無能扱いの聖職者は聖女代理に選ばれました

芳一

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【46】安堵

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「聖女さま、おはよう。今日は畑でいっぱいお野菜採れたっ」

窓から差し込む穏やかな日差しの下、眠るグリファートに向かってロビンが声をかける。
グリファートの魔力核が欠けてしまってから既に一週間ほど。呼吸はあるものの未だ目を覚さない状況のままのグリファートの元へ、様子を見に代わる代わる人がやってきては声をかけていた。
グリファートが学舎に戻ってきた際、ロビンを始めとした多くの人々は涙を流したが、その後ジョフとレオンハルトから話を聞き、自分たちもグリファートへ言葉をかけたいと願い出たのである。

「よっグリフの兄さん。調子はどうだ」
「聖女様、見て見てー!お花の冠作ってきたの!上手に出来たでしょ!」
「聖職者様、また子供たちと遊んであげて下さいね」

開け放たれた窓からそよぐ風にグリファートの髪が揺れる。
あまりに穏やかで永遠にも思えるこの毎日は、平和である筈なのにどこか物悲しい。
日が昇るたびに希望を抱えてグリファートの元へ訪れ、日が沈めば明日こそはと願い眠りにつく。そんな毎日だ。

「聖職者様」
眠り続けるグリファートのため、食事代わりにレオンハルトが魔力を分け与えているが、ジョフが言うにはこの魔力もどれだけ栄養として与えられているかはわからないと言う。
現状グリファートの身体に異常はない。健康状態も保たれているようではあるが、長い間眠り続けるのはやはり危険だろう。
「頼む……」
眠り続けこのまま───など冗談ではない。
多くの命を見届け、背負い、守ってきたレオンハルトが縋るような思いで祈る姿は、傍から見れば情けなくて滑稽なのかもしれない。
それでもレオンハルトは『奇跡』に縋った。眠るグリファートの手を握り締め、毎日のようにレオンハルトは祈り続ける。

「目を覚ましてくれ、聖職者様」

俺は、アンタを────…




◇◇◇◇





『この先も守りたいんだ』




「守りたいって、何を」
『アンタを』
「……俺は何もあげられるものを持ってないんだってば」

魔力は使い果たした。
身体の奥にぽっかりと穴が空いてしまったような感覚に、聖職者としての務めがもう出来ないのだとグリファートは悟っている。
鉱山の浄化もやり遂げぬまま、レオンハルト一人にまたオルフィスを背負わせてしまうのは確かに心残りではあるのだが、悲しいかなグリファートはもはや彼の隣にいる事すら出来ない。
「だからさ、君が俺を守る必要はもう……」
『そうじゃない』
「え?」
『俺が、アンタのそばにいたい。アンタにそばにいて欲しい。守護者としてじゃなく、『レオンハルト』としてアンタのことを救いたい』
「………」

今度はグリファートが困惑する番だった。
レオンハルトは守護者としてオルフィスを守り、自身の終わりをオルフィスの最期だと考えるほどにはその身も心も削り続けてきた。
だからこそグリファートはレオンハルトを支えようとしたし、言葉通り全身全霊をかけてオルフィスの大地を浄化しようと思えたのだ。
そんなグリファートに対してレオンハルトは多くのものを与えてくれた。だが、今のグリファートにはそれを何ひとつ返してあげる事ができないのである。それなのに。


『アンタが好きなんだ』
「…っ」

気付けばレオンハルトの顔が至近距離にあった。
唇に触れられている。彼の腕に抱かれている。
それが酷く心地良く、離れ難い温もりだという事をグリファートは既に知ってしまっていた。
「ん、…っレオン、ハルト」
『好きだ』
「…ッ、ん…」
口付けの合間に紡がれる告白がじわりと心を震わせる。
ぞくりと感じるこれは、幸福からくるものなのか、ほんの少しの恐怖からくるものなのか。

『アンタの気持ちが知りたい』
「…っ俺、は」
『グリファート、アンタが欲しいものを俺は与えてやれる』


────欲しいもの。

そうだ、本当は怖かった。
聖職者としてじゃなく、ただの一人の人間として自分を必要としてくれるのか。それだけがグリファートには怖かったのだ。
この先もずっと、などと願うのは許されるだろうか。
いつか不要だと思われる日が来るのではないか。
不安は尽きない。絶対大丈夫だと言える自信もない。
長く『無能』としてあり続けてしまったからか、逃げ腰の怖がりになっていた。
いくらレオンハルトが情を傾けてくれようと、言葉をかけてくれようと、心のどこかで怯えていた。
こんな自分の情を受け取ってくれるだろうか、と。

だから───…グリファートはレオンハルトに「傍にいて欲しい」など、口が裂けても言えなかった。



『俺と生きてくれ、グリファート』


自然、溢れた涙が目尻から頬へと伝わっていく。
魔力が湧き上がる気配がする。
砕けた結晶の欠片が集まって、少しずつ形になっていく。

それが脆く小さな、生命力を生み出す魔力の核なのだと、グリファートはぼやけた思考の片隅で感じ取った。








◇◇◇◇


「聖職者様…?」
見間違いだろうか、一瞬だけぴくりと指が動いた気がした。
レオンハルトは祈るように垂れていた頭を上げると、一瞬の動きも見逃さないようにグリファートをじっと見つめる。
聖職者様、と呼びかけるように握っていた手に力を込めればグリファートの睫毛が僅かに震え、そうして───


「聖職者様!!」

ゆっくりと開かれたグリファートの瞳に映るのは、煌めく陽光と覗き込むレオンハルトの姿だ。

「グリフの兄さん!?目を覚ましたのか!」
「聖女、さま…っ」
レオンハルトの声を聞きつけたのだろう、学舎にいたらしきモランとロビンが一目散にこちらに駆けてくる。
目を覚ましたばかりでまだ頭がぼんやりとしているのかグリファートは二度三度瞬きを繰り返すだけだったが、やがて小さく「…みんな?」と呟いた。
「だ、だいじょうぶ?聖女さま、元気…っ?痛くない?」
「ロビン…おはよう」
駆け寄ってきたロビンはグリファートに抱きつくようにして飛び込むと、堰が切れたようにわんわんと泣き出した。
それを見てモランも目尻に涙を浮かべている。

「聖職者様」

レオンハルトが発した静かな声に、グリファートがゆるりと視線を向けた。
穏やかで優しい、ずっと見たかった愛しい男の笑顔をレオンハルトはただ見つめる。


「…ただいま、レオンハルト」


そこにある確かな奇跡に、レオンハルトはどうしようもなく安堵した。
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