After story/under the snow

黒羽 雪音来

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17.2-5 暴走

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 慌てて剣を突き立てた。
 綿に針を刺したような手応えのなさから、木の根のようにしっかりと食い込む手応えに変わり、雪の下の大地に刺さったのだと実感した。
 

「よりによって暴走しやがった・・・・・・」
 今すぐにでも毛玉を吐き出したい猫のように、魔神は顔を顰めていた。

「あ。暴走しているのは俺が捜している物で、眷族の力はそっちに引きずられているだけだ」

「・・・・・・捜しもの? 先程話していた神様に関わるものか?」
 自分がそう尋ねると、魔神は肉球と肉球を合わせた。

 その音が、先程の音とそっくりだった。

「それとは違ぇけど、ある代案に必要不可欠なクリスタル」

 こちらに向かって光が飛んできた。
 否。光は光でも極光だ。明るいが何色もの光の色が見えた。

 それを目視で捉えたとき、すぐ目の前に水の膜が展開された。飛んできたと認識していたのに、その膜が出てきたときにはすでに中に収められていたかのよう輝き、ゆっくりと消えていた。
 
 流れ星のように、一瞬の出来事だった。いつ極光が接近していたのか、何が起きたらそうなるのかと、頭の中で疑問がぐるぐると回っていた。

 待って欲しい。
 今の極光で混乱していたが、魔神はクリスタルと言った。

 あれは鉱石で──そう考えたとき、全く違うのを思い出した。

 教会の地下の光景を思い出し、酷い吐き気が襲う。口元に手を当てた時に立ちくらみして、膝を雪の上に着けた。
 すぐに立ち上がろうとするが、足が情けなく震えて、すぐに体勢が崩れてしまった。
 

「・・・・・・ま。後半戦への作戦会議兼小休憩がてら説明するとな~」
 魔神はのんびりとした声でそう告げた。

 視線を向ければ、魔神は何度も手を合わせた。水の膜を発生させ、こちらに飛んでくる極光を全て包んで消滅させていく。
 否。包まれている間に勝手に消滅しているようにも見えた。

「大賢者様が崇拝する神様は、たーくさんの眷族が欲しかったんだが、全然集まってねぇワケよ。その数少ない眷族でも、個々で一騎当千の強さを持っていれば賄えるんじゃないかって大賢者様は考えた。その数少ない成功例であり、唯一の最高傑作を肌身離さず大事に持っていた。以上!」

「・・・・・・クリスタルは魔物を近づけさせない、はず・・・・・・」
 教会の地下で見た光景を思い出して、疑惑から声が萎んでしまった。

「あれはある意味で失敗作だ。サフワの嬢ちゃんが自身に強化を付与して身体能力上げてただろ? あれが欲しかったが、北の聖女は結界と回復が得意で強化は不得意だった。そのせいで、上手くいかなかったんだろなぁ~。失敗作は王族に売って、資金調達などの援助に取り付けた」

 魔神は合わせていた肉球を離し、自分の肩に押し付けた。

「僅かな成功例のクリスタルも、眷族諸共俺が壊した」

 半球体上の水の膜が自分と魔神を包んだ。

「いつから──」

「眩しいが来っから目ぇ瞑っておけ」

 そう言われて瞼を閉じた瞬間、瞼の裏にも届くほどの光を感じた。

「サフワの嬢ちゃんと再会した時はさすがビビったわ俺ぇ・・・・・・他の大陸の聖女をクリスタルの原料にすんじゃねぇよ。ったく・・・・・・」
 呆れと苛立ちを混ぜた悪態を零した。 

 そんなありえないほど大きなことが裏で進行していたことに、なんと言っていいのかわからずに静かに驚くことしかできなかった。

 そして、アルバースト家で語った南の聖女の言葉を思い出し、話の流れが繋がった。

 哀れな犬のように狼の姿の魔神は彼女達を怖がっていたが、南の聖女を守るか逃がすために始めから同行するつもりでいたのだろう。南の勇者に渡したのは自分だが、それがなくても魔神は同行する方法を用意していたのかもしれない。

 アルバースト家で再会したときに狼の魔神の姿がなかったのは、どこかで南の聖女のために敵対戦力と戦っていたか嘘の誘導をしていたのかもしれない。その詳細は、魔神しか知らないから想像でしかない。
 
 考え方的に辻褄が合うのだが、本当なのかという疑いがあった。
 南の聖女と勇者に対して声を震わせて怯えていた記憶しか無い。もし、あれが演技だったら魔神は熟達した役者だ。
 魔神業を引退して、どこかの演劇に自らを売りに行った方が高評価を得られる気がした。


 僅かな臆見の時間の後、瞼越しの光がなくなった。瞼を開ければ、水と極光による攻防が続いていた。
 地上から流星流れる満天の夜空を見上げるように、極光が輪を描くように至る方向から飛んできていた。


 そんな不思議な光景に対して、魔神は見慣れた景色を見ているかの様子だった。

「で、大賢者が持っているクリスタルは、聖女が扱える強化、結界、回復の3つの能力を有している」
 あの異常な回復はそういう仕掛けだったのか。ようやく理解した。

「聖女の力は聖女の魔力と精神面に直結している。クリスタルになってもその部分は変わらねぇ。少しでも精神面が乱れれば力は漏れ落ちて、力を使いすぎて死なねぇようにするセーフティー仕様になってるんだが、『誰か』代表であるお前の容赦なき言葉を叩き付けられて、乱れ通り越して心折れちまったワケだぁ」

「・・・・・・・・・・・・え?」
 魔神の勘違いに、思わず自分は声を落とした。

「その際にクリスタルと眷族の力が繋がっちまったんだろ。その義眼が神様を彷彿さ・・・・・・・・・・・・あれって、お前が周りから受けた仕打ちのことだろぉ?」
 魔神は目をまん丸くしてきょとんとした。
 謎の空白の後に、何かに気付いたかのように口の端を上げて、否定してくれと頼むように声が上擦っていた。

 そんなことは一切ない。あるはずがない。
 どうしたら自分のことになるのかと、必死に首を横に振って否定した。
 
 魔神が「ヒョっ」と、見てはいけないものを見たかのように息を吸った。
 魔神や魔族が息を吸うという行為自体おかしな話だが、魔神は口を開けて確かにそんな音を出した。

「スゲぇタイミングでスゲぇ勘違いコメントやスゲぇ感想コメントするときあったが今それやるなよぉおおおおおおおお!! 批判になれすぎて加減できてない時あっからなああああああああ!! 一般人には言葉のギロチンになってるときあっからなああああああああ!!」

 魔神は怒っているのか、驚愕しているのか、そんなわからない大声を出した。
 耳を横に倒した。ふわふわの毛に包まれた肉球で、自分の眉間を何度も叩く。

「つーかぁ!! 誰が聞いたって処刑された北の勇者のことだと思うだろうがぁ!! 全自動自虐変換自己否定思考もそろそろどうにかしろやぁ!! コノヤロー!! 弄るに弄れねぇから俺が困っちまうだろうがコノヤロー!!」

 ぺちぺちと鳴るだけで全然痛くはない。
 だが、止めるにも止められない。止めたら極光が直撃してしまうからだ。


 全身鎧の魔神が砂嵐の魔法を使うときに指を鳴らしていたように、猫の姿の魔神は肉球で何かに触れることで魔法を発動させているからだ。見ていてそれに気付いた。

 人間が魔法を発動させる時の詠唱や魔法陣などと同じ役割なのだろう。魔神や魔族は要らないと言っていたが、分身体そして分身体を作った後の魔神本体は、なんだかの理由から魔法を発動させるための動作が必要なのだろう。

 今となっては過ぎた話だが、ピエロも1度だけ、全身鎧の姿の魔神や魔神本体のように指を鳴らしていた。あの瞬間に自分の心を直接攻撃する魔法を発動させたのかもしれない。
 狼の姿の魔神は、常に肉球が地面に着いていたからその辺りだろう。


 とにかく。ここで魔神の手を止めるのは悪手だというのはわかる。だが、このまま叩かれ続けていても埒があかない。

 魔神は、自分の復讐を利用して目的を果たしたいだけなのか。どうして自分の心を読んでいないんだ。
 そう尋ねたいことすら憚れるほど、緊迫した状況が今なのである。 
 なのに、この緊張感のない魔神の態度が書斎でのやり取りを思い出させて、自分の中から固まった緊張感を適度にほぐし、足の震えも落ち着きだした。

「クリス、タルは、どうし、たらい、い?」
 叩かれているせいで、言葉が変なところで途切れてしまった。

「俺の方で相殺する!! お前は剥き出しになってるそれをぶった斬れぇ!!」
 大声は変わらないが、自分に活を入れるような元気な声音だった。

「あれは、斬れな、いほど、堅い、が?」
 効果だけでなく、その強度もあって壁や建物の資材に使われている。加工の技術も門外不出のはずだ。

「本体から預かったその剣なら問題ない!! 叩くの止めたら一直線に行けぇ!!」
「わかっ、た」

 魔力が尽きる前に自分の復讐を果たすには、クリスタルを排除しないといけない。
 質問を後回しにし、今はそっちに集中する。
 
 数回、深呼吸する。軽く足を振るって痙攣がなく、正常に動かせるのを確認した。
 今なら問題ない。

 極光が1段と眩しい所に、大賢者はいる。

 魔神がスッと叩いていた手を引っ込める。
 それと同時に、自分は一直線にそこに向かって駆けだした。  
  
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