猫を追いかけて異世界に来たら、拾ってくれたのは優しい貴族様でした

水無瀬 蒼

文字の大きさ
22 / 51

静かな夜の扉1

しおりを挟む
 ヴァルター侯爵が屋敷へ訪れてからレオニスさんの様子が変わった。国会から戻っても、ほとんどの時間を1人で書斎で過ごしている。前は食事のときに使用人たちへ気さくに声をかけたり、たまにルナの遊び相手になってくれたりしていた。でも今は姿を見かけることが少なくなった。
 最近は特に和食をリクエストされることはなかったけれど、今夜は和食にしようとアベルさんと話していた。アベルさんいわく、和食は味が優しいからレオニスさんを少しでも癒やせるんじゃないかって。それで今夜は和食になった。メニューは秋刀魚、ひじきの煮物、ご飯は筍ご飯。お味噌汁にも筍を入れる。筍はアクを取るのが面倒だと思っていたけど、筍を使いたいと言ったら、アベルさんがやっておいてくれた。今日のメニューはアベルさん、初のものばかりだ。でも、お味噌汁は最近覚えたから、作ってくれると言っていた。だから俺は秋刀魚を焼いて、ひじきを煮るだけだ。

「レオニス様は今日も書斎で食べるらしいですね」

 お味噌汁を作りながらアベルさんが言う。そう、今日。最近はそんな日が続いていて、俺はダイニングルームで1人で食べている。

「しかも、最近は食べる量も減っていますしね。昔から考え事が多くなると食が細くなるんですよ。今日の和食で元気を出して欲しいけど」

 俺は片付けのときは厨房にいること少ないけど、食事を下げた後のことはアベルさんが知っている。そして、今日も残した、とこぼしているのをよく聞く。

 ――貴族院で大きなもめ事があったらしい。

 噂は厨房にも流れてきていた。レオニスさんが”庶民の改革案”を強く押し出した結果、古い貴族派と激しく対立したという。そして、あの婚約の話。ヴァルター侯爵が勝手に決めたもので、レオニスさんは納得していないらしい。俺はひじきを煮ながら聞いていた。

「アベルさん。レオニスさん、大丈夫ですかね」
「大丈夫じゃなきゃいけないんですよ。貴族が弱さなんて見せたらダメなんです。見せたら最後、そこを突かれます」

 さすがこっちの人だけあって貴族というもののことをよく知っている。俺にはわからないことだ。

「でも、タクヤさん。ずっと気になっているんですが、あの顔、見ましたよね」

 あの日。ヴァルター侯爵を見送って書斎に向かう背中。孤独と怒りと諦めが混ざったような、見ているこちらまで胸が重くなる表情。

「最近はあんな顔見なかったんですけどね」
「俺、忘れられないんです。あのときの、痛そうな横顔」

 俺がそう言うと、味見をしていたアベルさんが少し柔らかい声で言った。

「タクヤさんは真っ直ぐですね。それでレオニス様は救われるでしょうね」
「救われる?」
「そう。主人は、誰かに気に掛けて貰うだけで救われるものですよ。もちろん、私たち使用人も気に掛けてはいるけれど」

 ただの客人で、好き好んで厨房に出入りする半分使用人みたいな俺が主の悩みに触れていいのかわからない。
 お味噌汁と煮物ができたところでニコラスさんが運んでいった。俺は今日も1人でダイニングルームで食べる。使用人の人たちと一緒で、とニコラスさんに言ったところ怒られたんだ。厨房に立たせているだけでも申し訳ないのに、使用人と一緒に客人が食べるなんてとんでもない! と言われたんだ。ニコラスさんは俺が異世界から来たことを知っているから余計になんだろう。
 今夜も1人で寂しくダイニングルームで自分の作った料理を食べ、自室に戻るために階段を昇り、2階奥に目をやると書斎は灯りがついたままだ。優しいその灯りがレオニスさんの心も温めてくれたらいいのに。今夜も遅くまであの灯りは消えないんだろうか。自室に戻るには中央階段を昇って右側へ行くのに、俺の足は階段を昇りきったところで止まってしまった。左へ行けば書斎。右へ行けば自室。今の俺はどちらへも行ける。書斎へ行ってみようか。ふとそう思った。でも、仕事をしていて、その邪魔をしてはいけないし。以前は結構気軽に顔を出したりしていたけれど、今は事情を知っているからかそうすることができないでいる。俺はどうしたい? 今日はレオニスさんが帰ってきたときに横顔を見ただけだ。朝は食べずに行ったらしいから、今日はきちんと顔を合わせてはいない。
 今夜は和食だった。味はどうだったか訊きに行くのならおかしくはない。そう思って足は左側へと進んだ。レオニスさんはどんな気持ちで1人でいるんだろう。1人で重いものを抱えて、誰にも弱音を吐けずにいる。その姿を想像しただけで胸が痛んだ。少し。そうほんの少し。「口に合いましたか?」って訊くだけでいい。そして笑顔を見せれば、それだけでいい。そう思うのに、弱ってる姿を見せたくないかもしれない。そんな弱気な考えがぐるぐる回って動けなくなる。

「俺、なにしてるんだろう」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。

星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。 前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。 だが図書室の記録が冤罪を覆す。 そしてレイは知る。 聖女ディーンの本当の名はアキラ。 同じ日本から来た存在だった。 帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。 秘密を共有した二人は、友達になる。 人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。

無能と呼ばれた婚約者は王を完成させる〜替え玉婚約者のはずが、強すぎる王太子に手放してもらえません〜

統子
BL
兄の身代わりとして王太子の婚約者になった伯爵家次男リュシー。 嘘の名を名乗ったはずが、冷静で誠実な王太子リオンは彼を「力の装置」としてではなく、対等な伴侶として扱おうとする。 本物になりたいと願う替え玉と、完成された王太子の静謐な王宮ロマンス。

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

隠された令息は、護衛騎士と息をする。

木漏れ日の庭
BL
公爵家に生まれながらも、妾の子として蔑まれ、固有魔法すら使えない令息のユリシス。彼は足が悪く、うまく歩くことが難しい。そんな彼の元に、護衛騎士としてキースという美しい男が訪れる。始めはなんの関わりも持たない二人だが、ユリシスの静かな優しさが、キースの心を溶かしてゆく。

僕、天使に転生したようです!

神代天音
BL
 トラックに轢かれそうだった猫……ではなく鳥を助けたら、転生をしていたアンジュ。新しい家族は最低で、世話は最低限。そんなある日、自分が売られることを知って……。  天使のような羽を持って生まれてしまったアンジュが、周りのみんなに愛されるお話です。

事なかれ主義の回廊

由紀菜
BL
大学生の藤咲啓嗣は通学中に事故に遭い、知らない世界で転生する。大貴族の次男ランバート=アルフレイドとして初等部入学前から人生をやり直し、学園で出会う無愛想で大人顔負けの魔法の実力者であるヨアゼルン=フィアラルドと親友になるが、彼に隠された力に翻弄され次々と襲ってくる災難に巻き込まれる。終いには、国家の存続を揺るがす大事件にまで発展することに・・・

牙を以て牙を制す

makase
BL
王位継承権すら持てず、孤独に生きてきた王子は、ある日兄の罪を擦り付けられ、異国に貢物として献上されてしまう。ところが受け取りを拒否され、下働きを始めることに。一方、日夜執務に追われていた一人の男はは、夜食を求め食堂へと足を運んでいた――

神様は身バレに気づかない!

みわ
BL
異世界ファンタジーBL 「神様、身バレしてますよ?」 ――暇を持て余した神様、現在お忍び異世界生活中。 貴族の令息として“普通”に暮らしているつもりのようですが、 その振る舞い、力、言動、すべてが神様クオリティ。 ……気づかれていないと思っているのは、本人だけ。 けれど誰も問いただせません。 もし“正体がバレた”と気づかれたら―― 神様は天へ帰ってしまうかもしれないから。 だから今日も皆、知らないふりを続けます。 そんな神様に、突然舞い込む婚約話。 お相手は、聡明で誠実……なのにシオンにだけは甘すぎる第一王子!? 「溺愛王子×お忍び(になってない)神様」 正体バレバレの異世界転生コメディ、ここに開幕!

処理中です...