After story/under the snow

黒羽 雪音来

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22.2-2 予想外の決着

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 何が起きたがわからず、背中から風を受けた。

 上半身をそらし、顔を下に向ければ、小さくなった魔神が周辺を見渡していた。
 否。そう見えるだけの距離があるだけだ。その魔神に手を伸ばして握るように手を閉じれば、その姿をすっぽりと隠してしまうほど、自分は遠く離れていたのだ。

 それほどの高い場所に、一瞬で移動していた。
 それを自覚したら、地上にいるアルバーストのドラゴンが魔法を使ったのだと答えが出た。

 ホットケーキにアーモンドを乗せた時に見せた魔法と同じ。上空の空気の位置と、自分の位置を交換したのだろう。

 なんでもありだな。魔族の魔法と書いて完璧と読んだ方がいいのか。でたらめな魔法にそんな感想を呟いた時、違和感を覚えた。

 アルバーストのドラゴンの交換。南の魔神の転移の砂嵐。それらの魔法は、どうやって地点を決めているのだと。
 魔法で矢を的に当てようとしても、狙いを付けなければ当たるはずがない。それと同じだ。

 空を飛ぶ鳥が木の枝や地面に降りる時は、目視で着地地点を決めてから降り立つ。
 脚力の強いハイイロユキオオカミが狩りをする時は、崖の上から着地地点を決めてから崖を勢いよく駆け下りて、獲物の目の前に着地。獲物が驚いて固まっている隙にその喉に牙を突き立てる。

 失敗することだってある。それでも、着地地点までの距離を測ったり、着地場所の状況を確認は、事前に行うものだ。

 アルバーストのドラゴンは地上にいる。その位置で空を見上げて、自分と交換する空の位置など正確に認識できるのだろうか。
 魔神の言葉を鵜呑みにするなら、このような空中でも助けを求めれば手を貸してくれる。アルバーストのドラゴンはかなり視力が高いのかもしれない。視力を魔力で強化しているのかもしれない。


 だが、南の魔神は視力の話ではない。
 南の魔神の砂嵐も同じだ。前に訪れた場所なら移動できると仮定しても、ずっと同じ場所なんてない。
 森であった場所は、開拓されて人間の住む場所に変わっているかもしれない。
 3日前に訪れたオアシスに転移したら、サンドワームの寝床に変わっているかもしれない。

 人間が扱える魔法に転移はあるが、単独ではなく集団で使う魔法だ。
 たった1人の魔法使いを送るだけでも、複数人の魔法使いが役割分担で行う。ある人は入口を作り出し、ある人は転移の道を作り、ある人は送る人を立体的構図でわかるようにし、ある人はそれを参考に身の安全のための簡易の結界を張り、ある人は送るための流れる力を作り出す。
 それだけではない。送り先にだって、出口を作るなどで複数人の魔法使いが控えている。
 着地の座標が狂えば、送られてきた道具や人間がバラバラになった状態で転移される。
 転移の出入り口と道を固定して繋げなければ、行方不明として一生見つからない。

 様々な人の手を借りることで、この転移の魔法は完成する。
 多くの人がなくては成立しない。最悪な事態が常に可能性としてあり続ける。その評価から、高難易度の魔法に指定されていた。南の大陸の場合だが、高難易度の魔法の使用許可書を持っていない魔法使いの使用を禁止するほどだ。
 大陸では最も広大な面積を持つ南の大陸では、長期に渡る砂漠横断という危険と時間短縮のために、転移の魔法は使われている。だが、魔法を発動させる人員と魔力に対して送れる量が割にあっていない。そう、南の大陸の王様は話していた。
 
 白神の眷族であった大賢者も転移だと思われる魔法を使っていたが、着地地点に偽物の国王や魔法使いたちがいた。その魔法使いたちが出口を作っていたのだろう。

 南の大陸で転移の魔法を教えてもらわなければ、自分は何も疑問に思わず、ただただ便利な魔法としか思わなかった。だが、今は仕組みを知っている。これで便利な魔法の印象は崩れた。

 南の魔神の転移は、南の魔神単体で行使されている。
 確実にこの場所はこうなっていると確認してきたかのように、複数人で行ったときの安全性すらある状態で、成立させていた。

 人間と魔神では、魔力量や魔力の使い方が違うから、そのような差異が出てしまうのは当たり前なのかもしれない。

 だが、目隠しした状態で活動できる個体は絶対にいない。
 道具や人など、個体を支えてくれるの存在がいてくれることで、活動が成立している。

 視力が弱い生物でも髭や触手など特化した器官がある。あるいは、音や空気の動きを敏感に読むなどの技術を得ているかもしれない。

 大賢者のように単独で補える工程は多いかもしれないが、必ず補えない部分だってあるはずだ。
 
 そうでなければ、黒い神の力を借りた自分や作り出した工場を転移で大陸から離し、海に落とすことだって可能のはず。それをしなかった、それができなかった理由があるのではないかと。
 8年もかけて結界を作り出したのも、その原因のせいではないかと。

 まだ自分を探す魔神を観察しながら、推察から思考へと切り替えた。
 
 それを邪魔するように、マスクをしていない顔に小さな痛みが走った。
 南の大陸で体験した、乾いた砂粒が当たった時の痛みに似ていた。

 その瞬間、南の魔神が自分の方を見上げた。
 影が落ちたわけではない。たまたま上を見たという様子でもない。
 あまりにも不自然な気づき方だ。
 
 魔神が何か言っているかのように口を動かしているが、その声が届かないほどの距離だ。
 気づける要素が何ひとつない。

 誰かが魔神に自分の位置を伝えた。そんな気づき方だ。
 
 急いで、下ろしていたマスクのたるみに手を伸ばした。少しだけ積もっていたそれを摘まんだ。
 それは砂漠の砂だった。
 雪で覆われた北の大陸には、あるはずのない砂。
 だが、それを南の魔神は何度も作り出して操作しているのを、自分は見ていた。

 
 だからこその違和感だった。目視ですら確認できないほど薄く伸ばしたであろう砂を、なぜか上空に展開していた。こんな場所に展開しても、攻撃と防御に使えない。
 この砂の膜に魔力を消費し、維持し続ける。その行動が腑に落ちなかった。

 そう考えだすと、南の魔神の戦い方はあまりにも異常だ。
 魔神あるいは魔族、それと人間。存在が違うだけで、魔法に対する概念が違うのは知っている。

 まだ魔神との距離はある。
 自分は何かを見落としている気がした。その猶予を使って基礎部分を改めて確認する。

 魔神や魔族にとって魔力変換機関は、血であり肉であり臓器であり魂であり、そして脳でもある。存在するのに必要な全てが詰まっている。魔力は生存するためのエネルギーだ。それも知っている。

 魔族にとって魔法とは、形がないから自由に使えるもの。目だって固定の位置がなく、好きな場所に作れるほどの自由さを持っているのを知っている。

 魔族より超越した存在が魔神。魔族と同じ魔力量を使って魔法を使った場合、その自由度がかなり高くなるのを知っている。それでマドレーヌを口に突っ込まれたのを覚えている。

 マドレーヌを持ってにじり寄ってくるコナユキ猫。
 その姿を思い出して、点と点が線で繋がった。


 南の魔神にとっての切り札は、砂の爪でも砂塵が混ざった黒い風でもない。
 並列思考。その答えに辿り着いた。

 確信はあった。
 分身体が自分に転移を使った時、その先には別の分身体がいた。
 入口と出口に分かれて、あるいは転移先の座標の固定役として、それぞれが担当していたのだ。

 北の大陸の北の果てで、ピエロを協力者にしたのは結界の要石を守らせるだけではない。それを表向きとしながら、転移の補佐だったのかもしれない。

 
 分身体とは、魔神の並列思考。
 別に存在する魔神の人格ではない。

 本来は、複数の事柄を同時に考え処理する思考だ。
 活動が可能な体を別々に持っていたから。ピエロが余計なことを言っていたから。本来の意味と結びつきにくかった。それで気づくのが遅くなった。

 並列思考の意味をしっかりと考えれば、説明がつく。
 膨大な魔力を持っているなら、担当を分ければ制御すればいいだけだ。魔族の欠点である、魔法の安定感を補い、出力が乱れないようにすることだって可能ではないか。
 

 ある並列思考には、魔神の身に危険が及べば砂の爪を盾に変えて防衛させる担当。
 ある並列思考には、魔神が砂の爪を主で使っている間の、巨大砂嵐のような予備攻撃を維持させる担当。
 ある並列思考には、足場あるいは転移先の座標の確認あるいは設置。

 ある並列思考には、第3の目あるいは第3の情報収集機関として稼働している、先ほどの砂を維持だ。

 魔神は前に、こんな例えを言っていた。
 目という部位がなくても、魔力を使って視るという結果だけをもたらすことができる。
 この例えは、南の魔神自身だったのだ。

 部位がないなら、数に上限はない。目の形にする必要もない。
 分身体が置けない転移の魔法の時には、事前に砂を派遣して、目の代わりに辺りを確認しているのかもしれない。

 はるか上空に、砂の粒すら見えなくほど薄く広範囲に撒くことで、変わり続ける戦況の情報を多く入手するためだ。
 魔神が認めていないから自分の想像になるが、雲を吹き飛ばした巨大砂嵐に運ばせて、設置したのだろう。

 予想であって、確かな答えではない。
 だが、並列思考が関わっているの確実だ。
 
 現場の判断が求められていた分身体ではないから、対処前後の連絡は不要。
 戦いの主格となる南の魔神の負担を減らし、数多の策を支えて絶対の勝利へと導く。それが並列思考の存在意義だ。
 
 
 そのカラクリに辿りつき、南の魔神の異常な強さに腑に落ちた。 
 純粋な暴力で全てを壊す悪魔とはまた違った、勇者として倒すべき大陸の悪役。
 いろいろな人達と戦ってきたけど、桁違いの強さである。
 よく象と蟻で強さを表現しているが、蟻と災害ほどの力の差がある気がする。 

 けれど、どうしようもできないという諦めが湧いてこなかった。
 復讐を諦めてしまったせいかもしれない。
 失意の底に手が触れてしまい、波があっても固定されて動かない。動かないから揉まれずに感じなくなっている。そんな感覚だ。

 どうにか対処できるという希望など欠片も持っていない。むしろ、分身体では並列思考に戻っている彼らを倒すのは、魔神を倒すことだ。魔神を倒せないから考えたのに、その魔神を倒さないと切り札も倒せない。確実に勇者が負ける戦いである。これが、大陸を維持する側の特権なのだろう。


 南の魔神は何かを察したらしく、いくつもの小さな砂嵐を展開させた。
 数の多さから、その砂嵐を足場に自分に向かうが、どのように向かうかを諭させないようにするためだろう。

 そこまで理解した。どのように攻撃してくるかわからない。
 なら、自分から先に攻撃を仕掛ければいい。

 勝ってやる。そんな本物の勇者のような気持ちはない。
 生き残ってやる。そんな人間じみた気持ちはもうない。

 ただ、魔神に殺されたくない。
 自分を殺すのは、自分でなければならない。それだけだ。
 
 嘘ばっかり言う口を黙らせられるほどの、痛い1撃をお見舞いしたい。
 殺そうなどと強火の怒りは消えた。それでも、魔神に対しての不満という弱火はあった。

 落下していく中で、再び禍々しい魔力を剣に纏わせる。すぐ近くにあった小さな砂嵐に飛ぶ剣撃を打ち込み、さらに落下の速度を上げる。

 あの砂嵐は魔神の技だ。足場として使って足を絡めとられても怖いから、この方法をとった。
 
 もっと速く。
 そう思い、いくつもの小さな砂嵐に飛ぶ剣撃を打ち込んだ。
 
 合計で6発。6つの小さな砂嵐を壊して、剣撃を解き放った時の反動の勢いを得て、求めていた落下速度になった。
 魔神の一瞬で距離を詰めるほどの速い動きには満たないが、これぐらいあれば十分だ。
 
 これ以上速いと、剣が振るいづらくなる。

 今の魔神は自分を見下している。
 声をかけたりして自分に気づかせている。なら、正面から向かえば、正面から攻撃してくる。
 何も考えなければ、互いの攻撃は正面からぶつかりあう。

 砂の爪か左足か。
 どっちでもいい。交差する際の1撃を防げれば、自分は地上に辿り着ける。
 
 生産した魔力を全て、剣に纏わせる。
 剣身が激しい音を立てて軋みだす。魔神の1撃を耐えるのに受けた時はこの音に焦ったが、今は何も思わなかった。
 本当は、もっと魔力を乗せなければ耐えきれないかもしれない。
 だが、これが自分の限界だ。これでどうにか耐えるしかない。

 小さな砂嵐を足場に駆け上がり、下から一直線に向かってくる魔神が、獰猛な笑みを浮かべた。
「これで‼」
 声が聞こえる。
 近づいてきた。そう思うより早く、魔神の姿が目の前までに迫って来ていた。
「終わりだぁっ‼」

 魔神は左足を素早く振りあげた。
 砂塵を混ぜた黒い風の鎌が、自分の首に触れる前に、剣で受け止めた。
 人工の鼓膜が痛くなる。空気の球が直接当たって鼓膜が押されるかのような嫌や感覚があった。それほど近くで受け止めた。
 
 嫌でも、自分の剣と砂の鎌のせめぎあいが視界に入った。
 剣に纏わせた禍々しい魔力に、小さな氷の粒が舞っていた。首に近いからか。冷え切った朝のような冷気があった。

 なんだろう。
 そう思った自分の目の前で、魔神はぎょっとした。
 
 何かを言おうと口を開いたが、それが自分の耳に届くことはなかった。

 耐えきれなくなった剣身が砕けた。
 直撃から逸らそうとしたが駄目だった。重傷でも生きていれば、このまま落ちて地上に辿り着く。そう計画していた。
 
 魔神の勢いが乗ったままの攻撃を受け、自分の頭と胴体が永遠の別れをする。
 避けたかった結果が現実になってしまった。

 そう思ったのは一瞬。
 その一瞬の中で、砕けて粉々になった剣身と、纏わりつく魔力が残滓となって消えていく。
 それとは真逆に、氷の粒同士が大きく膨らんだ。耳が痛くなるような貫高い音を出し、視界を覆うほどの白い煙を起こした。

 何が起きたのか、全くわからない。
 自分の体が白い煙から追い出されたかのように、頭を下にして、地上へと落下していった。

 自分の首は繋がっているかと、空いている手を当てるだけの確認。
 それよりも、確認しなければならないことがあるからだ。

 上半身を起こすようにしながら、顔を上げた。
 魔神の姿すら塗りつぶした黒い氷の塊があった。びきびきと音を立ててひびが走り、音を立てて砕けた。

 大小関係なく数の多い氷の破片と、僅かな乾いた砂の粒が、自分に降り注ぎ、自分より先に下へと落ちていった。

 北の魔神を名乗っていたあのヒトの時のように、わからないまま終わってしまった。


 落ちていく中で、今はまだ弱い空腹感と渇きを感じながら、自分の犯した失態に気づいた。
 どうやって地上に着地するか。その具体的な案を全然考えていなかった。

 雪の上であっても、このまま落下したら全身を打って死んでしまう。
 
 声が出せないから、アルバーストのドラゴンにどのように助けを求めればいいのかわからなかった。
 魔力も使い過ぎて、すぐに行動を起こせる状態でもない。

 ここで焦ったりするのが反応としては正解なのだろうが、その気持ちが一切なかった。
 はたから見れば、自分は頭を下にして、無抵抗で落ちているように見えているだろう。
 そう分析しているほど、冷静な自分がいた。
 否。冷静ではないのかもしれない。ゆっくりではあるが、こんな状況で空腹感と渇きが強くなっていくはずがない。


「名も知らぬ貴様」
 自分に話しかけてきた声に、盛大に驚いて振り返った。
「そんな悠長にしているでないわ」
 驚きを超えた呆れていたのは、北の魔神だった。

 氷で造られた美しき翼竜が、後ろの片足で自分を掴んで地上に向かった。

 南の魔神に連れてこられた最初の地点に戻った。アルバーストのドラゴンが、目を大きくして北の魔神を見た。
「な、ななな‼ なんでいるのですか⁉」
「……不出来の結界の中で、あれだけ暴れれば嫌でも気づく……」
 溜息を零したいほど呆れていると言わんばかりの声で、北の魔神は答えた。

 自分の両足が雪の上に立ったのを確認してから、北の魔神は足を離した。

 雪の上とはいえ、大地に足が付いた途端、安堵で足の力が抜けてその場に座り込んでしまった。義足であっても、全身から力が抜けたら支えられなくなってしまった。
 あるいは、自分が南の魔神を消滅させた後悔からかもしれない。
 それでも、無意識にマナを取り込み、魔力へと変えていく無慈悲な自分がいた。

「これはどういうことだ。南の?」
 
 雪の上に当てていた手を、雪を巻き込んで握った時だった。
 北の魔神の言葉に、自分は思わず顔を上げた。
  
「……何故、我の知らぬまぞ──」
 そこまで言って、1度自分を見てから、また顔を上げた。
「──……こんな奇妙奇天烈な人間が我の眷族になっているのだ? 無言を貫くのであれば、あの石碑は南の魔神が作ったと公言するぞ?」

 思考が停止した。
 奇妙奇天烈な人間と言われたことにではない。
 北の魔神が尋ねた相手。消滅したはずの存在にだ。
 
 答えが欲しくてアルバーストのドラゴンを見たが、真顔で固まっていた。自分以上に思考が停止しているのだろう。 


 焼け落ちた建物の木材の影から、小さな影が飛び出してきた。

 1匹のコナユキ猫がいた。
 焼けて真っ黒になった木の上で、目を据わらせ、びしびしと尻尾を叩いていた。

「それ出すのは反則だろぉ?」
 その声は、消滅したはずの南の魔神だった。

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