猫を追いかけて異世界に来たら、拾ってくれたのは優しい貴族様でした

水無瀬 蒼

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庶民街の灯り7

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 ライナさんにお礼を言って離れると、市場の中を見て歩く。飲食物は屋台で売っているから、当然人は多い。でも、売る人も買う人も一様に疲れた顔をしているように感じた。ライナさんが言っていたように、物価高騰で買い控えしているのだろう。計算しながら買う人も多いかもしれない。俺もピンチのときはスーパーで計算しながら買うことがある。それはここの人も同じだと思う。

「人は多いが、とても活気があるとは言えないな」
「ライナさんが言ってましたけど、やっぱり買い控えだと思います。それに計算しながら買ってる人も多いと思います。俺もそうやって買うことあるので」
「計算しながら物を買うのか」
「はい。そうでもしないと買い過ぎちゃったりするので」
「食料品でもか?」
「同じです。計算して買いますよ。少しでも安く買いたいので」
「そうか……」

 そう一言言うとレオニスさんは難しい顔をして見て歩いている。買い控えは想像できても、計算しながら買うというのは想像できなかったのだろう。だってそうだ。レオニスさんは間違えても市場で食料品を買うことなんてないし、お金を気にして買うこともないだろう。それが貴族と庶民の違いだ。

「タクヤを連れてきて良かった。私にはわからないことだった。でも、そうまでして買うのならば余計に妥協なんてしてはいけないな……」

 なにか貴族院で妥協することがあったのだろうか。ヴァルター侯爵みたいな人もいるし、きっと他にもあんな人が何人もいるのかもしれない。その中で妥協を余儀なくさせられたことがあったのだろう。レオニスさんの顔には後悔の色が浮かんでいる。そんなレオニスさんになんて声をかけたらいいのか迷う。迷うからこう訊いてみた。

「妥協したことは、今度の国会で妥協なしに通すことはできないんですか?」
「できないことはない。ただ、なぜかとしつこく言われるだろうが……。それでもまだ完全に飲んだわけではないからなんとか押し通すしかない」

 そっか。確かに妥協案で1度飲んだのに、なんでひっくり返すのかと問われるだろうしな。それは想像がつく。そうしたら通すのは難しいかもしれない。でも、妥協した部分を小さくしていくとかはできないだろうか。半々の妥協ではないだろうから。

「いや、しつこく言われたって仕方がないな。飲んだら負けだ」
「俺は政治なんてわからないけど、庶民のことならわかります。どこの世界も庶民は同じです。共産主義でもなければ」

 国から支給となる共産主義は別として、民主主義国家であればどこの国でも庶民は同じだ。

「そうだな。エルドランドは民主主義国家だ」
「なら、俺でもわかることがあると思います。物価高騰で買い控えなんて、俺の住んでいたところでもあったことですから」
「それはどうなった? どんな政策をとったのだ?」
「なにもしてないですよ。物価高騰の上に消費税もあがったし。だから庶民はどんどん苦しくなっていきます」
「そんなことがあるのか」
「レオニスさんみたいに庶民のことを考えている人がいるのか、それさえわかりません。政治家多いし」

 俺がそう言うとレオニスさんは難しい顔をした。同じ政治家として理解ができないのだろう。俺を住まわせてくれていることといい、レオニスさんはほんとに優しい人なんだなと思う。

「どこも自分たちのことしか考えない政治家がいるようだな」
「そうですね。だから、庶民の話を聞こうとするレオニスさんはすごいと思います」

 それが100%通るかは別としても少しでも庶民の暮らしを楽にしたいと考えるだけでもすごいことだと思う。だって自分は貴族で、暮らしていくのになんの不自由もないだろうから。だから貴族院でヴァルター侯爵みたいな人が多くたって不思議ではない。

「まだまだ私は戦わなくてはいけないな。でも、それで庶民の暮らしが少しでも楽になるのならいい」

 そう言ってレオニスさんは店主の顔、そして客の顔をひとつひとつ見ていっていた。その中でパンを売っている店があった。バゲットと蒸しパンが売られていた。

「ここの蒸しパンは美味しいんだ。食べてみるか?」
「食べたいです!」

 元気よく答えてしまった。仕方ないだろう。蒸しパンって柔らかくて好きなんだ。こちらに来てから食べていないし。

「では買って帰ろう」

 パン屋には店主と痩せた少年が働いていた。そして、店主が目を少し離したとき、その少年が小さなバゲットをポケットに入れていた。でも、それが店主の目にチラリと入ったのだろう。店主は少年に怒り、ポケットからパンを出させた。少年はなにも言えずに下を向いたままだった。少年があまりにも可哀想で間に入ってあげたくても、なんて言っていいのかわからなくて、俺は立ち止まってしまった。でも、レオニスさんは違った。

「それぐらいにしてやれ。腹が減っていたのだろう。働く者には正当な報酬を。腹を空かせた子に罰を与えるのは酷だ。私が代わりに払おう。蒸しパンふたつと併せてこれで足りるか」
「アーゼンハイツ伯爵さま! とんでもないところを見せてしまい申し訳ございません」
「そんなことはいい。気にするな。で、足りるのか?」
「これでは頂きすぎです」

 そう言って店主がレオニスさんにお金を返そうとするけれど、レオニスさんは受け取らない。

「では、その余った分でその少年にパンを食べさせてやってくれ」
「伯爵様……。こいつも最近、満足に食べれていなかったようなので」
「そうか。それでは余計に食べさせてやらなくてはいけない。その金で食べれる分を食べさせて貰え」
「ありがとう、ございます」

 少年はつっかかえながら、小さな声でレオニスさんにお礼を言った。

「気にするな。でも、これからはしてはいけない」
「……はい」
「では、この蒸しパンをふたつ貰って帰る」

 そう言うとレオニスさんはパン屋に背を向けて歩き出した。その顔は悲しそうで、でも怒っているような顔でもあった。

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