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【45】奇跡
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「…っ、どういうことだ」
「女神様の御加護でもあったのかしらね。無茶をして核が一部砕けてしまったようだけれど、まだ何とか形を保っているみたい。獅子様が祈れば、或いは核の再構築も可能かもしれないわ」
レオンハルトが思わず僅かな希望を滲ませた瞳をでリゼッタを見つめる。
そんな視線にリゼッタはため息を吐いたが、しかしそれでも今までのような、関心も情もすべて捨てたかのような色のない表情の彼女とは少し違った。
「そのためにも、目の前の煩わしい厄介事を片付けなければいけないでしょう?」
リゼッタはそう言うと再び鉱山の方角へと足を向ける。
そんな彼女に寄り添うように、夫も後ろを着いていった。
リゼッタの言う厄介事が鉱山である事はわかる。しかし、あそこから湧き出る瘴気は凶悪だ。
それでも足を止めないリゼッタと夫をそのまま放置する事もできず、レオンハルトはグリファートを背に担ぐと二人の後を追った。
グリファートによる浄化のおかげで聖壁が張られていた時と同じくらいの規模の大地は蘇っているようだが、やはり鉱山に近づくにつれ瘴気がじわじわと辺りを占めていく。
足が段々と重くなり、本能的に一歩が踏み出せなくなってきたところでリゼッタは足を止めた。
魔力壁を張らずに近付くのは、この辺りが限界なのだろう。
「…この鉱山の瘴気を、何とかできるのか」
「そんな事、本当は私が聞きたいのだけれど」
リゼッタは肩をすくめながら、後ろを振り返る事なくその場に跪く。
「……それでも死ぬ気で祈ってみれば、そこで寝ている聖職者様のように『奇跡』が起きるかもしれないと、そう思っただけよ」
そう言ってリゼッタは掌を合わせ、指を折り、目を瞑った。
その姿はレオンハルトが何度も見てきた、無茶な男のそれと同じだった。
震える指先も自信なさげに丸まった背も。彼女の後ろ姿が、奇跡と呼ぶべき治癒をロビンに施した時のグリファートの姿と重なる。
自分の事を無能だと思い込んでいた男は、その震える手で何度もレオンハルトたちを救ってきた。
そして今、自分の事も周囲の事も諦めていた彼女は自らの殻を破って奇跡を起こそうとしている。
だからだろうか、レオンハルトはその背中に小さく言葉を放った。
「アンタは、無能なんかじゃない」
果たしてレオンハルトの声はリゼッタに届いていただろうか。
次の瞬間、リゼッタからいくつもの光が放たれる。圧巻するような輝きなわけでも、大粒の恵みなわけでもない。
それでもゆっくりと、大地が静かに癒えていくのをレオンハルトは確かに見た。
雫が落ちる。緑が蘇る。空が晴れていく。
そうして世界に鮮やかな色が戻った頃、彼女の身体がふらりと傾いた。
予期していたのだろう、地面に倒れそうになったその身体を隣にいた夫が優しく支える。
リゼッタは言っていた。
最初から無能だと諦めて、力を使おうとすらしていなかったと。
だとすればこれは、彼女が初めて施した聖女による浄化であり、オルフィスにとっては正しく『奇跡』とも呼ぶべきものだった。
◇◇◇◇
今、グリファートは学舎のベッドで静かに寝かされている。
レオンハルトがグリファートを担ぎ、リゼッタの夫が彼女を支えて学舎へと戻ってきた時は、人々は驚愕に目を見開きながらもそれぞれを出迎え、屋内へと案内して休息を取らせてくれた。
リゼッタも魔力を使い果たした事で意識を失っており、目を覚ますまでに少なくとも一日は要するだろうという事だった。
リゼッタの浄化のおかげでオルフィスの大地は蘇っている。倒壊した家屋の痕跡はあれど、モランたちが学舎付近を少しずつ復興していったように、これからひとつずつ形を取り戻していけばいい。
「ジョフ、聖職者様の核は元に戻るのか」
「ふむ…そうですな……」
レオンハルトは学舎へ戻ると、すぐさまジョフを呼びグリファートの状態を診てもらった。
冷たい体温のままぴくりとも動かず眠っているグリファートの姿を見て、ジョフの顔が僅かに強ばる。
「魔力核が欠けている以上、レオンハルト殿が魔力を注いだとしても溜まる事なくこぼれ落ちてしまうでしょう」
「……再構築は無理なのか?」
「…他者の魔力を注ぎ込んでの構築は難しいやもしれませぬ。ただ……本来であれば魔力核は限界を迎えると粉々に砕け散ってしまう筈なのです。それがどういう『奇跡』なのか、欠けただけで形を保っておられる」
「リゼッタは…俺が祈れば再構築も或いは、と言っていた」
「ほう………」
その言葉にジョフは難しい顔で顎髭を撫で、暫く考え込む。
「……もしや、聖職者様は彷徨っておられるのか」
「…彷徨う?」
どういう事だと目を向ければ、ジョフも確信はないのか困ったように目を細めた。
「魔力は生命力そのもの…つまりは生きたいという意志に直結しております。核が砕け散らなかったのも、聖職者様自身にまだ生きたいという強い意志があったのではないでしょうか」
「未練、のようなものか?」
「わかりませぬ…。しかしだとすれば、聖職者様の意志の強さによって魔力核の再構築もできるのでは、と」
ジョフはそこまで言うと、レオンハルトの方をじっと見つめた。
「どうか、聖職者様に声を掛けて下さいませぬか」
「声…?」
「そうです。聖職者様はまだ生きておられる。我々の声は、どこかで彷徨っている聖職者様の意識に必ず届く筈なのです」
戻ってきて欲しいと、一緒に生きて欲しいと。その祈りがグリファートに届けば。
「聖職者様自身の力で、核の再構築ができるのか」
「…前例はありませぬ、うまくいく保証もございませぬ」
それでも────
「声を、想いを、『こちら側』から聖職者様にお伝えしつづけるのです」
「女神様の御加護でもあったのかしらね。無茶をして核が一部砕けてしまったようだけれど、まだ何とか形を保っているみたい。獅子様が祈れば、或いは核の再構築も可能かもしれないわ」
レオンハルトが思わず僅かな希望を滲ませた瞳をでリゼッタを見つめる。
そんな視線にリゼッタはため息を吐いたが、しかしそれでも今までのような、関心も情もすべて捨てたかのような色のない表情の彼女とは少し違った。
「そのためにも、目の前の煩わしい厄介事を片付けなければいけないでしょう?」
リゼッタはそう言うと再び鉱山の方角へと足を向ける。
そんな彼女に寄り添うように、夫も後ろを着いていった。
リゼッタの言う厄介事が鉱山である事はわかる。しかし、あそこから湧き出る瘴気は凶悪だ。
それでも足を止めないリゼッタと夫をそのまま放置する事もできず、レオンハルトはグリファートを背に担ぐと二人の後を追った。
グリファートによる浄化のおかげで聖壁が張られていた時と同じくらいの規模の大地は蘇っているようだが、やはり鉱山に近づくにつれ瘴気がじわじわと辺りを占めていく。
足が段々と重くなり、本能的に一歩が踏み出せなくなってきたところでリゼッタは足を止めた。
魔力壁を張らずに近付くのは、この辺りが限界なのだろう。
「…この鉱山の瘴気を、何とかできるのか」
「そんな事、本当は私が聞きたいのだけれど」
リゼッタは肩をすくめながら、後ろを振り返る事なくその場に跪く。
「……それでも死ぬ気で祈ってみれば、そこで寝ている聖職者様のように『奇跡』が起きるかもしれないと、そう思っただけよ」
そう言ってリゼッタは掌を合わせ、指を折り、目を瞑った。
その姿はレオンハルトが何度も見てきた、無茶な男のそれと同じだった。
震える指先も自信なさげに丸まった背も。彼女の後ろ姿が、奇跡と呼ぶべき治癒をロビンに施した時のグリファートの姿と重なる。
自分の事を無能だと思い込んでいた男は、その震える手で何度もレオンハルトたちを救ってきた。
そして今、自分の事も周囲の事も諦めていた彼女は自らの殻を破って奇跡を起こそうとしている。
だからだろうか、レオンハルトはその背中に小さく言葉を放った。
「アンタは、無能なんかじゃない」
果たしてレオンハルトの声はリゼッタに届いていただろうか。
次の瞬間、リゼッタからいくつもの光が放たれる。圧巻するような輝きなわけでも、大粒の恵みなわけでもない。
それでもゆっくりと、大地が静かに癒えていくのをレオンハルトは確かに見た。
雫が落ちる。緑が蘇る。空が晴れていく。
そうして世界に鮮やかな色が戻った頃、彼女の身体がふらりと傾いた。
予期していたのだろう、地面に倒れそうになったその身体を隣にいた夫が優しく支える。
リゼッタは言っていた。
最初から無能だと諦めて、力を使おうとすらしていなかったと。
だとすればこれは、彼女が初めて施した聖女による浄化であり、オルフィスにとっては正しく『奇跡』とも呼ぶべきものだった。
◇◇◇◇
今、グリファートは学舎のベッドで静かに寝かされている。
レオンハルトがグリファートを担ぎ、リゼッタの夫が彼女を支えて学舎へと戻ってきた時は、人々は驚愕に目を見開きながらもそれぞれを出迎え、屋内へと案内して休息を取らせてくれた。
リゼッタも魔力を使い果たした事で意識を失っており、目を覚ますまでに少なくとも一日は要するだろうという事だった。
リゼッタの浄化のおかげでオルフィスの大地は蘇っている。倒壊した家屋の痕跡はあれど、モランたちが学舎付近を少しずつ復興していったように、これからひとつずつ形を取り戻していけばいい。
「ジョフ、聖職者様の核は元に戻るのか」
「ふむ…そうですな……」
レオンハルトは学舎へ戻ると、すぐさまジョフを呼びグリファートの状態を診てもらった。
冷たい体温のままぴくりとも動かず眠っているグリファートの姿を見て、ジョフの顔が僅かに強ばる。
「魔力核が欠けている以上、レオンハルト殿が魔力を注いだとしても溜まる事なくこぼれ落ちてしまうでしょう」
「……再構築は無理なのか?」
「…他者の魔力を注ぎ込んでの構築は難しいやもしれませぬ。ただ……本来であれば魔力核は限界を迎えると粉々に砕け散ってしまう筈なのです。それがどういう『奇跡』なのか、欠けただけで形を保っておられる」
「リゼッタは…俺が祈れば再構築も或いは、と言っていた」
「ほう………」
その言葉にジョフは難しい顔で顎髭を撫で、暫く考え込む。
「……もしや、聖職者様は彷徨っておられるのか」
「…彷徨う?」
どういう事だと目を向ければ、ジョフも確信はないのか困ったように目を細めた。
「魔力は生命力そのもの…つまりは生きたいという意志に直結しております。核が砕け散らなかったのも、聖職者様自身にまだ生きたいという強い意志があったのではないでしょうか」
「未練、のようなものか?」
「わかりませぬ…。しかしだとすれば、聖職者様の意志の強さによって魔力核の再構築もできるのでは、と」
ジョフはそこまで言うと、レオンハルトの方をじっと見つめた。
「どうか、聖職者様に声を掛けて下さいませぬか」
「声…?」
「そうです。聖職者様はまだ生きておられる。我々の声は、どこかで彷徨っている聖職者様の意識に必ず届く筈なのです」
戻ってきて欲しいと、一緒に生きて欲しいと。その祈りがグリファートに届けば。
「聖職者様自身の力で、核の再構築ができるのか」
「…前例はありませぬ、うまくいく保証もございませぬ」
それでも────
「声を、想いを、『こちら側』から聖職者様にお伝えしつづけるのです」
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