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第3章
31・聖騎士団長が抱える想い(sideクラウス)
しおりを挟むしばらく黙ってクラウスの意見を聞いていたルイスだったが、やがて肺の息すべてを吐き出すような大きなため息をついた。
「はぁーー……。俺はお前のそういう生真面目なとこ気に入ってるけど、今回ばかりはまったく共感できないな」
納得がいかないとばかりに銀の髪をかきあげると、ルイスは再度クラウスを見た。青の瞳には、やはり呆れの色があった。
「たかだか俺の挨拶のキスに嫉妬するくらい、レティノアちゃんが他の男に触れられるのが嫌なわけだろ? 独占欲はあるのに独占しないからややこしいんだよ」
「……っ」
ぐっと、言葉に詰まる。
ルイスの言葉は正論だった。
ルイスがレティノアの手を取り、口元へ持っていったとき。
今まで感じたことの無い、怒りに似た熱がクラウスの胸に広がった。
彼女は自分のものだと、浅はかな感情が湧いてしまったのだ。
クラウスは何も言えず、ただ黙っていた。
「じゃあレティノアちゃんはどうしたらいいんだよ。お前と結婚している以上、他の男と幸せにってのも難しいし。そもそもお前の妻に手を出そうなんて命知らず、いるわけないしな?」
ルイスの口調には、いつもの軽口のような気配は少しもなかった。
だからこそ、クラウスは黙って耳を傾けるしかない。
「そうなると、誰がレティノアちゃんを幸せにするんだよ。……お前しかいないだろ」
その言葉は静かに、そして確かにクラウスの胸に重く響いた。
確かにルイスの言う通りではあるのだ。
自分が隣にいる以上、レティノアを守り幸せにできるのはクラウスだ。
そのことに、確かに優越感を感じる。彼女を誰よりも守れるのは自分だけだという自負もある。だが、一度触れてしまえばもう最後だ。
(一度触れてしまえば、俺はもう手放せない。この先、聖女殿が俺を怖がっても、嫌っても、逃がしてやれなくなる)
そばにいて、一番近くでレティノアを守れるだけでも十分満足なのだ。
それなのに、喉から手が出るほどに望んでいた彼女にもし触れることが許されてしまえば、歯止めなど効くはずもない。
彼女を求め続ける気持ちは三年間薄れることなく、クラウスの胸の中で燻り続けていたのだから。
「勝手に距離取るなら、せめてレティノアちゃんの気持ち聞いてからにしろよ。お前のその自分を律するとか筋を通すとかはそのあとの話」
しかし、重ね続けられるルイスの言葉は容赦なくクラウスの胸を打ち続けた。
「突然夫になった人間からよく分からない距離のとり方されてるレティノアちゃんの気持ち、考えてやれよ」
あまりにも正論すぎて、じわりじわりと胸を蝕まれていくような気分だ。それくらいルイスの言葉は正しかった。
「ただでさえレティノアちゃんとは恋人期間すっ飛ばして結婚したわけなんだし。ちょっとはデートくらいして、甘い言葉でも囁いてやれよ」
「……だが」
反射的に返したものの、言い淀んでしまった。ルイスへ反論する気はとうに失せていた。
「お前だって、レティノアちゃんに好かれたい気持ちはあるんだろ?」
「……当然だ」
彼女に好かれたくないわけがない。
それは、この三年の間誰に何を言われても曲げることの出来なかった、レティノアへの揺るぎない想いだった。
即答したクラウスに、ルイスは堪えきれないといった様子でくすりと笑った。
「だったらまずはデートくらいしろ。それとプレゼント! 基本これで喜ばない女の子はいない! 仕方の無いクラウス団長のために、俺が直々にデートプランを作ってやるよ。うまいことやれよ」
ぱちりとウインクをしてみせるルイスに、呆れたふうを装って鼻から息を吐き出しつつも、クラウスは口元が緩んでしまうのを自覚していた。
自分のためではなく、レティノアを幸せにするため。
それならば、一歩踏み出しても許されるかもしれない。
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