Always in Love

水無瀬 蒼

文字の大きさ
37 / 43

記憶と引退2

しおりを挟む
 車が病院に着くと、気が急いてつい廊下を小走りに走ってしまい、看護師さんに怒られてしまった。

「廊下は走らないでください」

 注意をされ、走ることをやめたけれど、それでも早歩きになってしまうのは止められなかった。だって、颯矢さんが俺のことを思い出したかもしれないんだ。そんなの走りたいに決まってる。
 病室のドアをノックし、中から声が聞こえてくる前に開けてしまう。
 ベッドには颯矢さん、ベッド脇には社長がいるだけだ。俺がほんの少し怖がっていた香織さんはいなかった。そんなにいつもいるわけではないようだ。
 飛び込むように病室へ入ると、颯矢さんが優しい笑顔を浮かべていた。

「柊真。お疲れ様」

 こんなに優しい颯矢さんの笑顔を見たのはいつぶりだろうか。以前はよく見ていたけれど、俺が颯矢さんに壁を作るようになってから見ることはなかった。その笑顔を見て俺は泣きそうになる。

「颯矢さん、俺が誰だかわかるの?」
「柊真だろ。俺がマネージメントしてる城崎柊真だ」
「思い出したの? 俺のことを新しく記憶したんじゃなくて、過去のこと思い出したの?」
「覚えたんじゃないよ。思い出したんだよ」
「じゃあ。なんで怪我をしたかも思い出したの?」
「ああ。柊真の引退を引き止めるためにレストランを予約して、行くところだった。お前がなんともなくて良かったよ」

 その一言で俺の涙は決壊した。

「ごめんなさい。ごめんなさい。俺のせいで」

 大きく頭を下げる俺の肩を抱いて、社長が俺を座らせてくれる。

「お前が謝る必要はないよ。俺がしたかったからした。それだけだ。仮に、お前が頭を打って入院なんてしたら俺は自分を許せないだろうな」
「でも……」
「壱岐くん。柊真はね、壱岐くんが柊真のことだけ忘れたから、壱岐くんに嫌われてたと思ったんだよ」
「俺が柊真を嫌う? そんなことあるはずないのに。柊真は俺の自慢なんだから」

 俺の自慢……。
 さっき氏原さんが言ってた。颯矢さんが俺のことを自慢してるって。それはほんとだったの?
 
「壱岐くんは、社長の僕にも柊真の自慢してたからね。だから言ったでしょう。柊真のことを嫌ってるわけじゃないって」

 社長の言葉に頷く。

「まぁ、お前のことだけ記憶をなくしてたらそう思ってしまうのも無理はないか。悪かったな」

 そんなことはない。そう伝えるために俺は首を横に振る。
 記憶を失くしたのは颯矢さんのせいじゃない。頭を強く打ってしまったからだ。
 それに、記憶を失くしたのがたまたま俺だっただけだ、きっと。
 でも、社長が、ストレスで記憶をなくすことがあるって言ってたけど、そのストレスってなんだったんだろう。
 きっと、それは俺が知ることのない、私生活の部分なのかもしれない。

「撮影は終わったか?」
「今日。さっきクランクアップした」
「そうか。最後まで気抜かなかったか?」

 そう言われて、先日NG続きになったことは言えない。でも、黙り込んだ俺を見て、答えを悟ってしまったらしい。

「お母さんが亡くなっても集中してたのに。仕事には支障はきたすな」
「ごめんなさい……」
「城崎さんは壱岐さんのことが心配で仕方がなかったんですよ」

 いつの間にか氏原さんも病室に来ていて、俺のことを庇ってくれる。

「そうか。それは悪かったな。でも、もう大丈夫だから心配するな」
「マネージャー、颯矢さんに戻るの?」
「明後日に退院だから、退院したらマネージャーに戻って貰うよ。氏原くんは、今までありがとうね。急だったから大変だっただろう。申し訳なかったね」
「いえ。自分はいい経験になりました」

 そっか。マネージャーは颯矢さんに戻るんだ。

「明明後日からの柊真のスケジュールを組んでたんだよ」
「ドラマのクランクアップ後は、テレビでの番宣ラッシュだ。局内の番組を総なめする感じで、三方さんや監督と一緒だ」
「わかった」
「これで柊真も安心して仕事ができるね」

 社長が少し意味深に言う。そうだ。俺の引退話は宙ぶらりんのままだ。そのことはまた時間を改めて社長と話さないといけない。
 でも、今は颯矢さんが記憶を戻したことが嬉しいから、そのことは一旦考えることをやめよう。せめて今だけは。
 そうやって4人で仕事のことをわいわいと話していると、病室のドアが軽くノックされてから静かに開けられた。ドアを開けたのは香織さんだった。
 それまで颯矢さんが記憶を取り戻したことが嬉しくて、久しぶりに颯矢さんとも話していたのに一気に現実を突きつけられた気がした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

鈴木さんちの家政夫

ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて鈴木家の住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。

僕の目があなたを遠ざけてしまった

紫野楓
BL
 受験に失敗して「一番バカの一高校」に入学した佐藤二葉。  人と目が合わせられず、元来病弱で体調は気持ちに振り回されがち。自分に後ろめたさを感じていて、人付き合いを避けるために前髪で目を覆って過ごしていた。医者になるのが夢で、熱心に勉強しているせいで周囲から「ガリ勉メデューサ」とからかわれ、いじめられている。  しかし、別クラスの同級生の北見耀士に「勉強を教えてほしい」と懇願される。彼は高校球児で、期末考査の成績次第で部活動停止になるという。  二葉は耀士の甲子園に行きたいという熱い夢を知って……? ______ BOOTHにて同人誌を頒布しています。(下記) https://shinokaede.booth.pm/items/7444815 その後の短編を収録しています。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

僕の追憶と運命の人-【消えない思い】スピンオフ

樹木緑
BL
【消えない思い】スピンオフ ーオメガバース ーあの日の記憶がいつまでも僕を追いかけるー 消えない思いをまだ読んでおられない方は 、 続きではありませんが、消えない思いから読むことをお勧めします。 消えない思いで何時も番の居るΩに恋をしていた矢野浩二が 高校の後輩に初めての本気の恋をしてその恋に破れ、 それでもあきらめきれない中で、 自分の運命の番を探し求めるお話。 消えない思いに比べると、 更新はゆっくりになると思いますが、 またまた宜しくお願い致します。

キミがいる

hosimure
BL
ボクは学校でイジメを受けていた。 何が原因でイジメられていたかなんて分からない。 けれどずっと続いているイジメ。 だけどボクには親友の彼がいた。 明るく、優しい彼がいたからこそ、ボクは学校へ行けた。 彼のことを心から信じていたけれど…。

冬は寒いから

青埜澄
BL
誰かの一番になれなくても、そばにいたいと思ってしまう。 片想いのまま時間だけが過ぎていく冬。 そんな僕の前に現れたのは、誰よりも強引で、優しい人だった。 「二番目でもいいから、好きになって」 忘れたふりをしていた気持ちが、少しずつ溶けていく。 冬のラブストーリー。 『主な登場人物』 橋平司 九条冬馬 浜本浩二 ※すみません、最初アップしていたものをもう一度加筆修正しアップしなおしました。大まかなストーリー、登場人物は変更ありません。

想いの名残は淡雪に溶けて

叶けい
BL
大阪から東京本社の営業部に異動になって三年目になる佐伯怜二。付き合っていたはずの"カレシ"は音信不通、なのに職場に溢れるのは幸せなカップルの話ばかり。 そんな時、入社時から面倒を見ている新人の三浦匠海に、ふとしたきっかけでご飯を作ってあげるように。発言も行動も何もかも直球な匠海に振り回されるうち、望みなんて無いのに芽生えた恋心。…もう、傷つきたくなんかないのに。

三ヶ月だけの恋人

perari
BL
仁野(にの)は人違いで殴ってしまった。 殴った相手は――学年の先輩で、学内で知らぬ者はいない医学部の天才。 しかも、ずっと密かに想いを寄せていた松田(まつだ)先輩だった。 罪悪感にかられた仁野は、謝罪の気持ちとして松田の提案を受け入れた。 それは「三ヶ月だけ恋人として付き合う」という、まさかの提案だった――。

処理中です...