病弱令嬢の戦略

二合 富由美(ふあい ふゆみ)

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03 メイドの御仕事

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 この世界での人間は個人差こそあれ、同一種族と能力を持つ者達だ。
 元は同じ立場の者達だったが、集団を作り役割分担をし出した時から、責任と貢献度により立場が変わりはじめた。

 生物と言うものは、己の子孫を大切にする傾向があり、便利な自分の環境を子孫にも与えてやりたくなるらしい。
 それが立場の【世襲性】を作って【階級社会】が生まれていく。

 その【世襲性階級社会】の形の一つが【王国】であると言える。
 王国の階級は、大きく分けて四つ。
 行政と責任の頂点【王族】、王族を守り補佐して戦う【貴族】、生産などでそれ等を支える【平民】、権利を一切持たず道具として使い捨てられる【奴隷】だ。
 厳密には、細分化されているし、グレーゾーンも存在している。
 元は協議性だった人間関係も、支配と服従の関係へと変わっていったのだ。

 この世界のバルド公爵は、リアリント王国における第二位の階級で、アーバン王族の分家的存在であり、下位であるクス伯爵との混血でもある。
 血統重視の婚姻は奇形や異常者の発生原因にもなるので、アーバンはバルドから配偶者を求め、バルドはアーバンやクスから配偶者を求める様になっている。
 万が一、アーバンに後継者が無い場合は、アーバンの血を継いでいるバルドから次期国王が選出されるのだ。
 役割分担をしているバルド同士は、基本的に婚姻が認められていない。
 バルドに後継者が居ない場合は、その血族であるクスから養子を取ったり、アーバンから皇太子以外が地位を引き継ぐ事になる。

 最下位であるクスは、バルドやクス同士から配偶者を得るが、平民から養子を得る事もあるらしい。

 貴族以外の階層でも、上下関係は厳しかったりする。

 例えば、世襲性ではないが軍隊では上官の命令に対して、基本『イエスサー』としか言えない。
 反対や反抗は、最悪の場合は死刑にまで及ぶ。
 特別に許可された場合のみ【意見具申】として発言できるが、これは稀だ。
 これは軍隊が持つ特権と責任の大きさ故のものだが、世襲性階級社会に似ている。

 同様に階級社会の側仕えやメイドも、主人の言葉を否定する事はできない。

 フェラルド・バルド公爵・ノウル家の階級は、バルド一家、分家貴族から来ている護衛や側仕え、他家貴族の出である使用人、平民などから働きに来ている下僕の四つに分けられる。

 先の【メイド】は、この内の使用人に分類される。
 貴族の子弟ではあるが、立場が皆無な末子などで、他家へ出稼ぎに来ている様な立場だ。
 地位も権利も無いが、貴族の生活に慣れているし、縁の無い他家で働く事で、立場は気楽なものとなる。
 就職先の貴族との婚姻は難しいが、御手付きとなって男子を孕めば分家の仲間入りも夢ではない。
 取引先商人と結婚して平民でも豊かな方の生活をするのも、悪くはない。

 中には実家で問題を起こしたが秘匿の為に【影】にする程でもなく、追放された者も居るが。

 このバルド公爵・ノウル家にも、そういった問題児が紛れ込んでいた様だった。
 末端とは言え、貴族の家で生まれ育った者に、使用人としての給金は少額だったのだろう。
 元から手癖が悪かったのかも知れないが、家の物を勝手に売却して遊興費に充てる者は、確かに居たのだった。

 体調が悪いと言って、日頃から寝込んでいる一人娘のエリーシアは、夜中に眠れない事が多々ある。
 さりとて、夜中に読書などをするには、側仕えの手配や灯りの消耗などが馬鹿にならないので、床に入って寝たふりをしているのだ。

「(今日の寝ずの番はサリーね)」

 椅子に座っていたメイドが、エリーシアと護衛の様子をうかがった後に立ち上った。

 女護衛は、椅子にもたれたまま寝息を立てている。

 立場のある人間は常に、周囲に人を配置している。
 主が寝ている時も、体調の急変や発作、侵入者に備えて同室内に控えているのだ。

「(こんな時間に花瓶の水を替えるの?)」

 見ればメイドのサリーが、室内に飾られた花を花瓶ごと持ち出していた。

「(こんな時間に主を放って何をやってるのかしら?)」

 花瓶の手入れは、朝の業務の筈だ。

「ちょっと、様子を見て来てくれるかしら?」
『御意』

 他に誰も起きていない部屋で、エリーシアの命令に応える者が居た。
 家の主にだけ仕える【影】だ。
 仮に護衛が起きていても、寝言にしか聞こえないだろう。

 しばらくして帰ってきたサリーは、別の花瓶に移し替えられた花を、元の場所へと置いた。

「(どう見ても安物の花瓶ね。どうするつもりなのかしら?)」
『御嬢様、花瓶は納屋で木箱に詰め込まれました』

 サリーには聞こえない程の小さな声がベッドの下から聞こえてくる。

トントントン

 木材でできたベッドの縁を爪で叩いて、小さな音をたてるエリーシア。

『回収しますか?』
トントン

『では、回収せずに動向を監視します』
トントントン

 うす目で観察しても、このやり取りをサリーが気付いた様子は無い。
 エリーシアは、そのまま睡魔に引き込まれていった。


 翌朝、メイド長のマリアナが引継ぎの為にやって来た。
 後ろには、朝の診察をする医師のオーベル達も居る。

「あらっ?花瓶が・・・確か、ここに有ったのは・・・」

 花瓶が変わっている事に気が付いたマリアナの言葉に、サリーの視線が宙を彷徨さまよっている。

「マリアナ。それは、どうやら私が熱でふらついて、花瓶を割ってしまった様なの。よくは覚えてないのだけど、サリーが片付けてくれたみたいで。そうよね?サリー」
「は、はいっ。御嬢様」
「エリーシア様、お怪我は無いのですか?」
「大丈夫よ」

 エリーシアの言葉に、サリーは動揺しながらも同意し、医師のオーベルは怪我の有無と、熱の有無を確認しはじめた。
 夢と現実を混同してしまった可能性もあるので、サリーはエリーシアの勘違いに乗っかる事にした様だ。

「左様で御座いますか?旦那様が御用意されたものでしたが、残念です。来週には旦那様がお帰りになりますのに」

 マリアナの反応は複雑だが、エリーシアの言葉を否定する事も、疑う事も許されない。
 マリアナに引継ぎを終えたサリーは、廊下に出てゆっくりと深呼吸をした。
 エリーシアが【割った】と言い、自分が【肯定】してしまった以上、もう『花瓶を返してもと通り』という訳にはいかなくなってしまった。

 マリアナは、メイド長の肩書きを持っているが、立場は側仕えの次席と言う分家貴族の一人だ。
 側仕えの筆頭は侍従長のダニエルであり、その血筋は家長であるフェラルドの叔父でもある。
 婿養子に出て、名字はセドランに変わっているが。

 他家からの雇い貴族である使用人と違い、分家から来ている側仕えには、家具類の由来などが知らされている。
 使用人からすれば高価なだけの花瓶が、実は家長からの贈り物だった事など、使用人であるサリーには思いもつかなかった。
 だが、今回はエリーシアの勘違いに救われた形となった様だった。




 数日後、エリーシアの寝室には、【彼女が割ったはずなのと寸分変わらぬ花瓶】が飾られていた。

「古物商で、よく似たものが見付かって良かったわ」
「左様で御座いますね。旦那様も気付かれないでしょう」

 御茶を運んだサリーにエリーシアとマリアナは、にこやかに告げた。

「それは本当に、よろしゅうございましたね」

 貴族らしく顔は冷静に振る舞っているが、紅茶を運ぶサリーのトレーは僅かに震えている。

「私の過ちを処置してくれたサリーは、本当に勤勉よね?給金を増やしてやらないと」
「一生懸命に働いた給金で、先日には借金も返済したとか?」

 トレーを置くサリーは、二人の顔を見る事ができなかった。
 この短期間で回収できたのだ。運び出す時から売却先、その金の使い道まで探られていたのだろう。
 特に家長縁の品ならば、メイド長は傷の一つも覚えている筈だ。

 ずっと下を見ていたサリーが部屋を出た後で、エリーシアとマリアナは、口手を当てて笑みを浮かべた。

「御嬢様の御指示通り『バルド公爵家からの盗品を扱っているのか』と言ったら、タダ同然で渡してくれましたよ」

 この面子で、御茶をカップに注ぐのは、メイド長であるマリアナの仕事だ。

「首が飛ばないだけでも、儲けものよね」

 サリーも、二度と今回の古物商は使えないだろう。

「まぁ、これで便利な手駒が増えたわ」
「分家筋で無い分、処分も簡単ですから、裏切れないでしょう。しかし、程々になさいませ、御嬢様」
「分かってるわよマリアナ」

 他者を支配するには、弱味を握り、飴と鞭を使いこなす事が重要だ。

 エリーシアとマリアナは、サリーの給金を上げる事にしたのだった。
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