After story/under the snow

黒羽 雪音来

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17.5-5 優しいあのヒトの正体

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「・・・・・・・・・・・・っま。ちゃんと話すって約束しちまったし! 5と、7から10までを語るとしますかぁ!」
 自分の横を、魔神が通り過ぎる。その時に、付いてこいと言うかのように首を動かした。
 自分は少し距離をおいて、その後に続く。

 約束は覚えている。
 教会の地下を駆け上がる中で、木の全身鎧が言っていた。
 だからこそ、その部分が異様に目立っていた。

「1から・・・・・・初めからじゃないのか?」
「俺としては初めからでもいいんだが、5より前と6の真実は、理解するのも難題でな・・・・・・10まで語り終えてからゆ~っくり説明してやるよぉ」

「気遣いは要らない」 
 しっかりと話して欲しいだけだ。

「気遣いぃ? そんな優しい理由なワケねぇだろ! 本当に厄介で現在進行形!! 下手に話すと俺が足下掬われてこけちまうから時間稼ぎたいって我が儘だっ!!」

「・・・・・・この復讐と関係あるのか・・・・・・?」
 あるのだろう。直感でわかっていたが、尋ねずにはいられなかった。

「大アリだんだよなぁ。あーヤダヤダぁ!!」

 魔神が足を止めた。
 目の前には、見覚えのある磔台があった。
 
「詩的に言りゃ、ここから運命が狂い出した。俺の介入がなかったら、とある神様がお前の体を依り代に活動を始めてた」

「・・・・・・白い神様か?」
 
 魔神の目が大きく見開いた。
「お! 知ってたのか!」

 自分は静かに頷いた。

「どこまで知ってんだぁ?」

 北の大陸に伝わる黒い神と白い神の話。
 1つだった聖剣が4つに分かれ、聖剣を振るった人間は道具となること。
 冬の聖剣だけ、天井に追放された白い神を呼び戻す役割と聖剣を無限に作り出す機構が組み込まれていたこと。

 一応。南の聖女から語られた聖剣が人間の意識や感情を奪っていき、やがては付属品という名前の廃人へと至らしめることも伝えた。
  
 天井の神や善神と別称があるが、話していて自分がこんがらかってしまいそうになった。
 白い神のことだと何度も伝えていたら「面倒だから白い神様・・・・・・長ぇから白神で統一しようぜぇ」と、魔神が耳を横に倒して言った。
 それ以外は、自分が語り終えるまで魔神は頷くだけで口を挟まなかった。


「・・・・・・むかーしの神様にとって複数の名前がある奴の方が偉いって常識があってなぁ。人間でいう肩書きみてぇなもんだけど、マジでわかりにくい! 全く慣れねぇ!」

 語り終えるなり、魔神はうんざりとした様子で言った。
 だが、すぐに耳をぴんっと上に上げた。

「これからの話にも繋がるから、2つだけ補足させてくれぇ。ひとつは白神の追放の仕組み。前に狼の俺が話した聖剣の反逆とその後日譚になる」

 かなり重要な話だとは思っていたが、ここで繋がるとは考えもしなかった。

「黒い神は死体となって体動かせねぇが、白神は死体じゃねぇから動くし癇癪も起こせる。それを強制的に封じるために結界が張られた。結界を用意したのが北の魔神。その要石として聖剣が自主的に4つに分かれて配置された」

 散らばっていた真実の欠片が集まっていく。  
 けれど、それは納得や爽快ではない。不安と怖気だ。
 聞きたくないという気持ちを抑えるように、脇腹を掴む義手にさらに力を加えた。

「その結界も1度綻んじまって新しいのに張り直した。その際に結界担当は別の存在に、要石を聖剣から別のものに変えたんだが、追放されていた白神はそれを知らなかった。魔神と聖剣だけのやりとりだし、すっごい昔だから人間の大賢者は封印の方法すら知らなかった。知らない同士で手を取り合った結果、重要なポティションにいる北の魔神を無力化する意味を込めて、活動拠点を北の大陸に定めた。そんなことしても結界壊せないから無意味だったんだけどなぁ・・・・・・で、もうひとつ。冬の聖剣に手を加えた時期だ。聖剣同士念話みてぇに声を飛ばすこともできるから告げ口される前に、早々と冬の聖剣に手を加えた。始めっからじゃねぇ。俺の推測だがぁ、北の魔神を狩りに行くちょいと手前だろうなぁ」

 魔神の言葉に、腑に落ちない言葉があった。
「北の魔神なら9年前に・・・・・・」
 自分が殺した。その言葉がでなかった。
 だが、魔神は察してくれたらしい。

「そいつと教会の地下にいたのは、北の魔神の分裂体。本物の北の魔神はすでに退場している」

 全身に、虫が這うように不気味で不快な感覚が走った。
 魔神からすれば、自分が倒したあのヒトは偽物かもしれない。そこは自分も否定しない。

 だが9年の歳月を超えて、替えが利くかのように教会の地下にずっといたと思うと、あのヒトを侮辱された気がした。

「ここから本題である5の説明に入っからなぁ。・・・・・・わかるか馬鹿野郎ぅ!! て、ぶちギレる前に話を折る勢いで質問しろよ~」

 わからないからと怒ることはないが、とりあえず頷いた。
 そう考えた上で頷けるだけ、まだ自分には精神的余裕があるのだと実感した。
 話を聞くなら、その方が良かった。

「ちょいと嫌な質問するが、旅の同行者だった北の聖女が術を使ったの見たことあるか?」
「ない」
「即答だな。じゃ、大賢者が他者に回復をかけたのを見たことあるか?」
「ない」

 レモーナ家当主なら、魔物に襲われた人に回復の魔法をかけていた姿は見たことはあった。擦り傷などの傷の浅いものを治す初歩の魔法だけだと、レモーナ家当主は北の聖女に言っていたのを覚えていた。
 それを思い出した時、妙な疑問が湧いた。
 
 先程、大賢者はクリスタルを使って何度も自身を回復させていた。
 なぜ、あの北の聖女にクリスタルを持たせなかったのか。本物の聖女のふりをさせるなら、力が使えた方がより本物らしさを演出できたはずだ。
 
「気付いたみたいだなぁ」
 魔神はどこか嬉しそうに言った。嬉しいと言っても褒めたりする方の明るいものではなく、宝箱の在処を見つけた悪い海賊のような含みのある不気味な感情だ。

「分裂体には、媒質である本物と同じ能力が発動できねぇ不具合が起きていた。失敗作のクリスタルを持たせたら、その分裂体は溶けて液体と化した」

「それは分裂体だからか?」

「ただの拒絶反応だなぁ。聖剣と同じく聖水も人間を選ぶ。ただの不採用なら力が使えねぇってだけなんだが、邪な考えや存在だとそーなる」

 北の聖女の分裂体は邪な何かだったのだと、聖水に判断された。
 同行していた北の聖女はわからないが、ただ水槽の中で眠る彼女たちが邪な考えや存在だとは思えなかった。

「・・・・・・怖いな」
 思わず感想を口にすると、魔神はゲラゲラ笑った。
 
「しゃーねしゃーね!! 大いなる力にはそれなりの死の覚悟ってのが伴うもんだっ!! 見合わない力を望んだ結果と思うしかねぇよ!!」

「・・・・・・もしかして、北の魔神の分裂体も・・・・・・?」 

「ああ。同じことが起きた。諸々の事情もあったらしいが、そっちのクリスタル化は失敗に終わった。で、時間もねぇから、分裂体の中で個体値が1番優れている奴に媒質である水晶玉を持たせて、勇者の相手をさせた。人間みてぇに、呪文や魔法陣に魔力を流して決められた魔法を発動させていた、と言えばわかりやすいだろうなぁ」

 無意識に視線を落として、剣を掴む自分の手を見た。
 顔を少し上げて、これから狩りをするかのような真剣な顔をする猫の姿の魔神を見た。

「その水晶玉を手にした勇者を『聖剣の苗床』にする。大賢者を通して白神はそうオーダーを刻んだ。オーダー通りに聖剣は魔力となって分解、所有者である勇者と同化して作り替える。この辺りは聖剣の付属品化と原理は同じだし、進んでいれば造作もねぇ」

「・・・・・・なんで、それが自分だったんだ・・・・・・?」

「妥当な疑問だなぁ。だが、たまたまお前だった。それが俺の推測だ。──例外を除けば、白神、その眷族、勇者しか聖剣は握れない。必然的に依り代は1択。あの糞神は理想が高ぇから、依り代にそれなりのハードルを設けた。それが分裂体を倒し、水晶玉を手に入れられる強さを持つ勇者だろうな。その域に達したのが、尋常でない魔力を製産でき、剣の技術が天才的なお前だけだった」


 納得できなかった。
 自分以上に適任者はいたはずだ。
 身分が全てを決めるこの大陸なら、不義という最悪な始まりから産まれ、罪人という最悪な終わりで閉じた自分なんかより、白神の理想を叶えられる人間はいる。
 強さを考慮しても、自分でなくたっていい。
 レモーナ家当主。盗賊団の頭首。王家に仕える騎士や魔法使い。自分より努力と経験を兼ね備えた上で強い人間はいる。  
 聖剣が選べば、彼らにだって分裂体は倒せた。
 16年という莫大な時間をかけて倒した自分より、もっと早く、もっと上手く、もっと魔物の被害を抑えることだってできた。

 あと、さらりと白神を穢すような呼び方を、魔神が口にした気がした。気のせいだと思って無視した。


 納得できないことを追及しようと、口を僅かに動かした時だった。

 制するように、黒い靄とは違う何かが囁く。
 これ以上は尋ねてはならない。早く話を進めなくてはならない。そう有無を言わず、従わなければいけないと思わせる透明で強い声が聞こえた。 

 それに負けじと尋ねようとして、再び唇を少し動かした。
 胸より少しずれた位置に熱した鉄を押し付けた痛みが響く。
 この位置は、自分の予想だが魔力変換機関がある場所だった。

 それはやめろ。
 透明な声が、自分は無意識に下唇を噛もうとしていたのすら制止する。
 さらに力を入れ、脇腹に爪のように尖った手を食い込ませる。

「俺は分裂体達から北の奴の魔力と、媒質であるその水晶玉と回収しにきた。それが5の説明と俺の目的のひとつだ」

 痛みに脳が支配されていく。
 理解が少しずつ追いつかなくなる。
 否。痛みが原因ではない。理解したくない。聞きたくない。そう頭が拒み始めた。

 あのヒトが、本物を模しただけの偽物だと信じたくなかった。
 あのヒトの最後の言葉が、あのヒトがくれた最後の希望が、依り代を得るために仕組まれた計画だったのではと疑ってしまう自分がいた。 

 さらに脇腹を握り掴む手に力を入れる。爪と指が混じり合ったような鋭い指先が深く食い込んでずきずきと痛い。
 そこまでしないと、自分は自分を保てない。 

 ピエロの時のように臓器に痛みがあるわけではない。けれど、追い込まれて息ができなくなりそうになる。


 魔神は言った。
 目的のひとつ。まだ他に目的があるらしい。

 他の大陸の魔神が出てこないといけないほど、この大陸はかなりおかしいのだろう。

 否。この大陸は全て狂っていた。本物の北の魔神はいない。白神によって用意された分裂体が北の魔神の代わりをしていただけ。
 それを自分が倒した。そこから9年の月日が流れている。
 狼の姿をした魔神は大丈夫とか保つとか言っていたが、この大陸は崩壊を始めている気がした。

 どれ程の期間、本物がいなかったかは知らない。分裂体で儀式が成立できていたのか知らない。
 尋ねる気にすらなれなかった。

「5の説明は終わっても、まだ説明は続くんだが・・・・・・大丈夫かぁ?」

 眉間に皺を寄せる魔神に、自分は無言で頷いた。

「あ、そう? じゃ、その手退かしてくれやぁ」
 魔神がそう言って、右の前足を持ち上げて自分を差した。

 正確に言えば、脇腹を掴む自分の手だ。

 自分が首を横に振るうと、魔神は盛大なため息を吐いた。

「あのなぁ・・・・・・。俺としちゃ話すのはいいよぉ。だがな。お前の今の姿が聞く側の態度じゃねぇし、話している俺がムカっとくるんだわぁ!!」
 
 この手を退かすことはできない。

 怒っている魔神を宥められる言葉が見つからない。
 自分に非がある。その点から自分が悪いのだと理解している。
 謝らなければいけない。そうわかっているのに、口を動かすことも、声を発することもできない。
  
 このまま無言でいても、魔神にとっては不快で怒りが募るばかりだ。
 けれど、顰めたままの顔は怒っているより疑念を向けているように見えた。

「・・・・・・やっぱり大丈夫じゃねぇだろ」
 
 魔神の強めの口調ではなく、その言葉に自分の心臓が大きく跳ねた。

「ちょいとワケあって、数ヶ月前からお前の心が読めねぇんだ」

 魔神の言葉に、自分は驚いた。
 義手の交換、大賢者との戦い、今の会話でそう思えたところはあった。
 だが、まさか心が読めなくなっていたなんて思いもしなかった。

「犯人はわかってんだぁよ。このままじゃ、お前の依頼に支障が出・・・・・・その様子だって、犯人のせいだから完全アウト。次に取りかかる前にもう支障出てるから、本来の俺がそいつを本当の観客席に案内することに決めた。有無を言わせず強制連行だぁよ」

 魔神は小さな肉球をぐっと内側に丸め、もう片方の手でそれを包み込むように重ねた瞬間、ボキボキボキボキと骨を鳴らした。
 一波乱起きるのでは。そう思わせる雰囲気を出していた。


 魔神特有の言葉の言い回しだ。

 その犯人は自分の復讐に問題を起こす存在で、魔神は自分の復讐を考えている。それだけは理解できた。 
 無論。自分の復讐を邪魔する存在が、魔神の計画を邪魔しているだけなのかもしれない。
 尋ねたくても、痛みで酷くて質問できない。


「というワケで──」

 笑顔という仮面を被ったかのように、魔神は陽気な声で続けた。

「今のお前は本物さながらの生々しい義眼のおかげで体調悪そうだなぁ、て察することはできるがそれ以上は無理っ!! ヘイ!! 口頭筆談なんでもカモーン!!」

 魔神の言葉に、その手があったと気付かされた。
 雪の上に文字を書けばいい。文字を覚えた今の自分にはその手段があった。

 さすがにこの剣を筆がわりにするのは申し訳ない。だが、脇腹を掴んでいる手を離したら、悲しさに暮れてしまいそうになる。
 しゃがんでから剣を離す。空いた手で雪の上に文字を書いて魔神とやりとりをすればいい。そう、自分の中で最善の方法を見出した。
 


 ────時は来た。
 
 
 自分の中から聞こえていた内側の声が、はっきりと告げた。

 誰かが堰を切ったかのように、黒い靄が急激に広がった。
 黒い靄が自分の体の形を取り、別の誰かとなって自分の体を操縦するかのように自由が奪われた。

 そこからは、自分が何をしたのかすらわからなかった。
 当事者でありながらも、傍観者のように自分の意識はその光景を見ていた。
 
 しゃがんでから手放そうとしたのに、立ったまま握った剣で小さな魔神の首を刎ねていた。
 雪の上に文字を書いて伝えるはずが、脇腹を掴んでいた手で帽子をはたき落としていた。
 
 コナユキ猫の姿が乾いた砂へと変わって、雪の上に崩れた。小さな砂の小山は雪の水分を含んだと思ったら消えてしまった。
  
 暗い水の中へ沈んでいくかのように、自分の意識は黒い靄に塗り潰された。
 
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