穢れによりて魔を祓う

ブリッジ林

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②王子視点

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 聖女が召喚されたと聞き、俺は正直微妙な気分だった。

 そりゃ勇者として魔王を倒さなければいけないのはしょうがないし、役目だから果たすつもりだ。
 だからって聖女として無理やり連れて来られた見も知らない女に筆下ろしされると言うのはなんとも言えない。

 まずこの歳まで童貞を貫かされた事実も俺が童貞である事実も、
これから童貞を捨てると言う事実が全国に広められると言う現実も、苦痛でしか無い。


 だって普通に嫌だろ俺はこの日に童貞を捨てて勇者になりましたよって広められるの。
 これ下手すると記念日になるんだろ、脱童貞記念日だぞ、小綺麗に言っても勇者生誕記念日とかだろ、意味一緒なんだよ。


 でも正直、これから魔王を倒しに行くと言う事は苦難の旅になるって事だ。

 そうなるとやっぱり命の危険とかもあったりするだろう、生きて戻って来られるのかもわからない。
 それくらいの覚悟は俺にだってある、国のため、世界のために俺は勇者にならなければいけない。


 だったらやっぱ最後になるかも知れないし正直童貞くらい捨てたい。


 いや童貞を捨てなきゃ勇者になれないんだから当然童貞は捨てる事になるんだけどさ。
 でもほら同年代の奴らの脱童貞報告聞いてると普通に羨ましいんだよやっぱり。

 あいつら貴族だろうと普通に童貞捨ててんだもんずるいよ。
 経験多いほうが箔が付くとか言われても王子の俺の箔が全く付いてないんだよ。

 俺だって年頃の男子らしい事くらいしてみたいよ。


 確か聖女の名前はヒノエ。
 少なくとも俺より2つは上で、黒髪黒目の小柄な童顔の女性だと聞いている。

 妙に落ち着いてるとか何かちょっと怖いとか親父、陛下が言ってたけど聖女だし神秘的な感じなんだろうか。

 ちょっとソワソワしてきた。



 聖女が待つ部屋まで大股で歩いて向かう。
 童貞を捨てる方法、小綺麗に言えば勇者に至る儀式のやり方自体はちゃんと教わってる。

 しかし実践は初めてだ、緊張しかしてない。
 だが多分どうにかなる、聖女がリードしてくれる可能性もある、男としてどうなのかと思うけどそれはそれでちょっと興味ある。

 かつかつと踵を鳴らしながら廊下を進み、目的の扉の前まで辿り着く。
 ここで立ち止まると怖気づく気しかしないので、勢いに任せて扉を開いた。


「聖女ヒノエ! 俺に勇者の力を与えろ!!」

「嫌です」

「嫌です!?」


 えっどうしよう拒否されると思ってなかった。


「普通は嫌じゃないですかね、急に拉致軟禁されて息子の息子をよろしくとか言われるの」

「そう言われると確かに嫌だが絶対に陛下はそんな言い方はしなかったと思うぞ!?」

「意味は一緒だろうよ」

「えっうん……まぁ……しかし聖女ヒノエ! 務めを果たさねばお前も故郷には戻れないだろう!?」

「急に拉致軟禁されて息子の息子を託されて身支度させられてコーヒーとトースト置いて放置されてる気持ちわかる?」

「や、それはあの……えっ何で誰も居ないの……メイドの一人くらい……」

「そりゃこれから国を挙げての筆下ろしが開催されるからじゃないですかね」

「何でそう嫌な言い方をするんだ聖女ヒノエ!! ものすごくやりにくくなる!!」

「聖女が苗字でフルネームで呼ばれてるみたいになってるから名前だけで良いよ……」

「あ、じゃあ……ヒノエ……」

「呼び捨てなんすね」

「さん……」

「はい」


 妙に落ち着いてるし何か怖いぞこの聖女。
 あと何で寝間着姿なのに椅子の上で胡座をかいてるんだ、どこの文化だそれは。


 しかし親父、陛下の言う通りに年上にしては若く見える。

 黒髪に黒目で肌は白い、特別目立つ顔立ちと言うわけではないが童顔はそれだけで何か良いみたいなとこある。

 そこまで歳は離れてないだろうし、俺はまだ成人したところだから若さには頓着しないが、親父くらいの歳なら喜びそうだ。

 夜伽とかに使うって聞いた事のある白い寝間着が似合ってる。

 胡座に猫背でトースト食ってるので台無しだが、無愛想と言うか不機嫌そうな目でこっちをちらりと見られるとちょっと胸がキュッとした。
 怖いからだと思う。


 そっと扉を閉めて、聖女ヒノエの近くまで移動する。
 うん、それなりに可愛い。
 でもすごく不機嫌そう。

 しかしヒノエの言う事はぐうの音も出ないくらいその通り過ぎる。
 聖女にとって理不尽な状況だと思う。

 俺の童貞もだけどヒノエの立ち位置もものすごく嫌だと思う。
 世界を救うためと言われても本来なら知った事じゃないだろう。
 国的には名誉な事だと思う者も居るだろうが、異世界から召喚された当人にすれば迷惑な事だろうな。

 しかし帰りたくはあるだろうから、先の拒否も取り敢えず言ってみたって感じなんだろう、多分。
 渋々でも嫌々でも、俺の筆下ろしには協力してくれると思いたい。


 こちらの世界の都合で呼び出してたわけだし、見知らぬ男の筆下ろしをやらされるヒノエに少しでも気持ち良く帰って貰いたい。
 いや気持ち良くって言うのは気分的な話であって行為的な意味ではなく、駄目だちょっと意識してて心が駄目だ。

 とにかく、ヒノエにはちゃんとした態度で接するべきだ。
 そう考えたら出会い頭に俺の発言はクソ王子でしかなかった、勢いに任せるんじゃなかった。
 落ち込んできた。


「…………」

「…………」

「あの……」

「はい」

「……えっと……」

「…………」

「えっと、その…………すみません……」

「何がですか」


 駄目だこれ心が駄目だ。


「急にあの……呼び出して、すみません……」

「まあ世界のためらしいですし」

「はい……こっちの都合で……すみません……」

「急に筆下ろししろって言われましてもね」

「はい……お恥ずかしい……」

「急にシュンとするのやめてもらって良いですか」

「ごめんなさい……」

「ごめんなさいになっちゃったよ……」

「だってあの……急に呼び出されて……急にあの、筆……しろとか言われて……迷惑だろうなって……」

「迷惑ですね」

「ごめんなさい……でもあの……世界のためで……はい……ごめんなさい……」


 どうしようこれ本当に筆下ろしするの。
 この空気でそれに持ち込む方法教えてもらってない。


「まあ王子様も好きで見知らぬ女に筆下ろしされたいって事もないでしょうけど、……王子様は年下ですよね」

「あっ、あ、18歳です……」

「王子様もね、好きで見知らぬ年上の女に筆下ろしはされたくないと思いますし」

「は、や、えっと……それもあの、俺の使命と言うか……役目で……」

「じゃあ私がヨッシャ童貞もらうぜってなっても平気なんですかね」

「正直あの……それより今日が全国的に脱童貞記念日になる可能性の方が嫌って言うか……」

「あ、うん……それは嫌だな……」

「すごく苦痛です……」

「何かごめんな……」

「いえ……これも、あの……俺の……使命で……」

「泣くなよ……」

「泣いてないです……」


 泣いてない。
 決して泣いてないけどちょっと目の前が滲んでる。

 ヒノエに促されて向かいの席に腰を下ろし、膝に手を置いて俯く。

 こうして面と向かって堂々と嫌だと言う意思表示とかされると胸が痛い。
 居た堪れないと言うか、教師から叱られてる時でもこんなに萎縮しなかった気がする。

 これでも結構優等生としてやってきたんだ。
 真面目な王子として育ってきたし、勉強も鍛錬も怠ってこなかった。
 教師達には何でやる気と結果が伴わないんだって顔されてきたけど。

 それなのに今、俺は異世界から召喚された年上の聖女を相手に泣きそうになってる。
 泣いてはいない。


 しかし脱童貞記念日の件で、ヒノエが少し哀しい生物を見る目になった気がする。
 ああこいつこれから悲惨な目に合うんだなって言う養豚所の豚を見るような哀しみを宿してる気がする。

 それは普通に受け入れがたいものだし認めがたいものだが、やっと憮然とした態度が軟化されて少しホッとした。
 出会って数分でまっとうなクレームを受けていたと言うのもどうなのかと言う事は考えない。


「あの……ヒノエさんは、俺とは…………その、普通に嫌ですよね……はい……」

「いやうん、そこまで卑屈にならないで」

「だって嫌ですよね……年下だし……突然だし……お互いのこと全然知らないし……」

「大丈夫だよ、王子もうちょっと自信持ってよ」

「良いんです……ごめんなさい……俺あの……そこそこ真面目な王子やってたんですけど……でも何か……」

「王子、王子そんな卑屈にならないで」

「俺ずっと気付いてたんです……みんな俺の事を残念な子を見る目してるって……駄目王子なんです……」

「待って急に知らない悲しげな情報ブチ込んでこないで、大丈夫だよ王子もっと自信持って」

「親父みたいに顔良くないし……背も高くないし……威厳無いし……俺は駄目なんです……」

「大丈夫だよ王子、王様そんな威厳無かったし王子の顔面は優評価貰えるから」


 どんどん落ち込んで悲しくなって、言葉が少しずつ震えていく。
 するとヒノエは困惑したように眉を寄せ、俺をフォローしてくれた。

 その優しさにちょっと胸がキュッとした。
 ストレスのせいだと思うけどちょっと嬉しい。

 フォローが嬉しいやら自分が情けないやらで、視界が余計に滲む。
 ぽろぽろ、と膝に置いた手に涙が落ちて、自分の情けなさが余計に悲しくなる。
 これはもう泣いてると認めるしか無かった。


「こんな俺の童貞とか嫌ですよね……嫌で、っす……よね……っ」

「泣か、泣くなよ! 泣くなよお前! 王子泣くなって!!」

「ごめ、なさっ……俺、こんな……ひぐっ、俺……っ良い、です……えぐ、ぅぅ……」

「な、泣くなよお前!! なぁ!! 分かったよするから!! 筆下ろしするから泣くなよ!!」

「い、良いん、ですか……!? お、俺みたいな……っ駄目な奴の……っ!」

「や、やめろォ!! 悪かったよ!! 言い過ぎたよ!! ごめんね!? 泣くのやめて!?」

「ありがとうございます……っありがとうございます……!!」

「王子ちょっとメンタル弱すぎないか!? 最初の威勢どうした!? 」

「ごめっ、なさ……勢いで行かな、と……怖気づく、っから……俺……あんな失礼な……ことぉ……っ!」

「気にしてないよ!? もう気にしてないよ!? 泣かないでね!? ほらもうあの、も、ベッド行こ!? な!?」


 な!? な!? と椅子から立ち上がったヒノエが俺の手を引いて、引きずるようにベッドへ連れて行く。

 その表情がどう見ても、うっかり子供を泣かせてしまった大人が必死に機嫌を取ろうとしているもので
俺は余計に情けなくて、申し訳なくて、王子としての立場も忘れてえぐえぐと泣きじゃくってしまう。

 俺をベッドに座らせて、泣くなよごめんなと頭を撫でてくれるヒノエの手が優しくて、胸がキュッとする。

 ちゃんと教育を受けてきた筈なのに、理不尽な立場に置かれた聖女に慰められている。
 ベッドに連れて行って貰って、何度も謝らせて、俺は男としても王子としても最悪だ。

 礼儀正しくしなきゃと思っても涙は止まらないし、優しくされると余計にしゃくりあげてしまうし。
 どれだけクソガキメンタルなんだろう、俺は。


「うぅ、えぐっ……ひぐっ……」

「泣くなよぉ……大丈夫だよ、王子はちゃんと王子だよ……責務果たそうとしてる立派な王子だよぉ……」

「そんな事……俺っ……そんな事ぉ……っ」

「だってほら、勇者として魔王倒すんだろ……大変そうなのにちゃんとやろうとしてるじゃん……偉いじゃん……」

「あっ、りがと……ござ、ます……っうう……でも俺、そんな立派じゃ……っ」

「頑張ってるようん……立派だよ……だからもう泣くなよ……ごめんて……」

「だって俺……っ旅に出る前に、童貞捨てたいなって……普通に思ってて……っ!」

「いやまあ捨てたいだろ童貞は……捨てておきたいだろ童貞は……」

「でもこんな、こんな不純な動機で……ッ!」

「どっちにしろ童貞捨てたら勇者になれるんだから良いじゃん……ほらもう頑張って捨てよ……な……」

「でも……ぅぅ……はい……がんばります……」

「だ、大丈夫……? ちゃんとおっきする……?」

「が、がんばります……!!」

「お、おう……頑張れよ……私も頑張るから……」


 涙を手の甲で拭いて顔を上げると、思ったよりも近くにヒノエの顔があった。
 ベッドに座る俺のすぐ前に立っていたヒノエは、どこか困ったように笑って俺の顔を覗き込む。

 初めて見た、その扱い慣れていない子供を見るような笑顔が、何か胸に、キュッと来て。
 どんな顔をすれば良いのかと狼狽えそうになった俺の顔が、ぽふ、とヒノエの胸に埋まった。

 小さな子供にするみたいに、俺の頭を優しく抱えてぽんぽんと頭を叩くように撫でる手。
 その手の感触が、思っていたより質量のあった胸の感触が、柔らかくて温かい。


 前かがみになって俺の頭を抱えて撫でてくれるヒノエの心音が聞こえる。

 緊張してるかと思ったけど、どうやら緊張してるのは俺だけらしい。
 安定した速度と律動で、とくとく、とくとくと俺を包み込む。


 その音と温もりが心地よくて、俺はゆっくりとヒノエの身体に腕を回して、瞼を閉ざした。

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