【完結】偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。

雨宮羽那

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第3章

30・聖騎士団長が抱える罪(sideクラウス)

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 時は少しだけ遡り、レティノアが執務室を出たあとのこと――。

 クラウスは未だ、突如訪問してきたルイスの話に付き合っていた。
 といっても、書類仕事をしながらではある。レティノアが帰った以上、クラウスには仕事を中断する理由もない。
 いつものようによどみなく話すルイスの声に、時折相槌あいづちを打ちながらもペンを走らせていると……。

「で、結局どうなんだ。レティノアちゃんとは上手くやれてるわけ?」

「……げほ……っ」
 
 突然、クラウスにとって特別な名前が会話の中に落とされた。
 思わずむせてしまいながらも、クラウスは一旦作業の手を止めて顔を上げた。

「……藪から棒に……。いきなりなんだ」

 動揺してかずれてしまったメガネを押し上げる。
 見上げれば、ルイスは執務机の端に背を向けて寄りかかり、振り返るような姿勢でこちらを見ていた。

「いや、気になっただけさ。親友の長年の恋路がね」

「…………」

 ルイスとは、もうそれなりに長い付き合いになる。
 知り合ったのはほんの些細なきっかけだった。クラウスの噂に興味をもったらしいルイスが絡んでくるようになって、それからこの数年間、奇妙な交流が続いている。

 (こいつには、なんだかんだ話してしまうからな)
 
 クラウスのレティノアへの想いやら何やらを、色々と知られてしまっている唯一の人間だ。
 
「一応確認するけど、お前が命を助けてもらった聖女様ってのは、彼女なんだよな」

「? ああ。それは間違いない」

 ルイスの問いに、クラウスはすぐに頷いた。それだけは、間違いようもない。

「ふーん……、なるほどね」
 
「それがどうした」
 
 クラウスの返答を聞いたルイスは、何やら顎に手を当てて考えるような仕草を見せる。
 だが次の瞬間にはもう、ルイスはいつも通りにこにこと笑っていた。

「いいや。恋というのは人を狂わせて怖いなと思っただけさ」

「うるさい」

 (彼女になら、狂わされるのは本望だ)

 レティノアのためなら、自分がもちえるすべてを差し出せる。
 そんな感情を抱くのは、きっと彼女だけだ。
 後にも先にも、他にはいない。

「で、せっかく憧れの聖女様とお近づきになれたわけだ。どこまで仲は深まった?」
 
 ルイスの言葉にクラウスは動きを止めた。
 言葉の意味を、すぐに飲み込むことが出来なかったのだ。

「……何を言っている? 俺が聖女殿に近づいていいわけがないだろう」

「はぁ? お前こそ何言ってるの?」

 クラウスが真面目に答えたというのに、ルイスは呆れたように眉をひそめて肩を竦めた。
 クラウスからしてみれば心外である。
 
「お前だって男だろ? レティノアちゃんに触れたいとかキスしたいとか、そういうのはないのか?」

「あ、あるに決まっているだろう! 俺をなんだと思っている!」

「むっつり」

「やかましい!」
 
 唐突になぜこんな話題を振られなければならないのか。
 クラウスは自分の顔が熱くなるのを自覚しながらも、思わず声を荒らげてしまった。
 この場にレティノアがいないことに感謝するしかない。

「あの様子じゃ、レティノアちゃんに怖がられてるってわけじゃなさそうだし、夫婦になったのならもうちょっと親密になっても……」

 ふうむと考えるルイスは意外にも真剣な様子だった。
 これでも真面目に、クラウスへ助言してくれているようだ。
 気持ちはありがたいと思いつつも、クラウスは息を吐き出して目を伏せた。

「……俺は、聖女殿に触れるつもりは無い」

「それはなぜ」

 ルイスの問いに、クラウスはすぐには答えなかった。
 視線を落としたまま、言葉を選ぶように唇をわずかに動かす。
 そして静かに口を開いた。

「……俺は多くの人間を殺してきた」

「……それは仕事だからで」

 ルイスがクラウスを擁護する言葉をかけてくるであろうことはわかっていた。
 ルイスの言葉を遮るようにして続ける。

「――仕事だから、というだけじゃない。結局のところは自分のためだ。聖女殿のそばに行くために、進んで必要以上の汚れ仕事まで引き受けてきたんだからな」

 戦地で戦うことはもちろんのこと、国王が命じることならどんなことでもやった。反乱分子の芽を未然につむことも、尋問でも、拷問でも、命じられればなんでも。
 決して喜んで手を血に染めてきたわけではない。ただ、戦場でしか生きてこなかったクラウスには、レティノアの近くに行く方法がこれしか思いつかなかったのだ。
 
 こんな過去は、決してレティノアには知られてはならない。

「聖女殿は、俺とは対極だ。あの手も、あの声も、誰かを救うためにある。それに俺が触れて、汚していいわけがない」

 気を抜けば、触れたい、近づきたいと、どうしても願ってしまう。
 だが、自分のしてきたことを考えれば、思いとどまらざるを得ないのだ。

 
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