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魅了

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店を出た優達はいく宛などあるわけもなく途方に暮れて辺りを彷徨っていた。

「どうしてレーネさんの誘いに乗らなかったんだよ」

深い後悔の表情を浮かべて雪音に訝しげな視線を向ける優。

「わたしはどうも彼女を好きにはなれません」

頑なな態度で意見を譲ることなくレーネを敵視する雪音の様子に優はため息を吐く。

「どうしてそこまで彼女を嫌うんだ?」

レーネに対して異常に不信感を持つ雪音に疑問を呈する優。

「特に理由は無いのです。ただ何となく馬が合わないだけなのです。優だって彼女のような性質の人間は好まないのではなかったのですか?」

拗ねた口調で不機嫌な表情を見せる雪音に優は続く言葉を躊躇する。

「彼女はあの女を思い出すのです。あの女‥此方が少しでも譲歩してやるとすぐにつけあがるのです」

愚痴をこぼし始める雪音の歪んだ表情からは心底その人物を嫌悪していることが窺えた。

「まあ‥確かにどこか俺を見る目が怖かったような気がするな」

思い起こせばレーネの瞳は何処か此方を探るような色合いを含んでいたことに今更ながらに気づく優。

「‥あからさまだったのです。‥優は全く気づいていないようでしたが」

棘がある雪音の意地の悪い言葉に優は苦笑浮かべる。

「仕方ないだろ。駆け引きとかは慣れていないんだ」

辟易とした表情で弱音を零す優を叱咤するような声をかける雪音。

「もういいのです‥それよりも今夜の宿を見つけるのです」

優の訴えも虚しく話を切り替えられた優は辺りを見渡して頬を引き攣らせた。

「何処か当てがあるわけではないだろ。なのに何でそんなに余裕なんだよ」

言葉通り野宿する未来を想定して憂鬱な心境になる優とは対照的に雪音の様子は涼しげな表情でどこ吹く風だ。

「だからそうならないように早くいくことにするのです」

有無を言わせぬ態度で優の手を引いて捜索すべく歩み出す雪音。

「だから置いていかないでください」

自身の存在を大声で主張して優に腕を絡ませるエダ。

「おおッいきなりどうしたんだ?」

突然身体を密着させてきたエダに動揺を露わにする優。

「さっきからわたしのことを無視しています。何かわたしは優様の気に触るようなことしましたか?」

優の顔色を観察して一生懸命機嫌を窺う様子は痩せているものの端正な顔立ちの少女が行うと庇護欲をそそられるものがあった。

「いや‥ただ‥その‥どう接していいかわからなくて‥」

視線を彷徨わせて狼狽える優の様子に雪音が呆れた表情でため息を吐く。

「いいですか優。このような性質の人間と関わり合いになるというだけでもわたしは嫌なのです。にも関わらずここまで自己主張が強いといよいよもって不快感すら感じてきているのです」

辛辣な言葉を並べ立てた雪音は一旦そこで間をおくと何やら服の袖から金色に輝くものを取り出してエダに差し出す。

「これを持ってさっさと消えるといいのです」

軽蔑の眼差しを容赦なく向けながら金貨を押しつけられたエダは表情を屈辱に歪めて険しい眼差しを雪音に向けた。

「なんですか‥これ‥こんなのいらないですッ」

見る見るうちに顔色を怒りの表情を浮かべたエダは手を振り上げて乗せられている硬貨を叩き落とした。

「‥何のつもりですか?」

冷たい声音で鋭い瞳を向ける雪音に絵は怯えた表情を晒しながらも挑むような態度で答えてみせる。

「わたしはッこんなものが欲しいわけではないですッ」

語気も強く誤解を解こうとするエダに軽蔑の眼差しを向けて雪音は鼻じらむ。

「何を言っているのですか?あなたは今まで男性に媚を売ることによって生活の糧を得てきた人間でしょう。そんな人間が今更なんの見返りもなしに他人に対して尽くすなどと言っても信用できるわけないのです」

嫌悪感さえ露わにしてエダに侮辱の言葉を並べ立てる雪音。

「それは‥」

捲し立てられる言葉に悔しさを表情に浮かべて唇を噛むエダ。

「仕方なかったの‥」

沈んだ面持ちで顔を俯かせるエダは蚊の鳴くような声で抵抗する意志を見せた。

「仕方なく?わたしならその手段を選ぶことはないのです」

しかし、間髪入れずなされた雪音の追撃に一蹴されたエダはとうとう眦から涙を零した。

「うぅ‥」

嗚咽を漏らして咽び泣くエダは震える唇を懸命に動かして優に縋るような瞳を向けた。

「あの‥わたしのお店の部屋なら貸してもらええます。だから‥お側にいさせてください」

突如として悲しみによって戦慄くエダの唇から出た提案に優は間髪入れずに頷いた。

「案内してもらっていいかな。良かった‥エダのお陰で野宿は避けられそうだ」

安堵の表情を浮かべて感謝の言葉を述べる優を険しい面持ちで睨みつける雪音。

「優‥勝手に決めないで欲しいのです」

視線を足下に落として不貞腐れた様子をみせる雪音に優は苦笑を浮かべて窘めの言葉を述べる。

「けど‥彼女の提案を受けないと今夜泊まる宿もままならないじゃないか」

強い語気で咎められたことに屈辱を覚えた雪音は表情を歪ませてエダに鋭い瞳を向ける。

「くッ早く案内するのです」

怒りを滲ませた雪音の叩きつけるような案内の催促をエダは気丈にも正面から受け止める。

「わたしが案内するのは優様です。決してあなたではありません」

断固として意見を譲らないエダの碧眼には強い意志が込められていた。

「‥もういいです‥早くしてください」

辟易とした表情で紫紺の瞳の諦観の色を浮かべる雪音は項垂れた。

「あなたに言われなくても分かっています。ほら行きましょう‥優様」

雪音に対する態度とは一転して極上の笑顔を浮かべて優に媚を売るエダの姿に頬を引き攣らせる雪音。

「あ、ああ‥おい‥エダわざわざくっつく必要はないぞ」

エダは栄養失調によって痩せ細った身体ではあるものの年頃が近しいのも事実。
必要以上に身体を密着させる彼女に上擦った声をあげる優にエダは悪戯っぽく微笑んだ。

「わたしがこうしていたいんです。‥だめでしたか?」

眉を眉を八の字にして可愛らしく首を傾けて見せるエダに雪音は舌打ちをして苛立ちを露わにした。

「いや‥大丈夫だけど‥」

しかしエダの伝で宿を借りる手前拒絶の言葉を述べるのは憚られた。

「わたしの働いているお店の人達のは気をつけてください。‥なんというか‥そのお金に困っている人ばかりなので」

憂を帯びた表情を浮かべて顔を俯かせるエダに優は苦笑した。

「大丈夫さ‥そういう輩の相手には慣れてるから」

金の亡者を体現したような人物と関わりがある優はエダの言葉を楽観視できる余裕があった。

「良くいうのです‥いつもいいようにこき使われているというのに」

物言いたげな視線を優に向けて棘のある言葉を述べる雪音。

「手厳しいな‥」

しかし、実際に雪音の言に少なからず思い当たる節がある優は否定の言葉を述べることができなかった。
話が尽きて無言で歩みを進める優達であったが周囲の人間から向けられる此方を窺う視線が感じられた。

「そんなに目立つか?」

好奇の視線に晒されることに耐えかねた優は不快感も露わに雪音に疑問を投げかけた。

「そうですね‥悪目立ちをしているのです‥」

どす黒い欲望を宿した浮浪者の此方を窺う視線から明確な悪意を感じた雪音は苛立ちを表情に浮かべる。

「こんな光景は元の世界では見れないな」

ならず者や浮浪者が街中を跋扈する無法地帯に優は唖然とした表情を浮かべて周囲に視線を配る。

「何を言っているのかですか?発展途上国などではこのような光景は日常的に見られるものなのです」

優の発言を一蹴する雪音は得意げな表情を浮かべて自身の知識を披露してみせる。

「そうだな‥そう考えると俺は恵まれている方だな」

沈んだ面持ちで自身の浅慮を恥じた優は出来るだけ周りの視線を無視するように努めた。

「‥あれです‥見えてきました」

雪音との会話に興じている優に身を預けて声を上げるエダ。
彼女の視線の先を追って顔を正面に向ける優。
そこには華美な装飾をなされた外装のいかにもな雰囲気の店が堂々と戸を構えて設けられていた。

「ここが‥エダの言っていたお店‥」

店先に佇む娼婦達に品定めするような粘りつく視線を感じて気圧される優にエダは構わず店の入り口へ向かう。

「あら誰かと思えばエダじゃないの‥。ご機嫌よう。それにしても‥こんな時間に大変ね」

しかし、颯爽と向かうエダの前に立ちはだかったのは豊満な身体を持つ泣きぼくろが特徴的な妙齢の女性。

「‥ローザさん‥」

圧倒されたように一歩身を退かせるエダは僅かな怯えを表情に滲ませた。

「あらあら‥そんな他人行儀な態度ではなくてローザと呼んでも構わないのに。本当にエダちゃんは恥ずかしがり屋さんね」

柔らかな微笑を浮かべて歩み寄るローザにエダは絡ませている優の腕に力をこめた。
恐怖から身を震わせる彼女の様子を見かねた優は自らの背にエダを庇う。
正面から対峙するローザは不躾にも値踏みするような視線を優に向けた。

「あら‥これは‥エダのお客様かしら‥わたしはローザと申します。どうかお見知り置きを」

しかし、優の身につけている衣服から上客であることを理解するや否や殊勝にも頭を深く下げてお辞儀をしてみせるローザ。

「あ、ああ僕は優だ‥よろしく頼むよ」

礼節をわきまえた彼女の恭しい態度に出鼻を挫かれた形になる優はぎこちなく頷いた。

「優さん‥いいお名前ですね」

媚び諂った態度で艶然とした表情を浮かべて距離を詰めてくるローザを苛立ちの篭る声を上げて制する雪音。

「わたしは今機嫌が悪いのです。故にこの場から即座に失せろ」

静かな怒りが込められた重圧すら伴う怒気に怯えた表情を見せるエダ。
しかし、その様子とは対称的に何ら動じた様子が窺うことができないローザは曖昧な微笑を浮かべて見せた。

「あらあら‥奥様がお疲れであることに考えが至らず申し訳ございません」

余裕の態度で隙のない笑顔を浮かべるローザは何ら淀みのない動作で頭を垂れる。

「‥まあいいのです‥早く部屋まで案内するのです」

謙ったローザの態度に怒りを向ける矛先を見失った雪音はエダに部屋への案内を催促する。

「え、ええ‥行きましょう優様」

怒りを収めたにも関わらず不機嫌な雪音を未だ警戒した様子を見せるエダは優の腕を引いて店へと入る。

「‥」

ローザを横切った時に向けられた心の奥底を見透かすような粘りつく視線を感じた優は背筋に怖気を走らせる。

「相手は選んだ方が良いのです」

しかし、ローザのような性質の人間に嫌悪感を抱く雪音は何ら躊躇することなく言い放ち優の後に続いた。

「あらあら‥一体どのような意味でしょう」

澄ました表情を浮かべて淀みない口調で騙るローザ。
彼女の虚実で覆い隠された瞳からはどのような感情も窺い知ることはできなかった。

「気持ち悪い女なのです」

己の心の奥底から湧いてくる嫌悪感に耐えきれず気持ちを吐露する雪音。

「どうした?」

突然顔を顰めた彼女の様子を疑問に思い、気遣わしげな表情を向ける優。

「いえ、あのローザという人を喰ったような態度の女には優も気をつけた方がいいのです」

不快感を露わに後ろを振り返る雪音。
その視線の先には未だ微笑を浮かべて優達の様子を見つめているローザの姿があった。

「彼女はそんな人には見えないけど」

他者に接する勢いは強いものの人当たりの良さそうな印象が先行するローザ。
警戒すべき要素が思い至らない優は不思議そうな面持ちで首を傾げた。

「はあ‥いいですか‥彼女は娼婦です。エダもそうですがこの女のように誰もが無欲だと思わない方が良いのです。‥もしかしたら殺される可能性すらあり得るのですから」

至極真剣な表情で雪音の口から語られた内容に眉を顰める優。

「殺される?随分物騒な話だな‥」

訝しげな視線を向けて言葉の意図を尋ねてくる優に雪音はエダに視線を向けた。

「いいですか優‥簡単にいえばエダは優に心酔しているのです。だから今のところは害がないと言っていいのです。しかし、娼婦という職業柄客である男に入れ込むのは愚か者がすることなのです。本来であれば男を虜にしなければならないのですから」

得意げに胸を逸らして諭すような口調で語ってみせる雪音。
冗長で結論を言わない雪音の話にも無言で耳を傾ける優は頷いて続きを促した。

「彼女達娼婦は表面上は男に媚を売って気のある振りをするのです。しかし、店に来る男達はその演技を間に受けます。本気になった男はもう既に女の掌の上で踊らされているのです。よく深い娼婦は男を破滅させるまで魅了するのです。そのような類の人間があのローザという女だと言っているのです。例え優にその気がなかったとしてもあらゆる手練手管を用いて誘惑してくるはずなのです。だから気をつけるのです」

警戒に値する根拠を長々と語り終えた雪音は聞き入った様子で立ち止まった優の腕をとってあるきだす。

「‥」

熟考している様子をみせる優はエダに促されるまま空室の部屋に入る。
後に続く雪音も返されない返答に気を悪くした様は見受けられなかった。

「優様‥わたしも雪音さんの意見は正しいと思います」

外に人が居ないことを確認した優を振り返り後手に扉を閉めた。

「それは‥」

真髄な瞳で見据えてくるエダの様子に困惑した表情を浮かべる優。

「言いたいことはわかります‥」

瞼を伏せて顔を俯かせるエダは沈痛な面持ちで語る。

「確かにわたしも以前は雪音さんが言っていた通り男の人を騙して生活していました」

語るエダの声音は悲痛な響きを帯びていた。
まるで罪人が己の罪を懺悔するかのような痛々しい姿に優は憐憫の表情を浮かべた。

「ですがッ‥わたしは汚らしい男に処女を捧げてなんていませんッ。‥信用できないかもしてません‥。でも本当のことなんです‥」

床ヘと俯かせていた顔を勢いよく正面に向けて唐突になされた告白に戸惑いの表情を浮かべる優。

「あ、ああ‥それはわかったけど‥どうしてそのことを?」

必死に言葉を重ねるエダの意図を優は汲み取ることができなかった。

「この女‥優‥騙されてはいけないのです。彼女は娼婦なのです。とっくに貫通済みなのです。生娘であるはずがありません」

蔑んだ表情を浮かべて軽蔑の眼差しを向ける雪音を睨みつけて怒りを露わにするエダ。

「あなたは黙っていてください。わたしは優様と話しているんです」

優に視線を向けたまま一切聞く耳を持たないエダ。
取り付く島もない彼女の様子に雪音は苛立ちに眉を顰めた。

「優はあなたの下半身の事情など聞いていないのです。これ以上醜態を晒さない方が良いのです。見苦しいのです」

侮蔑の表情を浮かべて罵倒の言葉を述べる雪音をなんら意に解すことなくエダは毅然とした態度で優に言い放つ。

「もしもお許しになられるのならば確認していただいても構いませんッ」

正気を疑うようなエダの発言に雪音は声もなく口を開閉させて続く言葉を失う。

「‥どういう意味かわかって言ってるのか?」

真剣な面持ちで強う口調で問いかける優の言葉に決意の籠った瞳を向けるエダ。

「わたしは今まで雪音さんの言う通りのことをしてきたのかもしれません。ですが‥わたしはもう尽くすべき人を見つけることができました」

激情の籠る想いの丈を言葉に表すエダに気圧された様子をみせる優。

「わたしは優様が望んでいなくてもわたし自身を捧げたいのです‥どうか‥どうか‥お願いします」

自身が汚れることに躊躇うことなく床に平伏すエダ。
金色に輝く長髪が頬にかかる美しい様は同性である雪音でさえ魅了する。

「顔を上げてくれ」

しかし、重い声音でエダの肩の手を置いた優の表情は苦渋に満ちていた。

「そんなことをしなくても君の想いは充分に伝わった」

エダは肩を掴む手の力強さから言葉に込められた利他の心を感じることができた。

「‥優様‥本当にわたしの意志であなたに全てを捧げたいんです」

エダの瞳に何処か狂気じみた信仰のような光が宿る。
彼女の異様な変貌に眉を顰める雪音。

「優様があの時わたしを救ってくれたんです」

暗い影を人形のような顔に落としてエダは呟いた。

「確かに上部だけの優しい言葉をくれる人は今までに何人も居ました」

精緻な作りの人形と評してもなんら遜色がない美貌をもってすれば男達を虜にするのは容易だった。

「でも‥全然心が満たされないんです。‥わかってたんです。この人達はわたしの身体が目的なんだからこの優しさも偽りだってことが」

自虐の言葉で自身を傷つけるエダの口調は熱が籠り、遂には美しい碧眼の瞳から一筋の涙を零した。
庇護欲のそそられる表情で優に縋り付く彼女の姿は男にとって魔性のような魅力を放つ。

「でも‥優様は違った‥わたしのことを庇ってくれた。‥それも‥自分が傷つくことを厭わないで」

熱に浮かされたように興奮によって頬を紅潮させたエダは自身の顔を優に寄せた。
至近距離にまで近づいたエダの美しい瞳に見つめられて息を呑む優。

「だからお願いします。わたしの全てをもらってください」

言葉と同時、薄桃色の艶やかな唇が優に重ねられた。
唐突に訪れた柔らかい感触に身を硬直させる優。

「んッ‥ん‥どうですか?その‥気持ちいいですか?‥わたし男の人に触れるのは初めてでどうすればいいかわからなくて‥」

一言喋るたびに桜色の唇から漏れ出る甘い吐息が優の思考を曖昧なものにしていく。

「では‥優様此方のベッドにお座りになられてください」

されるがままに寝台に腰を下ろした優の前に跪くエダ。

「あの‥初めてですので拙いところがあるかもしれませんがご容赦ください」

深々と頭を下げて一礼をする彼女の様子を唖然とした表情で見つめる優。
視線を絡ませるエダは白魚のような手を優の太腿に乗せた。
優しい手つきで撫でるエダの手つきは淫靡な雰囲気を醸し出していた。

「優様‥失礼します」

恍惚の表情を浮かべてエダは手をそのまま太腿の付け根あたりにまで手を伸ばした。

「いい加減にするのです」

しかし、背中越しにかけられたその一言と同時にエダの身体が吹き飛んだ。
宙を舞う彼女の身体は部屋の隅の壁に激突して力なく頽れた。

「あ‥ぅ」

背中を強打して呼吸がままならない彼女は呻き声をあげることしか出来なかった。

「ふん‥冗談も大概にするのです。あなた如きが優に抱いてもらなど傲慢にもほどがあるのです」

エダに軽蔑の眼差しを送る雪音は未だ衝撃から立ち直っていない優に躊躇うことなくその艶かしい唇を口付けた。
見せつけるように流し目をエダに向ける雪音。

「ッあ‥なた」

肉倒を襲う痛みに苛まれながらもエダは憎悪の炎が宿った瞳を雪音に向けた。

「ん‥ぷはぁ‥どうですか?優‥わたしの方が気持ちいいでのでしょう?」

普段とは異なった口調で艶やかに笑みを浮かべる雪音はそのまま優に身を寄せてしなだれかかる。

「や‥めて‥」

身体を襲う激痛に耐えながら地を這うエダ冷笑を浴びせる雪音。

「無様ですね‥まあこのくらいにしてあげたほうがいいですよね?優」

突然の問いかけに対してようやく我に帰った優は慌てた様子で頷いた。

「あ、ああ‥流石にこれはやりすぎだ‥」

咎めるような口調で言葉を返す優を有無を言わせぬ鋭い瞳で見返す雪音。

「やりすぎ?それはこの女に言う台詞なのです」

剣呑な雰囲気を纏う雪音は優から離れるとエダがの正面に歩めよった。
未だ痛みで立ち上がることができないエダの頭を真っ白な肌をした脚を晒すことも構わず踏みつけた。

「あ‥なにをッ」

屈辱によって怒りの表情を露わにしたエダは脚を掴むために手を伸ばす。
彼女の抵抗に嘲の表情を浮かべて載せていた脚に力を込める。

「ッぐ」

抵抗も虚しく押さえつけられたエダの頭は地面へと叩きつけられる。

「やめるんだ雪音ッ」

あまりにも凄惨なエダを貶める行為に静止の言葉を投げかける優。

「はあ‥優はわかっていないのです。この売女は愚かにも優と契りを結ぼうとしていたのでですよ。それで優の心を縛ろうとしていたのです。故に報いを受けてもらわなければ道理が合いません」

冷徹な表情で語ってみせる雪音だが彼女の強い口調には明確な敵意が表れていた。

「‥いいですか。先程彼女は魔術を行使していました。それも高度な魔術を無意識で。これはあまりに質が悪いのです」

言葉を重ねるごとに足に込められる力が増していく。
頭部に感じる圧迫感に耐えてエダは口を開いた。

「‥魔術?そんなものわたし使えない。使えるわけないッ」

目を見開き驚愕の表情を浮かべるエダに雪音は鼻を鳴らして答えた。

「ふん‥言ったはずです。あなたは無意識で本能のまま魔術を行使したのです」

忌々しげな視線を雪音に向けられたエダは困惑の表情を浮かべた。

「‥わたしが魔術を?それってどんなものなの?」

必死に形相で尋ねるエダに雪音は侮蔑の表情を浮かべて答えた。

「あなたは男の思考力を奪う淫魔の魔術を行使したのです」

返された答に唖然とした表情を浮かべるエダに追い討ちをかけるように言葉を続ける雪音。

「このような力を行使できる人間は今までわたしは見たことがないのです。おそらく今日まで発現しなかった原因はあなたが男を嫌っていたからでしょう」

雪音の言葉通り娼婦という欲望の視線に晒される職業に就いていたが故に男の醜さを理解していた。

「皮肉なのです。男を嫌っていたあなたが淫魔なのですから」

嘲笑の笑みを浮かべてエダの頭を踏み躙る雪音。
自身が人ではない事実を理解したエダはされるがままの茫然自失とした様子で沈黙した。

「いい加減にするんだ」

あまりに哀れな光景に心を痛めた優は雪音の身体を後ろに引き摺ってエダの頭の上から足を降ろさせた。

「‥何をするのです‥優」

不満の表情を浮かべる雪音は優に冷たい視線を向けた。

「この女は優に害を与えようとしたのです」

暖かさがかけらも存在しない声音に雪音が本気で憤怒していることが理解できる。

「けど言っていたじゃないか無意識だったって。ならもういいじゃないか」

穏やかな表情を浮かべて雪音の頭を優しく撫でる優。
癖一つない白絹のような髪が心地よい。

「ん‥んぅ‥優はずるいのです‥。そうやってお人好しなところがつけいられる隙になるのですよ」

半眼で呆れた表情を浮かべる雪音はため息を吐いた。

「もうわたしは疲れたのです。彼女を拘束して寝るのです」

言うと同時に彼女は視線を横たわるエダに向ける。
すると蔓の形を模した氷の結晶がエダの身体に巻きつき戒めとなる。

「これでもう彼女は自分の意志では動けないのです」

彼女の言葉通りエダの四肢に絡みついた戒めは抵抗する力をものともしない。

「これッ外してくださいッ」

必死に拘束からの解放を試みるエダに雪音は眠気に目を細めて欠伸を返す。

「ふぁ‥大人しくしているのです。いくら人外とはいえ男の力を借りる事ができないあなたは無力なのです」

拘束を解こうと身をよじるエダになんら意に解する事なく雪音はベッドに腰を沈めてそのまま横になった。

「くッ」

侮辱の言葉を並べ立てられたエダは怒りに表情を歪ませる。
しかし、一向に解ける様子のない拘束に観念した様子で顔を俯かせたエダは沈黙した。

「エダ‥大丈夫か?」

放置されたエダは次第に大粒の涙を零して泣き出した。
静かに唇を噛んで声を抑える様子は心に訴えかけてくるものがある。

「はい‥申し訳ありません。ご心配をおかけして」

頭を床に擦り付けて謝罪するえエダの身体を抱き起こす優。

「いいんだ‥これくらい迷惑じゃない」

優しい声音で慰めの言葉をかける優の顔をエダは感嘆の表情で見つめた。

「お優しいのですね。さすが優様です」

心酔した表情を浮かべて艶かしく自身の唇を赤い舌で舐めるエダ。
思わず無意識に誘惑するような行動とったことに対して口元に手を置き驚いた表情をするエダ。

「ごめんなさい‥わたしさっき言われたばかりなのに‥」

心の奥底から湧き上がる激情に抗う事がままならないエダは顔を紅潮させる。
太腿を擦り合わせて熱い吐息を吐く彼女の様子には男を惑わせる妖艶さがあった。

「でもッわたしッ‥んッなんだかッおかしいんです。優様ッ」

上擦った甘い声で優の腕を握りしめるエダ。

「お願いです‥優様‥わたしどうしても我慢できないんです‥どうかお情けをください」

甘えるように縋り付くエダの浮かべる表情は必死だ。
匂い立つような色気がエダの身体から放たれる。

「だが‥」

横目で安らかな寝息を立てる雪音の様子を窺う優。
無警戒に表情を緩ませて一定に呼吸をする様子は深い眠りについていることを表していた。

「もう眠ったのか‥」

相変わらずの寝付きの良さに感嘆の言葉を零す優。
そに姿を見てたがが外れたように頬を優の胸板へと擦り付けるエダ。

「優様ッ優様ッ」

顔の位置を優の正面へと移すエダ。
彼女の唇は艶やかな笑みを形作り、濡れた瞳を優に向ける。

「優様‥今度こそわたしと繋がりましょう。‥さあきてください」

舌を突き出して優の唇を迎えるように妖しく蠢かせるエダ。

「いや、だが‥」

エダのあまりの様子の変化に戸惑いの表情を浮かべる優の首に両腕を回すエダ。

「何を躊躇う必要があるんですか?雪音さんはこんなに話をしていてもぐっすりで起きません。優様‥わたしは不安なんです。この時を逃してしまったらもう一生優様と一つになれないかもしれません。その前に証が欲しいんです」

狂気的な感情を秘めたエダの瞳に魅入られた優は返す言葉を失い沈黙した。
碧眼が放つ妖しげな光は優の理性を蕩けさせた。

「さあ‥優様‥わたしの目を見てください」

言葉通りに従ってエダの瞳を正面から見据える優。
絡まり合った互いの視線は今にも火傷しそなほどの情熱を帯びていた。

「ん‥んぅ」

視界一杯にエダの美しい顔が広がったと思えば唇に感じた柔らかい感触に心を震わせた。
二人は延々とも呼べるほどの時間口付けを交わした。
床の上であることも気に留めることなく二人は身を重ねて一つになった。




















































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