After story/under the snow

黒羽 雪音来

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17.4-5 虚しい結果

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 極光は直線の刃と湾曲の刃を交えて、標的に関係なく出鱈目に飛ぶ。
 回避行動はしない。
 否。してはいけない。魔神が張った水の膜は盾だ。盾から飛び出れば、極光の姿をした刃に真っ二つにされる。
 胴体なのか。首と胴体なのかはわからない。直撃した場所で変わるだろうが、即死は避けられない。

 その攻撃のほとんどが、自分たちが位置から離れて着弾していた。
 気のせいだろうと思うが、ある空間の1点に向かって放たれる攻撃からは相当な敵意があった。そこに自分がいるかのような、そんな攻撃だ。 
 そう考えて、すぐに捨てる。
 考えても仕方がない。その攻撃が後の布石にならなければ問題はないのだ。
  
 駆け出す。
 魔力を纏わせた剣が届くまでの範囲まで、駆け出す。

 直感的ではあるが、魔力を飛ばす斬撃は届かない。あの極光にぶつかって一方的に吹き飛ばされる。運良く相殺しても、第2、第3、と次々に極光は襲ってくる。魔力を纏わせ、飛ばすまでの瞬きの間ですら命取りになる。

 
 ただ、ひとつだけ気になることがあった。

 魔神はマナを吸収して魔力に変換する。その魔神の眷族になった自分は、生命維持装置であった魔眼を軸に、この体に手を加えることでマナを得ることができている。
 否。いたというべきだろう。
 ここに飛ばされてから、自分の魔力変換機関は一瞬でも動いていない。魔神が言っていた通り、吸収を手助けする魔眼がないからだ。この際、ナーマでもいいと思って試してみたが無理だった。魔眼がないと、魔力の素の吸収そのものができないのだと今更思い知った。

 人間であってもマナに対応できるように施せるのは俺だけ。そう魔神は言っていた。


 話の流れからだが、大賢者と眷族に選んだ天井の神にはそこまでの技術はないのだろうか。

 大賢者はレモーナ家当主のようにマナに耐性があり、それを魔力として使える人間ではない。それらから、大賢者はナーマから作り出した魔力と眷族の力、そしてクリスタルを用いて戦っていることになる。

 だが、それでは辻褄が合わない。
 マナより量が劣るナーマで、魔法の域を超えた光の帯という高出力の攻撃が打ち出し、今はクリスタルと眷族の力が繋がって極光という魔力の塊が打ち出されている。
 どちらも、ナーマで作り出してる魔力を遙かに超えた、威力を伴っていた。
 魔法を超えた力の源はどこから用意したのか。それが最大の疑問であった。
 
 クリスタルを壊しても、その源を立たなければクリスタルそのものが再生するのではないか。そんな不安があった。

 だが、肩に乗っている猫の姿をした魔神は何も答えない。
 心が読めるとピエロは言っていたが、まるで自分が何を考え、何を思っているのか見えていないかの様子だった。

 それは考えすぎで、水の膜を張るので精一杯なのかもしれない。だが、分身体を複数用意できる魔神がこれだけの作業で必死というのが、腑に落ちない自分がいた。
  
 こうだと言われていた決定事項が、少しずつずれていく。
 まるで、誰かが少しずつ文字を書き加えたり、書いた文字を削ったりしている。訂正された文章通りに自分は動かされている。思い通りに動かせる登場人物に当てはめられているいる気分だった。

 それでも、やらなければならないこと、優先しなくてはならないことは、はっきりとわかっている。この考えがどこまで正しいかと確認するより、はっきりしている方を行う。

 少しずれて飛んでくる極光の刃を、魔神が水の膜で包み込んで消す。
 そして、その中心地点に到達した。

 頭と胴体のつなぎ目に、何度も指を突っ込んで掻きむしる大賢者。 
 鎧の胸の辺りから飛び出したクリスタルを捉えた。
 黒い剣に魔力を纏わせ、上から下へと振り下ろす。
  
 黒い剣が当たった場所から亀裂が走る。
 重みに耐え切れたくなったかのように割れ落ちる。雪の上に落ちる前にクリスタルは光となって消えた。
 極光が止んだ。こちらに放とうと凝縮されていた純粋な力の塊である光も呆気なく消えた。
 剣を握る手に力を加え、強引に持ち上げ、刃の向きを変える。首に向けて振り上げる。
 あんなに必死に指を動かしていたのが嘘のように、大賢者は頭を俯かせて動きが止まっていた。

 クリスタルによる回復がないなら、確実に首を切り落とし、大賢者への復讐を果たす。


 自分が握る剣がその首に届く直前に、分厚い板のように集結した砂の塊が塞いだ。

 義手でなければ、手をぶつけたような痛みで剣を落としていた。ただ、ぶつかったという衝撃が全身を揺らすように襲った。


 そこに右肩から、重くないが一点に力を加えたかのような負荷がかかった。 
 先程の衝撃もあって、体が負荷のかかった方へと傾く。

 それが猫の姿の南の魔神だと気付いた時には、白い毛に覆われた小さな右手が、歪な断面を見せつけるクリスタルに触れていた。

「チェックメイト、だっ!!」
 魔神はやりきったと言わんばかりの声で叫んだ。
 鎧に生えていたクリスタルの根元部分が、覆われていた鎧を巻き込んで砕けて消えた。
 
 魔法の暴走によく似た、放出される魔力という力によって大気が荒れる。
 その地響きのような音と強烈な風に似た見えない力に吹き飛ばされて、自分の体はその場から外に向かって押し出さる。
 先程のように剣を突き立てた。抗うことが無意味だと嗤うかのように引き抜かれて、雪の上を何度も転がった。

 光より風が強い。片腕で目を守りながらも魔神と大賢者の様子を確認しようとしても、風に荒々しく吹かれるカーテンのように、雪が視界一杯に広がって全く見えない。

 多分だが、雪が元通りに降り始めるのに1分はかかっていない。腕を持ちあげて目を守ってから、風と光が止んだからだ。
 だが、自分には1分以上あったのではないかと錯覚を抱いた。
 それほど、両者がどうなったのか不安だった。
 不安から体内時計が狂う時、最悪な結果になることが多い。勇者の時、嫌という程それを体験したからだ。


 ゆっくりではなく、唐突に風が止んだ。
 
 立っていたのは大賢者。
 人間ではないと強調させていた4枚の翼は消えていた。
 その代わりに、胴体部分が大破した鎧の中にあるはずの体はなく、真っ白な鎧の内側が見えた。
 眷族になることは人間を辞めること。人間を辞めるのだから人間である証を捨てる。それを体現しているかのような姿だった。
  
 クリスタルを破壊したのに大賢者はそこにいるのか。どうしたらあんな姿になるのか。
 あれは、自分が復讐したい人間で間違いないのか。そう尋ねたくても、その答えを知っているであろう、コナユキ猫の姿をした魔神の姿はどこにもなかった。  
 
 眷族となり、人間のように寿命で死ぬことのできない自分も、今すぐにああなるのではないか。そんな恐怖があった。

 人間でありたいという見た目の変貌からの恐怖ではない。記憶や感情の部分からだ。
 自分にとって復讐に必要なのは、その罪の証である記憶と、罰を与え罰を受けるための感情だ。
 それを失うということは、復讐が果たせないことを意味する。それだけは絶対に嫌だった。

 なんのために生きてきたのかすらわからなくなる。自分の復讐そのものが無価値だと言われているかのように思ってしまった。


 兜の覗き穴から、大賢者の目と思われる朧気な光が自分を見た。
 慌てて起き上がって剣を構える。だが、大賢者は足を踏み出すこともなく前のめりに倒れた。

 重たい鎧を雪が受け止めたかのように、全く金属音が鳴らなかった。

「あ? なんで出れねぇんだ?」
 その鎧の下から、魔神の声が聞こえた。

「しゃーねぇな。猫だけどモグラの如く掘るか・・・・・・」
 そう聞こえてから、雪を掻いていく音が小さく響く。

 鎧を退かした方が早い気がして、近づこうと自分は一歩踏み出した。
「そこからこっちに近づくなよぉー」

 その本読むから置いといて。そんな軽い調子で魔神は言葉を投げた。
「大賢者だったこれ。触れたらマジで危険だからぁ」

 死体が危険。初めて聞いた気がする。
 否。人間の体がない時点で、この鎧を死体と断定していいのか怪しいものがある。

 東の大陸の進化体の特徴を思い出した。
「噛みついてくるのか?」
「それはゾンビの特権だから奪わせないであげてー」
「・・・・・・すまない」
「謝るほどでもねぇけど? ──からのぉ、どっこいしょ!」
 鎧の手前の雪がもこもこと膨れあがり、魔神がひょっこりと顔を出した。

 コナユキ猫の名前の通り、真っ白い毛のままだった。
 寧ろ、自分がここに飛ばされた時より毛が整っている気もしてきた。

「さてさて、と」
 魔神は駆け寄ってきた。
「クリスタルも破壊して、大賢者も倒したし、魔眼を持った本体が向かえに来るまでのんびりと待機してますかぁ!!」
 
 自分は、倒木のように倒れたままの鎧を見た。
 抱いた疑問について尋ねたいのに、別の考えが押しのけて前に出てきた。

 また、自分の手でとどめをさせなかった。妨害された。
 
「・・・・・・魔神」

 だからこそ、それは確信へと変わった。

「あんたは、何がしたかったんだ・・・・・・?」

 遅すぎた質問であっても、終わった後であっても。

 自分にとっての唯一の願いを踏みにじってでも、魔神が果たそうとしていた計画を知りたかった。
 自分にとって価値ある物事であっても、誰かにとっては無価値な物事でしかない。そうわかっていても、勇者の時のようにそれを飲み込んで頷くことはできなかった。
 
 怒りはない。ただ悲しいだけだ。
 涙が流せたら、泣いていたかもしれない。
 脇腹を強く掴んで痛みを与えていないと、果たせなかった復讐に絶望して膝から崩れそうになる。
 まだ果たせていない復讐がある。ここで足を止めて嘆いているより、せめてその理由を知って次の復讐に進みたい。
 そこまでしないと、今の自分は次の復讐に向かえない。それほど、果たせなかった部分の復讐の後悔が強かった。

 それほど感情的になっているのに、黒い靄が広がる気配はなかった。

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