8 / 9
1-6
しおりを挟むサティのゆるやかな旋律が、店内に流れる。学校帰りの小学生を横目で確認しながら、莉花は読み終えた絵本を棚に戻した。
携帯で”ハーメルンの笛吹男”を検索する。
ああ、本当に元になった事件がある。
いくつかのサイトに飛んで、情報収集を試みる。しかし、なかなか文字が頭に入ってこない。
『莉花さんは八年前の被害者ですよね?』
そう聞かれたとき、本当に驚いた。
自分のことをピンポイントで調べれば、調べられる事実ではあった。しかし調べればその痕跡が残るのだ。特に女子のネットワークは小さな異変も莉花に告げてくれるから、真一郎はまだ何も知らないでほけほけついてきているのだと、思い込んでいた。
「気持ち悪……」
別に、誰がどう思おうと関係ない。どうでもいい。
それなのに、ちらちらと脳裏によぎる、彼の瞳。全てを見透かそうとする大嫌いなまなざし。
こっちを見るな、ストーカー。
ウサギの帽子を深くかぶり直して、莉花は頭を一つ振る。
私は……人形だ。
感情が乏しく、執着は薄く、だから、なにかに振り回されることはない。
自分に言い聞かせて、莉花は苦笑した。それは本来ならば言い聞かせるまでもない事実だったから。
あいつも、同じ人形だったのに。
彼をはじめて見たとき、自分と同類だと確信した。
そつなく人と接しているが、基本的に人間に興味はない。好き嫌いはあるが、特別想い入れを持たない。
愛情の種を持たない人の姿をした、モノ。
同類を見るのは初めてだったから、莉花は珍しく興味を覚え、真一郎と接する内に好ましく思った。
彼は莉花が知る限り、一番頭がよかった。
ちょっとした会話でも思いがけない答えを返したり、都合が悪いときは察し良く引く。
刺激的で、ちょうど良い距離感が心地よかった。なにより同類の存在は、莉花を孤独から救ったのだ。
でも……彼は裏切った。
いつも冷静な双眸が熱を帯びていることに気づいた、あのとき。
あのときのことは思い出したくない。
人形が人間に変わる瞬間なんて見たくなかった。
「消えちゃえ」
思わず零した声音は低く冷たく、莉花の耳に響いた。
最悪な気分だった。
彼のことは考えない。私にとって大事なことは別にある。
そう言い聞かせてもなかなか頭を切り替えられず、諦めて今一番気になることを片付けることにする。
いつから、あいつは私の過去を知り、どう思っていたのだろう。
やっぱり可哀想な子? ……だったら、笑える。
八年前の事件で誘拐された七人の少女の内、一人は雪の中で冷たくなって発見され、残りの六人は親元に帰ってきたと聞く。駅のホームや発見されやすい店先に置き去りにされているところを、保護されたそうだ。
『ひどい目にあったわね。なんて可哀想に』
あの頃、判で押したように同じ台詞が繰り返された。しかし、莉花はつらい想いをした覚えはなかった。
それは私だけじゃなくて、他の子たちもそう。
一度、事情聴取のために警察へ出向いたとき、同じ事件の被害者と控え室がいっしょになった。互いに両親が二人付き添っていたから、特になにか話せたわけではない。ただ大人たちの壊れものでも扱うような対応に、戸惑っていた。別に暴力をふるわれたわけでも、ご飯を食べれなかったわけでもないのだ。
ただ少し、知らない男の人と数日遊んだだけ。
莉花の場合は誘拐されていたのは五日ほど。
莉花の他にも同じ年頃の女の子が誘拐されていたから、二人で雪遊びをして楽しんだ。つらい想いはまったくなかった。
そう、あのときは楽しい気持ちしかなかった。だから……
『刑事さん、ごめんなさい。よく覚えてません……』
だからあの日のことは、警察にも親にも話さなかった。犯人が捕まらなかったのは、他の被害者たちも証言を偽ったからかもしれないと、莉花は思っている。
「ハーメルンの笛吹男……」
ふと、莉花は棚に戻した本を見上げた。真一郎が何を意図して言ったのかは知らないが、あのとき遊んだ人と絵本のイメージが被った気がした。
優しく、笑う人だった。
哀しく、遠くを見る人だった。
頭を撫でる手は暖かくて、心地よかった。
莉花の両親はいわゆる仮面夫婦で、我が子の泣き声よりも世間体を気にする人だったから、大人からあんなふうに暖かな感情を向けられたのは初めてだった。
真一郎に犯人を八つ裂きにしたいのかと問われたが、冗談じゃない。
私はただ……
「その本、取りたいの?」
後ろから声をかけられ、莉花は我に返る。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【アラウコの叫び 】第4巻/16世紀の南米史
ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日21:40投稿】
4巻は、序盤は「推理もの」、中盤から後半は「ロマンスもの」が展開されます。
・サンティアゴで起こる「事件」と「裁き」
・「アンデスの悪魔」として悪名を轟かせた狂気の老人カルバハルの存在感
・ニドス家の兄妹の「行く末」
・イネスとバルディビアとの「出逢い」と「結末」
大きく分けてこの様な展開になってます。
-------------------
1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。
マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、
スペイン勢力内部での覇権争い、
そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。
※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、
フィクションも混在しています。
動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。
HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。
公式HP:アラウコの叫び
youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス
insta:herohero_agency
tiktok:herohero_agency
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
毒を食らわば皿までと
紫紺
ミステリー
人気のライブハウスで一人の少年が殺された。
捜査一課の新人キャリア、皇樹穂隆(すめらぎほだか)は捜査員の一人として事件解決に向かう。だがそこで、ある容疑者に翻弄され…。
過去からの執着に囚われ続けてきた穂隆。謎めいたギタリストは果たして犯人なのか……。
※表紙絵はAIのよる作画です。
※この作品は別名義(緋櫻りゅう)での公募作品でした。作者は紫紺と同人物です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる