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第2章
22・すべては娘のために(side継母)
しおりを挟むレティノアたちが巡礼訪問へ向かっていたちょうどその頃、フランヴェール伯爵夫妻はセレノレア王城、謁見控え室にいた。
重厚な絨毯と冷たい石壁の中、二人は王への謁見の順番を待つ。
ミレシアがいなくなって既に三日は経とうとしていた。
目撃情報はちらほらとあるものの、未だミレシアを見つけられないことに夫人は苛立っていた。
(あの子がいなくなったのは全部レティノアのせいよ! あの生意気な小娘がミレシアを引き止めないから!)
待合の椅子に座ったまま、ヒールのかかとをいらいらと絨毯へ打ち付ける。分厚い絨毯が音が吸い込む、そんな些細なことさえも夫人の神経を逆撫でした。
隣に座る夫――フランヴェール伯爵や、同じように王への謁見を待つ貴族たちが、ちらちらと夫人へ視線を送っている。だが、取り繕えるだけの余裕が、今の夫人にはない。
「まあまあ、落ち着きなさい。我がフランヴェールとローヴェン、両家の使用人総出で探しているんだ。二人なんてすぐに見つかるさ」
王城の中で人目があるということもあり、伯爵は夫人を落ち着かせようと語りかける。
だが、あいにく逆効果だったようで、夫人は伯爵の言葉にぐわっとまなじりを吊り上げ、勢いよく立ち上がった。
「ローヴェン家のアレクシスなんてどうだっていいわ!」
(ミレシアさえ戻ってくるならなんだっていい!)
夫人が叫ぶ声が、控え室に響き渡る。
「そこ、騒がしいぞ! 静かに」
見かねた廷臣が、控えの間の奥から眉をしかめながら冷ややかな声を響かせた。
隣から渋い表情をしたフランヴェール伯爵の咳払いも聞こえ、夫人は一旦席へ腰を落ち着ける。
「次は……、フランヴェール伯爵夫妻か。王の間へ」
ようやく順番が回ってきたらしい。
廷臣に声をかけられ、伯爵夫妻は揃って立ち上がった。
「いいか、王の間では決して声を荒らげるなよ」
「……わかっておりますわ、あなた」
さすがの夫人も、国王陛下の前では感情を落ち着ける術を心得ている。言い返す代わりにため息をひとつついて、夫人は伯爵の後について行った。
◇◇◇◇◇◇
王の間では国王が玉座に座り、静かにフランヴェール夫妻を見下ろしていた。
天窓から差し込む光が、国王の威厳を際立たせている。
「――という次第でございます。ミレシアは現在捜索中ですが、既に方々へ手を回しております。じきに見つかるでしょう」
「聖女の座が一時的に空位となっておりますが、ご安心くださいませ、陛下。聖女の任も、婚姻も、相応の者が代わりを務めております。王命に背くことはございません」
フランヴェール伯爵夫妻は玉座の前にひざまずき、ことの次第を国王に話した。
この場での失言は許されない。
これは、聖女の血を受け継ぐ家系フランヴェールの威信がかかっているだけではない。
(ミレシアの戻る場所をいかに確保しておくか、それが一番の重要問題だわ)
夫人にとって前妻の娘であるレティノアは、この上なく目障りな存在だ。
前妻に似た清楚で品の良い顔立ちも、それでいて自分の信念を曲げない強い眼差しも、彼女が持つ力も。何もかもが憎らしい。
他に方法がなかったとはいえ、ミレシアのために用意した条件のよいクラウスとの婚姻を、天敵ともいえるレティノアに渡すなど絶対に許せない。
(あの子は、ミレシアが見つかるまでのただのキープ役。ぜんぶ渡してなるものですか)
そもそも、ミレシアに聖女の地位を得させるために、どれだけの苦労をしたと思っているのだ。
「ミレシアが見つかり次第、聖女の任も婚姻も、しっかりと引き継がせますわ」
夫人は、意図を込めてにこりと微笑んだ。まるで、国王陛下に圧をかけるように。
その意図が伝わっているのかいないのか、はたまた自分の目的が達成されれば過程はどうでも良いのか。国王はゆったりと頷いた。
「うむ、ならばよい。聖女とクラウスをこの国に留め続けられるなら、我が国の秩序は揺るがぬ。報告大義であった。下がって良いぞ」
「はい、御前を失礼いたします」
伯爵と共に王の間を後にしながら、夫人は一人考える。
(ミレシアは、私の大事な大事な一人娘。あの子が幸せに生きるためなら、なんだってするわ。そう、夫を騙し続けることだって、ね)
夫人がほくそ笑むように口元をゆがめていたことに、前を歩く伯爵は気づかない。
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