──お前が祈り続けた神はなーんにも見ねぇんだよ。自分が良ければそれでいいって判断基準のくそったれ思考回路の持ち主なんだ」
真実を叩きつけるかのように、魔神は嗤い声を抑えて告げた。
「────黙れ!! 貴様に何がわかる!!」
大賢者が怒鳴った。
僅かに、攻めと守りの手が緩んだ。
すぐ横で、魔神が再び嗤った気がした。
「わかるに決まってんだろ? 俺はお前の心を視たんだぜ? 天井の神の声が聞こえ眷族になった信仰者」
この最大の好機を逃さない。
落下速度を加え、上から剣を振り下ろした。
「命じられるがままに、北の魔神の複製体を作り、何千人もの勇者を戦わせて、天井の神の依り代に相応しい器を探し続け、必死に眷族にふさわしい人間を見つけ、失敗の原因さえ突き止めようと身を粉にしてきたのに、な・・・・・・だが、あいつはお前以外の眷族を作り出しては失敗して魔物にした上で、後処理含めて失敗をぜーんぶお前に押し付けてしらんぷり。俺の妨害もあるが、この8年間欠勤だ」
杖で防がれた。
下から影の鎖で自分の腕ごと剣に絡ませて、強引に引っ張った。
上からの負荷と下からの牽引力に、杖がふたつに折れた。
「・・・・・・断言してやるよ。自分の失敗を棚に上げ自身はすごいって馬鹿みてぇに褒めるが、他人には批評はしても評価はしねぇ、最低な自惚れ自己陶酔神だぁよ。無能のくせにプライドと立場だけが高い上司だ。後先考えずに目先の利益ばかり考え、自分だけが優秀だと自惚れし、会社のコンセプトや貢献してくれた部下を蔑ろにする。お前だって本当はわかってんだろ? 依り代が完成したら、ノルマ未達成を理由に自分は捨てられるって? それで「はい。そーですか」で辞めらるほどお前はできた人間じゃねぇもんな!!」
大賢者を眷族にした神とは因縁があるのか。魔神の言葉と口調から悪意と嫌悪を感じた。
会社とは、経済的な利益を得るために活動を目的として事業を行う社団だ。他の大陸の呼び方だ。
北の大陸の、生産した品物を売って利益を得る商会に近い。
書斎の本で知識はあっても、会社の活動は多岐にわたるから、商会の仕事内容のような断言ができない。活動が大きい会社は、雇う人間の数が商会より多いらしい。人が多いからこそ発生する人間関係の問題のようなものだろう。
魔神の言葉を自分なりに捉えながら、折れた杖の形を見てあることを思い出した。
「・・・・・・ああ。その通りだ」
大賢者は、追撃として加えた剣を、左右の手で挟んで抑えた。
戦っている自分ではなく、一方的に言葉の刃を飛ばし続ける魔神の方を見た。
「それがどうした!! あの御方の崇高なる使命に携われるだけで光栄なことだ!! それまでの道を敷くだけでも本望というものだ!!」
その声には怒りと信念があった。
怒りは図星だが、それを踏まえた上で使われることに決意と誇りすら感じさせる強さがあった。
王都で、大賢者は木製の杖を持っていた。
どこから取り出したまでは視ていない。
だから、取り出す動作をさせない。
「使命ぃ~? 自分の大好きなもので全て埋め尽くしたい。大好きな人間から称賛されたい。自分が1番でないと気が済まない。そんな困ったちゃんタイプの神様だ」
南の魔神は反吐を吐くように、言葉を続ける。
「崇高な使命って綺麗な言葉で取り繕っているがぁ、魔神と魔族を根絶やしにして、この大陸に唯一神として降臨し、人間中心の社会を作って、直接人間から崇められる存在になりたい・・・・・・無謀を無謀だとわからず、状況を最悪な方向に引っかき回す神なんだよっ!!」
着地する前から行動に出る。
影の鎖を大賢者に絡ませて、身動き1つ許さないように抑えた。
首と胴体を切り離せば再生はできない。
「それでも構わない!! 過酷な環境と王制国家による歪んだ社会!! この大陸であるからこそ300年以上も変わらないのだ!! 老いてなお願い続けた久遠の平和と平等の幸福を果たすなら、この世の全てを超克できる神に縋るしかない!! 人間を愛する神が救ってくださるなら!! 喜んで罰と追放を受け入れよう!!」
「無理だろ」
思わず、口を挟んでしまった。
その首めがけて振り下ろした剣を止めてしまった。
少し考える時間があれば、誰でもその結論に辿り着ける簡単な答え。大賢者と言われるほど誰よりも秀でて、誰よりも賢い人間が、それに気付かない方が不思議に思えてしまったのだ。
「え。ちょっと──」
不安そうな声を魔神は零したが、自分はそれを無視して続けた。
「誰かを非難して死に追いやって幸せを奪い、自分のに上乗せした方がいいに決まっている。平和より争いを起こして誰かを悪者に仕立て上げた方が、手柄や名誉を手っ取り早く手に入れられて何倍も幸せになれると全員が知っている。平等の幸せも、長い平和も、誰ひとり望んでいない」
この答えは、自分の復讐の根源に関わるものだ。
自分が殺したあのヒト達の死の上で、己の手柄として横取りして幸せと報酬を手にしたアルバースト家の当主。
自分が殺したあのヒト達の死の上で、この大陸に尽くことが大義だとか告げて、さらなる平和と自らの価値を求めたレモーナ家当主。
自分が殺したあのヒト達の死の上で、手柄や金に目が眩んで言われるがままに暴力を振るった他の同行者の世話係。
自分が殺したあのヒト達の死の上で、自分の方がまだ優った死に方だと幸せを増やそうとして魔物の正体を教えた北の聖女。
自分が殺したあのヒト達の死の上で、平和と幸せは自分がいるから成り立っているのだと言わんばかりに君臨する国王。
自分が殺したあのヒト達の死の上で、さらなる幸せを求めて無意味な願いを叶えようとする大賢者。
自分が殺したあのヒト達の死の上で、平和だ幸せだと声高らかに笑う大陸の人間達。
あのヒト達が真っ当に生きていたらあったはずの幸せを奪い、あのヒト達を犠牲にすることでこの平和が保たれている。
それが許せないからこそ、自分は復讐を望んだ。
あのヒト達を蔑ろにして、自分だけが人一倍に幸せになるのなら良しとする、この大陸の人間を許せなかった。
誰もかが平等の幸せという恩恵を受けられても、この大陸の人間は満足しない。
平和など小休憩。蹴落とした誰かを悪役にして、手柄や名誉を得て幸福を掴んで笑うための前準備。
今度は別の誰かを犠牲にして、平和と幸福を得る。
そうやって、この大陸は成り立ち、人々は生き続けた。
例え、人間を超克する存在である神様が頑張って整えたって、早々と大陸の人間は不満を抱き、勝手に他者を蹴落として自分の幸福を増やそうとする。
神様が対処しようと出てくれば、石でも投げつけて全力で否定する。
大賢者の願いは、この大陸では始めから叶わない無理な願いだった。
21年間という、短い人生しか活動していない自分にだってわかることだ。
灯台もと暗しという諺がある。大賢者は気付いていないだけなのかもしれない。最後に殺したい復讐相手以外は、全員そんな相手達だ。
自分の言葉には価値はないのはわかっている。
それでも黙っていることはできなかった。
自分は、立て続けに言葉を紡いだ。
「お前だって、そうやって幸せと平和を得た人間だ」
思考も、言葉も、たかが数秒の出来ごと。
その僅かに止めた時間の秒針を再び進めるように、自分は剣を振り下ろす。
確実に仕留める。そのために、刀身にさらに魔力を纏わせる。
身動きがとれない大賢者から、堅い物が割れる音が聞こえた。
なんだと疑問はあった。しかし、引き下がることも止めることもできず、自分は大賢者の首を落とした。
勢いをつけすぎて、潰れた剣先が雪の中に突っ込んだ。
手応えがなかった。
素振りのように、ただ剣を振った感覚だけしかなかった。
否。大賢者の姿すらなかった。
自分は何もない場所に剣を振り下ろしただけだった。
大賢者の姿を捜すよりも先に、耳元から柔らかいもの同士が勢い付けて合わさった音が聞こえた。
砂嵐が起こり、自分を包んでいく。
それは一瞬のこと。すぐに視界が晴れると、先程いた位置から右にかなり離れた場所にいた。
先程いた場所に、強力な魔力の塊が着弾したかのように破裂し、煌めく光と風を暴れさせていた。
自分の体が浮いた。雪球を転がすように、後ろに吹き飛ばされた。
処刑された日と同じように、暗い鼠色の雲から大きめの粒の雪が降っていた。
柔らかい雪が積もっていた。冷たいだけで怪我は無かった。
頭が混乱していた。
視界を失う前と、今の状況があまりにもかけ離れすぎており、しかも視界を失っていた間の情報量が多すぎて処理しきれていない。
考えなればいけない。確認しなくてはいけない。やることは山ほどあるのに、どこから着手すればいいのかわからずに、空を見上げるだけしかできない自分がいた。
手から感じる堅い感触。
腕ごと、それを持ち上げてみた。
全く見覚えの無い真っ黒な片刃の長剣。刺突は必要無いと言うように切っ先は平たく、刃波は夜空を走る流れ星の軌跡のような美しさがあった。
両拳がくっつくほど柄が短い。巻いてある黒い布のおかげか、とても握りやすかった。
斬れればいい。刺せればいい。それを基準に剣を振るっていた自分には勿体ないと思ってしまうほど、この剣は使い手のことをよく考えて造られていた。
南の大陸ではこんな剣も造れるのか。感情が波打つように高ぶった。
今更だが、自分の体の異変に気付いた。
ようやく、脳が動き出した。
景色が見えること、両腕や指が普通に動かせることに驚いた。
慌てて起き上がる。見覚えのない、元の服装とは不釣り合いな茶色のコートをめくって、自分の体を確認する。
切り裂かれた皮膚は、傷そのものが嘘のように消えていた。襤褸のように破れた服はそのままだが、吸っていた自分の血は洗い落とされて乾いていた。
傷は負っていた。それを魔神が治した。あの言葉を信じるならそういうことになる。
魔力も充分にある。むしろ、教会に行ったとき以上だった。
自分という容器に、マナを変換して作り出した魔力が満ちている。
自分の影で一条の鎖を形成して具現化させる。問題なく発動できる。
黒い靄はまだあるが、黒い液体はどこかに流れてしまったかのように全く感じなかった。
ここはどこだと疑問に思いながら、自分の手を隠すほど大きな袖を捲りながら、立ち上がった。
一面雪景色。だが、振り帰ればここがどこなのかすぐにわかった。
下に長いが2枚の木を十字に交差した磔台。
血を吸った木板は黒ずみ、罪人を縛っていた特殊な縄は下に真っ直ぐ垂れ下がっていた。
この大陸の北の果てにある処刑場だった。
魔神がここで何をしようと考えているのか。全く予想ができない。
「見つけたあああああああああ!!」
右から魔神の叫ぶ声が聞こえた。
振り向いた。
全力疾走でこちらに走ってくるコナユキ猫がいた。
その背後で、光の矢と砂嵐がぶつかり合っては互いに消えていく。
状況が理解できない。
光の矢も砂嵐も、何が起きているのかまったくわからない。
どうしたらいいのかわからなくなる。
「シャキっとしろぉ!!」
そう叫びながら、鼻の上に皺を寄せた猫姿の魔神が跳び蹴りをしてきた。右に移動して躱した。
その背後から感じた別の殺気に体が反応する。持っていた剣で受け止め、弾き飛ばした。
襲撃してきた人物を見て、その姿に目を見開いた。
大男のような体を銀の甲冑で覆い纏い、背中に天使の翼のような神々しい4枚羽を生やした姿。その手に持つ杖は、槍のように先端が尖り、十字架のように交差した上には三角形をいくつも重ねたような杖の頭があった。
その姿と相まって、聖書に出てくる神秘的な存在のような神々しさすら感じた。
もう、魔法を行使することで可能な域を超えていた。
「あれ。ウォール大賢者だからな」
肩にしがみついてきた魔神の言葉で、ますますわからなくなる。
自分の知っているウォール大賢者は、あんな人間離れしていない。
「さあ!! 役者は揃った!! ここから復讐の再開だぁ!!」
堂々と宣言する魔神に、自分の口から待ったの言葉が飛び出る。
「状況を教えてくれ!」
「それ込みで教えっからお前は全力で奴の攻撃を抑えろよぉ!!」
何もかもがわからない。
状況に置いてけぼりにされ、今になって喉に違和感が無いことに気付いた。
相手は何かを察したかのように、天に向けるように杖を持ち上げる。その周りを、何重に重なった魔法陣とは異なる奇怪な文様が回っていた。
大賢者が杖を上に向けただけで、魔法陣が空へと浮かんで広がり、こちらに向かって光の束が打ち出される。
それは人間が使う魔法ではない。魔神が使う力の圧に酷似していた。
このままでは自分の体が吹き飛ばされてバラバラにされる。それだけはわかった。
ここへ飛ばす前の魔神の言葉を尋ねたいが、その余裕すらなく全力で走っているかのように状況が進んでいく。
足を緩めればこけて起き上がれなくなるように、事情を尋ねようとすればその間に殺される。
この状況すらいいように使われているように思えて嫌になる。だが、復讐が終わっていない状態で死ぬのは避けたい。
今は魔神の言うとおりに、戦いに専念する。
あんなに嫌悪していたのに、猫の姿の魔神には拒絶感が持てなかった。
どの分身体より、1番いる時間が長かったせいかもしれない。
すぐに自身の影を鏃を付けた鎖状に変換と具現化させ、相手に向けて飛ばす。こちらは追撃を与えないようにするための妨害。
本命は飛ばす斬撃。これで光の束の威力を弱らせ、2撃目で相殺させる。
剣に禍々しい魔力を纏わせる。前の剣と同じ量を乗せたはずなのに、その圧も強さも増していた。
この剣のおかげなのか。そう思うと、ただの剣ではないのだろう。
この1撃目で対抗できる。そう確信しながら飛ぶ斬撃を撃ち放つ。
「え。なにそれカッコイイんですけどぉ?」
魔神の憧れに満ちた言葉を聞き流し、直撃して霧散するのを確認せず、影で妨害していた相手に飛びかかる。
禍々しい魔力を纏った剣と、神々しい光を纏った杖が、激突する。
対抗できると言っても、あれを何度も使われればこちらが先に消耗してしまう。
あのおかしな技を使わせないなら、至近距離からの斬り合いに持っていくしかなかった。
「ウォール大賢者さんよぉ。木の全身鎧の俺からこう言われなかったか?」
2、3度打ち合う中で、魔神が語りかけた。
「最強になってから出直してこい・・・・・・あの時の分身体よりちょっと強いだけで最強じゃねぇよ」
自分が繰り出す剣撃に、相手は杖や光で出来た盾を出現させて防ぐ。
穏やかに振る雪とは違い、貫高い金属音が激しく鳴り続ける。
この音が止まった時、どちらかが倒れている。そう思わせるように。
魔神にとって最強でなくても、自分にとって目の前の相手は見知らぬ力を使う脅威でしか無い。
「それともあれか? もらった天井の神様の力が弱かったか?」
その直後。相手は自分の攻撃を盾のみで防ぎ、杖の槍先を魔神に向けて放つ。
魔神は頭を低くしてやり過ごす。
「図星かぁ?」
その隙を逃すことはしない。
この剣の柄の形状もあって、振るうときに力が込めやすかった。盾に弾かれてもすぐに握る力だけで軌道修正を行い、その甲冑の首元のつなぎ目に振り下ろす。
「それとも眷族としての差かねぇ? こいつ、才能の塊だもんな」
斬った手応えはあった。
だが、その傷から血が零れるより先に回復してしまった。
追撃に出るより先に、相手が杖の頭をこちらに向ける。上半身を横にずらした直後に光線と言えるような細い光が打ち出された。
少しでも遅かったら、顔を撃ち抜かれていた。さすがに肝が冷えた。
「私は『使徒』だ。そんな愚かな存在と一緒にするな」
その声は、紛れもなくウォール大賢者の声だった。
その重々しくも威厳に満ちた老いた声は、己の正しさに有無を言わせないほどの気迫があった。
「ああそうかい。使徒も眷族も存在は一緒なんだぁよ」
魔神は怒っていた。
大賢者が自分の顔に手を伸ばす。
「そんなくだらねぇことはどうでもいいや。眷族の本来の役割ってのも今は関係ねぇから説明する気もない。──だが、これだけは言わせてもらうぞ。眷族の行動は神の沽券に関わる。お前の今までの行動は、お前の崇拝する神に泥を塗ってるのと一緒なんだぁよ」
剣を振るのを止め、咄嗟に顔を逸らして躱した。
掴まれていても、手の届く範囲なら剣を振り下ろした。
だが、自分の脳裏に過ぎったのは、魔眼が阻止してくれた時の記憶だ。
あの時と同じ位置で触れようとしたのだ。
「聞くに堪えられなくなった? それとも心臓が痛くなってきた? 見下してきた奴の方が才能と力があった。ザ・新人の方が眷族として格上という現実を突き付けられた。でもな、己の無力で平凡さという絶望にまだ落ちきってないだろぉ? ここまでは余興だぜぇ?」
大賢者が距離を開けようと大きく後ろに下がる。
影でその動きを止めようとするが、大賢者はそれを空間から出現させた光の矢、あるいは光の短剣を射出して悉く消していく。
少しでも離れればあの攻撃がくる。そうさせないために、自分は影の鎖をさらに増やして前に飛び出す。
「ここからが本題だ!!」
槍先からの突きを、身を翻すだけで躱し、右脇に着地と同時に剣を斜めに振り上げる。
「処刑の日、あの日にお前が心酔する神様が降臨するはずだった。どうしてそれができなかったか理由知りたい?」
「貴様が妨害したからだ」
大賢者は杖を手の中で回転させ、頭の方でこちらの攻撃を防いだ。
華美を強調するような細く美しい杖。だが、剣を通して伝わってくるのは大きな盾で防がれているような揺るぎない安定感だ。作り出されている光の盾より堅い。
槍先ならはじき返せた。だが、杖の部分ではこちらが力負けする。身を退くと同時に剣を杖から離す。
「なんだなんだわかってんじゃん!! でもな・・・・・・ちんたら罪人凱旋なーんてやってんだから手を打たれるんだろ!! あれさえなければ、誑かしてまでナーマ吸収で無理矢理生存させてまで待つ必要も無かったし!! 可愛いぃハゲタカに奪われることもなかったのになぁ!!」
心当たりがあった。
処刑され、ただ死を迎えるだけだったあの時の囁きは、ウォール大賢者の仕業だったのか。
罪人凱旋とは、自分が処刑場へ向かう馬が待っている所まで王都を歩かされたことを言っているのだろう。あの時、魔神もどこかから見ていたのだろうか。
「集中っ!!」
魔神に叱咤された。
大賢者の背後から放たれ、影の鎖から逃れた光の矢を、その場で身を屈めて躱す。剣を持っていない左手を雪の大地につけて支えにし、鎧の隙間から両脚の腱を切り落とす。
斬った手応えはあるのに、目を疑うほどの素早さで回復した。
上からは槍先、左右からは新たに向けられた光の矢と短剣。それぞれが自分に向けられる。それらの攻撃に合わせて影の鎖を半球体に組み合わせて防ぎ、わざと開けておいた後ろから転がり出る。
体勢を立て直せるほどの距離を開けてから、すぐに接近戦に戻す。
「あとさ。愚かな存在って言ったときのあんたの心覗かせてもらったが・・・・・・呼び名以上に否定したがるほど、スゲェ嫉妬してたんだなぁ、こいつに」
槍先より杖の方で防御されている間に、あの光の矢などの飛び道具で攻撃される方が厄介だ。
そう考えていた時、魔神の肉球が自分の頬に当たった。
否。魔神が肉球を当ててきた。
「コスト削減で代替えできる部位を切り落とすまでは理解はできたが、眼球や鼓膜はやりすぎだよなぁて不思議に思ってたんだわぁ」
自分が戦いに集中しているのかを試すかのように、何度もプニプニと肉球を押し付ける。
突き出されるであろう槍先を見て、左に体をずらすように移動すれば回避できる。
そう判断しても、添えられた右手の位置に違和感があった。
胸の奥に妙なざわめきがあった。
それは頭の中でひとつの映像を浮かばせた。
回避した瞬間、その右手に掴み変えて杖を横回転。杖の頭で自分を殴ってくる。
否。それ以上に何かを仕掛けてくる。
別の回避方法をとれば、方法を変えられて仕掛けてくる。
「実際、こいつに着けさせた義眼ってあの神をイメージしたもんだろ? 魔神だったら誰でもわかるほど綺麗な青い目だもんな~」
さきほど使った影の鎖はばらしただけで、まだ魔力に戻していない。
ならば、対策は可能だ。
「で、制作者はお前だ。失敗を生かして降臨の補助を付け加えたそれを先に装着させたんだろうが・・・・・・もうあからさまに目は治せませんって言ってるようなもんだ。王妃とは別の意味でその処刑に拘ったんだろ?」
大賢者は、自分の想像通りに槍先で刺突してきた。
体の位置をずらすように、自分は左側へ避ける。その瞬間に影の鎖を杖に何重にも絡ませて固定する。
大賢者から動揺を感じとった。
右手を軸にして杖を回せない。なにより、必殺と思われる攻撃に移れない。
すぐに立て直してくる。
その間に、聞き手である左手を切り落とすために剣を振り上げた。
左の二の腕の堅い骨と柔らかくも弾力のある肉を斬った。手応えがあった。
今までと同じで、すぐに回復された。
否。斬られた断面から再生されるように元通りに繋がった。
時間を倍速した、切れた尻尾が治ったトカゲ。そう思えた。
「心読めるってこういう時便利なんだわ~。現実は小説より奇なり・・・・・・いや、心情は現実の方が複雑じゃないんだよなぁ」
だが、鎧まで作り直されるのは異常だった。
杖を掴んだまま残されていた元左手と鎧は、黒い粒のように崩れた。
否。粒が大きいだけで、それは霧のように空気に溶けていった。
「そりゃそうだよなぁ! 崇拝しているあの糞野郎に見出されたのはこいつの方だっ! 嫉妬に狂って殺人なんて人間あるあるだもんな!!」
見覚えがあった。
それは、北の魔神の消滅とそっくりだった。
あの鎧は体の一部なのか。そう疑問を抱いた。
もしその疑問が正しいと仮定すれば、腕1本切り落としても致命傷にならない。
魔神や魔族には肉体がない。魔力変換機関が無事で、それを収納できる器さえあれば生きていける存在だ。
一筋縄では倒せない。
「長い長い時間。身を尽くしてきたのに、1番見て欲しい神は別の人物に夢中だ。まるで長年の片思いをこじらせた気分だよなぁ。それとも、情報収集や資料製作を頑張ったのに、憧れの上司からは見向きもされないような気持ちぃ? ──なら残念っ!!」
左右から、光の矢が放たれた。
自分は足に力を入れ、飛ぶように跳躍して躱す。
この攻撃だったから、跳躍を選んだ。
本命は落下速度を足した、剣を振るった以上の威力のある斬撃。
すぐに治らないほど深めの傷、あるいは一撃で致命傷になる部分を狙うしかない。
「人としての生涯と終わりを捨てて。神の為に身を粉にして働き。己の全てを魔力に変換してまで尽くしたってなぁ──お前が祈り続けた神はなーんにも見ねぇんだよ。自分が良ければそれでいいって判断基準のくそったれ思考回路の持ち主なんだ」
真実を叩きつけるかのように、魔神は嗤い声を抑えて告げた。
「────黙れ!! 貴様に何がわかる!!」
大賢者が怒鳴った。
僅かに、攻めと守りの手が緩んだ。
すぐ横で、魔神が再び嗤った気がした。
「わかるに決まってんだろ? 俺はお前の心を視たんだぜ? 天井の神の声が聞こえ眷族になった信仰者」
この最大の好機を逃さない。
落下速度を加え、上から剣を振り下ろした。
「命じられるがままに、北の魔神の複製体を作り、何千人もの勇者を戦わせて、天井の神の依り代に相応しい器を探し続け、必死に眷族にふさわしい人間を見つけ、失敗の原因さえ突き止めようと身を粉にしてきたのに、な・・・・・・だが、あいつはお前以外の眷族を作り出しては失敗して魔物にした上で、後処理含めて失敗をぜーんぶお前に押し付けてしらんぷり。俺の妨害もあるが、この8年間欠勤だ」
杖で防がれた。
下から影の鎖で自分の腕ごと剣に絡ませて、強引に引っ張った。
上からの負荷と下からの牽引力に、杖がふたつに折れた。
「・・・・・・断言してやるよ。自分の失敗を棚に上げ自身はすごいって馬鹿みてぇに褒めるが、他人には批評はしても評価はしねぇ、最低な自惚れ自己陶酔神だぁよ。無能のくせにプライドと立場だけが高い上司だ。後先考えずに目先の利益ばかり考え、自分だけが優秀だと自惚れし、会社のコンセプトや貢献してくれた部下を蔑ろにする。お前だって本当はわかってんだろ? 依り代が完成したら、ノルマ未達成を理由に自分は捨てられるって? それで「はい。そーですか」で辞めらるほどお前はできた人間じゃねぇもんな!!」
大賢者を眷族にした神とは因縁があるのか。魔神の言葉と口調から悪意と嫌悪を感じた。
会社とは、経済的な利益を得るために活動を目的として事業を行う社団だ。他の大陸の呼び方だ。
北の大陸の、生産した品物を売って利益を得る商会に近い。
書斎の本で知識はあっても、会社の活動は多岐にわたるから、商会の仕事内容のような断言ができない。活動が大きい会社は、雇う人間の数が商会より多いらしい。人が多いからこそ発生する人間関係の問題のようなものだろう。
魔神の言葉を自分なりに捉えながら、折れた杖の形を見てあることを思い出した。
「・・・・・・ああ。その通りだ」
大賢者は、追撃として加えた剣を、左右の手で挟んで抑えた。
戦っている自分ではなく、一方的に言葉の刃を飛ばし続ける魔神の方を見た。
「それがどうした!! あの御方の崇高なる使命に携われるだけで光栄なことだ!! それまでの道を敷くだけでも本望というものだ!!」
その声には怒りと信念があった。
怒りは図星だが、それを踏まえた上で使われることに決意と誇りすら感じさせる強さがあった。
王都で、大賢者は木製の杖を持っていた。
どこから取り出したまでは視ていない。
だから、取り出す動作をさせない。
「使命ぃ~? 自分の大好きなもので全て埋め尽くしたい。大好きな人間から称賛されたい。自分が1番でないと気が済まない。そんな困ったちゃんタイプの神様だ」
南の魔神は反吐を吐くように、言葉を続ける。
「崇高な使命って綺麗な言葉で取り繕っているがぁ、魔神と魔族を根絶やしにして、この大陸に唯一神として降臨し、人間中心の社会を作って、直接人間から崇められる存在になりたい・・・・・・無謀を無謀だとわからず、状況を最悪な方向に引っかき回す神なんだよっ!!」
着地する前から行動に出る。
影の鎖を大賢者に絡ませて、身動き1つ許さないように抑えた。
首と胴体を切り離せば再生はできない。
「それでも構わない!! 過酷な環境と王制国家による歪んだ社会!! この大陸であるからこそ300年以上も変わらないのだ!! 老いてなお願い続けた久遠の平和と平等の幸福を果たすなら、この世の全てを超克できる神に縋るしかない!! 人間を愛する神が救ってくださるなら!! 喜んで罰と追放を受け入れよう!!」
「無理だろ」
思わず、口を挟んでしまった。
その首めがけて振り下ろした剣を止めてしまった。
少し考える時間があれば、誰でもその結論に辿り着ける簡単な答え。大賢者と言われるほど誰よりも秀でて、誰よりも賢い人間が、それに気付かない方が不思議に思えてしまったのだ。
「え。ちょっと──」
不安そうな声を魔神は零したが、自分はそれを無視して続けた。
「誰かを非難して死に追いやって幸せを奪い、自分のに上乗せした方がいいに決まっている。平和より争いを起こして誰かを悪者に仕立て上げた方が、手柄や名誉を手っ取り早く手に入れられて何倍も幸せになれると全員が知っている。平等の幸せも、長い平和も、誰ひとり望んでいない」
この答えは、自分の復讐の根源に関わるものだ。
自分が殺したあのヒト達の死の上で、己の手柄として横取りして幸せと報酬を手にしたアルバースト家の当主。
自分が殺したあのヒト達の死の上で、この大陸に尽くことが大義だとか告げて、さらなる平和と自らの価値を求めたレモーナ家当主。
自分が殺したあのヒト達の死の上で、手柄や金に目が眩んで言われるがままに暴力を振るった他の同行者の世話係。
自分が殺したあのヒト達の死の上で、自分の方がまだ優った死に方だと幸せを増やそうとして魔物の正体を教えた北の聖女。
自分が殺したあのヒト達の死の上で、平和と幸せは自分がいるから成り立っているのだと言わんばかりに君臨する国王。
自分が殺したあのヒト達の死の上で、さらなる幸せを求めて無意味な願いを叶えようとする大賢者。
自分が殺したあのヒト達の死の上で、平和だ幸せだと声高らかに笑う大陸の人間達。
あのヒト達が真っ当に生きていたらあったはずの幸せを奪い、あのヒト達を犠牲にすることでこの平和が保たれている。
それが許せないからこそ、自分は復讐を望んだ。
あのヒト達を蔑ろにして、自分だけが人一倍に幸せになるのなら良しとする、この大陸の人間を許せなかった。
誰もかが平等の幸せという恩恵を受けられても、この大陸の人間は満足しない。
平和など小休憩。蹴落とした誰かを悪役にして、手柄や名誉を得て幸福を掴んで笑うための前準備。
今度は別の誰かを犠牲にして、平和と幸福を得る。
そうやって、この大陸は成り立ち、人々は生き続けた。
例え、人間を超克する存在である神様が頑張って整えたって、早々と大陸の人間は不満を抱き、勝手に他者を蹴落として自分の幸福を増やそうとする。
神様が対処しようと出てくれば、石でも投げつけて全力で否定する。
大賢者の願いは、この大陸では始めから叶わない無理な願いだった。
21年間という、短い人生しか活動していない自分にだってわかることだ。
灯台もと暗しという諺がある。大賢者は気付いていないだけなのかもしれない。最後に殺したい復讐相手以外は、全員そんな相手達だ。
自分の言葉には価値はないのはわかっている。
それでも黙っていることはできなかった。
自分は、立て続けに言葉を紡いだ。
「お前だって、そうやって幸せと平和を得た人間だ」
思考も、言葉も、たかが数秒の出来ごと。
その僅かに止めた時間の秒針を再び進めるように、自分は剣を振り下ろす。
確実に仕留める。そのために、刀身にさらに魔力を纏わせる。
身動きがとれない大賢者から、堅い物が割れる音が聞こえた。
なんだと疑問はあった。しかし、引き下がることも止めることもできず、自分は大賢者の首を落とした。
勢いをつけすぎて、潰れた剣先が雪の中に突っ込んだ。
手応えがなかった。
素振りのように、ただ剣を振った感覚だけしかなかった。
否。大賢者の姿すらなかった。
自分は何もない場所に剣を振り下ろしただけだった。
大賢者の姿を捜すよりも先に、耳元から柔らかいもの同士が勢い付けて合わさった音が聞こえた。
砂嵐が起こり、自分を包んでいく。
それは一瞬のこと。すぐに視界が晴れると、先程いた位置から右にかなり離れた場所にいた。
先程いた場所に、強力な魔力の塊が着弾したかのように破裂し、煌めく光と風を暴れさせていた。
自分の体が浮いた。雪球を転がすように、後ろに吹き飛ばされた。
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