嘘つきロリータと誘拐犯とハーメルンの笛

本葉かのこ

文字の大きさ
9 / 9

1-7

しおりを挟む
 振り返れば、見知らぬ青年がこちらを見ている。彼は莉花の返事を待たず、ハーメルンの絵本を取って、莉花に差し出した。
「あ、ありがとうございます……」
「えーと、迷子かな? お母さんは?」
 ……迷子って、この人、眼球死んでる? 今日の服装は子供っぽく見せてるけど。身長も小学生とそう変わらないけど、年は大して変わらないのに。
 おそらく、この男の人は二十歳前後だろう。
 紺色のダッフルコートに細身のジーパン。靴は赤茶のデザイナーブーツで、カジュアルながらもお金のかかっていそうな装いだが、顔立ちが地味なのと姿勢が悪いせいで、あまり似合っていなかった。
 なんていうか、自信のなさを服装で補ってる感じ? 弱そうな子供相手に、親切の押し売り? 自己満足? うざ。
「お母さん、ですかぁ」
 考え事を邪魔された上、子供扱いにイラッときたが、莉花は笑顔で小首を傾げた。
「あはっ、大丈夫ですよ? 少ししたら、友達が来るので。心配してくれてありがとうございます~」
「いや、心配だよ。今この辺り物騒だからね。友達が来るまでそばにいようか? 俺はヒマだから、気にしないで」
「…………えー」
 気にしないでとか、逆に恩着せがましい。というか、これナンパ? ロリコン? 犯罪者? 社会のゴミ? 息吸わないでください。
 大丈夫だからねと手を振る青年を、莉花はニコニコしながら見上げる。どう追い払おうか考えていたが、ふと、青年のコートの袖口に目が留まった。
 袖のボタンは、後から取り替えたのだろう。アンティークっぽい銀のスクエアボタンで、丸くなった猫が刻まれている。柔らかそうな毛並まで表現された精巧なそれは、おそらくけっこうな高級品。それをさり気なくつけているセンスは、悪くない。
 曇りやすい銀の手入れもできてるし、真面目な性格? 苦労知らずそうだけど、本当に親切心で言ってくれてるっぽい……私には関係ないけど。邪魔だけど。目の前から消えてほしいけど。
 親切を無下に断るのは、可愛い女の子のすることではなかった。
「あ、可愛いボタン。猫ちゃんだぁああ!」
「あ、うん。君も猫、好き? このボタンの猫って、うちで飼ってる猫と似ててさ」
「私も猫ちゃん大好きです~ 家では飼えないから、猫カフェとかによく行ってて。あの子たち、みんな気まぐれなんですけど、ふわふわですごく可愛くて」
「わかるわかるっ。猫っていいよね! 我が儘なのに、突然すり寄ってきて」
「まっすぐ見つめられると、なんでもあげたくなっちゃいます~」
 笑顔で対応する莉花だが、つまらないものに割く時間ほど無駄なものはないと思っている。だから、この世で一番嫌いな彼氏に、早く来い早く来いと念じていたわけだが……
 あれれ、でも~ この状況ってけっこう美味しくない、かな?
 ウサギ帽子の下の小さな頭で考えを巡らせ、莉花は善良な猫好き青年を見上げた。
「あのー、私、友達を待たすのは嫌だから、先にこの本を買いたいんですけど……」
「それはもちろん」
「でも、ここからお会計って見えない、ですよね。変な人がいないか少しコワくて……」
「……そう、だね」
「あのっ。ご迷惑じゃなったら、いっしょについてきてくれませんか? 一人だと心細くて!お兄ちゃん、カッコよくて頼りになりそうだから……ダメです、か?」
 肩を震わせる子ウサギ少女に、青年はでれっと脂下がった。
「ダ、ダメじゃないよ! 俺がそばにいるから安心してっ。俺が守るからっ!」
 ……俺が守るって、どこの勇者の台詞? 馬鹿じゃん?
 とかなんとか、莉花は内心突っ込んだが、もちろん表には出さず、彼の不自然な力みは見ないふりをした。会計に向かう際のぎくしゃくとした歩き方や、視線の変化にも気付いたが、気にならなかった。彼には一欠けらの興味もない。
 ただ少し、自分の欠落を感じただけで。
 人間って不思議だな。なんでこんなことで浮かれられるんだろう? 誰かに期待したり、誰かを好きになったり。理解できないよ。
 ハーメルンの絵本を会計しながら、莉花は一瞬、遠くを見る目になる。
 ま、いいや。それより移動。
「あれ、そっちに何かある? 出入り口のそばは寒くない?」
「寒くないですよぉ。それにここなら、私のことを友達が見つけやすいから」
 書店の出入り口側の壁は一面ガラス張りで、外から中がうかがえる。当然、真一郎も莉花が知らない男と一緒にいることに気づくはず。
 さて、一体そのとき、彼はどんな反応をするだろう?
 当て馬の青年が飼い猫の画像を見せてくれたり、莉花の連絡先を聞き出そうとするのを、莉花はにこやかに対応しながら、真一郎の訪れを楽しみに待つ。
 ねえ、私の彼氏さん?
 私のことが本当に好きなら、どうか、傷ついてほしいな?
 傷ついて、傷ついて。
 私のことを嫌いになってくれたらいいのにと、冷めた心で願いながら、外の白い世界を見た。どきりとした。
 あれ……
 十メートル先に、真一郎が立っていた。携帯を操作しているのだろうか。俯き加減で動かない。
 その何でもない姿に、莉花はなぜか寒々しさを感じて、自分の腕をさすった。
「大丈夫? やっぱりここは寒いんじゃないの?」
「いえ……私は大丈夫、です。ちょっと、すみません」
 嫌な予感に突き動かされ、書店を出る。
 なんだろう、この感じ……
 なぜか焦燥感を覚えたが、それを抑えて、莉花はゆっくり真一郎に近づいた。気配に敏感な真一郎は、雪を踏みしめる音が聞こえているはず。しかし、彼は顔もあげない。
 これは、何かの罠? 私を試している?
 彼の顔を覗き込み、莉花は目を細めた。
 薄い唇がなにかを呟いている。いつも理知的で涼やかな一重の瞳は、何の感情も浮かんでいない。
 彼は、また人形に戻ったのだろうか? 私と同じ? ……ううん、違う。
 例えばここが電車を待つプラットフォームで、こんな目をした人がいたら、ああ、放っておけば死ぬんだろうなと莉花は思う。
 そんな虚ろで冷たい闇が、真一郎の瞳にはあった。
 ただ莉花としては、彼が死んだところで悲しくはない。
 そもそも人形の自分にそんな感情などは持ちえない。しかし、何かに急かされるような衝動を感じ、莉花はおもむろに人差し指で真一郎の頬を突いた。
「えいっ」
 見た目よりも、柔らかくて温かった。
「……り、莉花さん? なにを、しているんですか?」
「んー?」
 彼の瞳から虚無感が消え去るのを待ちながら、莉花は首を傾げた。
 この胸に広がる気持ちはなんだろう? 以前どこかで、これと同じものを感じた気がする。

『大丈夫……、私がいる、から……いっしょなら……』

 ふとそれに思い至り、莉花は眉間に皺を寄せた。
「なーんだ、生きてるんだね。残念っ!」
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【アラウコの叫び 】第4巻/16世紀の南米史

ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日21:40投稿】 4巻は、序盤は「推理もの」、中盤から後半は「ロマンスもの」が展開されます。 ・サンティアゴで起こる「事件」と「裁き」 ・「アンデスの悪魔」として悪名を轟かせた狂気の老人カルバハルの存在感 ・ニドス家の兄妹の「行く末」 ・イネスとバルディビアとの「出逢い」と「結末」 大きく分けてこの様な展開になってます。 ------------------- 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。 マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、 スペイン勢力内部での覇権争い、 そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。 ※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、 フィクションも混在しています。 動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。 HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。 公式HP:アラウコの叫び youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス insta:herohero_agency tiktok:herohero_agency

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

毒を食らわば皿までと

紫紺
ミステリー
人気のライブハウスで一人の少年が殺された。 捜査一課の新人キャリア、皇樹穂隆(すめらぎほだか)は捜査員の一人として事件解決に向かう。だがそこで、ある容疑者に翻弄され…。 過去からの執着に囚われ続けてきた穂隆。謎めいたギタリストは果たして犯人なのか……。 ※表紙絵はAIのよる作画です。 ※この作品は別名義(緋櫻りゅう)での公募作品でした。作者は紫紺と同人物です。

処理中です...