After story/under the snow

黒羽 雪音来

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21.2-6 南の大陸

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 どこかで、砂を連れて飛ぶ風の音が聞こえた。
 魔族語とは違う、砂と砂が合唱するかのような、澄んだ音が聞こえた。
 南の大陸の子守歌。そう比喩されている。
 今夜の砂漠も落ち着いているから、安心して眠れるよ。そんな意味を持っているらしい。


 パチン。金属盤のマス目に、左に3つ移動させた上級の魔族の駒を置いた。

 勇者と魔神。
 南の大陸でもっとも遊ばれる、ボードゲームとカードゲームを組み合わせた対人遊戯だ。
 
 勇者とその仲間を表した白い駒と、魔神と魔族を表した黒い駒を使って、勇者あるいは魔神を倒した方の勝ち。
 それぞれの駒にはサイコロの目に沿った行動が決められている。マスの移動だけでなく、特殊攻撃や準備も含まれる。
 自分の番で動かせる駒は3つまで。出た目を確認してから選択が可能。
 白い駒と黒い駒が正面からぶつかると、戦闘のカードを使って戦いが始まる。先に相手の駒の側面に書かれている数字をゼロにした方が勝ち。負けた駒は盤の外に退場させる。
 魔法を使うことが可能な駒だと、魔法のカードを伏せて発動準備という行動もとれる。
 
 
 始めた時の84マスある盤の上には、42個の白と黒の駒が並んでいた。
 今では、黒も白も駒が減った。
 自分が使う黒い駒は魔神含めて9個。
 相手が使う白い駒は勇者含めて15個。


「借金返済おめでとうー!!」
 対戦相手の先輩は騎士の白い駒を右に1つ動かした。

 エンと名乗った、南の魔神の眷族と名乗った人型の魔族だ。性格は人懐っこい。常に黒装束を身に纏った小柄な少女以外はわからない。ただ、そのフードの下から覗く金色の目は、あの日の黒獅子の姿の南の魔神を彷彿させる。

「アタシ先輩!! キミ後輩!! いろいろ教えてやるからめっちゃ敬え!!」 
 そう言われてから、しょっちゅう声をかけてくるようになった。

 遊戯を始め、教えて貰うのは多い。だが、眷族の仕事で同行したことは1度もなかった。あとは一方的に話をしてくる。


 借金とはなんだ。首を傾げることで詳細を求めた。

「キミが汗水垂らしてサンドワームや賞金首狩ったお金のことだよー」
 今度は魔法使いの白い駒に、結界を張った証である青い石を置いた。

 あれは借金ではない。そう身振りで伝えた。
 身柄を拘束して引き渡しただけで首は狩っていない。それも訂正したかったが、南の大陸では賞金首は生け捕りにしないと賞金が支払われない規則なのを思い出した。
 わかっていることを口にしても、気分が良くないだろうと考えて止めた。

 先輩は「ウゲー」と批判的な声をあげた。
「言葉通りに受け取らないから普通・・・・・・。そんなピュアピュアで、よくゲス白骨と一緒にいられたよねー? ま。ゲスはキャラ付けで、本性は責任感ならどの魔神より強く、仕事や義務になると完璧にこなさないと気が済まない質だからなー。 キミも責任感強いからそこが気が合うのかなー?」

 剣闘士の白い駒で、正面のマスにいた下級の魔族を攻撃する。

「アタシなら──ぼったくりだ!! こんな迷惑料払うか!! って苦情入れるけどなー・・・・・・はい。ターン終了だよー!」

 倒された魔族の駒が、先輩の細い手に摘ままれて盤の外へと移動させられた。
 

 自分の番が回ってきた。

 どの駒を動かすべきか。
 そう考えながら、盤から目を逸らして部屋を眺める。

 自分にあてがわれた部屋は、必要最低限の家具だけが置かれていた。
 あとは自分で欲しいものを用意してくれ。人伝ではなく魔族伝で、南の魔神に言われた。
 あの後どうなったのかを確認したら、すぐに出て行って北の大陸に戻る。そのはずだった。
 
 先に迷惑料を請求された。しかも貨幣1択。
 初めて見る桁の多さに、何度も数え直すほど目を疑ったのを今でも覚えている。あれのせいで、いろいろ渦巻いていた感情などが、どこかに吹っ飛んでしまったからだ。
 伝言を伝えてくれた眷族にも、同情された。

 迷惑料込みの報酬の一括払いに変更して貰おうと、直接魔神に頼みたかった。だが、魔神は忙しいらしく、拠点に立ち寄った1秒後にはどこかに行ってしまう状況。眷族に頼んで手紙を渡してもらったが、却下の文字だけ書かれた置き手紙が残されているだけだった。

 迷惑をかけたのは事実だ。
 騙されたとはいえ、黒い神の甘言に乗って、望んでいない形で北の大陸を滅ぼそうとして魔神に迷惑をかけた。
 これを払ってから出て行くことに決めた。

 無駄に抵抗するより、受け入れた方が良い。
 それが勇者の時に学んだ教訓だ。
 抵抗して時間がかかる。嫌なことの数が増える。けれど、無抵抗で殴る蹴るに耐えた方がすぐに終わる。痛みや怪我も少なくて済む。
 貨幣以外で頼み続けて時間を延ばすより、魔神からの条件を飲んでしまった方がいい。そう判断した結果だ。

 問題は、その迷惑料をどうやって用意するかだった。
 臓器や血を売れば払いきれるかもしれないと真剣に考えた。
 北の大陸では、看板を立てた店として当たり前にあった。けれど、南の大陸では地図にも載っていなく、探すのが困難となった。
 数日間、南の大陸のお店の地図と睨めっこしていたら、南の魔神の眷族達に尋ねられ、事情を話したうえで尋ねたら、全力で止められた。そのまま説教も受けた。

 
 戦闘能力の高さを買われ、人間のふりしてサンドワームの討伐報酬で支払うことを勧められた。
 実際に戦いに行く時は、どの眷族でもいいから同行してもらうようにと、口酸っぱく言われた。
 臓器売買の1件で、独りにすると危ないと判断した。そうはっきりと言われた。

 南の魔神、そして、南の勇者と聖女が大陸から離れている間に、サンドワームの討伐は誰もが請けられる仕事となった。

 報酬の支払い元は南の大陸を治める王様だ。政治の手腕は素晴らしいと誰もが評価するほどだが、昔は多くの人から嫌われるほどの酷い統治をしていたらしい。ある悪事が明るみになり、その被害者であった当時の聖女によって、大陸中が血の海に変わる手前まで危険が及んでいた。それを南の魔神が乱入して、強引に両成敗という形で収めた。
 その際に、王様は精神的にきつい罰を受けた。今も受け続けている。
 幽閉までとはいかなかったが、定期的に体中の毛を剃られるのは精神的に辛い。高い確率で南の魔神がやって来て、指さしてひとしきり笑って立ち去っていくから、さらに精神的に辛い。

 何をしているんだ。あの魔神は。
 話を聞いていて、自分は心の底から呆れた。

 その罰が効いたのか。今では性格は丸くなり、誰からも好かれる王様になった。
 見た目がかなり老け、腰が曲がって杖ついて歩いているから老人と間違われることが多々あると、王様自身語っていた。自分も1度間違えてしまい、大変申し訳なかった。
 依頼達成の報酬を1人でもらいに来ると、よく話し相手として誘われる。自分が南の魔神の眷族であることは伏せているのもあって、良き話し相手として、王様はいろいろ教えてくれた。


 話を戻す。
 南の魔神が長期不在の間。討伐対象の段階以上に進化したサンドワームを、眷族総出で討伐して、旧形態の儀式で大陸の維持を取り持っていた。

 その時に初めて知ったが、旧形態の儀式は維持というより、崩壊への先延ばしの意味合いだった。一寸先に崩壊という結果を遅らせただけで、すぐに結果がやって来る。それを先延ばしするためにまた戦う。
 かなりの脅威に眷族達も1体倒すだけでかなり疲労困憊。聖剣を用いた儀式のように猶予はなく、頻繁な戦闘回数を眷族の多さで補って、交互に集中力と魔力の回復に費やしてた。
 
 魔神が帰ってこなくなって6年が経つと、2日に1体倒していかないと大陸が維持できない状況に、「やってられるか」と眷族全員でぶちぎれた。その怒りをサンドワームにぶつけるようにして討伐し続けた。
 
 魔神が南の大陸に戻るようになってからは、元の儀式で大陸の崩壊は回避。安定を維持している。

 それを聞いて、自分が依頼したのが原因だと察した。すぐに、眷族1人1人に謝りに行った。「もっと精神的に図太くなったほうがいい」と、行く先々でなぜか心配の声をかけられた。
 
 
 なんで心配されたんだろう。思い返すたびにそう疑問が浮かんだ。
 今も疑問を浮かべながら、自分はサイコロを振った。上級の魔族の駒を後ろに5つ動かした。
「お! 守りに入る気だなー!!」
 エンがはしゃぐ。その声を聞きながら、自分は再びサイコロを振って、中級の魔族に魔法を付与した。
「察するにー・・・・・・これは任意発動の防御系の魔法だな。よしよし!」
 

 あの出来事から1年と半年が過ぎた。
 自分は死ぬことなく生き延びた。

 その理由すら、魔神からの説明がない。

 眷族達には、魔神が見つけてきた新しい眷族という認識をされている。
 自分より、眷族達の方が魔神との付き合いも長い。あの時の状況を説明すれば、魔神が何をしたのかわかるかもしれないが、自分にはあれを語れる自信はなかった。

 はっきり言ってしまえば、迷惑料を稼ぐために戦っていた方が気が楽だった。
 考えても、自分が悪かった結果は変わらない。魔神が何をしたのかと考えるよりも、そっちに考えが流れてしまうのだ。

 北の大陸で起きたあの日以来。答えを知っている南の魔神とは会っていない。
 まだ忙しいらしい。たまに南の大陸に戻っては儀式をして、すぐに北の大陸にとんぼ帰りして後始末の続きを行っている。


 どうして南の魔神が忙しくなったかのかは、先輩から聞いた。

 当初の予定では、事態が落ち着くまで北の大陸に残るつもりでいたらしい。

 眷族達が、西の新聞の『北の大陸の教会、神隠しにあう』という一面を見た瞬間、即座に南の魔神の仕業だと察し、捕獲部隊の編成と捕獲準備をすぐに済ませて出立。西の大陸を経由して北の大陸の港に到着するも、夥しい数の魔物達の強襲にあった。

 撤退しようとした目の前に、砂嵐に移送された南の勇者と南の聖女が現れた。前方の破壊の使者達と、後方のよくわからない生物達に道を塞がれた。

 どちらが怖いと選択を迫られれば、圧倒的に破壊の使者達。戦いたくもない。
 脅された形で協力して魔物を撃退した。

 南の勇者に「せっかくの再会ですし戦いましょ」と言われたので、逃げるように移動を開始。
 新聞に載っていた教会は、既に解体されて雪原しかなかった。

 困った眷族達は、南の魔神と交友的な関係を結んでいる上級魔族の拠点に行った。単独行動を好む北の魔神の拠点がわからないという理由もあった。
 その上級魔族の拠点で、ピエロの中に緊急避難をしていた南の魔神と遭遇した。

 北の大陸に残ると冷静な態度で主張する南の魔神に対し、やること溜まってるから戻ってこいと怒鳴って主張する眷族たちの討論は、過激だったらしい。

 言い争ってばかりで解決しない気配に、拠点の主である魔族が妥協案を提示した。
 その妥協案を元に魔神と眷族達で話し合い、眷族の半分を北の大陸に在留させ、後始末などを始めとする在留理由を主体的に行い、南の魔神は大陸を行き来する。それで解決した。
 
 まだ目を覚めしていなかった自分は、南の大陸に戻る魔族組と共に移動したとの話だ。

 派遣された同族からそう聞いた、と先輩は最後に付け足した。
 

 サイコロを振った。
 望んでいた数字が出たから、魔神の駒を動かした。

「は? はああ!? ここで切るのー!!」

 先輩の驚く声を無視して、魔族の駒の横に伏せて用意していた魔法カードを発動させた。

「・・・・・・げっ!! もう1回サイコロ振れるだと!!」

 振った結果、魔神の強力な魔法によって白い駒のほどんどが敗北。敵味方関係なしの大技だが、元から味方は安全圏へ避難させて無事である。

 残るは、離れていた勇者の白い駒のみ。

 下級の魔族の駒に付与していた魔法カードを使い、魔神との位置を交換する。安全圏を確保した。
 自分の番はこれにて終了。

 先輩は盤面を睨み付けている。
「グヌヌ・・・・・・なんてこった。元北の勇者なのに戦法がエゲツない・・・・・・」


 南の魔神の拠点にいる魔族達には、既に自分の元の役職は知られている。
 無論。最初は警戒された。

「聖剣を地面に叩きつけただけで亀裂走らせられたか?」

「斬るより叩きつぶす戦法とかする?」

「癇癪起こすと、泣きながら聖剣振り回して手当たり次第に壊す派?」

「戦いたい相手を追いかけ回す主義?」

「戦いたい相手がいるのに、別の奴に妨害されたりそっちを優先されたら怒る?」

 等々。よくわからない質問をされた。それらを否定すると、あっさりと警戒は解かれた。


 盤面を睨みながらも、振ったサイコロの目を見た途端、先輩は邪悪な笑みを浮かべた。

「あーはははははは!! 正義は必ず勝つ!! 食らえ魔神。聖剣クラッシャー!!」
 声音と表情が、言葉に一致していない。そして、笑い声を共に発した技名は存在しない。

 そう思いながらも、出されたカードの説明文を見た。

 勇者の駒が使える戦闘カードで、魔神にのみ大きな損傷を与える。
 高威力の攻撃を受ければ魔神は負ける。


 先程、中級の魔族の駒に付けた魔法カードを表に返す。
 魔神に向けられた攻撃を、攻撃側の駒へと跳ね返す。そんな説明の防御魔法だ。

「・・・・・・・・・・・・」

 先輩は無言でカードを掴み、目を細めて、カードの向きを変え、何度も見返した。

「・・・・・・・・・・・・え? マジ?」
 獣のような金色の目を丸くして尋ねてきた。
 
 自分は頷いた。

 先輩は音もなくカードを盤の上に置いた。少し離れると、その場に崩れ落ちるように掌と膝をついた。

「負けたあああああああああああああああ!!」

 絶対勝つと思っていたのに。そんな屈辱混じりの悲鳴を上げた。

「初心者に3回勝負でストレート負け!? こんな現実あってたまるかああああああああ!!」

 自分も勝てるとは思ってもいなかった。
 この結果に申し訳なく思った。こっそりと、使ったカードを別のカードと交換した。魔神の駒を盤外に移動させようと、音を立てずに持ち上げた。

「やめろおおおおお!!」

 かばっと、勢いよく先輩が立ち上がった。

「その真面目さ優しさがアタシの勝負魂に傷つけるんだよおおおおおおおお!!」
 涙声で怒鳴られた。

 申し訳ない。そう自分は謝った。

「そんな素直に謝るなっ!! 良い奴過ぎて理不尽な怒りぶつけにくくなるから!! くっそう!! あの白骨みたいに守備に入った途端ポンコツになると思っていたのにいいいいい!!」
 遊戯に負けた悔しさだけでなく、やりたいことがやれない苛立ちが混じっている気がした。

 あの用意周到の魔神が、間の抜けたような失敗などしない気がした。それに先輩は先程、魔神に対して完璧だと評価していた。
 それらを踏まえて、どうしてポンコツになるのかと尋ねてみた。

「・・・・・・ああ。キミは知らなくて当然かー」
 先輩は平常心を取り戻したかのように涙声は消え、椅子に座り直した。

「他の魔神もそうなんだけど、絶対弱点になる短所ってものがあるんだよね-。南の魔神は防御ってものが全然ダメ。戦いでも、こういうゲームでも、日常的なたわいのないことでも、自分ではない他を守るってチェンジした瞬間に壊滅的に終わる。運良く守れても、なーんか見ているこっちが、ムムムって唸りたくなるようなー、手を出したくなるようなー、見てるこっちがムズムズするんだよねー・・・・・・人間的に言えば不器用ってやつ?」

 自分に尋ねられても困る。

「本の虫って言いながら弄り大好きな圧倒的暴力主義者だからね-。好きに殺していいなんて言ったら、この世が地獄と化すほど悲惨な状態になるほどだしねー・・・・・・。ま。この世の存在に真の完璧がいるとしたら原初の神ぐらいじゃないかなー? 知らないけどー?」

 その言葉を聞いて、黒い神を思い出す。
 大陸の維持と白神への鉄槌。それを望んだままの形で達成するためなら、使えるものは全て使う。まさに完璧主義者の鏡だ。
 だからこそ、それ以外は排他する。邪魔をするなら排除し、使えるなら壊れる手前まで酷使し、要らないと判断を下せばあっさりと捨てる。
 
 先輩とやっていた遊戯のように思い通りに駒を進めるが、駒同士の協力はない。現実だからこそ、遊戯のように守るべき規則を除外して、全て捨て駒にして勝つ。それが完璧主義者の戦い方なのだろう。

 そして、悪魔の姿となり深紅の目に変わった、南の魔神。
 どうしてあんな事が起きたのか。あのあと元に戻れたのか。南の魔神が黒い神の依り代とはどういうことなのか。いまだに謎のままだった。

 知るのは怖いがそれでも知りたい。
 だが、自分にはそれを知る時間はない。

 今日受けた5件のサンドワーム討伐で得た報酬金で。迷惑料の用意が完了した。

 北の大陸に行く資金が用意できたら、自分はここから出て行く。

 迷惑料はサンドワームの討伐報酬に、移動の資金を賞金首を捕らえた報酬に充てていた。

 サンドワーム討伐の4分の1にもならない報酬金額だが、数さえこなせば貯めるのは早かった。そのお金で、気配遮断や魔力を抑制させる魔法道具と、西の大陸を経由する定期船の券を購入したら、静かに立ち去るつもりだ。
 
「じゃ、片付けますか~」
 先輩の提案に、自分は頷いた。
 
 黙々と片付け、盤を抱えた先輩が「じゃ」と短い別れの言葉を告げた。
「あ。そうだそうだ」

 部屋を出て行く直前で、こちらに振り返った。
「勝者には戦利品をあげないとねー!」

 戦利品。その言葉はあのヒトを思い出させると同時に、あの後の悪夢を蘇らせる嫌なものだった。
 要らない。そう首を横に振って拒絶した。 
  
 だが、先輩には全く通じていなかった。
「そんな謙虚にならないでよー。朝6時に向かえに来るから身支度済ませて待っててねー!!」

 にまにまと笑いながら、今度こそ立ち去った。


 もう止めることはできない。それだけはわかった。
 そもそも魔族に身支度は必要ない気がする。
 否。南の魔神は身なりを気にする性格だ。長く付き従っている眷族達にも身なりを整える習慣があるのかもしれない。
 そんなことを考えながら、照明器具の明かりを消した。
 書斎にあったベッドによく似た寝具に、倒れるように体を横にした。頭を覆うように布団を被った。

 枕の下から、1冊の帳面を取り出す。挟んでいたペンを持って、日中に見かけた吟遊詩人が歌っていた内容を書いていく。

   彼は骸を抱いた
   月明かりに照らされた涙が 骸の眼窩の下に落ちる 
   流れ落ちる滴が まるで骸の涙のように見えた
   彼は泣きじゃくりを抑え 悲しみに染まった声を絞り出す
 
   北の大陸の偉大なる国王よ
   どうか安らかにお眠りください

   北の勇者でなくなった私でも 
   大陸を支配せんと企む 王妃と魔物を止めてみせましょう

 北の大陸で起きた魔物襲撃事件と呼ばれる、王都が壊滅した悲惨なできごと。
 その後。吟遊詩人達がこぞって歌い歩いている英雄譚。

 吟遊詩人達の歌を聴くたび、不安という滴が1滴ずつ落とされて、波紋として広がっていく。
 自分が諦めた復讐に、何かが起きているのだと。
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