嘘つきロリータと誘拐犯とハーメルンの笛

本葉かのこ

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 サティのゆるやかな旋律が、店内に流れる。学校帰りの小学生を横目で確認しながら、莉花は読み終えた絵本を棚に戻した。
 携帯で”ハーメルンの笛吹男”を検索する。
 ああ、本当に元になった事件がある。
 いくつかのサイトに飛んで、情報収集を試みる。しかし、なかなか文字が頭に入ってこない。

『莉花さんは八年前の被害者ですよね?』

 そう聞かれたとき、本当に驚いた。
 自分のことをピンポイントで調べれば、調べられる事実ではあった。しかし調べればその痕跡が残るのだ。特に女子のネットワークは小さな異変も莉花に告げてくれるから、真一郎はまだ何も知らないでほけほけついてきているのだと、思い込んでいた。
「気持ち悪……」
 別に、誰がどう思おうと関係ない。どうでもいい。
 それなのに、ちらちらと脳裏によぎる、彼の瞳。全てを見透かそうとする大嫌いなまなざし。
 こっちを見るな、ストーカー。
 ウサギの帽子を深くかぶり直して、莉花は頭を一つ振る。
 私は……人形だ。
 感情が乏しく、執着は薄く、だから、なにかに振り回されることはない。
 自分に言い聞かせて、莉花は苦笑した。それは本来ならば言い聞かせるまでもない事実だったから。
 あいつも、同じ人形だったのに。
 彼をはじめて見たとき、自分と同類だと確信した。
 そつなく人と接しているが、基本的に人間に興味はない。好き嫌いはあるが、特別想い入れを持たない。
 愛情の種を持たない人の姿をした、モノ。
 同類を見るのは初めてだったから、莉花は珍しく興味を覚え、真一郎と接する内に好ましく思った。
 彼は莉花が知る限り、一番頭がよかった。
 ちょっとした会話でも思いがけない答えを返したり、都合が悪いときは察し良く引く。
 刺激的で、ちょうど良い距離感が心地よかった。なにより同類の存在は、莉花を孤独から救ったのだ。
 でも……彼は裏切った。
 いつも冷静な双眸が熱を帯びていることに気づいた、あのとき。
 あのときのことは思い出したくない。

 人形が人間に変わる瞬間なんて見たくなかった。

「消えちゃえ」
 思わず零した声音は低く冷たく、莉花の耳に響いた。
 最悪な気分だった。
 彼のことは考えない。私にとって大事なことは別にある。
 そう言い聞かせてもなかなか頭を切り替えられず、諦めて今一番気になることを片付けることにする。
 いつから、あいつは私の過去を知り、どう思っていたのだろう。
 やっぱり可哀想な子? ……だったら、笑える。
 八年前の事件で誘拐された七人の少女の内、一人は雪の中で冷たくなって発見され、残りの六人は親元に帰ってきたと聞く。駅のホームや発見されやすい店先に置き去りにされているところを、保護されたそうだ。

『ひどい目にあったわね。なんて可哀想に』

 あの頃、判で押したように同じ台詞が繰り返された。しかし、莉花はつらい想いをした覚えはなかった。
それは私だけじゃなくて、他の子たちもそう。
 一度、事情聴取のために警察へ出向いたとき、同じ事件の被害者と控え室がいっしょになった。互いに両親が二人付き添っていたから、特になにか話せたわけではない。ただ大人たちの壊れものでも扱うような対応に、戸惑っていた。別に暴力をふるわれたわけでも、ご飯を食べれなかったわけでもないのだ。
 ただ少し、知らない男の人と数日遊んだだけ。
 莉花の場合は誘拐されていたのは五日ほど。
莉花の他にも同じ年頃の女の子が誘拐されていたから、二人で雪遊びをして楽しんだ。つらい想いはまったくなかった。
 そう、あのときは楽しい気持ちしかなかった。だから……
『刑事さん、ごめんなさい。よく覚えてません……』
 だからあの日のことは、警察にも親にも話さなかった。犯人が捕まらなかったのは、他の被害者たちも証言を偽ったからかもしれないと、莉花は思っている。
「ハーメルンの笛吹男……」
 ふと、莉花は棚に戻した本を見上げた。真一郎が何を意図して言ったのかは知らないが、あのとき遊んだ人と絵本のイメージが被った気がした。

 優しく、笑う人だった。
 哀しく、遠くを見る人だった。 
 頭を撫でる手は暖かくて、心地よかった。

 莉花の両親はいわゆる仮面夫婦で、我が子の泣き声よりも世間体を気にする人だったから、大人からあんなふうに暖かな感情を向けられたのは初めてだった。
 真一郎に犯人を八つ裂きにしたいのかと問われたが、冗談じゃない。
 私はただ……
「その本、取りたいの?」
 後ろから声をかけられ、莉花は我に返る。
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