漆黒の令嬢は光の皇子に囚われて

月乃ひかり

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番外編

~あの夜を忘れない~ランスロット&フィオナ(11)

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 ランスロット様の部屋からフィオナ王女が真っ赤な顔で飛び出してくると、アイラはまたしてもしてやったりという気分になった。

 小さいころから頼もしくて領民にもお優しいランスロット様に密かに憧れてお慕いしていた。
    王都の御屋敷でリゼル様の侍女としてお仕えすることになった時には、本当にうれしくて自分の夢が叶ったと思った。

 なによりいつもランスロット様のお傍にいることができる。でもこれは自分の淡い恋心だというのは分かっていた。ランスロット様の御相手になりたいわけではない。身分が違う事は十分承知していた。ただ、なにげない生活の中でランスロット様と言葉や視線を交わしたりする、それだけで嬉しかった。

 いつかランスロット様が美しい令嬢を伴侶とし、将来は公爵夫人となるその方にも、自分は心をこめてお仕えするのだと思っていた。ランスロット様が選んだ方なら間違いはないと思っていた。

 でも、フィオナ様だけは認められない・・・
 ランスロット様の心を射止めたのがカイル皇子の婚約者だったフィオナ王女様とはとうてい信じることができなかった。それでも、ランスロット様がフィオナ様を心から愛していらっしゃるならば、この気持ちを抑えてお仕えしなくては・・・そう思っていたのに。

 数日前、旦那様と公爵夫人のあんな会話を聞くまでは・・・

「まったく、あなたもランスロットもどうかしているわ。女は政治の駒ではないのよ。マリエンヌ王妃様のはかりごとを阻止するためとはいえ、フィオナ様の純潔を奪って身ごもらせるなど」

「国のために致し方なかったのだ。カイル殿下と王女の結婚を何としても阻止せねばならなかったのだ。唯一、それが魔法契約を破棄するために残された方法だったのだ」

「だからといってランスロットも、ランスロットよ。あなたのそんな馬鹿げた考えに同意するなんて」

「ランスロットも初めは乗り気ではなかった。私がそうするように命令したのだ。わが帝国のために」

「ではランスロットは、あなたに命令されてしかたなくということ?全くなんてことかしら・・・? 赤ちゃんが生まれるというのに肝心の二人の間には愛がないということなの?」

「ランスロットは自分の義務を十分理解しておる。フィオナ王女も彼女の母親の被害者だとは思うが、それも致し方あるまい。それに王族や貴族の結婚は、初めに愛し合って結婚する方が少ないだろう。もしフィオナ王女がどうしてもランスロットとの結婚を嫌がるようであれば、子供だけ引き取ってフィオナ王女をローゼンに返してもいい。とにかくフィオナ王女は、わが公爵家の嫡子を身ごもっているのだ。どちらにしろ子供が生まれるまでは丁重に扱うように。まかせだぞ」

「まったくなんてこと・・・」

 そんな会話のやり取りを聞いてしまったのだ。

 その話を聞いてランスロット様の伴侶がフィオナ王女になるのだけは絶対に許すことができなかった。彼女の母親のせいで、どれだけリゼル様が悩み苦しんだかを思うと、いくら公爵夫人やランスロット様が認めても、リゼル様のために認めることができない。

 何しろ公爵令嬢としての身分や生活を捨ててまで、皇子様への思いを断ち切るために神殿に行こうと覚悟を決めていたのだから。
 それに危うく無実の罪で処刑されかねなかった。リゼル様が衛兵に連れて行かれた夜のことは今思い出しても身がすくむ。
 リゼル様は、いまだ塔で何があったかは言わなかったけれど、きっとあの夜はお一人でものすごい恐怖を感じていたに違いない。

 ましてや公爵夫人からカイル皇子様の婚約者である王女様がランスロット様のお子様を身ごもっていると聞いた時には、愕然として信じることができなかった。
 初めは、ランスロット様が密かにフィオナ様に思いを寄せていて思い余ってのことだと思っていた。

 それが旦那様のご命令でやむなく従ったことだったとは。
 ランスロット様がお可哀そうだ。国のために、好きでもない王女様を伴侶としないとならないなんて。

 私は絶対に認めない・・・
 何としても国に帰っていただくのだ。
 ローゼンでご出産して、生まれた御子様だけ引き取ればよいではないか。
 ランスロット様はには、もっと素敵なご令嬢がお似合いだ。
 
 そう思うと、アイラはランスロットのお世話をするべく、寝室に入っていった。

* * *

「メアリ、気を付けてね。帰ったらあなたのご家族に宜しくお伝えしてね」
「王女様、申し訳ありません。王女様の大変な時に。母の具合が良くなったらすぐに戻ってまいりますので」
「私は大丈夫よ。最近は悪阻つわりも軽くなってきたの。だから気にしないでゆっくりしてきて」
「はい、公爵家の皆様もありがとうございます。このように、馬車やお土産までいただきまして」

 公爵家の前庭にある馬車寄席では、公爵夫人とフィオナ王女が、メアリにしばしの別れを告げていた。
 メアリは、ローゼンの実家の母が倒れたという連絡を受け、急きょローゼンに一時戻ることになったのだ。
 そのためメアリのために公爵家専用の馬車でローゼンまで送ることにし、メアリの家族にも心づくしのお土産を持たせてくれた。
 メアリが不在の間、王女の世話は当分の間、アイラが引き受けることになった。

「メアリ、ランスロットがうちの馬車で快適にローゼンまで行けるように手配したのよ。公爵家の紋章入りの馬車と道中、うちの護衛がついているから安心よ。フィオナ様は私が責任をもってお預かりするから心配なくゆっくり過ごしてきてちょうだい」

 公爵夫人がメアリに頷くと、従者が馬車の扉を閉めた。
 ローゼンに向かってメアリを乗せた馬車がゆっくりと進み出す。
 フィオナはメアリにああ言ったものの、本当は少し心細かった。
 私は、今は公爵家の居候。ランスロット様のお怪我が治るまでの間だけ。

 彼には義務感から私と結婚して欲しくない。
 どんなに私が待ちわびた人だったとしても・・・
 見送るフィオナの眼差しは、寂しさを湛えていた。
 それに気がついた公爵夫人は、フィオナに優しく声をかけた。

「さぁ、フィオナ様、中に入りましょう。ローゼンのお菓子をいただいたの。一緒にお茶でもいただきましょう」

 二人は馬車寄せから玄関に向かって歩き出した。

「奥様、ランスロット様がフィオナ様に今すぐお会いしたいとのことで、御呼びになっていらっしゃいますが」

 玄関ホールに入ると、家令が声をかけてきた。

「あら、後にしてって言ってちょうだい。どうせあの子はよからぬことしか考えていないんだから。私はフィオナ様と女同士の話があるのよ」

 そっけなく言うとフィオナの腕をとって、さっさと家族用の居間に向かった。

 アイラは居間に行く二人を見送ると、すぐさま家令に向かって自分が若様に伝えてくると言い、二階のランスロットの部屋に急ぎ足で向かう。

 ノックをして扉を開けると、一瞬、嬉しそうな光を湛えた瞳が私を見てその瞳が曇ったような気がした。

 「アイラ、フィオナは?」
 「王女様は・・・ただいま、ランスロット様にお会いしたくないそうです」

 つい、嘘の言葉が出てしまった。その言葉にすぐさま罪悪感が湧く。でも一度出てしまった言葉は戻すことができない。
 ランスロット様がいけないのだ・・・あんなお顔をするから。

 ランスロット様は、一瞬、軽いショックを受けたような顔になったような気がした。でも、すぐに真剣な顔になりいきなり掛け布を払って寝台から降りようとした。

「ランスロット様、御無理はいけません!侍医は、ふさがった目の傷がまた出血をするといけないので、頭を動かさずに安静にするようにと言っておりました」

「アイラ、もうこんなに寝台に縛り付けられる生活はまっぴらだ。目も心配ない。今からフィオナのところに行く。着替えを出してくれ」

「ダメっ。ダメです。お、王女さまの所へは行かせません・・・!」

 つい、本心が出てしまった。王女さまにだけは渡したくない。

 するとランスロットが不審そうにアイラを見た。

「あ、あの、女性は嫌がっているときはそっとしておいたほうがいいのです。フィオナさまも今は、とても繊細な時期です。一人で考えてお休みになりたい時だってあります。ですから・・・どうか女性の気持ちをお考えになってください」

「女性の気持ちか…。俺には全くわからないな。リゼルは顔に出やすいから丸分かりだけど。今のフィオナ王女は、何を考えているか全くわからない。俺は白黒はっきりしてるほうがずっといい」

「出すぎたことを言って申し訳ありません。それにランスロットさまのお体も心配で、私・・・どんなに不安だったか…」

 アイラは、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。
 実際、ランスロットが目が足に酷い傷を負って運ばれたときは、生きた心地がしなかったのだ。

「アイラ、心配をかけてごめん。さぁ、泣かないで。俺はもう大丈夫だから」

 そう言うとまるで妹のようにアイラを抱きしめて、すん、すんと鼻を啜り上げて泣くアイラの背中をあやすように撫でた。

 ランスロットにとって、アイラは小さい頃から領地で一緒に遊び、家族も同然だった。気のおけないもう一人の妹、そういう存在だった。

「ほら、僕のお姫様。もう泣かないで。可愛い顔が台無しだよ?」
「もう、ランスロット様ったら・・・」

 僕のお姫様、とはランスロットが小さい頃、お転婆なアイラをそうやってからかって呼んでいたのだ。ランスロットも領地ではやんちゃな子供時代を過ごしていた。 
 アイラが自分の姫だとやんちゃとお転婆同士で釣り合いが取れていいという意味で言っていたのだ。とても懐かしい呼び名だった。
 アイラはランスロットの体に腕を回し、ひとときその体を独り占めにする。
 この熱く逞しい体は、今だけ私のものなのだ。
 アイラはランスロットの胸に顔を埋めて、しばしの間その幸せをかみしめた。

* * *

「さぁ、フィオナ様、お座りなって」

 家族用の居間に入ると、やっぱりフィオナはランスロットに一言メアリの馬車を手配してくれたことのお礼を先に言いたかった。

「あの、奥様、私ランスロット様に馬車のお礼だけ言ってきます。すぐに戻りますから」
「まぁ、奥様なんて、他人行儀な!どうぞ、お義母さまと呼んでちょうだい。あなたはもう、私の娘なのだから」
 フィオナは公爵夫人の優しさにじんとなった。でもさすがに、結婚もしていないのに、お義母さまとは呼べない・・・。
 躊躇していると、ふふっと笑って言った。

「もしくは、ルイザ、と」

 それは公爵夫人のお名前だった。ホッとしてフィオナは続けた。

「ルイザ様、ありがとうございます。では、ちょっとランスロット様のところに行ってまいります…」

 少し声が上ずってしまったが、ランスロット様に会うと思うと思うといつもドキドキしてしまう。妊娠初期の情緒不安定のせいなのだろうか・・・

 公爵夫人は、頬を赤らめてそそくさとランスロットに会いに行くフィオナを目を細めて見ていた。
 夫は、二人の間に愛がないなんて言っていたけれど、どうやら二人は惹かれあっているのではないかしら?
 先日は、ランスロットの部屋で二人が甘く触れ合っているのを目撃してしまった。
 私としたことが、あまりに突然のことで、ちょっと驚いてしまったけれど。
 私に見つかると罰が悪そうに怒ったように顔を赤らめていた。自分の感情をおくびにも出さないあのランスロットが!
 その時のことを思い出し、公爵夫人はくすりと笑った。
 それにフィオナ様がローゼンに戻ると言ったときの、ランスロットの駄々のこねよう。ふふ、まるで子供みたいに。
 あんな風にランスロットが自分の心をあからさまにすることなど未だかつてなかったことだ。なかなかフィオナ様にその想いがちゃんと届いていないようだけれど。
 きっと二人の気持ちを通わせてみせる・・・!
 公爵夫人の心は、新たなワクワクする仕事にどうやって取り掛かろうかとあれこれ忙しく思案し始めた。

 フィオナははやる気持ちを抑えて、勤めて平静を保ってランスロットの部屋の扉の前に来ると、ノックをしようと手をかざした。
 少し扉が開いており、中から話し声が聞こえて、すんでのところでその手を止める。
 なんだか、すすり泣きのような声が聞こえてきた。
 不審に思って、そっと覗くとアイラさんがランスロットさまの腕の中で泣いていた。ランスロット様は自然な仕草で、アイラさんを抱きしめ背中を撫でながら、優しい声で囁いていた。

ーーー僕のお姫様、もう泣かないで・・・

 その言葉を聞いて、胸にまたきゅんとした痛みが走る。
 ランスロット様の部屋の少し開いた扉から、抱き合っている二人のその光景を見ることができずに、おぼつかない足どりで来た道を戻った。

 私はなんてタイミングが悪いのだろう。二人の心は通い合っているのではないのかしら?
 私の存在は、いつも誰かに辛い想いをさせているのだ・・・

 廊下の奥で立ち止まると、フィオナ王女は誰かの暖かな腕の中で慰められることもなく、一人でこぼれ落ちる涙を堪えていた。
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