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少女との出会い
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なんだこれは?
向井結弦は、自分の目を疑った。
「専制主義国家における暴論」
なんのことだ?と思ってみてみると、たしかにそれは暴論だった。
この国が専制主義になったのは、今に始まったことじゃない。
ずっとずっとそうだった。第二次世界大戦で負けてさえいれば、もしかしたら民主主義国家になったかもしれない。まあそうだとしても国民投票で首相をきめたりはできなかったかもしれないが、少なくともずっと今よりマシだっただろう。
ノートにはまだ余白があった。
少女は、眠りこけている。
仕方ない。
俺は、推定7歳の少女を担ぎ上げて、組へと戻った。
起きたのか。
そう声をかけると、はい。と少女はうつむき加減で応えた。
見ると、例の手術跡を撫でている。
光が無機質な通気口から差し込んでいる。
彼女の小さな胸の傷にそっと光があたっている。
俺はその瞬間、薄く微笑む彼女に、目を奪われた。
かなしい微笑みだった。
母の面影をそこに見て、息をのんだ。
「まあくん、いってくるわね」
なんでまあくんと呼ばれていたのか俺には分からない。
母はいつも、まあくん、と俺を呼んだ。
まあくん、ごはんたべる?まあくん、まあくん。
そういえば、俺が母親と別れたのは、こいつくらいの頃だった。
それからずっと、組で働いてる。
やっとこのあいだ、オジキに認められて、組を任されるくらいにはなった。
ちいさな組だが、盛り上げていきたいと思っている。
「なあ、これ。お前が書いたのか?」
疑問をぶつけてみる。
少女は胡乱気な表情のまま、こちらをそっと見た。
「はい。私のノートです。でもそれは、私が書いたものではありません」
嘘だ。
すぐに分かった。これは嘘だ。
俺は、嘘だけはすぐ分かる質だった。
ずっと昔から。
嘘だ、と直感的に悟った。いつもそうだった。
だから母親の嘘も、分かっていた。
だから、ここまで上り詰めれたのだと思う。
ただ、組がちいさすぎる。
このままだと、つぶれてしまう。
国を亡ぼす計画を途中まででもたてるコイツに、すこし賭けてみたいと思った。
これはギャンブルだ。
「そうか。お前が書いたものじゃないんだな?じゃあ、誰が書いた?いってみろ」
「………」
彼女は答えなかった。
あまり嘘をつきたくないらしい。
俺にか?いやちがう。こいつは、ずっと嘘をつかないように生きてきたんだろう。
それで、言葉に重みがあるわけだ。
ただ、命がかかってると思っているから、口を割らないだけか。
どうしたもんかなコレは。
「国に恨みでもあるのか?」
「ですから、私ではありませんよ。これは大切な人が残してくれたノートです」
「お前にきいてんじゃねえよ。そいつだよ。そいつは国に恨みでもあったのかっていってんだよ」
「たぶん、恨みはなかったと思います。ただの思考実験だったんじゃないでしょうか」
「思考実験?」
「天皇陛下は動かさず、内閣をつぶす草案です」
「内閣をつぶす?」
「あまりにも、さいきん治安が悪すぎるとおもいませんか」
「ああ」
「警察が仕事をしないからだと思いませんか」
「思う」
「そういうことだとおもいますよ」
「なるほどな」
「お前はどう思うんだ?」
「私ですか?私はなんとも思いません」
「その胸の傷はなんだ?」
「この胸の傷は、……言えません」
「言えないのか、なんでだ?」
「なんでもです」
こいつは、強情だな、もっと可愛げがあれば商品にできたものを。
「まあいい。お前今から俺の部屋付きになれ」
「部屋付き?」
「俺に奉公しろといってるんじゃない。俺に付き従えと言ってるんでもない。好きにしていいと言ってる」
「好きにしていい?どういう意味ですか?」
「だから、俺はお前が気に入った。だから、いつでも俺のそばにいろ。そういってる」
「…え・」
「え、じゃねえんだよ。俺はそれなりの地位についてる。それなりだ。だが部屋付きは持てるんだ」
「…なんだか言ってる意味がよくわかりませんが、好きにしていいというのは、すごくありがたいです」
「そうかよ、じゃあ、そのノートちょっと見せてみろ」
少女は、ちいさく頷くと、ノートを取り出した。
そして、優しく手渡す。
俺はその手つきに、また、おふくろを思い出すところだった。
「暴論は以下の通りだった」
まず、警察の信用を落とす。それは噂でいい。もうすでに、国の信用は落ちてるが、最下層まで落とす。まずは、警察の信用を著しく剥奪する。たとえば、市民が助けを求めているのに、助けない。事件がおきるまでは何もできません。という音声データをとる。それは、病人だ。精神疾患をもった人間がいい。あいつらは警察に相手にされないから、ちょうどいい。その軌跡を動画配信する。動画配信は、ふだんの日常をあげたものを最低でも一か月はあげさせる。まいにちまいにち、なんの変哲もない。病人の一日だ。もちろん、精神疾患があることも、動画の中で説明しておく。そして、そのひとのひととなりを植え付けたうえで、事件がおきる。たとえばそれは、借金だ。借金をする理由は人助けだ。たとえばスーパーの万引き犯がおばあちゃんだったとする。その人は、生活が苦しくてつい、まんじゅうを万引きしてしまった。でも、彼はそれをみて悲しく思った。だから、ぼくが払いますといった。でも、彼にもお金はない。そこで彼は店長に借金することにした。しかし店長はトイチだといってはばからない。しかたなく彼は暴力団に金をかりて、店長に金をかえすことにした。もちろん暴力団からかりた金は返さなければならない。
そのうち、暴力団の嫌がらせがはじまった。警察に相談するもあいてにしてもらえない。こういうのを全部動画配信する。
それで、困ったコイツは、動画のなかで、警察がいかに助けてくれないか、音声データをもって、訴えかける。そこで噂だ。噂もながす。病気だけれどとても性格のいい人が困ってるらしい。そういうふうに持っていく。これはぜんぶ、演技ではなく、実際に起こりうることだ。そこからさきは、彼女に聞け。
向井結弦は、自分の目を疑った。
「専制主義国家における暴論」
なんのことだ?と思ってみてみると、たしかにそれは暴論だった。
この国が専制主義になったのは、今に始まったことじゃない。
ずっとずっとそうだった。第二次世界大戦で負けてさえいれば、もしかしたら民主主義国家になったかもしれない。まあそうだとしても国民投票で首相をきめたりはできなかったかもしれないが、少なくともずっと今よりマシだっただろう。
ノートにはまだ余白があった。
少女は、眠りこけている。
仕方ない。
俺は、推定7歳の少女を担ぎ上げて、組へと戻った。
起きたのか。
そう声をかけると、はい。と少女はうつむき加減で応えた。
見ると、例の手術跡を撫でている。
光が無機質な通気口から差し込んでいる。
彼女の小さな胸の傷にそっと光があたっている。
俺はその瞬間、薄く微笑む彼女に、目を奪われた。
かなしい微笑みだった。
母の面影をそこに見て、息をのんだ。
「まあくん、いってくるわね」
なんでまあくんと呼ばれていたのか俺には分からない。
母はいつも、まあくん、と俺を呼んだ。
まあくん、ごはんたべる?まあくん、まあくん。
そういえば、俺が母親と別れたのは、こいつくらいの頃だった。
それからずっと、組で働いてる。
やっとこのあいだ、オジキに認められて、組を任されるくらいにはなった。
ちいさな組だが、盛り上げていきたいと思っている。
「なあ、これ。お前が書いたのか?」
疑問をぶつけてみる。
少女は胡乱気な表情のまま、こちらをそっと見た。
「はい。私のノートです。でもそれは、私が書いたものではありません」
嘘だ。
すぐに分かった。これは嘘だ。
俺は、嘘だけはすぐ分かる質だった。
ずっと昔から。
嘘だ、と直感的に悟った。いつもそうだった。
だから母親の嘘も、分かっていた。
だから、ここまで上り詰めれたのだと思う。
ただ、組がちいさすぎる。
このままだと、つぶれてしまう。
国を亡ぼす計画を途中まででもたてるコイツに、すこし賭けてみたいと思った。
これはギャンブルだ。
「そうか。お前が書いたものじゃないんだな?じゃあ、誰が書いた?いってみろ」
「………」
彼女は答えなかった。
あまり嘘をつきたくないらしい。
俺にか?いやちがう。こいつは、ずっと嘘をつかないように生きてきたんだろう。
それで、言葉に重みがあるわけだ。
ただ、命がかかってると思っているから、口を割らないだけか。
どうしたもんかなコレは。
「国に恨みでもあるのか?」
「ですから、私ではありませんよ。これは大切な人が残してくれたノートです」
「お前にきいてんじゃねえよ。そいつだよ。そいつは国に恨みでもあったのかっていってんだよ」
「たぶん、恨みはなかったと思います。ただの思考実験だったんじゃないでしょうか」
「思考実験?」
「天皇陛下は動かさず、内閣をつぶす草案です」
「内閣をつぶす?」
「あまりにも、さいきん治安が悪すぎるとおもいませんか」
「ああ」
「警察が仕事をしないからだと思いませんか」
「思う」
「そういうことだとおもいますよ」
「なるほどな」
「お前はどう思うんだ?」
「私ですか?私はなんとも思いません」
「その胸の傷はなんだ?」
「この胸の傷は、……言えません」
「言えないのか、なんでだ?」
「なんでもです」
こいつは、強情だな、もっと可愛げがあれば商品にできたものを。
「まあいい。お前今から俺の部屋付きになれ」
「部屋付き?」
「俺に奉公しろといってるんじゃない。俺に付き従えと言ってるんでもない。好きにしていいと言ってる」
「好きにしていい?どういう意味ですか?」
「だから、俺はお前が気に入った。だから、いつでも俺のそばにいろ。そういってる」
「…え・」
「え、じゃねえんだよ。俺はそれなりの地位についてる。それなりだ。だが部屋付きは持てるんだ」
「…なんだか言ってる意味がよくわかりませんが、好きにしていいというのは、すごくありがたいです」
「そうかよ、じゃあ、そのノートちょっと見せてみろ」
少女は、ちいさく頷くと、ノートを取り出した。
そして、優しく手渡す。
俺はその手つきに、また、おふくろを思い出すところだった。
「暴論は以下の通りだった」
まず、警察の信用を落とす。それは噂でいい。もうすでに、国の信用は落ちてるが、最下層まで落とす。まずは、警察の信用を著しく剥奪する。たとえば、市民が助けを求めているのに、助けない。事件がおきるまでは何もできません。という音声データをとる。それは、病人だ。精神疾患をもった人間がいい。あいつらは警察に相手にされないから、ちょうどいい。その軌跡を動画配信する。動画配信は、ふだんの日常をあげたものを最低でも一か月はあげさせる。まいにちまいにち、なんの変哲もない。病人の一日だ。もちろん、精神疾患があることも、動画の中で説明しておく。そして、そのひとのひととなりを植え付けたうえで、事件がおきる。たとえばそれは、借金だ。借金をする理由は人助けだ。たとえばスーパーの万引き犯がおばあちゃんだったとする。その人は、生活が苦しくてつい、まんじゅうを万引きしてしまった。でも、彼はそれをみて悲しく思った。だから、ぼくが払いますといった。でも、彼にもお金はない。そこで彼は店長に借金することにした。しかし店長はトイチだといってはばからない。しかたなく彼は暴力団に金をかりて、店長に金をかえすことにした。もちろん暴力団からかりた金は返さなければならない。
そのうち、暴力団の嫌がらせがはじまった。警察に相談するもあいてにしてもらえない。こういうのを全部動画配信する。
それで、困ったコイツは、動画のなかで、警察がいかに助けてくれないか、音声データをもって、訴えかける。そこで噂だ。噂もながす。病気だけれどとても性格のいい人が困ってるらしい。そういうふうに持っていく。これはぜんぶ、演技ではなく、実際に起こりうることだ。そこからさきは、彼女に聞け。
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