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第四章
第四十七話 オムライス
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――それから四日が過ぎた。
今日も、僕は青井さんの店で働いていた。
いつものように慌ただしいランチタイムを乗り越えた僕は、青井さんが賄い料理を作ってくれている間、店内のテーブルの拭き掃除をしていた。
全てのテーブルを拭き終わった頃に、
「やあ、おまたせ。お昼にしよう」
そう、僕に声をかけながら、お盆を持った青井さんが厨房から姿を現した。
彼は、
「待たせてしまってごめんね。お腹が空いただろう?」
と、申し訳なさそうに言いながら、お盆の上に乗せたふたつの皿をカウンター席に並べる。
「さあ、冷めないうちに食べよう」
「あ、はい」
彼の言葉に軽く頷いた僕は、厨房の水道で軽く手を洗ってから、カウンターの席に座った。
今日の賄い料理は、オムライスだ。
真っ赤なケチャップがかかった黄色の玉子の衣からは、出来立てであることを示すように白い湯気が立ち上り、美味しそうな匂いがカウンターの上にほんのりと漂う。
やにわに口の中で唾が湧くのを感じながら、僕は青井さんに微笑みかけた。
「今日のお昼もめちゃくちゃ美味しそうです。賄い料理じゃなくて、普通にお店のメニューで出されてもおかしくなさそう」
「ははは、気に入ってもらえたのなら良かったよ」
僕の隣の椅子に腰かけながら、青井さんが嬉しそうに笑う。
そして、僕にスプーンを差し出しながら、いたずらっぽくウィンクした。
「さあ、早く食べて、見た目通りの味なのか確かめてくれ」
「あ、はい……いただきます」
青井さんの言葉に頷いた僕は、彼から受け取ったスプーンで、オムライスの端っこを掬い取る。
そして、ほかほかと湯気を上げるオムライスの切れ端に息を吹きかけて冷ましてから、ゆっくりと口の中に含んだ。
噛みしめた途端、酸味と甘味が混じったケチャップが絡んだ玉子と、程よくパラパラになったチキンライスの風味が口の中に広がる……。
「……おいしい!」
気づいたら、思わず声を漏らしていた。
それを聞いた青井さんが、満面の笑みを浮かべる。
「そんなに美味しいかい?」
「はい、とっても!」
彼の問いかけに大きく頷いた僕は、夢中でもう一口頬張った。
そして、何度も噛みしめてから飲み込んでから、青井さんに感想……いや、感動を伝えようとする。
「いやぁ……めちゃくちゃ美味しいです。今まで食べたオムライスの中でもダントツに! ……まあ、今まで僕が食べたことがあるのって、母さんが作ってくれたものくらいですけど……あ、すみません」
「はは、“おふくろの味”よりも美味しいなんて言ってもらえるなんて、光栄の至りだよ」
青井さんは、僕の拙い賛辞にも気を悪くした様子も無く、満足そうな表情を浮かべた。
そして、自分も一口オムライスを食べ、小さく頷く。
「うん……そんなに美味しいのなら、賄い飯じゃなくて、店のメニューにするのもいいかもね」
「はい、いいと思います!」
青井さんの言葉を聞いた僕は、大きく頷いた。
そんな僕に気恥ずかしそうな微笑みを向けた青井さんは、また一口オムライスを口に含み、しみじみと呟く。
「そうだね……彼だけじゃなく、君からも太鼓判を捺してもらえたのなら、鬼に金棒だよ」
「……彼?」
青井さんの言葉に引っかかりを感じた僕は、思わず訊き返した。
そんな僕の顔をチラリと見た彼は、少しだけ辛そうな表情を浮かべ、静かに答える。
「……北斗くんだよ」
「……っ!」
北斗の名を聞いた僕は、思わず息を呑んだ。
そんな僕に小さく頷きかけた青井さんは、スプーンでオムライスを掬い取りながら、穏やかな声で言葉を継ぐ。
「北斗くんも……僕の作ったオムライスを気に入ってくれてたようでね。賄い飯を作る時にはしょっちゅうリクエストされたもんだよ」
「そうだったんですか……」
思いもかけぬ北斗の話に胸の奥が熱くなるのを感じながら、僕はオムライスを一口頬張った。
……美味しい。
ふと、(この美味しさを、北斗も味わってたんだ……多分、ここに座って……)と考えた途端、急に視界が潤んできた。
同時に鼻の奥がツンとするのを感じた僕は、慌ててコップを取り、中の水を飲み干すことで自分の気持ちをごまかす。
――よし、だいじょうぶだ。
あやうく雪崩れかけた気持ちをなんとか落ち着かせた僕は、小さく安堵の息を吐く。
そんな僕に気遣うような目を向けながら、空になったコップにピッチャーから水を注いでくれた青井さんが、ぽつりと言った。
「……君も、だいぶ受け入れられたみたいだね」
「……え?」
彼の言葉の意味が良く分からなかった僕は、思わず首を傾げる。
「受け入れられたって……何をですか?」
「……それは」
ピッチャーをカウンターの上に戻しながら、青井さんは答えた。
「北斗くんの死を……さ」
「え……っ?」
青井さんの答えを聞いた瞬間、僕の胸の奥が大きく脈打つ。
そんな僕の反応に気づかぬ様子で、青井さんは言葉を継いだ。
「もちろん、まだ完全に吹っ切れてはいないみたいだけどね。でも……そうだな、三日前くらいから表情がだいぶ明るくなった気がするよ」
「……!」
青井さんの言葉を聞いた瞬間、僕は思わずハッとする。
三日前――僕と宙が、作倉城跡でいっしょに星を見た日の翌日……。
「……昴くん」
黙り込んだ僕に、青井さんが静かに声をかけた。
……なぜだろうか?
その声は、今までとは違って、微かな圧を感じる……。
「ひょっとして……なにかあったかい? ――北斗くんへの気持ちが変わるようななにかが……」
今日も、僕は青井さんの店で働いていた。
いつものように慌ただしいランチタイムを乗り越えた僕は、青井さんが賄い料理を作ってくれている間、店内のテーブルの拭き掃除をしていた。
全てのテーブルを拭き終わった頃に、
「やあ、おまたせ。お昼にしよう」
そう、僕に声をかけながら、お盆を持った青井さんが厨房から姿を現した。
彼は、
「待たせてしまってごめんね。お腹が空いただろう?」
と、申し訳なさそうに言いながら、お盆の上に乗せたふたつの皿をカウンター席に並べる。
「さあ、冷めないうちに食べよう」
「あ、はい」
彼の言葉に軽く頷いた僕は、厨房の水道で軽く手を洗ってから、カウンターの席に座った。
今日の賄い料理は、オムライスだ。
真っ赤なケチャップがかかった黄色の玉子の衣からは、出来立てであることを示すように白い湯気が立ち上り、美味しそうな匂いがカウンターの上にほんのりと漂う。
やにわに口の中で唾が湧くのを感じながら、僕は青井さんに微笑みかけた。
「今日のお昼もめちゃくちゃ美味しそうです。賄い料理じゃなくて、普通にお店のメニューで出されてもおかしくなさそう」
「ははは、気に入ってもらえたのなら良かったよ」
僕の隣の椅子に腰かけながら、青井さんが嬉しそうに笑う。
そして、僕にスプーンを差し出しながら、いたずらっぽくウィンクした。
「さあ、早く食べて、見た目通りの味なのか確かめてくれ」
「あ、はい……いただきます」
青井さんの言葉に頷いた僕は、彼から受け取ったスプーンで、オムライスの端っこを掬い取る。
そして、ほかほかと湯気を上げるオムライスの切れ端に息を吹きかけて冷ましてから、ゆっくりと口の中に含んだ。
噛みしめた途端、酸味と甘味が混じったケチャップが絡んだ玉子と、程よくパラパラになったチキンライスの風味が口の中に広がる……。
「……おいしい!」
気づいたら、思わず声を漏らしていた。
それを聞いた青井さんが、満面の笑みを浮かべる。
「そんなに美味しいかい?」
「はい、とっても!」
彼の問いかけに大きく頷いた僕は、夢中でもう一口頬張った。
そして、何度も噛みしめてから飲み込んでから、青井さんに感想……いや、感動を伝えようとする。
「いやぁ……めちゃくちゃ美味しいです。今まで食べたオムライスの中でもダントツに! ……まあ、今まで僕が食べたことがあるのって、母さんが作ってくれたものくらいですけど……あ、すみません」
「はは、“おふくろの味”よりも美味しいなんて言ってもらえるなんて、光栄の至りだよ」
青井さんは、僕の拙い賛辞にも気を悪くした様子も無く、満足そうな表情を浮かべた。
そして、自分も一口オムライスを食べ、小さく頷く。
「うん……そんなに美味しいのなら、賄い飯じゃなくて、店のメニューにするのもいいかもね」
「はい、いいと思います!」
青井さんの言葉を聞いた僕は、大きく頷いた。
そんな僕に気恥ずかしそうな微笑みを向けた青井さんは、また一口オムライスを口に含み、しみじみと呟く。
「そうだね……彼だけじゃなく、君からも太鼓判を捺してもらえたのなら、鬼に金棒だよ」
「……彼?」
青井さんの言葉に引っかかりを感じた僕は、思わず訊き返した。
そんな僕の顔をチラリと見た彼は、少しだけ辛そうな表情を浮かべ、静かに答える。
「……北斗くんだよ」
「……っ!」
北斗の名を聞いた僕は、思わず息を呑んだ。
そんな僕に小さく頷きかけた青井さんは、スプーンでオムライスを掬い取りながら、穏やかな声で言葉を継ぐ。
「北斗くんも……僕の作ったオムライスを気に入ってくれてたようでね。賄い飯を作る時にはしょっちゅうリクエストされたもんだよ」
「そうだったんですか……」
思いもかけぬ北斗の話に胸の奥が熱くなるのを感じながら、僕はオムライスを一口頬張った。
……美味しい。
ふと、(この美味しさを、北斗も味わってたんだ……多分、ここに座って……)と考えた途端、急に視界が潤んできた。
同時に鼻の奥がツンとするのを感じた僕は、慌ててコップを取り、中の水を飲み干すことで自分の気持ちをごまかす。
――よし、だいじょうぶだ。
あやうく雪崩れかけた気持ちをなんとか落ち着かせた僕は、小さく安堵の息を吐く。
そんな僕に気遣うような目を向けながら、空になったコップにピッチャーから水を注いでくれた青井さんが、ぽつりと言った。
「……君も、だいぶ受け入れられたみたいだね」
「……え?」
彼の言葉の意味が良く分からなかった僕は、思わず首を傾げる。
「受け入れられたって……何をですか?」
「……それは」
ピッチャーをカウンターの上に戻しながら、青井さんは答えた。
「北斗くんの死を……さ」
「え……っ?」
青井さんの答えを聞いた瞬間、僕の胸の奥が大きく脈打つ。
そんな僕の反応に気づかぬ様子で、青井さんは言葉を継いだ。
「もちろん、まだ完全に吹っ切れてはいないみたいだけどね。でも……そうだな、三日前くらいから表情がだいぶ明るくなった気がするよ」
「……!」
青井さんの言葉を聞いた瞬間、僕は思わずハッとする。
三日前――僕と宙が、作倉城跡でいっしょに星を見た日の翌日……。
「……昴くん」
黙り込んだ僕に、青井さんが静かに声をかけた。
……なぜだろうか?
その声は、今までとは違って、微かな圧を感じる……。
「ひょっとして……なにかあったかい? ――北斗くんへの気持ちが変わるようななにかが……」
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