After story/under the snow

黒羽 雪音来

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23.1-2 伝言

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 発端は、悪魔が暴れた後だった。
 
 悪魔の悪魔らしい姑息な手段によって、南の魔神はピエロの中に退避せざるおえない状況に追い込まれた。
 この状態では、死の淵にいる自分に魔力変換機関の1部を渡すことができない。

 ああ。どうしようどうしよう。
 南の魔神は頭を抱えた。

 たまたま、それに気づいた。
 消滅しかけの、北の魔神の魔力変換機関の小さな欠片だった。
「魔力の消失を確認。魔神を倒しました」
 と。人間たちに、魔神を倒したと誤認を招くための付属部分。不要な魔力の滓の塊だ。

 余談だが、勇者を含めた人間側は、魔神の復活の原理を知らない。
 様々な憶測が飛び交う中で、最有力として上がっているのが、眷族の中から魔神の力を継承する説だ。
 姿は倒した魔神と同じであっても、勇者や聖女の特徴などを覚えていないのは、眷族の時に面識がないからだと言われている。

 話を戻す。
 それでも魔力変換機関には変わりない。
 眷族としての契約対象外。魔神の魔力変換機関としては劣っている部分だが、それでも魔力を作るという本来の機能は残っているから問題ない。

 南の魔神はそれを捏ねてから、うんと力一杯に引き延ばして、自分の魔力変換機関の欠損した部分に繋げた。臓器もない、魔力もない、もうじき死ぬはずだった自分に、魔眼を取り付けて魔力を追加。さらにパイプをつなぎ直して、マナを元に質と量のある魔力を生産することでさらなる魔力量を追加し、強引な応急処置を施した。

 臓器が残って動いていれば、魔力変換機関を早々に直す必要はなかった。しかし、悪魔の1撃によって自分の臓器は消滅。ないものに頼れないから、魔力変換機関が作り出す魔力の延命に頼るしかなかった。
 むろん。これは応急処置だ。ここまで手を施しても、10分も持たない。

 その後、全力疾走でアルバーストのドラゴンの拠点に戻り、本来の臓器を吻合。自分は一命を取り留めた。そして、南の大陸に移送された。
 全力疾走にも理由はあった。魔力がほとんどなくて、砂嵐の転移の魔法が使えなかったとのことだった。


 アルバーストのドラゴンと眷族の契約をしていたことで、北の魔神は復活。
 再び眷族の契約を行う場に立ち会うことができずに、南の魔神はしばらく機会を窺っていた。

 たまたま南の勇者に、一緒に追いかけられるというアクシデントが起きた。
 北の魔神も逃げるのに必死だったため、認識阻害の魔法を使いながら、北の魔神の魔力変換機関に干渉して波長などを始めとした細かな特徴を把握。

 南の勇者から逃げ切ったあと、適当な理由をつけて南の大陸に一時帰還。
 南の魔神自身の魔力変換機関の1部を取り出した。調べた波長などにそっくりに似させて作り直し、自分の中にある北の魔神の魔力変換機関に、上から重ねるように補強した。
 北の魔神に使った型枠を作るよりも簡単だったので、すぐに作業は終わった。
 この作業により、自分の中にある魔力変換機関が、取り付けたそれと馴染んだ。マナを吸収して魔法が使える状態──魔物のように魔法を行使することは可能となった。ただし、眷族になったというわけではない。
 この時の自分は、まだ目を覚ましていなかったとのことだ。

 以上のことから、自分が眷族の力を使えた理由は、南の魔神も知らない。

 だが、眷族として力を発現させたのであれば、どっちの魔神の眷族になるのか。
 それが最も重要だと南の魔神は言って、今に至る。
 

「──と、理由はそんなところ……。軸は北のだけど、9割は俺の魔力変換機関だから実質俺の眷族よそいつは。だから……何も問題ないよぉ?」
 悪戯したけど許してね。そんなキラキラした目をした小さな猫の愛らしさで、南の魔神は押し切ろうとしていた。


「確かにそうです‼ これは理屈上、南の魔神さんの眷族にです‼」
 アルバーストのドラゴンは力強く頷いた。
 話を合わせておこう、ではない。本気で同意していた。


 北の魔神が勢いよく太い尾を振りまわり、南の魔神とアルバーストのドラゴンを投げ飛ばした。
 否。押し飛ばした。南の魔神は尻尾の先端で、アルバーストのドラゴンは先端寄りの中央で、それぞれの腹を押すように当てて飛ばした。
 声を上げる間もなかった。かなり遠くまで飛ばされた……だろう。 

「……何が、問題ないだ……」
 怒りの荒々しさを強調するかのように、北の魔神は口から冷気を零した。その冷気に触れたら指がくっついて離すことができず、無理に剥がせば指の皮と肉が持って行かれる痛みと恐ろしさを彷彿させる声を零した。
「……そっくりに作り変えている時点で大問題でしかないわ……」 

 この状況になってしまったのは、嘘を吐いた南の魔神が悪いとしか言えなかった。


 北の魔神に説明を要求された時の南の魔神は、確かに怒っていた。
 それでも、石碑の秘密は守りたいらしく、南の魔神は渋々と語りだした。

 仕方ないと怒りながら語る南の魔神と、冷静な態度で聞いていた北の魔神。

 話が進むと、その構図が壊れていった。
 北の魔神は尾を踏まれたかのように激怒し、ふるふると毛を震わす猫のように怯える南の魔神となった。

 語ったのは嘘の話だ。
 悪魔の正体は南の魔神。その真実を隠したいのだろう。
 アルバーストのドラゴンは納得しているが、北の魔神は嘘だと見抜いたからこそ怒っているのだろう。

 嘘は良くないと、自分が指摘するより速く、南の魔神は魔力弾の連射のように早口で話を進めた。その不自然な様子から察したのかもしれない。

 そして語り終え、アルバーストのドラゴンと共に投げ飛ばされた。
 アルバーストのドラゴンは別として、南の魔神に関しては自業自得としか言えない。

 ただ、共に飛ばされないで欲しかった。それが自分の本音だ。

 はっきり言って、北の魔神と2人っきりは気まずい。
 自分のことは覚えていないと南の魔神は言っていたが、北の魔神に変わりはないから気まずい。

 それに、記憶がなくても石碑の1件がある。
 あれは真実だと、北の魔神が証言している。そこから考えれば、南の魔神と北の魔神は手を組んで、あの捏造をしたことになる。
 捏造をするならば、本来の真実を北の魔神は知っていなければ成立しない。特に、北の魔神は復活の代償として、思い出と呼ぶ記録が欠けてしまっているからだ。
 先ほどの悪魔のように嘘を交えながらも、ある程度の真実を伝えているのだろう。
 どのように語ったのか。それを知らないからこそ、不安で居心地が悪かった。

「待て」
 
 この状況に耐えきれなくて去ろうと立ち上がった瞬間、北の魔神に呼び止められた。

「南のなら心配する必要はない。先ほどのようにしぶとく生き残る。小竜の方は……別の意味でしぶとい。すぐに戻ってこよう」

 刺々しさは残っているが、それは自分には向けられていなかった。怒りが収まらなくて、そのまま声に出てしまったのだろう。
 たぶんだが、小竜とはアルバーストのドラゴンのことだろう。

 北の魔神がそう言うのなら、両者共に大丈夫なのだろう。
 氷に閉じ込められたまま砕けた。それを実感した時は、正直怖かったし悲しかった。

 そう思って、自分のこういう部分が1番良くないんだろうな、と南の魔神が言っていた言葉を思い出す。
 自分に、罪悪感より残忍さがあれば勇者として処刑されずに、もっと違うまともな未来になったのだろう。
 
 それがどんな未来かはわからない。
 この悪い部分は直ることなく、もうすぐ人生に幕を下ろすからだ。

 自分は北の魔神に会釈だけして、南の魔神とアルバーストのドラゴンが吹き飛ばされた方向とは逆に向かって歩き出した。

「我は待てと言ったはずだが?」

 翼竜の鋭い爪を器用に後ろ襟首にひっかけ、自分の靴の踵をひきずるようにして手元に引き寄せた。

「話がある。座り直せ」
 
 自分は喉を指してから、指で『×』を作って、話せないことを伝えた。

「構わん。座り直せ」
 
 自分は諦めて、先ほどまで座っていた真っ黒の木に座り直した。
 何を話そうとしているのか。緊張で体が強張る。

「……南からは、話は全て聞いている」

 ピクリ、と驚きから思わず体が小さく跳ねた。
 北の魔神は気にせず話を続けた。もしかしたら、気にしないでくれただけかもしれない。

「……復讐の依頼を受けて舞い上がった結果、依頼人である貴様を巻き込んだのだろう……。我に文句を言いに来た東のが、南のにも文句を言いに行ったら、趣味の仕事で不在だったと怒っておったしな……。実に困ったものだ。管轄の大陸のみに絞ってほしいものだ……」

「はあああああああああぁ‼」
 非難するように、南の魔神の声が響いた。
「違いますぅ~‼ 俺は全力で遂行していただけですぅ~‼ あと、東の魔神が南の大陸に来てたのと、お前に会いに来てたのは初耳なんですけどぉ~‼」

 ネチネチした言い方で声を荒げながら戻ってきた猫姿の南の魔神は、勝手に自分の膝の上に乗った。これで動けなくなってしまった。
 
「つか、なーんでお前がここにいるんだよっ⁉ もう俺の眷族達帰ったしぃ、上級魔族もまだいねぇんだから油売ってねぇで訓練に同行しろぉ‼ スノーフラワー倒しに行けぇ‼」

 それを聞くと、北の魔神は過労で倒れないかと心配になってくる。
 南の魔神は忙しさのあまりに苛ついていたのを知っていたから、心配になってしまった。

 南の魔神が顔を上げて、鼻の上に皺を寄せて自分を睨みつけた。
 本物の猫のように、「シャー」と鳴かれてしまった。

「……南の。許可なく考えを見るな」
「なんでわかったぁ‼ 今の北の魔神はエスパーなのかっ‼」
「……貴様は、最もどうでもいい事柄に対してわかりやすい態度をするからだが?」 

 心を覗いたのはわかったが、自分は怒らせるようなことを思ってしまったらしい。
 謝ろうとしても、声が出ない。筆談で伝えるには、指先を雪に当てるしかない。体を前に倒したくても、南の魔神がいてできなかった。

「……謝らんで良い」
 北の魔神がはっきりと言った。
「我ら魔神が思考あるいは内情を読み取るのは、勇者との対決以外の場面での大陸の維持のためだ。己の欲に走り、大陸を危険に晒す、数多の人間と僅かな魔族への抑止力として先手を打つためだ。だが、南の今のそれは職権乱用。名の知らぬ貴様が、南のに対して内情で罵倒するだけなら罪に問われん。むしろ、それを読んで非難する南の方がプライバシーの侵害に値する。謝罪すべきなのは、名の知らぬ貴様ではなく南の方だ」

「頭硬ぇなぁ‼」
 南の魔神は鼻で笑った。耳をぴこぴこと動かした。
「こういうのは常にアンテナ立てておくもんなんだよぉ! 小さな不満や悪意が積もりに積もって大陸を震撼させる犯罪に繋がるんだからなぁ! どーしてここにいんだよの質問にも答えろやぁ‼」

 自分のことを言われた気がして、胸が痛くなった。

 別のことを考えようと思い、それぞれの魔神達を見た。
 魔神であっても、ここまで意見の違いがあるとは思わなかった。
 南の魔神は前に、魔神同士の付き合いは全然ないと言っていた。
 付き合いがないのではない。意見の食い違いで、仲が良くないから交流しないだけではないのか。そう自分は訝しんだ。
 南の魔神に再び睨まれた。

 それを見て、北の魔神は呆れた目をした。
「……来た理由は小竜に聞け。……いろいろと尋ねたいが……とりあえず……何故、コナユキ猫の姿であるのだ?」
 長い長い溜息の代わりと言わんばかりに、言葉を零した。

 どこから取り出したのか。南の魔神は小さなハンカチで肉球と手の白い毛を拭いていた。
「……常に用意してあんのがこれだったから」
 どういう意味なのか自分にはわからないが、おそらく、どうやって消滅を免れたのかという話なのだろう。

 南の魔神は、真ん中に穴の開いた焼き菓子の生地を揚げたものを取り出した。チョコレートでも練り込んだのか、全体的に黒に近い茶色の色をしていた。
 リボンを外して、それが入っている透明な包装に白い手を入れてた。

「……わざと負けるつもりでいたのではなかったのか?」
 目を見開く北の魔神に対して、南の魔神はちょこんと首を傾げた。

「え? 舐めていたけど、普通に殺す気でいたぞぉ?」 

 自分も頷いた。
 あの時、宣言した時の魔神の目と声は本気だった。

 けれど北の魔神は、否定したさそうに口をもごもごと動かしていた。

 はっきり申告するか止めるかで葛藤する北の魔神を見ていたら、突然南の魔神が自分の方を振り返り、猫の脚力を抑えながらも小さな狩人さながらの速さで低く跳んだ。
 それを目の前で行われて、顔に当たるのではと無意識に驚いて上半身を逸らすも、持っていた揚げ菓子を口に突っ込まれた。

 本当に頼むから、自分の口に菓子を突っ込まないでほしい。
 そう思いながらも、表面は甘く内側がほろ苦いチョコの味と、マドレーヌに似たしっとりとした食感でありながらも、表面がやや硬めの生地で、美味しかった。
 
「そもそもだ」
 南の魔神は、何事もなかったかのように話に戻った。
「対象外であった魔神の欠片から、眷族としての力をゲットしてるなんて思わないだろぉ? 氷の盾? 氷の壁? ……みたいなの作り出したのを見た瞬間、度肝抜かれたわぁー。カラクリバレてまた度肝抜かれて、慌てて脱出ポット代わりのこれ作って、重要な部分の魔力変換機関入れて逃がしたわぁー。で、北の魔神の最強最悪と言われる氷牢をこいつがそっくりそのまま使えるなんて誰も思わんからなぁー。で、そこに完全破壊の凶悪要素がプラスされているなんて想像もしてなかったわぁー。度肝じゃなくて魂抜かれたわぁー」
 
 愚痴るように話す南の魔神に、心底呆れていると言わんばかりの雰囲気を北の魔神は出していた。
 
「…………奇妙奇天烈の人間が眷族の力を使えた理由は、貴様にもわからないと解釈して良いか?」

「それでいいぜぇ。で、さっきに長い間は、なーにーぃ?」

「わざとらしい声で聞いてくるな。貴様の言動全てに指摘するのは馬鹿馬鹿しいと思い、言葉を飲み込んでいた」

「わおー‼ 辛辣ぅー‼」

「喜ぶな‼ 第一、貴様の考えを話せばこんなことにはならずに済んだことではないか‼」

「……それ言ったら、魔神大決戦のコングを鳴らすことになるぜぇ……」

 真っ黒な雲から雷が轟き、至る所に落ちていくような、嫌な空気に突然変わった。
 空気読まずに菓子を食べていてごめんなさい、と言いたくなってきた。
 ただ、この菓子を食べずに咥えたままでいるのも、製作者である南の魔神に申し訳ないと思ってしまうのだった。
 あと、いつ帰ってくるかわからない、アルバーストのドラゴンに襲われる気がした。

 そんなことを考えていたら、北の魔神の視線が自分を見ているのに気付いた。

「……名はあるのか?」

 最後の一切れを食べてから、自分は首を振った。

「ラークって名乗らせてる」
 険悪な空気が嘘だったかのように、南の魔神は自信満々に答えた。

「貴様が名付けたのか……。評価はさておき。このラークの『ギアス』執行権はどっちになっている?」

「ああ。それ。残念ながらお互いにないんだよなぁ。俺のせいじゃねぇぞ。この眷族化が異例だからなぁ」

「……貴様のせいではないか。それ」

 自分も頷いたら、南の魔神の尻尾に膝を何度も叩かれた。

「だから違ぇって。本来は、眷族に渡す力の部分に『ギアス』の執行権が含まれているんだぁ。確かに俺は補ったが、『ギアス』の執行権が含まれないように気を付けたぜぇ」

「そんな器用な事できるはずがないだろう」

「ふっふっふっふっふ。それこそ俺の十八番の出番ってワケよ‼」
 南の魔神は、白い小さな手をぎゅっと丸めて、胸を軽く叩いた。


 北の魔神は再び口をもごもごと動かした。
 たぶんだが、言いたいがこれ以上追及しても返答はない。返答がないやりとりを繰り返してもらちが明かない。それはわかっているからこそ、聞き取れないほどの小声で呟いて言いたい気持ちを発散させているのだろう。

「……その言葉に嘘偽りがないのなら、なぜ魔力変換機関を外さずに補った?」
 北の魔神は、目を細めて譴責した。
「ただ生かすためなら、臓器をつなぎ合わせ終えた時点で外せばよい。それに不安があったとしても、目を覚ました時点で外せば良かろう。それを怠ったことに弁解はあるのか?」

 南の魔神は、瞳孔を大きくしてにんまりと笑った。
「こいつの復讐が終わってねぇからだった」
 罠の中で暴れまわる鼠を見て手を出そうとする、狩猟本能からの暴力さすら感じさせた。
「最初にして最大の難所‼ こいつの育ての親に着せられた汚名を晴らすことだぁ‼」

 自分の心臓が大きく跳ねた。
 それは、北の魔神と名乗っていたあのヒトと共に、この大陸の人々に知らしめたいと思っていたヒトだからだ。

 南の魔神は自分の膝から降りて、とととっと駆け出していった。
 1番遠い、焼き落ちて斜めっている木材の上に駆け上がった。こちらに背を向けてごそごそと動いていると思って見ていたら、くるりと振り返った。小さな白い手には、大きな拡声器が器用に握られていた。
 あの揚げ菓子と同じで、マントの中から取り出したのだろう。猫の姿で羽織れないから、マントの形はしていないかもしれないが。

 南の魔神は大きく息を吸って、拡声器に向かって大声を放った。

「こいつの記憶を勝手に見たけどぉ‼ 魔物になった以外は俺にも全然わからーん‼ 魔物にした人間の帳簿も見たが、この大陸って名前持ちが限定されてっから特徴や出身地で調べてもわっかんねぇ‼ こうなると、こいつの記憶しか頼るしかねぇけど、こいつ自身が覚えてないだわぁ‼ 思い出させるあてはあっけど‼ その前提として魔力がねぇといけねぇから外さなかったぁ‼ 以上っ‼」

「職権乱用し過ぎだ‼」

 北の魔神は目を吊り上げて、先端の尖った棒のような氷を飛ばした。
 その氷は、南の魔神がいる木材の根本に突き刺さった。木材は根元から折れてガラガラと音を立てて崩れた。

「ぎゃあああああ‼ 尻尾の届かねぇ外に逃げたのにいいいいいいいいい‼」

 南の魔神は、風に攫われる白い毛玉のように高く飛んだ。
 1番高い位置まで飛んだら、あとは落下するだけだ。
 疲れた表情で戻ってきたアルバーストのドラゴンの頭にぶつかった。

「アダッ‼」
「痛いですっ‼」

 互いに声を上げて、その場に蹲った。
 否。南の魔神はごろごろと体を転がしていた。

「さて。ラークとやら」
 北の魔神は、自分の方を見ていた。
「南の魔神は復讐の為だったと言っていたが……挫折したと捉えて良いのだな?」

 自分の心を見通すというより、自分がどのような答えを言うのかわかっているが、あえて待っている様子だ。
 常に楽しいことを求めるような声音の南の魔神ように、常に厳しさを秘めた声音と口調が北の魔神なのだろう。

 その中に、あのヒトのような優しさはない。
 この秩序を重んじる厳しさを兼ね備えた翼竜こそ、北の魔神なのだと認識してしまった。
 もう、あのヒトの存在そのものが雪の下に隠れて消えてしまったのだと、認めるしかなくなってしまった。

 そう思いながらも、自分は頷いた。

「そうか。……ならば、南の魔神の眷族として頑張れ」

 当然のように言われた言葉に、自分は頭は真っ白になって理解できなかった。
 どうしたら、そのような着地になるのか。それが全然わからなかった。
 
「ラークに残されたのは眷族の役割のみ。南のは本来の性格に似合わず世話を焼く性格持ち。我は北の人間を嫌っている。『ギアス』の主導権がないならどちらでも構わぬのだが、これらを考慮すれば、必然的に引き取りは南の魔神になる。それだけだ。本気で殺すつもりなら、無言で背後取って心臓を抉り取って潰すのが南の魔神だ。それをしなかったのは、失うには惜しいと思っている証だ」

 それは絶対にない。首を横に振って否定した。
 
「……こちらもこちらで、面倒な性格持ちであるな……」
 北の魔神は、ぼそりと呟いた。
 何を言うかと考えるかのように、空を仰いだり、足元の雪を見たりと、顔を動かしていた。

「……我ら魔神でも、南の性格は捉えきれぬほどわかりにくいからな……。だた満場一致で、傷つけないよう行動するのが前提になると、どう扱っていいのかわからずに空回りする。人の心がわからんのに人間に関わろうとする。それが南の魔神だ」

 南の魔神の弱点として、先輩も言っていた。
 この弱点は、魔神や魔族の間でかなり認知されているらしい。

「我が大陸でこんな七草面倒なことを起こしたことは許したくはないが……常日頃から無礼極まりない南の魔神に、目にもの見せた勝者への褒美として今回だけは目を瞑ってやろう。邪魔故、とっとと南の連れて帰れ。次にこの大陸で見かけたら容赦せず消滅させる。正確に言えば、その魔力変換機関をぶち壊す。とっとと立ち去れ。あと先ほど言ったが、我は人間が嫌いだ。我の力のことは絶対に口にするな」

 北の大陸に居られるのがそうとう嫌なのか。いなくなれと捉えられる意味合いの言葉を2回も言われた。

 そう言われても、困るのは自分である。
 自分がこれからすべきことを伝えるより前に、北の魔神は上空を見つめ、立ち去ろうと翼を上下に動かした。

「そうであった」
 翼を動かすのを止めて、鎌首を自分に向けた。
「北の勇者に遭遇したらこう伝えておいてくれ。冬の聖剣を持たぬ貴様はこの大陸に不要。里帰りならぬ大陸帰りなどしたら、北の魔神が問答無用で殺しに行くから帰ってくるな。わからないままの日々ではなく、他の大陸で己のやりたいことを叶え充実した幸せの人生でも送れ──とな。雪のような白い髪の人間だ。頼んだぞ」

 脳裏に、あのヒトの姿が、あのヒトの最後の言葉が、再生された。

 北の魔神は翼を羽ばたかせて、1周だけ旋回した。
 そして、アルバーストのドラゴンの方に降下した。

「……よ、ようやく痛みが、グエェ‼」
 よろよろと立ち上がったアルバーストのドラゴンを背中から掴み、鼠を捕まえた鷹のように早々と上空へと飛んだ。今度は旋回せずに一直線に飛んで、姿が見えなくなってしまった。

 その姿に、思わず自分は手を伸ばしてしまった。
 本当は、あのヒトなのではないか。そう尋ねたくて。
 
 届くわけがない。虚空を掴むだけ。
 そうわかっていたのに、掴むことができずに自分は酷く悲しく思った。
 
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