After story/under the snow

黒羽 雪音来

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19.1-3 質疑

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 沈んで消えるはずだった、自分の意識はまだあった。

 どこにいるのかわからない。
 地に足が付いていない感覚。
 落下してはいない。だが、宙を浮いているとは何かが違った。


 おかしい例えだが、大きな手に握り潰されかかっているような感覚だった。
 安定感はあれど、安心感とは程遠い恐怖。

 この意識が、この命が、いつ失われてもおかしくない。それを実感させる痛みが、頭以外の残っている体を包み込んでいた。


 ここが地獄なら、自分は握り潰されては体が再生して、また握り潰される。そんな無間地獄なのだろうか。

 磔刑で処刑された罪人は、北の大陸よりさらに極寒の暗い氷の中で、たった独りで永久に閉じ込められる。暗いのは目が見えないからで、閉じ込められているのは両腕両脚がなくて動けないからで、独りなのは耳が聞こえないからだ。
 聞いていた北の大陸に伝わる地獄と、実際の地獄はかなり違うらしい。

 地獄に落ちることは恐怖であっても拒絶はない。
 けれど、復讐を果たせなかったことは後悔でしかない。

「復讐を所望であろう?」

 聞き慣れた、しわがれた声。
 けれど、聞き慣れた陽気さは消え失せていた。
 代わりに、地響きのような厳かさがあった。

 自分の体すら見えないのに、すぐ目の前に真っ赤な光が見えた。
 大きすぎてすぐにわからなかったが、それは2つあった。
 この光は目だと察した。この目の持ち主に自分は握りられているのだ。

 魔神でないことだけはわかった。
 なぜ魔神と同じ声をしているのだろう。そう疑問を抱いた。
 目が見え、声が聞こえるなら、ここはどこなのだろか。そう疑問を抱いた。

 それらの疑問を口に出そうとして、自分の声という音だけ抜き取られたかのように出ていなかった。

「汝の復讐は何ぞ?」

 自分の復讐。
 北の大陸の人間をこの手で皆殺しにすること。 
 そう心の中で答える自分がいた。

「為せば良かろう? 汝にその力を渡しておる」

 魔神のように、その存在は自分の心を読んで受け答えしていた。

 渡された力から、眷族である魔神の力を思い出す。
 あれは南の魔神の力だ。目の前の存在とは関係ない。

「汝は乃公の力と認識しておらぬのか? ・・・・・・ああ。乃公の依り代は訂正せんかったな・・・・・・故に、あの言葉を素直に受け入れ、力を返却しようとしたのか・・・・・・合点がいった」
 勝手に納得していた。

 ああ。誰なのかわかった。
 白神だ。自分の体を依り代にすると国王が言っていた。魔神が説明していた。

 そう考えて、違うと気付く。

 自分は白神と会話をした記憶がない。一方的に声をかけられたおぼえもない。

 ダイコウという赤い目は誰で、依り代は誰なのか。再びわからなくなった。

「今のは些事の独り言だ。疾く忘却させよと告げたいが、あの大馬鹿者と間違われるのは業腹だ」

 魔神と同じ声音であっても、口調が違うだけで別人だと認識してしまう。

 感情というものを感じなかった。抑揚もなく、同じ音で全ての言葉を話している。
 たぶんだが、赤い目は物事に関心が無いのだろう。怒っていると言っているのに、全くそんな感情が伝わってこない。

 勇者の時の自分も、抑揚がなくなっていったからわかった。
 関心を持っても何かが変わるわけではない。だから、物事に対する関心はなくなっていった。どんなに痛い思いをしても、「自分はそんなもんだ」とあっさりと納得できるようになっていた。

 唯一違うとしたら、自分のように後ろ向きな考えではなく、ただただ興味が無いだけだ。

「あの大馬鹿者はいつも真似ばかりしておったが、乃公の依り代の機構のような完成度で作りあげながらも、己の願望で不出来にするとは・・・・・・片割れであっても愚かとしか言えぬな。どこまで自惚れれば気が済むのか・・・・・・」

 誰の話をしているのかわからない。
 白神の依り代と、目の前の存在が口にする依り代は別人。それだけは理解できた。 
 
「此度は利害の一致故に声を掛けた。汝は先程述べた復讐を。乃公はこの大陸の改修と、あの大馬鹿者への2度目の灸を据えたい。共に為そうではないか?」

 抑揚がないから、誘っているのだとすぐに気付かなかった。
 気付いてから、それは無理な話だと思った。

 自分は魔神に復讐を依頼した。
 全て、失敗に終わった。

 たぶんだが、自分の体はもう自分のものではなくなっている。

 ここからどうやって、立ち直せるのだと言うのか。
 例え立ち直せても、名前を挙げた復讐相手は誰1人いなくなった。引き受けると魔神が言った時点で、国王は生きていないだろう。
 
 それに、皆殺しにする選択はもう選べない。
 それは、あのヒトたちのような人を殺すことになる。
 同じ過ちを犯したくない。

「復讐が果たせるなら、喜んで人間を辞め、眷族という道具になってやるのではなかったのか?」
 
 赤い目に、そう言われた。
 耳を疑った。

 覚えている。
 眷族になるかと聞かれたときに、自分が思っていたことだ。
 あの場には、猫の姿をした魔神しかいなかった。
 このダイコウは、やはり魔神と関わりがあるのだろうか。

「では、乃公が告げてやろう。汝と関わりがあった皇女は死んだ。復讐とはそれすら良しとするものなのであろう?」

 その言葉に、自分の胸の奥が、ざわざわと揺れるように気味の悪い不安が起きた。

 嘘だ。
 その証拠がない。

「何故、あの大馬鹿も人間も理由を求めるのだろうな。・・・・・・汝らの言うところの魔物となって殺された。そう言えば納得するか? せんだろうな。あの大馬鹿は都合の良い考え方をする。作られし人間もまた同様だ」
 
 魔物となって殺された。
 ウタネは、魔物となって殺された。

 その言葉が、自分を取り囲む。
 そんなはずがないと否定した。
 それを否定するように、魔物の正体を告げた北の聖女を思い出す。

 魔物が大陸にいる以上、魔物の正体を知っている以上、完全に否定ができなくなった。
 可能性としてありえる真実かもしれない。証拠がないからこの気持ちのまま否定すべきだ。それらの考えが、天秤のように左右に大きく揺れる。
 
「・・・・・・乃公は手を組めればそれで良い。汝は理由があればそれで良い。故に記憶を見せよう」
 
 自分の体の周りに、影よりも黒を凝集したような暗闇は自分を取り囲んだ。

「乃公の依り代が、汝の復讐を利用していたのも知ってくるがいい」
 そして、暗闇という何もない景色に色が着いた。

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