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番外編

~あの夜を忘れない~ランスロット&フィオナ(8)

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 ランスロットはぎりぎりまでフィオナを審判の部屋に連れて行くのを躊躇していたが、どうしても行くというフィオナに押し切られ、メアリも連れて3人で宮殿の奥にある審判の部屋に向かった。

 フィオナの手を勇気付けるようにぎゅっと握ると、緊張して青ざめた様子で見上げてきた。

「大丈夫か?」
 そう聞くと、こくんと頷いたが、握った手の中の指先は震えている。
 王妃に真実を告げるのが不安なのに違いない。

「君は何も話さなくていい。俺から王妃に伝えよう。咎は全て俺にある。だから何も心配することはない」
 
 フィオナの顎に手を添えると、不安そうな瞳を向ける彼女を安心させたくて、屈みこんで唇をそっと重ねた。

「んっ…」

 小さな唇は冷たくて、自分の熱を分け与えるように重ね合う。
 一緒にいたメアリの「先に参ります」という声が聞こえたが、まだフィオナの唇を離すつもりはなかった。
 今まで一人で抱え込ませてしまった彼女に、ただ一人で震えていて欲しくなかった。
 自分の温もりを伝えたかった。

「はぁ。ランスロットさま…」

 すみれ色の目が少し蕩けて頬にも赤みが差してきた。

「フィオナの唇がやっと温かくなった。もっと柔らかくしたいところだが、この続きは後でしよう。二人きりになったら。さぁ行こう」

 含みのある声で言うと、フィオナの手をぎゅっと握って、回廊を進んだ。
 宮殿の奥にある審判の部屋の扉の前に来ると、自分の秘書のマーリンがほっとしたように駆け寄ってきた。

「ランスロットさま! 本当にどこに行ってたんですか!どんなにお探ししたか…。もう大変なことばかりで。リゼル様が……」

 そこまで言うとランスロットを見て安心したのか、涙ぐみ始めた。

「マーリン、迷惑をかけた。事情は後で話す。フィオナの女官のメアリが先に来たと思うが…」

「その方なら先ほど、ナディア様と話された後に中に入りました」

 ランスロットは頷くと、フィオナをそっと見た。

「俺も中に行こう。フィー、やはり君は…」

 ここで待っていたほうがいい、そう言おうとしたが彼女の決心は変わらなかった。

「もちろん、一緒に行きます。お母様には、自分から伝えたいの…」

 ランスロットはフィオナの腰をぎゅっと抱きながら、審判の部屋の扉を開けた。


* * *


 目に飛び込んできたのは、王妃が興奮した様子でカイルと言い争っているところだった。

 ランスロットは、カイルが審判の部屋にいたのにほっと安堵する。
 これでリゼルはきっと大丈夫だ。あいつに任せていれば問題ない。
 ただ、王妃が心配だ。これで大人しく諦めてくれればいいのだが…。

 王妃は、カイルからフィオナの懐妊を伝えられると、信じられないというように否定している。
 さらに追い討ちをかけるようにメアリが証言すると、王妃が半狂乱になってメアリに小瓶を投げつけた。

 フィオナの妊娠を絶叫しながら否定すると、フィオナがいてもたってもいられないかのように、握っていた手を振りほどき、自分の脇をするりと抜けて王妃の目前に飛びだすと、俺の子を妊娠していると自ら告げた。

 その途端、王妃から思い切り頬を打ち据えられた。

 「フィオナ!」

 フィオナがよろけて倒れそうになるのを駆け寄って支える。その体は小刻みに震えていた。
 カイルはというと、容赦のない目で王妃を射竦いすくめるように見ていた。
 その手は、いつでも抜けるように剣のつかを握っている。

 まずい、あいつは本気だ…。

 王妃の様子も目が血走っていて、とてもではないが尋常じゃない。
 カイルは何かあれば、フィオナの目の前で王妃を殺すのも厭わないような殺気が伝わっている。

 それだけは、なんとしても避けなければ。

 たとえ陰謀を企てた王妃だとしても、フィオナの目の前で実の母親が殺されるなどあってはならない。
 ランスロットは、早くケリをつけたかった。
 もうこれ以上、誰も、フィオナをも傷つけたくはなかった。

 ランスロットは王妃とフィオナの間に割って入ると、さらに娘を打とうとする王妃の腕を掴んでひねり上げた。

 自分の胸ポケットから、ただの紙切れとなった魔法契約書を見せると、王妃に冷たく最後通告をしたのだ。

 魔法契約は無効になったと。
 それに加え、怒りを滾らせたカイルからも氷のような声で王妃の陰謀が潰(つい)えたことを告げられたのだ。

 早く終わりにしたい。
 自分でも焦りがあった。

 今思えば、王妃が落ち着くのを待って話せばよかったのだ。
 そうすれば娘の妊娠という衝撃に加え、自分の野望が立ち消えた王妃の心は、壊れなかったかもしれない…

 どうやら俺は一瞬気がゆるんだ隙に、王妃が手に持っていたもので目を刺されたらしかった。
 錯乱した王妃による一瞬の出来事で、何が起こったかわからなかった。

 突然、目に焼け付くような痛みが襲い、朦朧とする中、気がつくと宮殿の医務室にいた。

 「っう……。フィー、フィオナ…」

 「ああ、ランスロット様、ごめんなさい、ごめんなさい…」
 
 刺されたのは片目のはずだったが、なぜか痛みは両目を襲っていた。
 もう一つの目も痛みで開けることができなかった。
 自分の胸に頭を置いて泣き崩れるフィオナを手探りで探し、その頭を撫でた。

「フィオナ、無事か…?」

 言葉にできないのか、こくこくと頷く。
 ほっとしたところにカイルの声が響いた。

「ランス、王妃に左目を刺されている。大丈夫か…?」

「ああ、我慢できない痛みではない」

 本当はしゃべるのもやっとの状態だったが、心配させないようにカイルに言った。

「それよりお前は、早くリゼルのところに行け。あいつはお前を待ってる。リゼルにはお前が必要だ」

「すまない、ランス。お前には、いろいろ聞きたいこともあるが…」

 そう言いながら、カイルがフィオナの方を見ているような気配を感じた。

「まずは、怪我を癒せ。あとのことは宰相(ダークフォール)とザイドに申し伝えてきた。二人がうまくやってくれるだろう」

 そう言うとカイルは、フィオナ王女に向き合った。

「フィオナ王女、こんな形で貴女を欺いていたことを許してほしい。私はずっとリゼルを愛していた。私には彼女リゼルでないとだめなんだ。貴女には、ひどく申し訳ないことをした…」

 フィオナは、カイルのその言葉に首を振った。
 自分でもとっくに気がついていたのだ。カイル皇子の心が違う人にあることに。
 ただ、それよりもフィオナは目の前のランスロットの容体が気が気でなかった。

「貴女にランスロットを託してく。どうか、ランスを頼む」

 そう言い残すと、カイルは踵を返して医務室を後にした。

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