シリウスをさがして

朽縄咲良

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第四章

第四十八話 後ろめたさ

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 「え……?」

 青井さんの言葉を聞いた僕は、ざわりと、まるで心の奥底を無遠慮に覗きこまれたように感じながら、上ずった声で訊き返す。
 ――急に、そらの言葉が蘇る。

『あいつ……青井星司には、くれぐれも気をつけろよ』

「い……いや、そんな事は……」
「無いとは言わせないよ」

 僕の戸惑いを見透かしたかのように、彼はキッパリとした口調で否定した。
 いつもの青井さんらしくない、どことなく固さを感じる声に、僕は思わず気圧され、息を呑む。
 そんな僕の顔をじっと見つめながら、青井さんは言葉を継いだ。

「昴くん。君は、北斗のことが好きだったんだろう? 友だちよりも親友よりも……もっとずっと大切な、かけがえのないものとして」
「そ……それは……」
「隠さなくていいよ。もう分かっているから」

 口ごもる僕に苦笑いを向けながら、青井さんは肩を竦める。

「これまでの君の態度や言動を見ていれば、一目瞭然だよ」
「……」
「いや、勘違いしないでくれ。別にバカにしてる訳じゃないんだ」

 黙り込んだ僕を見て、軽く首を横に振った青井さんは、「むしろ……」と続けた。

「好ましく思ったよ。『嘘のつけない素直な子なんだな』ってね」

 そう言うと、彼はフッと表情を曇らせ、目を落とす。

「多分、君のそういうところに北斗くん……」
「……えっ?」
「っ、いや……いいんだ」

 訊き返した僕をはぐらかすように言った青井さんは、コップの水を一口含んでから、再び僕の顔へ目を戻した。

「さっきの質問に戻るけどさ……」

 そう続ける青井さんの表情は、いつもの穏やかさを取り戻していたが、眼鏡の奥の瞳には何ともいえない冷たい光が宿っている……。

「――なにかあったのかい? 君の北斗くんに対する気持ちが変わるようなことが……」
「それは……」

 なぜか咎められているような気持ちになりながら、僕は当惑混じりの声で言い淀んだ。
 一方の青井さんは、何かに思い至った様子で「あぁ……」と声を漏らす。

「そういえば……君が北斗くんのことを思い出して泣いた日に、彼女が店に来たね」
「彼女……七星ななせちゃんですか?」
「そう、北斗くんの妹さん」

 頷いた青井さんは、探るような目を僕に向けながら尋ねた。

「ひょっとして……あの娘に乗り換える気なのかな?」
「……え?」
「確かに、兄妹なだけあって、どことなく顔立ちが似ているよね。北斗くんがいなくなった後の埋め合わせにはちょうどいい――」
「やめて下さいっ!」

 青井さんの言葉に、僕は思わず声を荒げる。

「そんな、“北斗の代わり”みたいな言い方しないで下さい! 七星ななせちゃんにも、北斗にも失礼です!」
「……」
「そもそも……僕は別に、七星ちゃんのことをそんな目で見ていません! 変な勘繰りしないで下さ――」
「ああ、それは本心のようだね」

 僕が荒げた声を、青井さんの冷めた声が遮った。
 虚を衝かれて、思わず「……え?」と声を上げた僕に、青井さんはニヤリと笑みかける。

「君の本心を聞き出したくて、わざとひどい言葉でカマをかけてみたんだ。試すようなことをして悪かったね」

 そう言って、僕に向けて深々と頭を下げてみせた青井さんは、小さく息を吐きながらぼそりと言った。

「じゃあ……彼か」
「え……?」

 彼の呟きを耳にした僕は、戸惑いながら訊き返す。
 そんな僕の顔を、まるで探るようにじっと見つめながら、青井さんは言った。

「――望月そらだよ」
「……っ!」

 僕は、思わずドキリとして息を呑む。
 動揺を露わにした僕を眼鏡の奥からじっと見ていた青井さんは、「……やっぱりか」と呟いた。
 それを聞いた瞬間、みるみる頬と耳が熱を持つのを感じながら、僕は激しく首を左右に振る。

「そ……そんなことないです! 僕は宙のこともそん……な……」

 ……でも、否定しようとした僕の声は、なぜか途中で掻き消えるように途切れてしまった。
 そんな僕の反応を見ていた青井さんは、クスクスと笑う。

「君は、本当に嘘をつけない正直な性格な上に、随分と鈍いようだ。他人の気持ちにはもちろん……、ね」
「そ、そんな勝手に決めつけないで下さい。僕は、別に宙を――」
「分かるさ」

 再び僕の声を遮った青井さんの顔には、皮肉げな薄笑みが張り付いていたが――そのは少しも笑っていなかった。
 その視線の冷たさに思わずたじろぐ僕の耳に、淡々とした青井さんの声が響く。

「違うというのなら、なぜ君は途中で返事に詰まったんだい?」
「それは……っ」

 青井さんの問いかけに、僕は言い返そうとしたが……まるで舌が凍りついてしまったかのように動かなかった。
 そんな僕をじっと見つめながら、青井さんはなおも言葉を継ぐ。

「図星なんだろう? だから、君は否定できないんだ」
「そ……」
「間違いなく、君はあの男――望月宙に惹かれているんだよ。だんだんと……しかし、確実にね」
「そんな……ことは……」

 青井さんの言葉に抗おうと、ぎこちなくかぶりを振る僕の脳裏に、ふと彼の顔が浮かんだ。
 明るい茶色に染めた髪を風に靡かせながら、僕に屈託のない笑みを向けてくれる宙の顔が――。
 その瞬間、心臓がひときわ大きく脈打ち、思わず僕は胸を押さえる。

「違う……北斗……僕は……っ」

 かすれ声を漏らしながら、僕は何度も首を横に振る。
 ――と、

「……昴くん」

 不意に、温かみを感じる声が僕の耳を打った。
 思わず顔を上げると、青井さんの顔が目に入る。
 申し訳なさそうな表情で僕の顔を覗き込んでいる青井さんの目には、先ほどまで灯っていたはずの冷たい光は拭い去られたかのように消えていて、いつもの穏やかな温かさを宿っていた。
 その格差に思わず呆気にとられる僕に、青井さんは優しい声で言う。

「安心していいよ。たとえ、北斗くん以外の男に心惹かれたとしても、そんな風に君が彼に対して後ろめたさを感じる必要はないんだから」
「……え?」

 僕は、青井さんの言葉の意味が良く分からず、ポカンとする。
 ……僕が、北斗に対して後ろめたさを感じる必要がない……?

「それって……どういう……?」

 胸が騒ぐのを感じながら、僕は尋ねた。
 それに対し、青井さんは「それはね……」と続ける。

「彼も同じだったからだよ」

 そう言って、彼は眼鏡の奥の目を細めながら、言葉を継いだ。

「北斗くんは、私と付き合っていたのさ。――君という存在ものがいるにもかかわらず、ね」

 ――まるで、呪詛のように。
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