病弱令嬢の戦略

二合 富由美(ふあい ふゆみ)

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09 賭博場を見学

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 こういった世界での訪問の約束ごとは、『今日約束して明日に』という訳にはいかない場合が多い。
 契約等が絡む事なら受け入れ側の準備が必要になるし、相手が目上や高貴な者ならば尚更だ。
 高貴な者の訪問は常に、【先駆け】という【訪問の告知連絡員】が、数日以上前と当日に訪問先に到着して連絡をするものだ。
 高貴な客の来訪を断る事などできないから、受け入れ側が予定を合わせて準備をするのだけれど。




 今日は天気も良く、エリーシアの体調も良い様だったので、医師のオーベル先生同伴で馬車に乗り、屋敷の周りを見て回る事になった。
 稽古事や勉強が終わった16時位から2時間程なら、先生も居るし問題ないだろうと認められたのだ。

 そろそろ、エリーシアの体調が良くなっている事を、分家から来ている側仕えや使用人に、具体的に知らしめる必要が有るとも判断したからだ。

 それは配下の貴族を安心させ、父親であるフェラルドの求心力を回復させる為でもある。

 フェラルドが不在の時に行うのは、彼が心配して禁止するかもしれないと言う懸念からだ。
 また、同伴を希望したら、大切な領内での執務の時間を潰す事になる・・・と言う理由だ。

 そうして屋敷を出た貴族専用馬車は、狭い通りを抜けて繁華街の大広場を見渡せる場所で止まった。
 馬車の周りには護衛が並び、カーテンで見えないが、中からバルド公爵令嬢が街並や往来する人々を眺めているらしい。

 だが実際は、その馬車の中には、オーベル先生とメイド長のマリアナだけしか居なかったのだ。



「おやおや、お早いお着きで。お久しぶりですガズズ様。そちらがお話の【御令嬢】で?」
「また、世話をかけるなジーン殿。こちらは御得意様の御令嬢で、連絡した通り社会勉強に回られているのだ」

 とある賭博場の前で古びた馬車から降りた一行に、店の前で待ち受けていた男が声を掛け、馬車を先導していた若者が対応している。

 【ジーン】と呼ばれた賭博場の関係者がチラリと【御令嬢】の方を見るが、コートのフードに口元を被うマスクのせいで素性は知れない。
 ただ、まだ若い娘である事は、その体格から伺い知れる。

「先週にお話をいただいた時には驚きましたが、ギルドからのお願いとあれば、御協力致しましょう」
「恩にきります」

 ジーンと言う男は上から言われている。
 暗殺ギルドの御得意様となれば、おおかた悪徳商人か傲慢な貴族だろう、と。
 賭博場としては、そんな者に関わりたくはないが、断って敵対するのもマズイ。
 幸いにも間にギルドが入っているから、今回は了承した【社会見学】ではある。

「実際のゲームは御遠慮くださいよ。御嬢様」
「分かっておるわ。あくまで【見学】のみじゃて」

 ガズズの忠告に、御令嬢エリーシアは頷く。

 そう。途中の人気ひとけの無い場所で、彼女は馬車を乗り換えたのだ。

 娼館とは本来、未成年者の入れる場所ではない。
 だからこそ特別なコネをつかって、関係者が同伴しての【見学】に限られている。

 入り口には武装した門番が数人待ち構えているが、ジーンのアイコンタクトで頷き、微動だにしない。

「本来なら、武器の持ち込みチェックが有るのですが、ガズズ様方には必要無いでしょう」
「その辺は心得ていますよ」

 唯一の女性であるエリーシアとシンシアの周りは、屈強な男達が取り囲んでいる。
 明らかに金持ちのボディガードと分かる者なら兎も角、側仕えやメイドをゾロゾロと連れて来る場所ではない様だ。

 大半が【影】であり、一部に【闇】が入っているが、武器など無くとも武装兵士を殺せる者達だ。
 ジーンの方も、そう言った点を理解している。

 彼等が入った場内には、幾つものポーカーやルーレット、ダイスゲームのテーブルが並び、壁にはダーツの的が見える。
 音楽は流れているが、所々が客の喚声に掻き消されていた。
 歓声だけでは無い声が。

「ここは、金を持て余している者と、中途半端に持っていて一攫千金を狙う者の溜まり場です」
「その様じゃな?一喜一憂する様が二種類あるのが見てとれる」

 既にエリーシアの観察は始まっている。

「金を、金を貸してくれ。そいすれば倍にして返すから・・・」
「御客様の証文は既に限度額を越えておりますので、今日はお帰り下さい」

 燕尾服の従業員に、力づくで追い出される客が彼女達の横を通っていく。

「こういうものは、儲かるものではないのじゃろう?」
「本来は、お金を使って確率を楽しむ場所なのですが、金儲けができる場所と思い込んでいる方が多い様で」

 現代のゲームセンターの様にリターンが現金で無いならば諦めもつくのだが、ギャンブルという奴は希にあるリターンが現金だけに、中毒者を生んでいる。

「一応は法外な貸し付けをしている訳ではないようじゃな?」
「そんなヤバイ所に案内したらオヤジに殺されますよ」

 答えた【ガズズ】と呼ばれた男は、先の【暗殺ギルド】頭領の息子らしい。
 勿論、本名ではないだろうが、シンシアチラの兄の一人だという。

「つまりは『そんな賭博場も有る』という訳じゃな?」
「否定はしませんがね」

 エリーシアは、顎に手を当てて考える。

「この様な場所は、大人なら誰でも入れるのかえ?」
「見るからに怪しい者や制服関係の方、それにお金をお持ちでない方や娼婦は入場を御断りしております。場所によっては、常連客の御紹介が無ければ入れない場合もございますよ」
「まぁ、そうじゃろうな」

 エリーシアの問いに、ジーンが答える。
 【一見様いちげんさま御断り】と言うのが、一番安全なシステムなのだろう。
 捜査員が簡単に入れない上に、取り調べなどが入った時には損害賠償の請求先が明確になる。

「じゃが、娼婦らしき姿も見えるが?」
「あれは、当店で用意した女達ですから。二階には休憩の為の部屋がございますよ」

 客が儲けた金を、別の形で回収する係りなのだろう。

 エリーシア達は、奥に併設された酒場のテーブルについた。
 ガズズがコップに入った水をエリーシアの前に置く。

「申し訳ないが、酒しか置いてないらしくてな」
「構わぬよ。どうせ飲めはしないのじゃからな」

 ガズズは礼儀として出したが、女の側仕えが新米のシンシアしか居ない状態ではトイレに行く事すらはばかられる。
 辛くても乾きに耐えるのが、貴族に求められるスキルと言えるのだ。

 エリーシアはテーブルから場内を眺め、客の顔を見回した。

「(見た事のある客が何人も見えるな。マリアナでもればハッキリするのだろうが)」

 外出や交流の無いエリーシアは、領内の貴族を似顔絵でしか知らない。
 主だった者は覚えたが、末端の者となると名前までは出てこないのだ。

「(この様な場所に出入りしているとは、よほど領内が富んでいるか、何かを担保にしてるか、悪さをしているのかだろう)」

 口に出せば、ジーンとか言う者に素性を勘ぐられ、ガズズ達に迷惑が掛かる。
 この男は、意外と耳が良い様に感じる。

「御嬢様、そろそろ御時間が」
「そうね。他にも用事があったのよね」

 【影】の一人が掛けた声に、エリーシアが頷く。
 この様な場所は夕方から夜に掛けて営業しているので、『領内の観察』として外出している筈のエリーシアが夕食までに帰らないのはマズイのだ。

「今日は、とても勉強になりました」
「今は御無理でも、将来的に御贔屓にして頂ければ幸いです」

 エリーシアもジーンも、双方が社交辞令の言葉を交わして席を立った。
 特にジーンの方は『二度と来てくれるな』という感情を内包していたが。
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