無能扱いの聖職者は聖女代理に選ばれました

芳一

文字の大きさ
1 / 47

【1】無能な聖職者

しおりを挟む
この地の人々は誰もが生まれながらにして魔力を保有している。その質と量には個人差があり、それによって職業を決める者が大半である。
魔力の質というのはその人間の性格に近しいものと言えばわかりやすいだろう。例えば喧嘩っ早い人間であれば荒れ狂う嵐のような質をしているし、心根の優しい献身的な人間であれば癒しを与えるさざ波のような質をしている。
これは生まれてすぐにある程度決まるもので、十歳にもなる頃には自分の質がどういった職に合っているのか自然と理解できるようになるのだ。

そしてここで重要になってくるのが魔力量である。
いくら魔力の質と職業の相性が良かったとしても、職務を熟すだけの魔力量が無ければその職に就く事はできない。簡単な話、魔力量の高い者と低い者がその場に居合わせたならば選ばれるのは前者だという事だ。
魔力の量は質と違い成長するにつれて増えていくといった変化がある。成長の度合いも人によって違うため、保有量の少なかった子供がどこかのタイミングで急激に魔力を増やす事もあるらしい。
とは言え十二歳頃を境に魔力の成長は緩やかになっていってしまうので、そこで多くの運命は決まってしまうと言えよう。
職業によって使用頻度も最低限必要な魔力の量も異なるが、基本的には位の高い職業や如実に能力を求められる職業ほど数が少なく難しいとされている。
その中でも『国王』と『聖女』は国の行く末を左右する要と言うべき存在であった。

王は言わずもがな、国を統べる最も位の高い者だ。魔力の質は煌びやかで神々しく、当然魔力量も相応になくてはならない。
魔力は血筋の影響が大きいとされていて、穏やかな質の両親からは穏やかな子が産まれやすかったり、魔力量の多い一流騎士の家庭には才のある子ばかりが産まれるといった傾向がある。つまり優秀な王と妃の間に生まれた子はその魔力を継いだ優秀な子になる、筈なのだ。
だが鳶が鷹を産む事があるように、その逆も稀に起きてしまう。
これは王族に限らず誰しもにある事なのだが、特に王侯貴族といった権力や富を欲する者たちにとっては致命傷になる話だった。
王位継承争いの火種になったり、財力が大きく傾いて家が没したり、過去には名ばかりの無能な王が自国を滅ぼしかけた事もあったらしい。

一方聖女は瘴気に塗れた大地を浄化する力を持っているとされており、少数しか存在しないながらも全員が全員優れた魔力を保有している。
聖女の魔力の質はどこまでも清らかに、魔力量は膨大であればあるほど良しとされた。先にも言った通り、職務を熟すだけの魔力量───要するに瘴気を浄化するための能力が低い聖女など、価値がないも同然なのである。

そんな聖女たちは瘴気の影響の出ている各地から常に求められているが、圧倒的に数が足りていないのが現状だった。
まずその代の最も優秀な聖女は王都に残る事になる。これは聖女の意思ではなく王国側の意向が大きい。王都周辺が常に浄化され続けるように聖女を囲って逃さないようにするというわけだ。
それ以外の聖女たちは自分の意思で浄化を急がねばならない地へと向かう。だが、これもまた彼女たちの思うようにはいかない。何故なら聖女が訪れた地の近隣領主が横から無理矢理に攫って行こうとするからである。
聖女を手に入れるためならばどんな手段でも使う、といった思考は既に瘴気に侵されているからなのかもしれないが、それによって必要のない争いが起きてしまう事もままあった。

そんな中、打開案として上がったのが『聖職者』による聖女代理である。
と言っても、浄化は聖女にしか出来ないので聖職者が行うのはあくまで擬似浄化活動だ。
聖職者は浄化の力こそ無いながらも聖女と同じような魔力の質をしているため、人を癒す事ができるのである。一部非常に優れた聖職者であれば瘴気の濃度を薄める事も可能なのだとか。
魔力放出量の差から癒す範囲もスピードも聖女には劣ってしまうが、それでも大地は日々瘴気に侵されていく。瘴気による被害がこれ以上広がらぬよう、王国側も積極的に聖職者に働きかけているというわけだ。

「グリファート・アンカーで宜しいか」
「はあ…」
「聖女代理として北都オルフィスに向かって頂きたく」

ギイギイと軋む古びた扉から入ってきた数人の王国騎士団たちを窺うように、グリファートは再度「はあ…」と歯切れの悪い相槌を打った。
手入れのされていないボサついた髪によれた祭服。顔立ちは整っていなくもないが、いかんせん顎に生えた無精髭とくたびれた顔つきのせいで男の印象を下げてしまっている。
はっきり言って、聖職者には見えない。
天井は雨漏りしたのだろう染みが残っている上、掃除もしていないのか蜘蛛の巣が張っていた。女神像は辛うじて美しさを保っているが、宙を舞う埃に目がいって仕方がない。
ここは寂れた田舎ではあるので教会が古びているのもわからなくは無いが、それにしても酷い有り様である。
グリファートの元に来た事を若干後悔した騎士たちであったが、とは言え今は一刻も早く瘴気を抑えねばならない地があちこちにあるのだ。この際見た目の悪さなど目を瞑ろうと、騎士の一人がゴホンと咳払いをして話を再開する。
「では、馬車を用意してあるので今日中に出立できるよう支度して貰えるだろうか」
「あー…その前にひとつ聞いておいても?」
「構わないが…」
グリファートはポリポリと頭を掻きながら、心底不思議そうな顔で騎士たちに問うた。

「俺、無能なんですけど大丈夫ですかね?」
「は?」
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

ぼくの婚約者を『運命の番』だと言うひとが現れたのですが、婚約者は変わらずぼくを溺愛しています。

夏笆(なつは)
BL
 公爵令息のウォルターは、第一王子アリスターの婚約者。  ふたりの婚約は、ウォルターが生まれた際、3歳だったアリスターが『うぉるがぼくのはんりょだ』と望んだことに起因している。  そうして生まれてすぐアリスターの婚約者となったウォルターも、やがて18歳。  初めての発情期を迎えようかという年齢になった。  これまで、大切にウォルターを慈しみ、その身体を拓いて来たアリスターは、やがて来るその日を心待ちにしている。  しかし、そんな幸せな日々に一石を投じるかのように、アリスターの運命の番を名乗る男爵令息が現れる。  男性しか存在しない、オメガバースの世界です。     改定前のものが、小説家になろうに掲載してあります。 ※蔑視する内容を含みます。

昨日まで塩対応だった侯爵令息様が泣きながら求婚してくる

遠間千早
BL
憧れていたけど塩対応だった侯爵令息様が、ある日突然屋敷の玄関を破壊して押し入ってきた。 「愛してる。許してくれ」と言われて呆気にとられるものの、話を聞くと彼は最悪な未来から時を巻き戻ってきたと言う。 未来で受を失ってしまった侯爵令息様(アルファ)×ずっと塩対応されていたのに突然求婚されてぽかんとする貧乏子爵の令息(オメガ) 自分のメンタルを救済するために書いた、短い話です。 ムーンライトで突発的に出した話ですが、こちらまだだったので上げておきます。 少し長いので、分割して更新します。受け視点→攻め視点になります。

夫婦喧嘩したのでダンジョンで生活してみたら思いの外快適だった

ミクリ21 (新)
BL
夫婦喧嘩したアデルは脱走した。 そして、連れ戻されたくないからダンジョン暮らしすることに決めた。 旦那ラグナーと義両親はアデルを探すが当然みつからず、実はアデルが神子という神託があってラグナー達はざまぁされることになる。 アデルはダンジョンで、たまに会う黒いローブ姿の男と惹かれ合う。

【完結】王子様たちに狙われています。本気出せばいつでも美しくなれるらしいですが、どうでもいいじゃないですか。

竜鳴躍
BL
同性でも子を成せるようになった世界。ソルト=ペッパーは公爵家の3男で、王宮務めの文官だ。他の兄弟はそれなりに高級官吏になっているが、ソルトは昔からこまごまとした仕事が好きで、下級貴族に混じって働いている。机で物を書いたり、何かを作ったり、仕事や趣味に没頭するあまり、物心がついてからは身だしなみもおざなりになった。だが、本当はソルトはものすごく美しかったのだ。 自分に無頓着な美人と彼に恋する王子と騎士の話。 番外編はおまけです。 特に番外編2はある意味蛇足です。

氷の騎士団長様の悪妻とかイヤなので離婚しようと思います

黄金 
BL
目が覚めたら、ここは読んでたBL漫画の世界。冷静冷淡な氷の騎士団長様の妻になっていた。しかもその役は名前も出ない悪妻! だったら離婚したい! ユンネの野望は離婚、漫画の主人公を見たい、という二つの事。 お供に老侍従ソマルデを伴って、主人公がいる王宮に向かうのだった。 本編61話まで 番外編 なんか長くなってます。お付き合い下されば幸いです。 ※細目キャラが好きなので書いてます。    多くの方に読んでいただき嬉しいです。  コメント、お気に入り、しおり、イイねを沢山有難うございます。    

婚約破棄されたから能力隠すのやめまーすw

ミクリ21
BL
婚約破棄されたエドワードは、実は秘密をもっていた。それを知らない転生ヒロインは見事に王太子をゲットした。しかし、のちにこれが王太子とヒロインのざまぁに繋がる。 軽く説明 ★シンシア…乙女ゲームに転生したヒロイン。自分が主人公だと思っている。 ★エドワード…転生者だけど乙女ゲームの世界だとは知らない。本当の主人公です。

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

処理中です...