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序章
第2話:闇夜を裂く者
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しとしとと冷たい雨が頬を打つ。
夜もすっかり更け、闇に流れるしんとした静寂はどこか不気味だ。
今にもなにか、おそろしいものが襲ってきそうな――そんな雰囲気をひしひしと放っている。
鬱蒼とした森を抜けた先、大きな建物を京志郎はジッと見据えた。
人気はなし。窓にも明かりは一切灯っていない。
今にも倒壊しそうなほど、ひどくぼろぼろな外観を見やれば一目瞭然だ。
そんな廃墟に京志郎はさも平然と足を進め、中へと入った。
「外で見るよりもずっと広いな」
興味深そうに、京志郎は周囲を物色した。
散らかってこそいるものの、あの外観に反して保存状態はなかなかよい。
(これなら、探索も簡単にできそうだな……)
ぎしり――床の軋む音に、いちいち京志郎は眉をしかめた。
どうも、この手の音は好きになれそうにない。好きな輩がいるとも思えないが。
床が抜けないことを切実に祈りながら、しかし彼の足取りに滞りは一切なかった。
鬼憑き――原因不明という現実が、世間を騒がせている。
理性を奪い、人をおぞまじい化け物へと変える。
正に不治の病。感染対策に敏感になり、それが流行ですらあるのだから皮肉と言わざるを得ない。
「鬼憑き、か。なかなかうまい例えだな」
ふん、と京志郎は鼻で一笑に伏した。
鬼などとは、ずいぶんと幻想的なことを軍も口にする。
あやかしは、はるか昔の人々が考えた空想にすぎない。
(本当におそろしいのは、生きた人間のほうだ……)
目をわずかに細め、京志郎は静かに、だが強く拳を握った。
握った拳に熱がじんわりと帯び、胸が自然と熱くなる――憤怒の炎は、今日も絶えず燃えている。
京志郎の足取りに、迷いは微塵もない。
「……ん?」
ふとした物音に、京志郎はいぶかし気な表情を示した。
二階にあがってすぐの部屋から、かすかにだがうめき声がする。
ひどく苦しそうで、呼吸も獣のように荒々しい。
それが確信へと変えた――どうやらここで、間違いでないらしい。
「……こいつの出番ってわけか」
懐から出したそれに、京志郎はそっと視線を落とす。
一丁の拳銃だが、従来のものよりもずっと大きい。
磨かれた鏡のような造形と、重厚かつ独特な銃身が印象的だ。
(弾は、五発……一発あれば十分だな)
わずかに開いた扉の隙間から、京志郎はそっと中を窺った。
視線をゆっくりと左右に動かし――いた。
こちらに丸くなった背を向ける一人の男。
薄汚れた装いだが、それよりも露出した肌にはおびただしい傷跡があった。
比較的新しい。出血を見やるに、つい先ほど争ったのだろう。
「そこを動くな。撃ち殺されたくなかったらな」
京志郎はついに、中へと足を踏み入れる。
これは警告だった。
頭ではすでに、迅速に処理するべきだと判断されている。
(くそ面倒な規則さえなければさっさと終わるのに……)
内心で舌打ちをして、京志郎はゆっくりと銃口を向けた。
その時、うずくまっていた男がゆらりと立ち上がった。
振り返った時、京志郎は思わずハッと息を呑んだ――やはり、まだ心が適応していない。
「鬼憑き……七面倒な仕事を俺にくれたもんだよ、まったく」
悪態を吐きつつ、京志郎はそっと引き金に指をかけた。
視線の先にいる男は、明らかに普通ではない。
血走った眼……というよりは、真紅にぎらりと不気味に発光している。
筋肉は異常なまでに発達し、浮き出た血管は今にも破裂しそうだ。
赤黒く変色した皮膚に、鋭く伸びた犬歯は刃そのもの。
鬼……男の容姿は、そう形容するに実に相応しかった。
「悪く思うなよ」
けたたましい咆哮――おおよそ、人の発する声ではなかった。
どんと床を蹴って飛び掛かろうとする男に、京志郎は至って冷静だ。
静かに引き金を、なんの躊躇もなく引く。
雷鳴――強烈な炸裂音が、鼓膜にがつんと響く。
「……相変わらず、とんでもない威力だな」
派手に吹き飛んだ男に、京志郎は小さく苦笑いを浮かべた。
男に意識はとうにない。胸部にぽっかりと空いた風穴は最低でも一尺はある。
誰の目から見ても即死で、ここからの蘇生は不可能と断言しても、なんの仔細もなし。
「……目標を制圧。とりあえず、これで俺の仕事は終わりだな」
京志郎は懐から小瓶を取り出すと、その中身を男だったものに振りかける。
中身は、油だ。十分に油がかかったところで、火種をそこへ投下する。
たちまち、赤々とした炎が家全体に広がった。
ごうごうと燃え盛る廃墟を後にした時――
「やはり、素晴らしいな」
と、初老の男とばったりと出くわした。
男を見るなり、京志郎は露骨に嫌悪感を顔に示した。
生気の飢えた瞳は、しかしどこか猛禽類のように鋭い。
傘もささず、しっとりと濡れた白衣姿が余計に不気味さをかもし出した。
「……兵器開発部門のあんたが、どうしてここに?」
「決まっているだろう。性能を確かめにきたのさ」
男の視線は、京志郎の右手へと向けられた。
「試作拳銃第十八號……通称、荒覇佩。我ながら惚れ惚れする」
「この化け物拳銃が試作型というのが信じられないがな」
「実戦投入にはまだまだ早い」
男は心底忌々しそうに、大袈裟に身振りまでして静かに語る。
「鬼をも屠ることを前提としたが、その結果……並大抵の人間では扱えない代物になった。君を除いて、ではあるが
ね」
「だろうな。撃った反動がアホほど大きい。これじゃあ一発撃つ度にそいつは病院送りだ」
「だからこその君だよ」
途端に、男の機嫌が直った。
口に浮かんだ三日月は、まるで刃のよう。
「君は我々の想像をいつも凌駕してくれる。これからも引き続き頼むよ」
「……俺はお前たちの実験材料じゃない」
舌打ちを一つして、京志郎はその場からそうそうに去った。
夜もすっかり更け、闇に流れるしんとした静寂はどこか不気味だ。
今にもなにか、おそろしいものが襲ってきそうな――そんな雰囲気をひしひしと放っている。
鬱蒼とした森を抜けた先、大きな建物を京志郎はジッと見据えた。
人気はなし。窓にも明かりは一切灯っていない。
今にも倒壊しそうなほど、ひどくぼろぼろな外観を見やれば一目瞭然だ。
そんな廃墟に京志郎はさも平然と足を進め、中へと入った。
「外で見るよりもずっと広いな」
興味深そうに、京志郎は周囲を物色した。
散らかってこそいるものの、あの外観に反して保存状態はなかなかよい。
(これなら、探索も簡単にできそうだな……)
ぎしり――床の軋む音に、いちいち京志郎は眉をしかめた。
どうも、この手の音は好きになれそうにない。好きな輩がいるとも思えないが。
床が抜けないことを切実に祈りながら、しかし彼の足取りに滞りは一切なかった。
鬼憑き――原因不明という現実が、世間を騒がせている。
理性を奪い、人をおぞまじい化け物へと変える。
正に不治の病。感染対策に敏感になり、それが流行ですらあるのだから皮肉と言わざるを得ない。
「鬼憑き、か。なかなかうまい例えだな」
ふん、と京志郎は鼻で一笑に伏した。
鬼などとは、ずいぶんと幻想的なことを軍も口にする。
あやかしは、はるか昔の人々が考えた空想にすぎない。
(本当におそろしいのは、生きた人間のほうだ……)
目をわずかに細め、京志郎は静かに、だが強く拳を握った。
握った拳に熱がじんわりと帯び、胸が自然と熱くなる――憤怒の炎は、今日も絶えず燃えている。
京志郎の足取りに、迷いは微塵もない。
「……ん?」
ふとした物音に、京志郎はいぶかし気な表情を示した。
二階にあがってすぐの部屋から、かすかにだがうめき声がする。
ひどく苦しそうで、呼吸も獣のように荒々しい。
それが確信へと変えた――どうやらここで、間違いでないらしい。
「……こいつの出番ってわけか」
懐から出したそれに、京志郎はそっと視線を落とす。
一丁の拳銃だが、従来のものよりもずっと大きい。
磨かれた鏡のような造形と、重厚かつ独特な銃身が印象的だ。
(弾は、五発……一発あれば十分だな)
わずかに開いた扉の隙間から、京志郎はそっと中を窺った。
視線をゆっくりと左右に動かし――いた。
こちらに丸くなった背を向ける一人の男。
薄汚れた装いだが、それよりも露出した肌にはおびただしい傷跡があった。
比較的新しい。出血を見やるに、つい先ほど争ったのだろう。
「そこを動くな。撃ち殺されたくなかったらな」
京志郎はついに、中へと足を踏み入れる。
これは警告だった。
頭ではすでに、迅速に処理するべきだと判断されている。
(くそ面倒な規則さえなければさっさと終わるのに……)
内心で舌打ちをして、京志郎はゆっくりと銃口を向けた。
その時、うずくまっていた男がゆらりと立ち上がった。
振り返った時、京志郎は思わずハッと息を呑んだ――やはり、まだ心が適応していない。
「鬼憑き……七面倒な仕事を俺にくれたもんだよ、まったく」
悪態を吐きつつ、京志郎はそっと引き金に指をかけた。
視線の先にいる男は、明らかに普通ではない。
血走った眼……というよりは、真紅にぎらりと不気味に発光している。
筋肉は異常なまでに発達し、浮き出た血管は今にも破裂しそうだ。
赤黒く変色した皮膚に、鋭く伸びた犬歯は刃そのもの。
鬼……男の容姿は、そう形容するに実に相応しかった。
「悪く思うなよ」
けたたましい咆哮――おおよそ、人の発する声ではなかった。
どんと床を蹴って飛び掛かろうとする男に、京志郎は至って冷静だ。
静かに引き金を、なんの躊躇もなく引く。
雷鳴――強烈な炸裂音が、鼓膜にがつんと響く。
「……相変わらず、とんでもない威力だな」
派手に吹き飛んだ男に、京志郎は小さく苦笑いを浮かべた。
男に意識はとうにない。胸部にぽっかりと空いた風穴は最低でも一尺はある。
誰の目から見ても即死で、ここからの蘇生は不可能と断言しても、なんの仔細もなし。
「……目標を制圧。とりあえず、これで俺の仕事は終わりだな」
京志郎は懐から小瓶を取り出すと、その中身を男だったものに振りかける。
中身は、油だ。十分に油がかかったところで、火種をそこへ投下する。
たちまち、赤々とした炎が家全体に広がった。
ごうごうと燃え盛る廃墟を後にした時――
「やはり、素晴らしいな」
と、初老の男とばったりと出くわした。
男を見るなり、京志郎は露骨に嫌悪感を顔に示した。
生気の飢えた瞳は、しかしどこか猛禽類のように鋭い。
傘もささず、しっとりと濡れた白衣姿が余計に不気味さをかもし出した。
「……兵器開発部門のあんたが、どうしてここに?」
「決まっているだろう。性能を確かめにきたのさ」
男の視線は、京志郎の右手へと向けられた。
「試作拳銃第十八號……通称、荒覇佩。我ながら惚れ惚れする」
「この化け物拳銃が試作型というのが信じられないがな」
「実戦投入にはまだまだ早い」
男は心底忌々しそうに、大袈裟に身振りまでして静かに語る。
「鬼をも屠ることを前提としたが、その結果……並大抵の人間では扱えない代物になった。君を除いて、ではあるが
ね」
「だろうな。撃った反動がアホほど大きい。これじゃあ一発撃つ度にそいつは病院送りだ」
「だからこその君だよ」
途端に、男の機嫌が直った。
口に浮かんだ三日月は、まるで刃のよう。
「君は我々の想像をいつも凌駕してくれる。これからも引き続き頼むよ」
「……俺はお前たちの実験材料じゃない」
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