After story/under the snow

黒羽 雪音来

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21.1-6 裏側エピソード その9

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 とても昔にあったお話。

 白紙化した南の大陸を、自分の大陸のものにできないかと画策した魔神がいた。

 結果だけを言えば失敗。その魔神の悪事は、達成する前に世間に晒された。
 しかも、卑怯な手段で魔神としての機能を封印されて、下級の魔族より弱くなってしまった。
 眷族ではない魔族達に見つかり、必死に逃げ、抵抗するも消滅した。

 復活しても、その時の魔神の活動記録は引き継がれることはない。
 姿や使う魔法は同じでも別魔神。それがわかっていたからこそ、眷族達は預かっていた魔力変換機関を返却。見た目はそのままでも中身の違う、変わらずも新しい魔神として復活した。

 そして。誰も知る必要がないと、再度契約した眷族達の手によって忘却された歴史となった。
 

 消滅前の魔神は、人間を見下していた。
 あれはいなくても良い存在。ではない。
 使い捨ての道具。代えの効く道具。命令ひとつで動く道具。道具は使われて捨てられるのが本望だと。
 
 1番わかりやすいのは勇者だ。
 聖女という理解できない道具が横にいるようになったが、使い方は変わっていない。

 自分の大陸の為に戦って死ぬこと。
 自分の大陸が危ないから戦えと言えば、どんだけその身が損傷していても素直に応じた。
 自分の大陸の為に戦って死ぬことになっても、なにひとつ文句を言わなかった。
 聖剣が新たな勇者を選ぶ。選ばれた人間は素直に勇者になった。
 そして、自分の大陸のために戦う。それの繰り返し。
 その功績と屍を礎に、自分の大陸は良くなっていく。

 魔神が人間を使ってあげて、大陸を良くしてきた。
 そんな認識で、人間に接していた。

 ならば、他の大陸より良くしてやらなければいけない。自分の大陸を良くするなら、南の大陸を管理して第2の大陸として管理してやろう。
 そんな欲で、魔神は魔神らしからぬ計画をいくつも企て実行し、その身を滅ぼした。

 その計画のひとつに、こんなものがあった。
 従順な人間を兵器として作り出す計画。
 命令ひとつで、その生を惜しむことなく、反抗せず、疑問を持たず、計画に身を捧げられる使い捨ての道具。
  
 大陸の為と言って、命を惜しまずに道具として働くのは勇者だけだ。
 その横にいる聖女は、勇者のその考えを反対して五月蠅かった。
 そして最悪なことに、魔神の言うことを勇者は聞かなくなった。大陸の維持には真剣だが、自分の命を惜しむようになってしまった。魔神の言葉を素直に受け取れなくなってしまったのだ。

 聖女のような他者が妨害したせいだった。
 大陸の崩壊は免れなければならない。だから、大陸の維持をする魔神への従順さを確認するために、マナとナーマが均等になっている状態でも、戦いを強要した。
 まだ使える道具なのか。魔神に従順かどうかを確認するためだけに。

 疑いや不満すら抱くことがなかった勇者という道具は、初めて反抗してきた。
 道具が反抗してはいけない。道具が意見を言うのは危険だ。魔神自ら、塵箱に捨てるように、その時の勇者と聖女を殺した。

 そんな経緯があって、この計画は用意された。
 それは必然だった。
 従順ではない人間は不良品。天然物のほとんどがそれだった。
 ならば、自分の手で作ればいい。魔神は勇者の1件からその考えに辿り着いた。

 材料を自ら厳選し、1人ずつ暗くて狭い部屋に閉じ込めて、魔神が所有者だと理解させる。その行程を繰り返し行って製造した。
 丹誠込めた作られた道具こそが正規品となった。あるべき道具の形になった。

 その道具達の末路も悲惨となった。
 南の大陸を手に入れるための道具として送られた。そして、人間と南の魔族側の両方から壊されていった。
 そして、道具として送られた人間が誰もいなくなった。


 その時の道具達には、人間らしい感情が希薄だったらしい。
 目の前に迫ってくる死に対して、怯えた表情をしなかった。
 誰もが、自分の感情を口に出さなかった。

 最後の生き残りの道具に、南の魔神は尋ねた。
 どうして、その選択肢を選んだのか。と。


 最後の生き残りの道具は、言葉をぽつりぽつりと落とすように答えた。

 口にしても誰も聞いてくれない。
 望まれているのは命令通りの実行。求められた結果をもたらす。それだけの存在が私たちだと。

 口にしても無意味だとわかっていた。それでも勇気を振る絞って嫌だと伝えても、嘲笑われるか、殴られながら大声で叱られるか、無視されるだけ。
 最悪、不良品として壊される。

 ああ。やっぱり。そう思うと、余計悲しくて、自分が馬鹿だったと惨めになる。
 言葉を伝えるのを止めた。言葉を伝えるのを諦めることにした。

 諦めたら、救いがあった。
 自分でない誰かが、殺してくれるからだ。

 例え、自らナイフを持って喉を突き刺してもだ。
 人の血で汚れた両手と、魔族の悲鳴がこびりついた鼓膜が、お前こそ死ぬべき罪人だと糾弾し、死へと導いてくれる。
 
 自分は、殺人者という人間で終わることができる。
 自分は人間だったのだ。道具ではなかったのだ。
 道具は壊れて捨てられるだけだ。けれど、誰かに殺されるのは生物だけ。死に対する怒りで殺されるのは、人間だけである。
 なにより、殺人者は殺す側の人間だ。
 この罪を受け入れることで……ようやく人間になれる、悲しくて惨めなこの世からさよならできる、それが嬉しいのだ、と。

 湾曲した考えだと分かっていても、真っ直ぐには生きていけない。
 真っ直ぐに生きていたら、この考えを言葉にして伝えることはできなかった。

 湾曲した考えとは、深層心理で辿り着いた答え。本能より複雑で、理性のようにはっきりとしない。
 誰かによっての酷い間違いで、自分にとっての唯一の答え。

 死ぬ前に、この湾曲した考えを言葉にして自分で知ることができた。それだけでも生きていて良かった。
 だって、救われたかったと気持ちに気づけたのだから。
 
 そう言って、この世界で呼吸をして、心臓を鼓動させていた生物は息絶えた。
  


「・・・・・・こうして。悪~い大昔の西の魔神様による人間兵器は根絶やしになりましたとさ。めでたしめでたし!!」
 手入れされた芝生の上を歩きながら、南の魔神は明るい声で終わりを知らせた。

 その腕には、「どこがめでたしなんだ」と不満そうな目と表情を向ける黒猫がいた。

 南の魔神は、無断で東の大陸へ訪れていた。 
 
 現在は夜。まあるい月が1人で空に浮いていた。
 その寂しくも輝かしい月光が、余すことなく、平等に照らしていた。

 南の魔神は、その場にしゃがんで黒猫を下ろした。
 北の大陸に取り残されていたのを、南の魔神が保護した。背中の傷は既に完治している。
 
 この黒猫には、大事な役目があるからだ。
 それは、黒猫も理解していた。
 首輪の間に挟まれた手紙を、この王宮にいる王様に届ける。そして、貴方の愛した人が亡くなったと伝える。そんな辛くも重要な役目だ。

 黒猫は故郷に帰ってきた。
 しかし、大事な人達はどこにもいない。
 月光は、その嬉しくも寂しい心を照らしていた。

 だから、黒猫は鳴いた。
 故郷に「ただいま」と。
 飼い主である女性に「さよなら」と。
 飼い主を何度も喜ばせてくれた青年に「達者でな」と。

 黒猫は振り返らずに駆け出した。
 
 この世には、いくつもの分かれ道がある。
 黒猫の飼い主にだってあった。

 そして選んだのは、王家のために影に身を置き、人の手柄を奪う下衆の旦那に尽くす。それでも民達の幸せを導く王族として真っ当する冷たく暗い道。

 産まれた大陸の為、王族としての責務の為、人々の幸せの為、見殺しにしたあの子への贖罪の為だ。 

 後悔はある。そう飼い主が口にした。
 けれど、それを自ら悲観することはない。そう飼い主は続けて言った。

 その結果が今ならば、黒猫は受け止めるしかなかった。
 選んだ道が間違いだと否定したくない。
 選んだ覚悟を非難したくない。

 黒猫は、受け止めるという分かれ道を選んだ。
 だからこそ駆け出した。
 行動をしなくては、この道を選んだ意味がないからだ。

 城の中へと消えていった黒猫を見送った南の魔神は、両手をめいいっぱい上に伸ばして伸びをした。

「・・・・・・っと。さて、俺もぼちぼちと下準備を始めるとするかぁ」
 南の魔神は指を鳴らした。
 砂嵐がその姿を包み込み、南の魔神の姿ごと消えた。


 魔物の襲撃を経て、北の大陸は大混乱と化した。
 請け負った復讐の続行は不可能。打てるだけの手は打ったが、魔神が思っているような結果にはほど遠かった。

 なにより、問題は依頼主にあった。

 急いで完遂させるのは悪手。しばらくの間は、南の魔神として行動しながら静観を決めていた。
 それは、現段階での話だ。


 ようやく、状況が動き出した。
 復讐のアドバイスマネージャーとして、復讐の完遂より最優先しなくてはならない重要な案件に乗り出す。 
 
 この分かれ道は、復讐を果たすか諦めるかの2択のみ。
 
 片方の道を封鎖することができないのなら、歩かせたい道へと強引に引っ張って連れて行くしかない。
 

 
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