46 / 47
【46】安堵
しおりを挟む
「聖女さま、おはよう。今日は畑でいっぱいお野菜採れたっ」
窓から差し込む穏やかな日差しの下、眠るグリファートに向かってロビンが声をかける。
グリファートの魔力核が欠けてしまってから既に一週間ほど。呼吸はあるものの未だ目を覚さない状況のままのグリファートの元へ、様子を見に代わる代わる人がやってきては声をかけていた。
グリファートが学舎に戻ってきた際、ロビンを始めとした多くの人々は涙を流したが、その後ジョフとレオンハルトから話を聞き、自分たちもグリファートへ言葉をかけたいと願い出たのである。
「よっグリフの兄さん。調子はどうだ」
「聖女様、見て見てー!お花の冠作ってきたの!上手に出来たでしょ!」
「聖職者様、また子供たちと遊んであげて下さいね」
開け放たれた窓からそよぐ風にグリファートの髪が揺れる。
あまりに穏やかで永遠にも思えるこの毎日は、平和である筈なのにどこか物悲しい。
日が昇るたびに希望を抱えてグリファートの元へ訪れ、日が沈めば明日こそはと願い眠りにつく。そんな毎日だ。
「聖職者様」
眠り続けるグリファートのため、食事代わりにレオンハルトが魔力を分け与えているが、ジョフが言うにはこの魔力もどれだけ栄養として与えられているかはわからないと言う。
現状グリファートの身体に異常はない。健康状態も保たれているようではあるが、長い間眠り続けるのはやはり危険だろう。
「頼む……」
眠り続けこのまま───など冗談ではない。
多くの命を見届け、背負い、守ってきたレオンハルトが縋るような思いで祈る姿は、傍から見れば情けなくて滑稽なのかもしれない。
それでもレオンハルトは『奇跡』に縋った。眠るグリファートの手を握り締め、毎日のようにレオンハルトは祈り続ける。
「目を覚ましてくれ、聖職者様」
俺は、アンタを────…
◇◇◇◇
『この先も守りたいんだ』
「守りたいって、何を」
『アンタを』
「……俺は何もあげられるものを持ってないんだってば」
魔力は使い果たした。
身体の奥にぽっかりと穴が空いてしまったような感覚に、聖職者としての務めがもう出来ないのだとグリファートは悟っている。
鉱山の浄化もやり遂げぬまま、レオンハルト一人にまたオルフィスを背負わせてしまうのは確かに心残りではあるのだが、悲しいかなグリファートはもはや彼の隣にいる事すら出来ない。
「だからさ、君が俺を守る必要はもう……」
『そうじゃない』
「え?」
『俺が、アンタのそばにいたい。アンタにそばにいて欲しい。守護者としてじゃなく、『レオンハルト』としてアンタのことを救いたい』
「………」
今度はグリファートが困惑する番だった。
レオンハルトは守護者としてオルフィスを守り、自身の終わりをオルフィスの最期だと考えるほどにはその身も心も削り続けてきた。
だからこそグリファートはレオンハルトを支えようとしたし、言葉通り全身全霊をかけてオルフィスの大地を浄化しようと思えたのだ。
そんなグリファートに対してレオンハルトは多くのものを与えてくれた。だが、今のグリファートにはそれを何ひとつ返してあげる事ができないのである。それなのに。
『アンタが好きなんだ』
「…っ」
気付けばレオンハルトの顔が至近距離にあった。
唇に触れられている。彼の腕に抱かれている。
それが酷く心地良く、離れ難い温もりだという事をグリファートは既に知ってしまっていた。
「ん、…っレオン、ハルト」
『好きだ』
「…ッ、ん…」
口付けの合間に紡がれる告白がじわりと心を震わせる。
ぞくりと感じるこれは、幸福からくるものなのか、ほんの少しの恐怖からくるものなのか。
『アンタの気持ちが知りたい』
「…っ俺、は」
『グリファート、アンタが欲しいものを俺は与えてやれる』
────欲しいもの。
そうだ、本当は怖かった。
聖職者としてじゃなく、ただの一人の人間として自分を必要としてくれるのか。それだけがグリファートには怖かったのだ。
この先もずっと、などと願うのは許されるだろうか。
いつか不要だと思われる日が来るのではないか。
不安は尽きない。絶対大丈夫だと言える自信もない。
長く『無能』としてあり続けてしまったからか、逃げ腰の怖がりになっていた。
いくらレオンハルトが情を傾けてくれようと、言葉をかけてくれようと、心のどこかで怯えていた。
こんな自分の情を受け取ってくれるだろうか、と。
だから───…グリファートはレオンハルトに「傍にいて欲しい」など、口が裂けても言えなかった。
『俺と生きてくれ、グリファート』
自然、溢れた涙が目尻から頬へと伝わっていく。
魔力が湧き上がる気配がする。
砕けた結晶の欠片が集まって、少しずつ形になっていく。
それが脆く小さな、生命力を生み出す魔力の核なのだと、グリファートはぼやけた思考の片隅で感じ取った。
◇◇◇◇
「聖職者様…?」
見間違いだろうか、一瞬だけぴくりと指が動いた気がした。
レオンハルトは祈るように垂れていた頭を上げると、一瞬の動きも見逃さないようにグリファートをじっと見つめる。
聖職者様、と呼びかけるように握っていた手に力を込めればグリファートの睫毛が僅かに震え、そうして───
「聖職者様!!」
ゆっくりと開かれたグリファートの瞳に映るのは、煌めく陽光と覗き込むレオンハルトの姿だ。
「グリフの兄さん!?目を覚ましたのか!」
「聖女、さま…っ」
レオンハルトの声を聞きつけたのだろう、学舎にいたらしきモランとロビンが一目散にこちらに駆けてくる。
目を覚ましたばかりでまだ頭がぼんやりとしているのかグリファートは二度三度瞬きを繰り返すだけだったが、やがて小さく「…みんな?」と呟いた。
「だ、だいじょうぶ?聖女さま、元気…っ?痛くない?」
「ロビン…おはよう」
駆け寄ってきたロビンはグリファートに抱きつくようにして飛び込むと、堰が切れたようにわんわんと泣き出した。
それを見てモランも目尻に涙を浮かべている。
「聖職者様」
レオンハルトが発した静かな声に、グリファートがゆるりと視線を向けた。
穏やかで優しい、ずっと見たかった愛しい男の笑顔をレオンハルトはただ見つめる。
「…ただいま、レオンハルト」
そこにある確かな奇跡に、レオンハルトはどうしようもなく安堵した。
窓から差し込む穏やかな日差しの下、眠るグリファートに向かってロビンが声をかける。
グリファートの魔力核が欠けてしまってから既に一週間ほど。呼吸はあるものの未だ目を覚さない状況のままのグリファートの元へ、様子を見に代わる代わる人がやってきては声をかけていた。
グリファートが学舎に戻ってきた際、ロビンを始めとした多くの人々は涙を流したが、その後ジョフとレオンハルトから話を聞き、自分たちもグリファートへ言葉をかけたいと願い出たのである。
「よっグリフの兄さん。調子はどうだ」
「聖女様、見て見てー!お花の冠作ってきたの!上手に出来たでしょ!」
「聖職者様、また子供たちと遊んであげて下さいね」
開け放たれた窓からそよぐ風にグリファートの髪が揺れる。
あまりに穏やかで永遠にも思えるこの毎日は、平和である筈なのにどこか物悲しい。
日が昇るたびに希望を抱えてグリファートの元へ訪れ、日が沈めば明日こそはと願い眠りにつく。そんな毎日だ。
「聖職者様」
眠り続けるグリファートのため、食事代わりにレオンハルトが魔力を分け与えているが、ジョフが言うにはこの魔力もどれだけ栄養として与えられているかはわからないと言う。
現状グリファートの身体に異常はない。健康状態も保たれているようではあるが、長い間眠り続けるのはやはり危険だろう。
「頼む……」
眠り続けこのまま───など冗談ではない。
多くの命を見届け、背負い、守ってきたレオンハルトが縋るような思いで祈る姿は、傍から見れば情けなくて滑稽なのかもしれない。
それでもレオンハルトは『奇跡』に縋った。眠るグリファートの手を握り締め、毎日のようにレオンハルトは祈り続ける。
「目を覚ましてくれ、聖職者様」
俺は、アンタを────…
◇◇◇◇
『この先も守りたいんだ』
「守りたいって、何を」
『アンタを』
「……俺は何もあげられるものを持ってないんだってば」
魔力は使い果たした。
身体の奥にぽっかりと穴が空いてしまったような感覚に、聖職者としての務めがもう出来ないのだとグリファートは悟っている。
鉱山の浄化もやり遂げぬまま、レオンハルト一人にまたオルフィスを背負わせてしまうのは確かに心残りではあるのだが、悲しいかなグリファートはもはや彼の隣にいる事すら出来ない。
「だからさ、君が俺を守る必要はもう……」
『そうじゃない』
「え?」
『俺が、アンタのそばにいたい。アンタにそばにいて欲しい。守護者としてじゃなく、『レオンハルト』としてアンタのことを救いたい』
「………」
今度はグリファートが困惑する番だった。
レオンハルトは守護者としてオルフィスを守り、自身の終わりをオルフィスの最期だと考えるほどにはその身も心も削り続けてきた。
だからこそグリファートはレオンハルトを支えようとしたし、言葉通り全身全霊をかけてオルフィスの大地を浄化しようと思えたのだ。
そんなグリファートに対してレオンハルトは多くのものを与えてくれた。だが、今のグリファートにはそれを何ひとつ返してあげる事ができないのである。それなのに。
『アンタが好きなんだ』
「…っ」
気付けばレオンハルトの顔が至近距離にあった。
唇に触れられている。彼の腕に抱かれている。
それが酷く心地良く、離れ難い温もりだという事をグリファートは既に知ってしまっていた。
「ん、…っレオン、ハルト」
『好きだ』
「…ッ、ん…」
口付けの合間に紡がれる告白がじわりと心を震わせる。
ぞくりと感じるこれは、幸福からくるものなのか、ほんの少しの恐怖からくるものなのか。
『アンタの気持ちが知りたい』
「…っ俺、は」
『グリファート、アンタが欲しいものを俺は与えてやれる』
────欲しいもの。
そうだ、本当は怖かった。
聖職者としてじゃなく、ただの一人の人間として自分を必要としてくれるのか。それだけがグリファートには怖かったのだ。
この先もずっと、などと願うのは許されるだろうか。
いつか不要だと思われる日が来るのではないか。
不安は尽きない。絶対大丈夫だと言える自信もない。
長く『無能』としてあり続けてしまったからか、逃げ腰の怖がりになっていた。
いくらレオンハルトが情を傾けてくれようと、言葉をかけてくれようと、心のどこかで怯えていた。
こんな自分の情を受け取ってくれるだろうか、と。
だから───…グリファートはレオンハルトに「傍にいて欲しい」など、口が裂けても言えなかった。
『俺と生きてくれ、グリファート』
自然、溢れた涙が目尻から頬へと伝わっていく。
魔力が湧き上がる気配がする。
砕けた結晶の欠片が集まって、少しずつ形になっていく。
それが脆く小さな、生命力を生み出す魔力の核なのだと、グリファートはぼやけた思考の片隅で感じ取った。
◇◇◇◇
「聖職者様…?」
見間違いだろうか、一瞬だけぴくりと指が動いた気がした。
レオンハルトは祈るように垂れていた頭を上げると、一瞬の動きも見逃さないようにグリファートをじっと見つめる。
聖職者様、と呼びかけるように握っていた手に力を込めればグリファートの睫毛が僅かに震え、そうして───
「聖職者様!!」
ゆっくりと開かれたグリファートの瞳に映るのは、煌めく陽光と覗き込むレオンハルトの姿だ。
「グリフの兄さん!?目を覚ましたのか!」
「聖女、さま…っ」
レオンハルトの声を聞きつけたのだろう、学舎にいたらしきモランとロビンが一目散にこちらに駆けてくる。
目を覚ましたばかりでまだ頭がぼんやりとしているのかグリファートは二度三度瞬きを繰り返すだけだったが、やがて小さく「…みんな?」と呟いた。
「だ、だいじょうぶ?聖女さま、元気…っ?痛くない?」
「ロビン…おはよう」
駆け寄ってきたロビンはグリファートに抱きつくようにして飛び込むと、堰が切れたようにわんわんと泣き出した。
それを見てモランも目尻に涙を浮かべている。
「聖職者様」
レオンハルトが発した静かな声に、グリファートがゆるりと視線を向けた。
穏やかで優しい、ずっと見たかった愛しい男の笑顔をレオンハルトはただ見つめる。
「…ただいま、レオンハルト」
そこにある確かな奇跡に、レオンハルトはどうしようもなく安堵した。
331
あなたにおすすめの小説
親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。
夫婦喧嘩したのでダンジョンで生活してみたら思いの外快適だった
ミクリ21 (新)
BL
夫婦喧嘩したアデルは脱走した。
そして、連れ戻されたくないからダンジョン暮らしすることに決めた。
旦那ラグナーと義両親はアデルを探すが当然みつからず、実はアデルが神子という神託があってラグナー達はざまぁされることになる。
アデルはダンジョンで、たまに会う黒いローブ姿の男と惹かれ合う。
【完結】婚約破棄の慰謝料は36回払いでどうだろうか?~悪役令息に幸せを~
志麻友紀
BL
「婚約破棄の慰謝料だが、三十六回払いでどうだ?」
聖フローラ学園の卒業パーティ。悪徳の黒薔薇様ことアルクガード・ダークローズの言葉にみんな耳を疑った。この黒い悪魔にして守銭奴と名高い男が自ら婚約破棄を宣言したとはいえ、その相手に慰謝料を支払うだと!?
しかし、アレクガードは華の神子であるエクター・ラナンキュラスに婚約破棄を宣言した瞬間に思い出したのだ。
この世界が前世、視聴者ひと桁の配信で真夜中にゲラゲラと笑いながらやっていたBLゲーム「FLOWERS~華咲く男達~」の世界であることを。
そして、自分は攻略対象外で必ず破滅処刑ENDを迎える悪役令息であることを……だ。
破滅処刑ENDをなんとしても回避しなければならないと、提示した条件が慰謝料の三六回払いだった。
これは悪徳の黒薔薇と呼ばれた悪役令息が幸せをつかむまでのお話。
絶対ハッピーエンドです!
4万文字弱の中編かな?さくっと読めるはず……と思いたいです。
fujossyさんにも掲載してます。
【完結】王子様たちに狙われています。本気出せばいつでも美しくなれるらしいですが、どうでもいいじゃないですか。
竜鳴躍
BL
同性でも子を成せるようになった世界。ソルト=ペッパーは公爵家の3男で、王宮務めの文官だ。他の兄弟はそれなりに高級官吏になっているが、ソルトは昔からこまごまとした仕事が好きで、下級貴族に混じって働いている。机で物を書いたり、何かを作ったり、仕事や趣味に没頭するあまり、物心がついてからは身だしなみもおざなりになった。だが、本当はソルトはものすごく美しかったのだ。
自分に無頓着な美人と彼に恋する王子と騎士の話。
番外編はおまけです。
特に番外編2はある意味蛇足です。
氷の騎士団長様の悪妻とかイヤなので離婚しようと思います
黄金
BL
目が覚めたら、ここは読んでたBL漫画の世界。冷静冷淡な氷の騎士団長様の妻になっていた。しかもその役は名前も出ない悪妻!
だったら離婚したい!
ユンネの野望は離婚、漫画の主人公を見たい、という二つの事。
お供に老侍従ソマルデを伴って、主人公がいる王宮に向かうのだった。
本編61話まで
番外編 なんか長くなってます。お付き合い下されば幸いです。
※細目キャラが好きなので書いてます。
多くの方に読んでいただき嬉しいです。
コメント、お気に入り、しおり、イイねを沢山有難うございます。
婚約破棄されたから能力隠すのやめまーすw
ミクリ21
BL
婚約破棄されたエドワードは、実は秘密をもっていた。それを知らない転生ヒロインは見事に王太子をゲットした。しかし、のちにこれが王太子とヒロインのざまぁに繋がる。
軽く説明
★シンシア…乙女ゲームに転生したヒロイン。自分が主人公だと思っている。
★エドワード…転生者だけど乙女ゲームの世界だとは知らない。本当の主人公です。
悪辣と花煙り――悪役令嬢の従者が大嫌いな騎士様に喰われる話――
ロ
BL
「ずっと前から、おまえが好きなんだ」
と、俺を容赦なく犯している男は、互いに互いを嫌い合っている(筈の)騎士様で――――。
「悪役令嬢」に仕えている性悪で悪辣な従者が、「没落エンド」とやらを回避しようと、裏で暗躍していたら、大嫌いな騎士様に見つかってしまった。双方の利益のために手を組んだものの、嫌いなことに変わりはないので、うっかり煽ってやったら、何故かがっつり喰われてしまった話。
※ムーンライトノベルズでも公開しています(https://novel18.syosetu.com/n4448gl/)
ぼくの婚約者を『運命の番』だと言うひとが現れたのですが、婚約者は変わらずぼくを溺愛しています。
夏笆(なつは)
BL
公爵令息のウォルターは、第一王子アリスターの婚約者。
ふたりの婚約は、ウォルターが生まれた際、3歳だったアリスターが『うぉるがぼくのはんりょだ』と望んだことに起因している。
そうして生まれてすぐアリスターの婚約者となったウォルターも、やがて18歳。
初めての発情期を迎えようかという年齢になった。
これまで、大切にウォルターを慈しみ、その身体を拓いて来たアリスターは、やがて来るその日を心待ちにしている。
しかし、そんな幸せな日々に一石を投じるかのように、アリスターの運命の番を名乗る男爵令息が現れる。
男性しか存在しない、オメガバースの世界です。
改定前のものが、小説家になろうに掲載してあります。
※蔑視する内容を含みます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる