売れない作家と落ちこぼれ獄卒娘 〜鬼憑き帝都凸凹奇譚〜

龍威ユウ

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序章

第一話:落ちこぼれ獄卒、地上へ

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「結婚は、ちょっと……」

 ただでさえ、おっかない鬼の顔が歪んだ。

 申し訳なさが、言葉の節々からひしひしと伝わる。

「い、いえ……大丈夫です」

 短く、そう答えるだけで精いっぱいだった。

 ……今日もまた、婚約が破談となった。

「はぁ……」

 深い溜息の後、煉華は重い足取りで帰路に着いた。

 家に帰りたくない――そんな思いが、胸にずしりと重くのしかかる。

「おかえり。それで、どうだったの?」

 帰宅して早々に、煉華はぎこちなく笑った。

 母は当然、今回の結果について知らない。

 期待に満ちた瞳がきらきらと輝いている。

 答えるのが、怖い。煉華は内心で深い溜息を吐いて――

「え、えっと……だめ、でした……はい」

 と、おずおずと答えた。

 次の瞬間、母の顔からすぅっと笑顔が消えた。

 煉華は思わず「ひっ!」と、短い悲鳴をもらしてしまった。

 表情が消えた時の母の怒りは、正しく烈火のごとく。

 それを幼少期の頃からずっと目にしてきたから、骨の芯にまで恐怖が染みついている。

 本物の鬼みたい……。そう思ったと同時にハッとする。

「みたい、じゃなくて本物の獄卒・・だった」

「アンタ、いい加減にしなさい!!」

 母の怒声が、辺りにがつんと響き渡った。

「ご、ごめんなさいぃぃぃぃぃぃ!」

 煉華はその場で素早く土下座をし、目の前の怒れる鬼を必死に鎮めた。



 怪異が住まうあの世――地獄の中でも特に栄えた首都、輪惚。

 獄卒は、そんな地獄の均衡を保つという大事な役目がある。

 煉華の家系も獄卒であり、その戦績は極めて優秀だった。



 だったのは、あくまでも先代の話であり現在は――。

「煉華、貴様また亡者相手に手ひどくあしらわれたそうだな」

「……すいません」

 消え入るような声で、煉華は深々と頭を下げた。

 目の前にいるのは、背丈は軽く3mはあろう巨大な男である。

 立派な装いとは裏腹に、赤い顔は泣く子も卒倒しそうなほどいかつい。

 彼こそが、閻魔大王……すべての地獄を管理する存在だった。

(今すぐ帰って、布団にくるまりたい……)

 ひそひそと、周囲から小声があがる度に煉華はその顔をきゅっとしかめた。

 この時間は、いつも胃の辺りがムズムズとして気分が悪くなる。

 落ちこぼれなりに、これでも精いっぱいやっている。

 しかし、どれだけがんばっても結果に全然繋がらない。

(私なんか、もう放っておいてくれればいいのに……)

 ようやく解放された後、人気のない廊下で煉華は深い溜息を吐いた。

 このまま仕事をするのも、家に帰る気にもなれない。

 せめて結婚だけでもと母に急かされたものの、それも失敗の連続。

 家柄を重視ばかりして、本人を見ようとしない人たちばかり。

(もう、なんだかどうでもよくなってきた……)

 自然と自嘲気味に、ふっと笑ってしまった。 

「おい」

 短くも、氷のように冷たい一声。

 背中から声をかけられた時、煉華は思わず震えあがった。

 全身から嫌な汗がじんわりと滲むのがよくわかる。

「あ、えっと……」

 声の主が誰か、あえて確認する必要はない。

 そもそも、顔を見たくもないのが本音だった。

 直属の上司だけにそれもできず。結局、煉華はおそるおそるその人物と向かい合った。

「お、おはようございます……塵内さん」

 閻魔大王に続いて、顔の怖い人。これは自他共に共通する認識でもある。

 亡者でさえも、彼の前では借りてきた猫のようにしゅんと大人しくなる。

 それぐらい顔の怖いのが上司だ――つくづく、自分は不幸な女らしい。

「貴様……また任務を失敗したらしいな」

 塵内の眼光がぎらり、とより一層鋭さを増す。

 まるで、日本刀のよう。眼光だけで敵をすっぱりと斬る、なんて噂もある。

「うっ……それは、その……」

「たるんでいる!!」

「ひぃぃぃっ!」

 耳をつんざく一喝に、周囲の窓ガラスが勢いよく割れた。

 その光景を目前に、煉華はひたすら恐怖に慄くしかない。

「我ら獄卒の役目はなんだ? この地獄を……輪惚を守護することだろう!」

「そ、それは……はい。もちろん存じております……」

「人間の魂もここへ導かれるが、大人しい者ばかりではない。それらを取り締まるのが獄卒だ」

「そ、それも……はい」

 煉華はひたすら、首がもげるかもしれない勢いで何度も首肯した。

「それを理解しているのならば、貴様にはこの任についてもらう」

 一枚の辞令を、煉華はおずおずと受け取るとジッと目を通す。

 読み終えるよりも先に、塵内が口火を切った。

 紡がれる言葉は、相変わらず刺々しくて容赦なく心をずたずたにする。

「何者かによって、地獄から聖遺物が盗まれた。貴様は地上へと赴き、それを奪取すること。それが任務だ」

「わ、私が……ですか?」

「探し物ぐらいならば貴様のような低能でもできるだろう」

 本当に、この人には優しさというものが欠片ほどもない。

(もう少し優しくしてくれたっていいのに……!)

 しかし面と向かって言えない自分に、煉華は内心でさめざめと泣いた。

「いいか? もしこれでさえも失敗すれば貴様は解雇だ」

「か、解雇……ですか?」

「役に立たん無能を置いておけるほど、こちらも裕福ではないのでな」

 ぴしゃりと言い放ち、さっさと去っていく塵内。

 煉華は呆然と遠ざかっていく背中を見送るしかできなかった。

「どどど、どうしようどうしよう……! このままだと、私クビになっちゃう!」

 一人残された煉華は、大いに慌てふためいた。

 家柄を誰よりも誇りに思っている母。

 クビになった、などと知れば火山のように怒り狂う。

 容易に想像がつくだけに、煉華の顔からはたちまち血の気が引いていく。

「うわぁぁぁぁん! あ、でもとりあえずおしゃれはしなきゃ……」

 今まで以上に重い足取りで、煉華はとぼとぼと家路に着いた。
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