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第三章
第四十五話 真意
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「違う……言葉?」
僕は、上ずった声で訊き返した。
「そ……それって、どういう……?」
「……お前も知ってるだろ?」
そう言ってフッと表情を曇らせた宙は、小さく息を吐いてから話を続ける。
「――アイツの家庭の事情を……さ」
「あ……」
彼の言葉に、僕はハッとした。
そんな僕に小さく頷きかけた宙は、ポツポツと話を続ける。
「酒癖が悪くて、酔っぱらうとすぐに暴力を振るってくるクソ野郎の父親と、娘の方ばかり向いていて、息子には無関心な母親……」
「……」
「アイツ……言ってたよ。『そんな両親のもとで育ったせいで、俺はすっかり“愛”ってやつが信じられなくなったよ』ってさ」
そう言った彼は、湧き上がる感情を抑えようとするかのようにキュッと唇を結んだ。
そして、夜空の星を見るように顔を上に向け、もう一度息を吐いてから「……多分」と言葉を継ぐ。
「ホクトは、怖かったんだと思う」
「怖かった……?」
「ああ……」
訊き返す僕の顔を真剣な眼差しで見つめながら、小さく頷いた宙は、微かに揺れる声で続けた。
「お前に抱いた感情が“愛”だということに気づいた時に……自分がその衝動に従ったら、お前をひどく傷つけることをしてしまうんじゃないかって。――自分の両親が自分に向けたモノと同じように、な」
「……っ!」
宙の言葉に、僕は息を呑み――それから激しく首を左右に振る。
「そんなことないよ! 北斗は、そんなひどいことをするような奴じゃない!」
「ああ、そうだ。オレもそう思うよ」
僕が荒げた声に、宙も大きく頷いた。……が、すぐに表情を曇らせ、「でも……」と続ける。
「他の誰でもない。アイツ自身がそう思っていなかったんだよ。なにせ、両親のせいで“愛”ってやつ自体を信じられなくなっていたんだからな」
「そんな……」
宙の暗い声に、僕は愕然とするしかなかった。
そんな僕の頭にそっと手を乗せた宙は、囁くように言った。
「だから……中学校の卒業式にお前から告白されても、正直に応えられなかったんだ。……きっと」
「……」
僕の脳裏に、あの日……卒業式が終わった後の帰り道で、自分が北斗に想いを打ち明けた時の光景がぼんやりと蘇る。
――『……ごめん昴、驚いて――なんて言ったらいいのか。少し…時間、もらってもいいか。また連絡する』
弱々しい北斗の返事と、彼の顔に浮かんだ表情を。
あの時の哀しげで苦しげな表情は、自分の本当の気持ちを無理やり押し殺そうとしたから……?
「そんな……」
うめくように呟いた僕は、力が抜けて、その場に膝をついた。
「お、おい? だいじょうぶか、スバル……?」
急に僕がうずくまったのに驚いて、慌てて声をかける宙。
そんな彼の声を妙に遠く感じながら、僕は「なんで……」とかすれ声を漏らす。
「なんで……あの時、そのことに気づかなかったんだろう? なんであれっきりにしちゃったんだろう? なんでもっと話をしようとしなかったんだろう……?」
「スバル……」
「きちんと話をして、北斗がそんなことを考えてるって分かったら、『お前ならそんな風にはならないよ』って言ってあげられたのに……」
うわごとのように呟くうちに、僕の視界はみるみるぼやけていった。
僕の目からあふれた涙の粒が枯れた芝生の上に落ちて、ぽたりぽたりと音を立てる。
「なのに僕は、そこまで考えられずに、ただ自分が受けたショックを引きずって、北斗から離れることを選んで……あいつをあの日のまま置き去りに……」
――そこから先は、言葉にならなかった。
◆ ◆ ◆ ◆
それから10分ほどした後――。
「……落ち着いたか?」
僕が号泣している間、ずっと背中をさすってくれていた宙が、心配そうな声で訊ねてきた。
「……うん」
人目も憚らずに泣き続けていたせいですっかりかすれてしまった声で宙の問いかけに応えた僕は、ぐっしょりと濡れた頬を手の甲で拭きながら、彼に向けて頭を下げた。
「その……色々とごめん」
「え?」
僕の謝罪に、宙はびっくりした顔をした。
「なんでいきなり謝るんだ?」
「いや……」
怪訝そうに首を傾げる宙に困り笑いを向けながら、僕は言う。
「いきなり泣き出したりしてさ……『男のクセに』ってドン引きしたでしょ?」
「そんなことないさ」
僕の答えを聞いた宙は、苦笑いを浮かべながらかぶりを振った。
「つーか、それを言ったらオレだって同じだろ。……オレだって、お前と初めて会った日にワンワン泣きまくってたじゃん。忘れたのか?」
「あ……」
そういえばそうだった。
宙と初めて会った日――北斗の告別式の日に、彼は祭壇に飾られた遺影を見上げながら号泣していた。
……今思い返せば、あれは単なる友人の死を悼む程度のものではなく――秘かに想いを寄せていた相手が突然いなくなってしまったことに対する喪失感と悲しみがあふれ出たものだったんだ。
――今の僕と同じように。
「……ねえ、宙」
僕は、改まった声で彼の名を呼んだ。
「ん?」
「あのさ……」
訊き返す宙の目をまっすぐに見つめながら、僕は話を切り出す。
「さっき、君が言ってくれた通りにするよ」
「オレが言った通り……?」
「うん」
僕は、キョトンとした表情を浮かべる宙にニコリと微笑みかけながら言葉を継いだ。
「僕も、君と同じようにぶちまけるよ。あいつ……北斗への気持ちを」
「……っ!」
「まあ……そう言っても、もう大体察しが付いてるかもしれないけど」
そう言って、僕は無数の星が瞬く夜空を見上げる。
すうっと息を吸い、ぐっと胸の真ん中を掌で抑えながら、今まで北斗本人以外には明かさなかった気持ちを口にした。
「僕も……北斗のことが好きだ。辛くなるくらいに……ね」
僕は、上ずった声で訊き返した。
「そ……それって、どういう……?」
「……お前も知ってるだろ?」
そう言ってフッと表情を曇らせた宙は、小さく息を吐いてから話を続ける。
「――アイツの家庭の事情を……さ」
「あ……」
彼の言葉に、僕はハッとした。
そんな僕に小さく頷きかけた宙は、ポツポツと話を続ける。
「酒癖が悪くて、酔っぱらうとすぐに暴力を振るってくるクソ野郎の父親と、娘の方ばかり向いていて、息子には無関心な母親……」
「……」
「アイツ……言ってたよ。『そんな両親のもとで育ったせいで、俺はすっかり“愛”ってやつが信じられなくなったよ』ってさ」
そう言った彼は、湧き上がる感情を抑えようとするかのようにキュッと唇を結んだ。
そして、夜空の星を見るように顔を上に向け、もう一度息を吐いてから「……多分」と言葉を継ぐ。
「ホクトは、怖かったんだと思う」
「怖かった……?」
「ああ……」
訊き返す僕の顔を真剣な眼差しで見つめながら、小さく頷いた宙は、微かに揺れる声で続けた。
「お前に抱いた感情が“愛”だということに気づいた時に……自分がその衝動に従ったら、お前をひどく傷つけることをしてしまうんじゃないかって。――自分の両親が自分に向けたモノと同じように、な」
「……っ!」
宙の言葉に、僕は息を呑み――それから激しく首を左右に振る。
「そんなことないよ! 北斗は、そんなひどいことをするような奴じゃない!」
「ああ、そうだ。オレもそう思うよ」
僕が荒げた声に、宙も大きく頷いた。……が、すぐに表情を曇らせ、「でも……」と続ける。
「他の誰でもない。アイツ自身がそう思っていなかったんだよ。なにせ、両親のせいで“愛”ってやつ自体を信じられなくなっていたんだからな」
「そんな……」
宙の暗い声に、僕は愕然とするしかなかった。
そんな僕の頭にそっと手を乗せた宙は、囁くように言った。
「だから……中学校の卒業式にお前から告白されても、正直に応えられなかったんだ。……きっと」
「……」
僕の脳裏に、あの日……卒業式が終わった後の帰り道で、自分が北斗に想いを打ち明けた時の光景がぼんやりと蘇る。
――『……ごめん昴、驚いて――なんて言ったらいいのか。少し…時間、もらってもいいか。また連絡する』
弱々しい北斗の返事と、彼の顔に浮かんだ表情を。
あの時の哀しげで苦しげな表情は、自分の本当の気持ちを無理やり押し殺そうとしたから……?
「そんな……」
うめくように呟いた僕は、力が抜けて、その場に膝をついた。
「お、おい? だいじょうぶか、スバル……?」
急に僕がうずくまったのに驚いて、慌てて声をかける宙。
そんな彼の声を妙に遠く感じながら、僕は「なんで……」とかすれ声を漏らす。
「なんで……あの時、そのことに気づかなかったんだろう? なんであれっきりにしちゃったんだろう? なんでもっと話をしようとしなかったんだろう……?」
「スバル……」
「きちんと話をして、北斗がそんなことを考えてるって分かったら、『お前ならそんな風にはならないよ』って言ってあげられたのに……」
うわごとのように呟くうちに、僕の視界はみるみるぼやけていった。
僕の目からあふれた涙の粒が枯れた芝生の上に落ちて、ぽたりぽたりと音を立てる。
「なのに僕は、そこまで考えられずに、ただ自分が受けたショックを引きずって、北斗から離れることを選んで……あいつをあの日のまま置き去りに……」
――そこから先は、言葉にならなかった。
◆ ◆ ◆ ◆
それから10分ほどした後――。
「……落ち着いたか?」
僕が号泣している間、ずっと背中をさすってくれていた宙が、心配そうな声で訊ねてきた。
「……うん」
人目も憚らずに泣き続けていたせいですっかりかすれてしまった声で宙の問いかけに応えた僕は、ぐっしょりと濡れた頬を手の甲で拭きながら、彼に向けて頭を下げた。
「その……色々とごめん」
「え?」
僕の謝罪に、宙はびっくりした顔をした。
「なんでいきなり謝るんだ?」
「いや……」
怪訝そうに首を傾げる宙に困り笑いを向けながら、僕は言う。
「いきなり泣き出したりしてさ……『男のクセに』ってドン引きしたでしょ?」
「そんなことないさ」
僕の答えを聞いた宙は、苦笑いを浮かべながらかぶりを振った。
「つーか、それを言ったらオレだって同じだろ。……オレだって、お前と初めて会った日にワンワン泣きまくってたじゃん。忘れたのか?」
「あ……」
そういえばそうだった。
宙と初めて会った日――北斗の告別式の日に、彼は祭壇に飾られた遺影を見上げながら号泣していた。
……今思い返せば、あれは単なる友人の死を悼む程度のものではなく――秘かに想いを寄せていた相手が突然いなくなってしまったことに対する喪失感と悲しみがあふれ出たものだったんだ。
――今の僕と同じように。
「……ねえ、宙」
僕は、改まった声で彼の名を呼んだ。
「ん?」
「あのさ……」
訊き返す宙の目をまっすぐに見つめながら、僕は話を切り出す。
「さっき、君が言ってくれた通りにするよ」
「オレが言った通り……?」
「うん」
僕は、キョトンとした表情を浮かべる宙にニコリと微笑みかけながら言葉を継いだ。
「僕も、君と同じようにぶちまけるよ。あいつ……北斗への気持ちを」
「……っ!」
「まあ……そう言っても、もう大体察しが付いてるかもしれないけど」
そう言って、僕は無数の星が瞬く夜空を見上げる。
すうっと息を吸い、ぐっと胸の真ん中を掌で抑えながら、今まで北斗本人以外には明かさなかった気持ちを口にした。
「僕も……北斗のことが好きだ。辛くなるくらいに……ね」
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