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異質
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レーネは自身の眼の前で料理を口に運ぶ優達を観察していた。
彼等はレーネから見てかなり異様な存在だった。
常識に疎い貴族の立場を騙っていることは気づいているが何者なのかは不明だ。
(でも‥服の素材は上等な物ね‥それに縫い目も雑なものでないわ)
精緻な作りした服を身につけているのは事実。
その様子から貴族ではないものの裕福な家の出であることが窺える。
(商人の息子?いえ、それも違うわね)
高貴な貴族の血筋でなけれ魔術を行使することは不可能だ。
故に商人という線はあり得ない。
(訳ありね‥)
夢中で目の前のスープを掬う雪音を見た。
彼女の容姿は穢れを知らないまるで初雪のような美しさを見る者に与える。
(駆け落ちっていうわけでもでもないわよね)
優の目的である探し人であるリーナはエルフであるレーネに勝るとも劣らない美しい容姿をもつ少女であった。
仮に雪音と優が夫婦であるならば共にリーナの捜索はしない筈。
(わからないわ‥)
どれほど考えても答えが出ない彼等の正体に内心でため息を吐くレーネ。
横目で隣に座るグラドの様子を窺う。
既にワインを飲み干しており手持ち無沙汰な様子で店員の少女の姿を眺めていた。
「あなたは気にならないのかしら?」
表情に呆れを滲ませて囁くような声音でグラドに尋ねるレーネ。
「ん?‥ああ‥優達のことか?‥まあ‥気にならないの訳ではないが、本人たちに話す気がないなら気にしても仕方ないだろ」
グラドの呑気な声音からは緊張感というものは一切感じることができない。
上機嫌に頬を赤らめて陶酔したような表情を見せるグラドの様子に辟易とした表情を浮かべるレーネ。
「あなたね‥この状況でよくお酒なんて飲めるわね‥」
相手は正体のわからない警戒に値する人物だ。
直接対峙したレーネにとって雪音の魔術は常軌を逸していると表現しても過言ではないほどに凄まじいものだと理解できる。
「いいじゃねえか‥あいつら金払いは最高だぜ。こんな上等な酒はこんな時しか飲めねえんだからよ」
手を上げて追加の注文を頼むグラドは意気揚々とレーネに向かって語ってみせる。
現在の彼と話をすることに益がないことを理解したレーネは視線を優に移す。
「どうしました?」
探るような視線を向けられてもなんら意に解すことなく黙々と食事をする雪音とは対照的に優はレーネの眼差しに過敏な反応を示した。
「いいえ‥ただ‥あなたにとってそのスープがそこまで珍しい物なのだということに驚いていただけよ」
レーネは視線に悟られたに動揺することなく淡々と騙ってみせる。
その言葉に照れたような表情を浮かべながら優は答えた。
「いや‥どうもこういう優しい味は食べ慣れない物でして新鮮だったので‥つい」
レーネは言い訳のように言葉を並べ立てる優の言葉を聞き流して観察する。
言葉遣いは丁寧だが、拙いところがある。
そのように心がけているということが此方の返答に対して一瞬の間を置くことから窺えた。
即ちその不自然な態度の明確な要因が演技であることは自明の理。
(何故演技をする必要があるのかしら?余程正体を知られたくないから?)
思考を巡らせるレーネの澄ました表情からは誰であろうとその心中を読み取ることはできない。
「そう‥そういえば‥あなた達は何処から来たのかしら?よければ教えてほしいのだけれど」
単刀直入に尋ねるレーネに優は頬を引き攣らせた。
予想外にも踏み込んだ質問を投げかけてきたレーネに優は首を傾げて答えた。
「どうして知りたいんですか?」
怪訝な表情で質問の意図を尋ねる優に彼女は肩をすくめて軽い調子で答えてみせる。
「ただの興味本位よ。気を悪くしたなら謝罪するわ」
レーネの様子からはなんら悪意を感じることができない。
その様子に安堵した優は首左右に振って謝罪の申し出を断る。
「いえ、その必要はないですよ。ただ、いきなりだったので少し驚いてしまいました」
微笑を浮かべて己の動揺を押し隠して答える優の様子を見てレーネも薄い微笑みを浮かべてみせる。
(やっぱり出生に何か後ろ暗いところがあるのね)
確信を得たレーネは優に気取られることのないように僅かに口角を釣り上げる。
「ああ‥まだ質問したいことがあったのよ‥あなたは神官の出なのかしら?」
さりげなく聞いた風を装い何気ない調子で尋ねてみせるレーネ。
気安い口調で距離を詰めるレーネに不意を突かれて思わず素直に答えてしまう優だった。
「?いえそんなことはないですけど?」
訝しげな視線を向けてレーネを見遣る優にレーネは曖昧な微笑を浮かべてみせるがその内心は驚愕に満ちていた。
治癒魔術というのは神官とシスターに与えられる特権である。
その術は独学に身につけることはまず不可能。
故に優の答えは万が一にもあり得ないことだった。
「そう‥」
考え込むそぶりを見せるレーネに優は怪訝な表情を浮かべて尋ねた。
「なんで僕が神官であると思ったんですか?」
優の純粋な問いに対してレーネは目の前の人物が自身が思っていたよりも余程埒外の存在であることをその言葉から理解した。
「だってあなたがあまりにも高度な魔術を使うんですもの」
レーネの解答に好奇心を瞳に宿して何度も頷く優。
「なるほど‥」
話の内容に目を輝かせて関心をみせる様子にレーネは苦笑を浮かべた。
(あまりにも演技が下手ね‥これじゃあ疑ってくださいって言ってるようなものだわ。‥それとも‥)
未だにスープを一口一口丁寧に味わう姿をみせる雪音に視線を移す。
(それでも構わないと思っているのかしらね)
凄まじい魔術の腕を持つ彼女であれば揉め事を起こしたとしても相手を容易に屠ることが可能である。
故に口を滑らせて次から次へとボロを出して化けの皮が剥がれかけている優を咎める素振りさえ見せないのであれば納得がゆく。
「あなたの考えていることはわかるのです。しかし、やめておいた方がいいのです。深入りするのなら相応の覚悟を持つべきです」
不意に雪音は料理から視線をレーネに移して声を上げた。
無機質な紫紺の瞳には一見なんの感情も宿していないように思える。
だが、声音からは不快感が滲み出ていることから怒りを抱いていることが窺える。
レーネは警戒すべき対象は雪音であることを深く理解した。
「あら‥いきなりどうしたのかしら?」
なんら動じることなく白を切るレーネに冷たい瞳を向ける雪音は温かみが欠如した声音で彼女にい言い放つ。
「その鉄面皮は賞賛に値するのです。わたしでなければおそらく誰でも騙されてしまうことでしょう。気の毒な話です」
躊躇うことなく放たれた皮肉にレーネは思わず歯噛みする。
人目を憚ることなく毒を吐いてみせる雪音は周囲の人々をなんら気にした素振りを見せない。
「あら‥随分な物言いね‥わたしはただ純粋に優のことが気になっているだけなのに」
頬を痙攣させながら誤魔化しの笑みを浮かべるレーネに雪音は鋭い眼差しを向ける。
「それはただ此方の正体を探っていることを隠すための方便なのです。そのような虚言でわたしを騙せるとは思わない方がいいのです」
レーネの言葉を冷徹な表情で一蹴する彼女は一切の容赦を見せなかった。
「‥誤解だわ‥本当に他意はないのよ」
非友好的ない態度を貫く雪音に対して尚も自らの弁解を図るレーネ。
(なんなのかしらね‥この子は‥)
レーネから見た雪音という少女は異質という表現が的確だ。
現在食事を共にする時でさえその瞳にはレーネ達に対する感情というものを窺うことができない。
むしろ先程の経緯も相まり敵愾心すら宿っているように思えた。
(これは懐柔するなら優の方が分がありそうね)
現在進行形で言葉での追求を受けているレーネは心の中で独りごちる。
「ええ‥確かに私も無遠慮に聞いてしまったのは事実ね。そこは謝罪するわ。ごめんなさい‥優」
この場では意見を雪音に譲ることによって和解を試みるレーネ。
「雪音‥彼女もこうして頭まで下げているわけだしそこまで怒ることでもないんじゃないかな」
謝罪を素直に受け取る優に呆れた表情を向ける雪音はため息を吐いて肩をすくめた。
「まあいいのです‥ただこの女が愚かにも探りを入れてきたのが気に入らなかっただけなのです」
雪音は険のある雰囲気を霧散させると再び料理に視線を落として食事を再開する。
「‥ええ、本当に申し訳ないと思っているわ」
容赦のない雪音の言葉に頭を下げるレーネだがその表情は屈辱によって歪んでいた。
幸いにも優にはその壮絶な表情を視認することは叶わない角度であったが故にことなきを得たレーネ。
「レーネさんもそんなに頭なんて下げなくてもいいですよ。依頼人のことは誰だって気になることですし」
初対面からは考えられない殊勝な態度を見せるレーネに毒気を抜かれた優は助け舟を出す。
「‥そう‥ありがとう‥」
瞬時に表情筋を動かして安堵した表情を顔に貼り付けて頭を上げたレーネ。
その穏やかな声音からは内心で彼女が屈辱から激怒していることなど誰が予想できようか。
「いえ‥えっと‥そろそろ僕たちはここらへんでお暇させていただきます」
卓上の料理を片付けた優は椅子から立ち上がり雪音の腕をとる。
「あ‥優様わたしも」
その様子に慌ててエダも立ち上がり優の後ろに従僕のように控えてみせる。
「あ‥優‥まだスープが残っているのです」
名残惜しさの残る雪音の視線の先にはレーネの前に並べられたスープがあった。
レーネは優達の観察に専念していたこともあってスープに一口も手をつけていなかった。
「あれは彼女のだ」
底知れない食い意地に呆れを滲ませた声音で雪音を嗜める優。
「‥知っています‥ですからもう一度注文をすればいいのです」
顔を背けて数瞬の間を置いて返答する雪音の様子からレーネの分の料理も食べようとしていたことは明白だった。
「‥そう‥わかったわ。明日の日の出にここで落ち合いましょう」
優達の気の抜けるような態度にも朗らかな微笑を浮かべてみせるレーネ。
「おう。しっかり明日に備えろよ」
ワインの入ったグラスを片手に気分よく声を上げる様子は依頼への懸念など一片たりとも感じていない呑気なものだ。
「あ‥すみません‥できれば宿がある場所を教えてほしいのですが‥」
此処らの地理に対して有している知識が皆無な優はレーネに尋ねることにした。
「そうね‥良ければ私たちが泊まっている宿に案内するけれど」
快く二つ返事で答えるレーネの提案に優は驚きの表情を浮かべる。
「いいんですか?‥なら‥」
その提案を受け入れようとする優の言葉に不服の表情を浮かべて雪音が不満の声を上げた。
「‥その女と同じ宿に泊まることにわたしは反対です」
提案してくれた本人の目の目で容赦ない一言を浴びせる雪音に呆気に取られた表情を浮かべる優。
「‥ほら‥もういくのですよ」
小柄な少女からは出たとはとても思えない膂力で手を引かれる優は引きずられるように店を後にしたのだった。
「待ってくださいッ優様」
続いて必死な様子で追い縋るエダの様子はレーネから見ても哀れだ。
「‥何よ‥あれ」
目の前で起きたまるで茶番のような出来事にため息を吐いて肩をすくめるレーネは自身の料理に視線を落とす。
「ッ」
レーネは匙を使ってスープを掬おうとした。
しかし匙越しに伝わる感触に驚愕の表情を浮かべる。
「これは‥」
一眼見ただけでは変化は分からないものの実際に触れてみると液状だったスープは一滴たりとも残さず凍結していることが理解できた。
「嘘‥」
(魔術を使われたことに私が気付けないなんて‥)
目の前の光景に唖然とした表情で呟き驚きを露わにするレーネ。
目の前で起きた事実に己が一流の魔術師であるとの自負を持っていた彼女は茫然自失とした様子で身を硬直させた。
「おい‥レーネ。どうした‥?」
放心状態から一向に立ち直る様子のないレーネに対して怪訝な表情を向けて声をかけるグラド。
「え、ええ‥何かしら」
投げかけられた言葉にようやく我を取り戻したレーネの声音は未だに浮かないものだった。
「ああ‥いや‥ぼうっとしてるからどうしたのかと思っただけだ」
一緒にいて初めて見るレーネの気落ちした様子に訝しげな視線を向けるグラド。
「これ‥見てみなさい」
その疑問に未だ凍り付いたスープを器ごと手に持って逆さにして答えるレーネ。
「ッおい‥て‥なんだよ‥これ」
唐突なレーネの行動に驚きの表情を浮かべたものの中身が零れないことに興味が引かれたグラドは凍結したスープの表面に指を這わせた。
「あの雪音って子がやったのよ」
唇を噛んで悔しさを表情に浮かべるレーネにグラドは怪訝な表情を向ける。
「確かにすごいとは思うがお前にだってこれくらいできるだろう?」
魔術に見地を持たないグラドにとってはなぜそこまでレーネが落ち込むのか理解できなかった。
グラドの何気なく言った言葉に苛立ちを露わに強い口調で答えるレーネ。
「無理よ私じゃ‥いいえ‥こんな‥相手に気づかれることなく‥しかも同じ魔術師相手に目の前で魔術を使うなんて誰でも不可能よ」
語気も強く否定する彼女の様子にグラドは驚愕に息を呑む。
「なッ感知できなかったのか?」
力なく頷くレーネの様子に嘘を吐いている雰囲気は微塵も感じることはできない。
「ええ‥魔力の動きを感じることはできなかったわ」
グラドとてレーネがどれほど自身の魔術の腕に高い誇りを持っているのか理解していた。
そして誰よりも深く精通していることも。
「‥そうか‥」
雪音の底知れない力にうまい言葉が出てこないグラドは沈黙した。
雪音の異様な存在感に背筋の怖気を走らせて二人はそれ以降口を開くことはなかった。
彼等はレーネから見てかなり異様な存在だった。
常識に疎い貴族の立場を騙っていることは気づいているが何者なのかは不明だ。
(でも‥服の素材は上等な物ね‥それに縫い目も雑なものでないわ)
精緻な作りした服を身につけているのは事実。
その様子から貴族ではないものの裕福な家の出であることが窺える。
(商人の息子?いえ、それも違うわね)
高貴な貴族の血筋でなけれ魔術を行使することは不可能だ。
故に商人という線はあり得ない。
(訳ありね‥)
夢中で目の前のスープを掬う雪音を見た。
彼女の容姿は穢れを知らないまるで初雪のような美しさを見る者に与える。
(駆け落ちっていうわけでもでもないわよね)
優の目的である探し人であるリーナはエルフであるレーネに勝るとも劣らない美しい容姿をもつ少女であった。
仮に雪音と優が夫婦であるならば共にリーナの捜索はしない筈。
(わからないわ‥)
どれほど考えても答えが出ない彼等の正体に内心でため息を吐くレーネ。
横目で隣に座るグラドの様子を窺う。
既にワインを飲み干しており手持ち無沙汰な様子で店員の少女の姿を眺めていた。
「あなたは気にならないのかしら?」
表情に呆れを滲ませて囁くような声音でグラドに尋ねるレーネ。
「ん?‥ああ‥優達のことか?‥まあ‥気にならないの訳ではないが、本人たちに話す気がないなら気にしても仕方ないだろ」
グラドの呑気な声音からは緊張感というものは一切感じることができない。
上機嫌に頬を赤らめて陶酔したような表情を見せるグラドの様子に辟易とした表情を浮かべるレーネ。
「あなたね‥この状況でよくお酒なんて飲めるわね‥」
相手は正体のわからない警戒に値する人物だ。
直接対峙したレーネにとって雪音の魔術は常軌を逸していると表現しても過言ではないほどに凄まじいものだと理解できる。
「いいじゃねえか‥あいつら金払いは最高だぜ。こんな上等な酒はこんな時しか飲めねえんだからよ」
手を上げて追加の注文を頼むグラドは意気揚々とレーネに向かって語ってみせる。
現在の彼と話をすることに益がないことを理解したレーネは視線を優に移す。
「どうしました?」
探るような視線を向けられてもなんら意に解すことなく黙々と食事をする雪音とは対照的に優はレーネの眼差しに過敏な反応を示した。
「いいえ‥ただ‥あなたにとってそのスープがそこまで珍しい物なのだということに驚いていただけよ」
レーネは視線に悟られたに動揺することなく淡々と騙ってみせる。
その言葉に照れたような表情を浮かべながら優は答えた。
「いや‥どうもこういう優しい味は食べ慣れない物でして新鮮だったので‥つい」
レーネは言い訳のように言葉を並べ立てる優の言葉を聞き流して観察する。
言葉遣いは丁寧だが、拙いところがある。
そのように心がけているということが此方の返答に対して一瞬の間を置くことから窺えた。
即ちその不自然な態度の明確な要因が演技であることは自明の理。
(何故演技をする必要があるのかしら?余程正体を知られたくないから?)
思考を巡らせるレーネの澄ました表情からは誰であろうとその心中を読み取ることはできない。
「そう‥そういえば‥あなた達は何処から来たのかしら?よければ教えてほしいのだけれど」
単刀直入に尋ねるレーネに優は頬を引き攣らせた。
予想外にも踏み込んだ質問を投げかけてきたレーネに優は首を傾げて答えた。
「どうして知りたいんですか?」
怪訝な表情で質問の意図を尋ねる優に彼女は肩をすくめて軽い調子で答えてみせる。
「ただの興味本位よ。気を悪くしたなら謝罪するわ」
レーネの様子からはなんら悪意を感じることができない。
その様子に安堵した優は首左右に振って謝罪の申し出を断る。
「いえ、その必要はないですよ。ただ、いきなりだったので少し驚いてしまいました」
微笑を浮かべて己の動揺を押し隠して答える優の様子を見てレーネも薄い微笑みを浮かべてみせる。
(やっぱり出生に何か後ろ暗いところがあるのね)
確信を得たレーネは優に気取られることのないように僅かに口角を釣り上げる。
「ああ‥まだ質問したいことがあったのよ‥あなたは神官の出なのかしら?」
さりげなく聞いた風を装い何気ない調子で尋ねてみせるレーネ。
気安い口調で距離を詰めるレーネに不意を突かれて思わず素直に答えてしまう優だった。
「?いえそんなことはないですけど?」
訝しげな視線を向けてレーネを見遣る優にレーネは曖昧な微笑を浮かべてみせるがその内心は驚愕に満ちていた。
治癒魔術というのは神官とシスターに与えられる特権である。
その術は独学に身につけることはまず不可能。
故に優の答えは万が一にもあり得ないことだった。
「そう‥」
考え込むそぶりを見せるレーネに優は怪訝な表情を浮かべて尋ねた。
「なんで僕が神官であると思ったんですか?」
優の純粋な問いに対してレーネは目の前の人物が自身が思っていたよりも余程埒外の存在であることをその言葉から理解した。
「だってあなたがあまりにも高度な魔術を使うんですもの」
レーネの解答に好奇心を瞳に宿して何度も頷く優。
「なるほど‥」
話の内容に目を輝かせて関心をみせる様子にレーネは苦笑を浮かべた。
(あまりにも演技が下手ね‥これじゃあ疑ってくださいって言ってるようなものだわ。‥それとも‥)
未だにスープを一口一口丁寧に味わう姿をみせる雪音に視線を移す。
(それでも構わないと思っているのかしらね)
凄まじい魔術の腕を持つ彼女であれば揉め事を起こしたとしても相手を容易に屠ることが可能である。
故に口を滑らせて次から次へとボロを出して化けの皮が剥がれかけている優を咎める素振りさえ見せないのであれば納得がゆく。
「あなたの考えていることはわかるのです。しかし、やめておいた方がいいのです。深入りするのなら相応の覚悟を持つべきです」
不意に雪音は料理から視線をレーネに移して声を上げた。
無機質な紫紺の瞳には一見なんの感情も宿していないように思える。
だが、声音からは不快感が滲み出ていることから怒りを抱いていることが窺える。
レーネは警戒すべき対象は雪音であることを深く理解した。
「あら‥いきなりどうしたのかしら?」
なんら動じることなく白を切るレーネに冷たい瞳を向ける雪音は温かみが欠如した声音で彼女にい言い放つ。
「その鉄面皮は賞賛に値するのです。わたしでなければおそらく誰でも騙されてしまうことでしょう。気の毒な話です」
躊躇うことなく放たれた皮肉にレーネは思わず歯噛みする。
人目を憚ることなく毒を吐いてみせる雪音は周囲の人々をなんら気にした素振りを見せない。
「あら‥随分な物言いね‥わたしはただ純粋に優のことが気になっているだけなのに」
頬を痙攣させながら誤魔化しの笑みを浮かべるレーネに雪音は鋭い眼差しを向ける。
「それはただ此方の正体を探っていることを隠すための方便なのです。そのような虚言でわたしを騙せるとは思わない方がいいのです」
レーネの言葉を冷徹な表情で一蹴する彼女は一切の容赦を見せなかった。
「‥誤解だわ‥本当に他意はないのよ」
非友好的ない態度を貫く雪音に対して尚も自らの弁解を図るレーネ。
(なんなのかしらね‥この子は‥)
レーネから見た雪音という少女は異質という表現が的確だ。
現在食事を共にする時でさえその瞳にはレーネ達に対する感情というものを窺うことができない。
むしろ先程の経緯も相まり敵愾心すら宿っているように思えた。
(これは懐柔するなら優の方が分がありそうね)
現在進行形で言葉での追求を受けているレーネは心の中で独りごちる。
「ええ‥確かに私も無遠慮に聞いてしまったのは事実ね。そこは謝罪するわ。ごめんなさい‥優」
この場では意見を雪音に譲ることによって和解を試みるレーネ。
「雪音‥彼女もこうして頭まで下げているわけだしそこまで怒ることでもないんじゃないかな」
謝罪を素直に受け取る優に呆れた表情を向ける雪音はため息を吐いて肩をすくめた。
「まあいいのです‥ただこの女が愚かにも探りを入れてきたのが気に入らなかっただけなのです」
雪音は険のある雰囲気を霧散させると再び料理に視線を落として食事を再開する。
「‥ええ、本当に申し訳ないと思っているわ」
容赦のない雪音の言葉に頭を下げるレーネだがその表情は屈辱によって歪んでいた。
幸いにも優にはその壮絶な表情を視認することは叶わない角度であったが故にことなきを得たレーネ。
「レーネさんもそんなに頭なんて下げなくてもいいですよ。依頼人のことは誰だって気になることですし」
初対面からは考えられない殊勝な態度を見せるレーネに毒気を抜かれた優は助け舟を出す。
「‥そう‥ありがとう‥」
瞬時に表情筋を動かして安堵した表情を顔に貼り付けて頭を上げたレーネ。
その穏やかな声音からは内心で彼女が屈辱から激怒していることなど誰が予想できようか。
「いえ‥えっと‥そろそろ僕たちはここらへんでお暇させていただきます」
卓上の料理を片付けた優は椅子から立ち上がり雪音の腕をとる。
「あ‥優様わたしも」
その様子に慌ててエダも立ち上がり優の後ろに従僕のように控えてみせる。
「あ‥優‥まだスープが残っているのです」
名残惜しさの残る雪音の視線の先にはレーネの前に並べられたスープがあった。
レーネは優達の観察に専念していたこともあってスープに一口も手をつけていなかった。
「あれは彼女のだ」
底知れない食い意地に呆れを滲ませた声音で雪音を嗜める優。
「‥知っています‥ですからもう一度注文をすればいいのです」
顔を背けて数瞬の間を置いて返答する雪音の様子からレーネの分の料理も食べようとしていたことは明白だった。
「‥そう‥わかったわ。明日の日の出にここで落ち合いましょう」
優達の気の抜けるような態度にも朗らかな微笑を浮かべてみせるレーネ。
「おう。しっかり明日に備えろよ」
ワインの入ったグラスを片手に気分よく声を上げる様子は依頼への懸念など一片たりとも感じていない呑気なものだ。
「あ‥すみません‥できれば宿がある場所を教えてほしいのですが‥」
此処らの地理に対して有している知識が皆無な優はレーネに尋ねることにした。
「そうね‥良ければ私たちが泊まっている宿に案内するけれど」
快く二つ返事で答えるレーネの提案に優は驚きの表情を浮かべる。
「いいんですか?‥なら‥」
その提案を受け入れようとする優の言葉に不服の表情を浮かべて雪音が不満の声を上げた。
「‥その女と同じ宿に泊まることにわたしは反対です」
提案してくれた本人の目の目で容赦ない一言を浴びせる雪音に呆気に取られた表情を浮かべる優。
「‥ほら‥もういくのですよ」
小柄な少女からは出たとはとても思えない膂力で手を引かれる優は引きずられるように店を後にしたのだった。
「待ってくださいッ優様」
続いて必死な様子で追い縋るエダの様子はレーネから見ても哀れだ。
「‥何よ‥あれ」
目の前で起きたまるで茶番のような出来事にため息を吐いて肩をすくめるレーネは自身の料理に視線を落とす。
「ッ」
レーネは匙を使ってスープを掬おうとした。
しかし匙越しに伝わる感触に驚愕の表情を浮かべる。
「これは‥」
一眼見ただけでは変化は分からないものの実際に触れてみると液状だったスープは一滴たりとも残さず凍結していることが理解できた。
「嘘‥」
(魔術を使われたことに私が気付けないなんて‥)
目の前の光景に唖然とした表情で呟き驚きを露わにするレーネ。
目の前で起きた事実に己が一流の魔術師であるとの自負を持っていた彼女は茫然自失とした様子で身を硬直させた。
「おい‥レーネ。どうした‥?」
放心状態から一向に立ち直る様子のないレーネに対して怪訝な表情を向けて声をかけるグラド。
「え、ええ‥何かしら」
投げかけられた言葉にようやく我を取り戻したレーネの声音は未だに浮かないものだった。
「ああ‥いや‥ぼうっとしてるからどうしたのかと思っただけだ」
一緒にいて初めて見るレーネの気落ちした様子に訝しげな視線を向けるグラド。
「これ‥見てみなさい」
その疑問に未だ凍り付いたスープを器ごと手に持って逆さにして答えるレーネ。
「ッおい‥て‥なんだよ‥これ」
唐突なレーネの行動に驚きの表情を浮かべたものの中身が零れないことに興味が引かれたグラドは凍結したスープの表面に指を這わせた。
「あの雪音って子がやったのよ」
唇を噛んで悔しさを表情に浮かべるレーネにグラドは怪訝な表情を向ける。
「確かにすごいとは思うがお前にだってこれくらいできるだろう?」
魔術に見地を持たないグラドにとってはなぜそこまでレーネが落ち込むのか理解できなかった。
グラドの何気なく言った言葉に苛立ちを露わに強い口調で答えるレーネ。
「無理よ私じゃ‥いいえ‥こんな‥相手に気づかれることなく‥しかも同じ魔術師相手に目の前で魔術を使うなんて誰でも不可能よ」
語気も強く否定する彼女の様子にグラドは驚愕に息を呑む。
「なッ感知できなかったのか?」
力なく頷くレーネの様子に嘘を吐いている雰囲気は微塵も感じることはできない。
「ええ‥魔力の動きを感じることはできなかったわ」
グラドとてレーネがどれほど自身の魔術の腕に高い誇りを持っているのか理解していた。
そして誰よりも深く精通していることも。
「‥そうか‥」
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これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。
付きまとう聖女様は、貧乏貴族の僕にだけ甘すぎる〜人生相談がきっかけで日常がカオスに。でも、モテたい願望が強すぎて、つい……〜
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そんな彼女だが、なぜか俺が相談するといつも様子が変になる。アドバイスはくれるのだがそのアドバイス自体が問題でどうも自己主張が強すぎるのだ。
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と相談すれば、
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