After story/under the snow

黒羽 雪音来

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21.5-6 アルバーストのドラゴン

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 北の大陸にある、懐かしい拠点の書斎。

 あの状況から、自分を引っ張り出した小柄な人間の女性の姿をした魔族は、何も迷い無く自分をここに連れてきた。
 まるで、ここが自分の実家だと言うかのように。

 南の魔神や彼らはいないらしい。
 北の大陸に派遣された、南の魔神の眷族達とは会ったことはない。けれど、目の前の魔族が自分を知っているかのように、連続的に話しかけてくる。

 派遣された眷族なのだろうか。
 ならば、この行動原理はなんなのだろうか。

 書斎に到着すると「ああ~。走り疲れました」と言って、纏っていた服装が一瞬で変わった。
 北の大陸に不釣り合いな袖無しでたぼったい上衣に、太股部の中央より短く動きやすい下衣の服装。絶対に凍死する格好である。
 魔族に体温という概念がないと南の大陸で知ったが、見ているこっちが大丈夫かと不安になってくる。

 怠惰感と言っていいのか、抜けすぎていると言っていいのか、なんとも言えないだらしなさを感じた。服装などの見た目にこだわりが強い、南の魔神が口うるさいせいか。南の魔神の拠点では、だらしない見た目の魔族は全くいなかった。
 
 けれど、人間の言葉を話せる魔族はほとんどいない。人間と会話する理由がないが1番の理由だと聞いている。南の大陸では、魔神が人間の言葉を話すことを推奨しており、拠点にいる上級魔族は話せている。魔神が推奨するのは、とても珍しいことらしい。
 人間の言葉を話せる魔族であり、南の魔神のことを知っているのなら、南の魔神の眷族という答えしかない。しかし、その答えに納得できない自分がいた。
 
 南の魔神の眷族なのかと尋ねようとするも、それより先に魔族が話をすすめてしまう。
「びっくりしましたよ!! 雪見大福食べに行ったらまさかいるんですよ!!」
「あ。雪見大福を冷凍箱に入れてくるので座っててください」
「紅茶飲みますかー?」
「ちょっと小腹が空いたので簡単なお菓子用意しますねー」
「クリームとメイプルと蜂蜜とフルーツソー・・・・・・面倒なのでそっちに全部持っていきますねー。お盆によいしょ、と」

 途中から簡易キッチンの方へ行ってしまい、声だけが飛んできた。

 自分は言われたとおりに椅子に座っていた。
 この椅子に座って、復讐計画を練ったり、魔神から色々学んだ。それらが、遠い昔のように感じた。

 懐かしさに浸っていると、目の前に大きなお盆に置かれたものが上から下に遮り、視覚から阻害してきた。

「おまたせしました!! プチホットケーキの山盛りとトッピング達です!!」

 自分の顔より大きい白い皿の上に、その皿と同じ大きさの丸いパンケーキが塔のように積まれていた。厚みはほとんどないから、地層と呼んでもいいかもしれない。
 プチの要素は皆無。写真で見るような通常の大きさなんて呼べない。
 これは、巨大パンケーキであった。
 今は座っているが、椅子から立ち上がってこの食べれる塔を見上げても、天辺が見えないだろう。

「トッピングはこちらから生クリーム、バタークリーム、カスタード、カスタードクリーム、クリームチーズ、ゴルゴンゾーラ、バター、粒あん、こしあん、きな粉、小豆クリーム、きな粉クリーム、ずんだ、パンデミック、醤油クリーム、抹茶ソース、ミミミーミ、フルーツクリーム、フルーツソース、ピーナッツクリーム、フルーツジャム、パンルット、シナモンシュガー、ポッピングキャンディー、メイプル、シラカバ蜜、蜂蜜、ブラックチョコソース、ミルクチョコソース、ホワイトチョコソース、蜂蜜チョコソース、パラメルソース、キャラメルソース、トリックフラワーソース、パンプキンソース、キャロットソース、アイスクリーム、シナモンアップル、チョコチップ、ドライフルーツ、クルミ、アーモンド・・・・・・あ。珈琲ソースと紅茶のクリームがありませんでした!!」

 魔族はそう言って、簡易キッチンの方に戻っていった。
 
 あと、本当に申し訳ない。
 解読不能の呪文にしか聞こえない。


「ふたたびお待たせしました!! では食べましょう!!」

 これ、自分も食べないといけないのだろうが。そう本気で不安になった。
 お腹は空いていない。むしろ、食欲がない。
 それでも、用意してくれたからお辞儀という形でお礼は伝えた。

「いえいえ。私もお腹空いているので!!」
 魔神は嬉しそうに言いながら、1番上の巨大ホットケーキを手に取った。

「プチホットケーキの良いところは、片手で食べられるお手軽さですよね~」
 生クリームに粒あん、さらに抹茶ソースにアイスを乗せて、「あーん」と幸せそうに言いながらぱくりと食べた。
 小さな一口に見えたが、パンケーキは半分ほど消えていた。
 どうしたらそうなると疑問を抱いたが、魔族だからそんなものかと察した。そう思うことにした。
 
 プチという概念は、この魔族の基準だったらしい。

 ここまでもてなされてから、誰なのかと尋ねていいのかわからなくなってしまった。

「ところで」
 ホットケーキの塔が半分を下回った時に、219枚目のホットケーキにトッピングを乗せながら魔族が切り出した。

「雪見大福買っている間に南の魔神さんに連絡しましたら・・・・・・めっちゃ驚いてましたけど、なぜでしょうか?」

 南の大陸にいるはずの自分が、北の大陸にいれば当然の反応だ。
 事情を説明しようと、メモ帳とペンを取り出して文字を書いていく。 

 丁寧に説明していたら時間が足りないので、簡素に伝えた。
 簡素と言っても、説明を始めたら、予想以上に時間がかかってしまった。



「・・・・・・なるほど。事情はわかりました!」
 自分が伝えている間に、224枚目を完食していた。

「それとは別に、声帯がないって不便すぎますね! 正直、相手している私がしんどいです!」
 はっきりと言った。しかも、真顔である。
 自分も不便だと思っている。南の大陸の魔族達にも同じことを言われた。
 人間にとって言いにくいことでも、踏み込んでいくのが魔族であり、慣れた。

「黒いリボンに刻んだ術式でも対象外だったのですね! 南の魔神さん風に言えば、良い勉強になりました!」

 225枚目のホットケーキに手を伸ばす魔族に、自分が制止した。
 今、聞き捨てならない言葉があったからだ。

 黒いリボンに刻んだ術式。
 思い浮かぶのは、南の魔神が髪留めとして自分に結んだあのリボンだ。
 目が覚めたときになくなっていたから、あの1件で朽ちていく肉と共に落ちたのだと思った。
 あのリボンになにか魔法がかけられていたのなら、意識を手放す前に聞こえたあのほどけた音はそれになる。
 是が非でも話を聞かないと。自分は焦る気持ちで手が震えたが筆談で尋ねた。
 
 あの1件で、自分は声帯を失った。
 雪の上に落ちた声帯は自分の体から離れた状態だったからか、首は他の部分と同じように治っても、擦れた音すら出なくなっていた。

 筆談は出なくなった声の変わりの手段だ。
 
 質問をしても、魔族はトッピングを乗せるのに夢中でこちらを見てくれない。
 それでも諦めずに、メモ帳を開いたまま見せ続ける。メモ帳を叩いてみたりもしたが、全然気づいてくれなかった。

 ようやくこちらを見て、メモ帳にも気付いてくれた。
「・・・・・・・・・・・・。んー? ああ! わかりにくかったんですね!!」
 頬張った分を胃に落としてから、魔族は勝手に解釈した。
 魔族に胃があるかはわからないが、狼の姿の分身体は魔物を食べていたから、似たような器官はあるのだろう。

「あのリボンは、身につけた対象と攻撃してきた相手の状態を交換する魔法を施していました。交換や置換の魔法が得意なのでその応用です!」
 
 魔族はそう言って残りを頬張った。右手にチョコソースの容器を、左手にアーモンドが入った容器を持った。
 素材は同じでも大きさや形が違う容器、さらには液体と固体と全く違う。けれど、自分の目の前で、右手に持つ容器の中にアーモンドが、左手に持つ容器の中にチョコソースが、瞬きの間に入れ替わっていた。
 持っていた容器を置き、生クリームを掬う木製のスプーンを掴んだ。そのスプーンも瞬きの間に木彫りの可愛らしい猫の人形に変わった。これは先程のスプーンだと示唆するように、頭の上に生クリームがついていた。帽子を被っているかのように見えた。

 純粋に、尊敬にまで達する魔法だ。変わっていく行程がない分、現象として魔法を扱う魔族の凄さを再認識してしまった。 

 交換では、どれを対象にするかの基準や予備動作がない。触れていた容器が交換したのではないから触れることは必要条件ではない。
 これが規模関係なく使えるなら、毒殺だって簡単に行えてしまう。肉体を持つ生物なら、臓器と石を交換することだって可能だろう。

 置換も同じだ。素材そのものに変化はない。だが、どのような形にするかを選ぶのはこの魔族にしかわからない。今は猫の形だったが、これが凶器だったら、形が変わるまでわからないままだ。鎚かと思って身構えていても、槍のように先端が鋭い凶器に切り替えることも可能だ。

 魔神や眷族の魔法の使い方も人間ではありえない凄さがあるが、それとはまた違う意味がそこにあった。
 使い方次第で、人間や魔族を簡単に殺せる。
 持てる力の底知れ無さ。本物の怪物。それが自分の感想だ。

「これは序の口です。自分の吐息を、別の魔族が扱うブレスという吐息攻撃に交換することだってできてしまうのですよ!!」

 もうやりたい放題である。
 南の魔神の拠点にいる下級や中級の魔族のように感じたが、彼らは上級魔族より技術や能力が発展中もあって、まだ対応することが出来た。
 こんな上級の魔族が好き勝手に暴れたら、止めるのも大変だ。 

「んん~!! アルゴンスペシャル美味しいです!! 次はドラバーストスペシャルにしましょう!!」
 いつの間に乗せたと思うほど、全てのトッピングを乗せたホットケーキを頬張っていた。

「・・・・・・・・・・・・。で、黒いリボンは南の魔神さんから頼まれて作ったんですよ。「俺がそれやろうとすると怪しまれるから」とか「発動までは気付かれないようにするのも施しておいて欲しいとか」と、なんかわかんないこと言っていました。まぁ。報酬のお菓子貰えれば別にいいので理由は聞いていません!!」

 脳天気というより、本当に報酬以外に興味が無い。そんな雰囲気を感じた。

「対象は、黒いリボンを付けている存在と解く前に攻撃として触れた存在ですね」
 魔族が226枚目のホットケーキを手にして、カスタードをたっぷりと盛っていく。

「器という表面を交換する程度を設定していましたので、まさか君みたいな中途半端な存在に使うとは思っていませんでした。戻ってきた南の魔神さんは慌てて、君の本当の臓器持ってきて接合始めますし、その後に眷族の皆さんと言い合いを始めますし、すごく騒がしかったですよ!! たくさん暴れて疲れていたので、お菓子作って貰おうとした私はとばっちりです!!」

 魔族は怒っていると言うかのように両の頬を膨らませながら、先程中身を交換したアーモンドが入った容器を持った。
 1瞬で中身が空っぽになり、アーモンドは上から降るかのようにカスタードの上に落ちた。
 ホットケーキに塗ったカスタードより上の空気と交換したのかと考えながら、出てきた言葉に驚愕して耳を疑った。

 自分の本当の臓器。なら、あの時消えていった臓器は一体何なのか、と。
 肉体を持つ生命体の体は複雑だから魔法で補うのは危険。そう魔神は言っていた。あの言葉を信じるなら、自分を生かし続けるために活動していたあれらは……。
 そう考えて、わからなくなって、気持ち悪くなっていった。
 見ず知らずの相手の臓器を使っていた。死んだ人間の臓器を使っていた。そんな不気味な発想が出てきたからだ。

 詳しく聞きたいと思う反面、出てきた真実によっては絶対に後悔すると確信があった。どうすべきかと考える間に、魔族は雪山で起きた大きな雪崩のように愚痴りだした。

「その前から大変だったんですよ!! 南の魔神さんのお菓子食べたいなぁって思っても、南の魔神さん大変そうだったので、南の魔神さんが北の魔神に頼んでいた魔物潰しを引き受ければそっちに派遣したら、すぐに終わってお菓子作ってくれるかなぁて軽い気持ちで思って、北の魔神に直接交渉して王都以外を引き受けたら、他の魔族達も今こそ魔物に逆襲だって勝手に参戦して、あちこちでてんわやんわになりますし、連携取れてなくて無駄に怪我する魔族増えますし、魔族の皆さんは皆さんですぐにこっちに頼ってきますし!! 本当に大変だったんですよ!! 猫姿の南の魔神さんが、魔族の彼らに人海戦術の基礎を教えていなかったら、あの中級の魔族が連絡取れる能力じゃなかったら、目が回って倒れてそのまま消滅するかと思いましたよ!! 君と一緒にいた魔族の彼らにナッツの蜂蜜付けを添えて頼まれたので期限付きで北の魔神の眷族になったらなったらで、即行で北の魔神は消滅してますし、眷族として預かっていた魔力変換機関を返して、時間かけてようやく元の姿に戻った北の魔神はお礼のお菓子無しで当然のように「じゃ、もう一度行うぞ」って言って、こっちが怒った数日後には「頼む。眷族になってくれ」って先日の無礼とお願いのお菓子を忘れて頭下げてきますし、ふざけるなーって怒鳴りたくなりましたよ!!」 

 この世の全てを恨むかのように、魔族はきっと目をつり上げた。
 怒りに任せた早口もあって、お菓子に強い執着がある以外、何言っているのか聞き取れなかった。とても大事なことを言っているのはわかったから、もう1度繰り返して欲しい。
 聞き取れなかった自分の愚かさに、思わず頭を抱えてしまった。

「飴と鞭ではなく、飴と飴でないと動かないのが私ですよ!!」

「その飴を用意したのは俺だぁよ」

 聞き覚えのある声に、思わず顔を上げた。

「ぎゃー!! その手でぐりぐりだけは止めてくださーい!!」
 悲鳴を上げる魔族の背後に、白骨姿の南の魔神が立っていた。

 魔神は眼窩の上下中央を持ち上げるほど怒っていた。ごつごつした白骨の手で拳を作り、魔族の左右のこめかみに押したり回したりしていた。
 大げさに痛がっているように見えてしまうが、実際に痛いのかもしれない。それは受けている魔族にしかわからないことだ。

「お前がこうやって菓子食っていられるのは、俺が北の魔神に眷族としての仕事を振らないようにしてくれって口添えしてっからだよぉ。頼み方は俺の部下達からのアドバイスだからなぁ」

「痛いです!! あの石頭ならぬ氷頭が、魔神じゃない存在を頼るなんてありえません!!」

「眷族ならではのアドバイスってもんがあるからなぁ」

「止めてください!! 本当に止めてください!! 頭が横から割れちゃいます!! お菓子の神様お願いです!! 愚かなドラゴンは痛いのじゃなくて甘いのがいいです!! 北の魔神を悪く言ったの謝りますから!!」

「ああ? お前が喋りすぎているからこうしているだけだが?」

「ぎにゃー!! 力を加えないでくださいー!!」

「ま。そろそろ教えてくれって思っていた頃だろぉ? これ以上伸ばして変な推測立てるのがお前の癖だし」
 この魔神の言葉が、自分に向けられているものだとすぐに気付かなかった。ようやく気付いたら、気まずいという緊張で体が強張った。

「そう身構えるなって。アルバーストのドラゴンにも同席して貰うからよ」

 今、南の魔神はなんと言った。
 どこにその怪物がいるのかと、自分は周囲を見渡した。

「なんで私まで聞かないといけないのですかー!?」
 悲鳴混じりで非難の声を上げたのは、魔神に折檻されている魔族だった。

 この魔族が、あの怪物であるアルバーストのドラゴン。
 自分の内心でそう確認したら、思考へと繋がる神経が妨げられるように、脳が動かなくなった。

「気まずいからに決まってから」
 
 南の魔神の声は聞こえた。
 けれど、自分は目の前にいるアルバーストのドラゴンと呼ばれる魔族の哀れな姿を見て、何かを考えたりできないほど、驚きを超えて放心してしまった。
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