病弱令嬢の戦略

二合 富由美(ふあい ふゆみ)

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10 娼館での観察

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 また別の日の夕方。
 今日も体調が良いと言うエリーシア達は、【領内観察】の為に歓楽街に来ていた。

「ガ、ガズズにい。私、こういった所は・・・」
「チ・・・いや、シンシア。お前も社会勉強だと思って、慣れた方が良い」

 シンシアが嫌がっているのは、今回の目的地が【娼館しょうかん】だからだ。
 処女の彼女は、男女の夜の営みを見るのを嫌がっている。
 処女に限らず、女性は他者の性行為を見る趣味を持たない者が大半だ。

「貴族の娘のたしなみとしてわらわも知ってはいるが、『百聞は一見に如かず』と言うからのお」

 【娼館】とは、契約などで行動を制限された者が、金で客に性的行為を許す商売をしている館だ。
 多くは女が男の客を接待するものだが、中には男が女の客を接待したり、同性の客を接待したりする場所もある。

 エリーシアも処女ではあるが、彼女の様に子作りが義務とも言える貴族女性は性行為に、ある程度の【免疫】を付けていないと困る。
 下手に場馴れしているのも問題だが、性行為を拒み続けてもいられないからだ。

 前回の賭博場同様に馬車を乗り換え、ガズズが話を付けてあったので、館内にはすんなりと入る事ができた。
 当然だが、コート等で身バレを防いでいるとは言え女性同伴なので、店側の案内人が付いている。
 客である彼女等に声を掛ける不埒者が居ないとも限らないからだ。

「ここは、一層にこうが強いのぉ?」

 貴族もソレなりに香水を使うが、ここでは香水の他にも【お香】の臭いが充満していた。
 混ざった上に強い臭いが襲い、マスクをしていなければエリーシアも気分が悪くなっていただろう。

 このラウンジの壁側と中央付近には、壁の無い小部屋が幾つも並んでおり、中にはなまめかしい姿の女性達が客に声を掛けている。
 客の居るラウンジ側は薄暗く、娼婦の居る小部屋側は明るく照らされていた。
 小部屋には数人の従業員が立っており、客と客が選んだ娼婦を別室へと案内している。

 エリーシアは、幾人かの娼婦の胸元にあるタトゥーに目をやった。

「あれは、確か奴隷印じゃな?」
「流石に御客様はお目が高い。模様を付け加えて鳥や花に変えてはいますが、確かに元は奴隷印でございます」

 案内の従業員がエリーシアの問いに答えた。
 タトゥーは全ての娼婦に付いている訳ではないが、決して少ない数ではない。

「あのタトゥーの者達は、年季が明けたらどうなるのじゃ?」

 【年季】とは、娼婦などが娼館で働く契約期間で、年数の時もあれば、稼いだ金額の場合もある。
 自主的に娼婦になった者や借金の形などで働いている者、口減らしなどで売られてきた者は、客から嫁として求められた場合以外は、ほとんどが実家に帰ったり独り暮らしをしたりしているものだ。

 エリーシアの問いに、案内人は首を横に振った。

「奴隷に年季はございませんよ。客がつかなくなったら世話係りや雑用をさせ、動けなくなったら家畜の餌でございます」
「無惨な事よのう」

 動けなくなった奴隷には養ってくれる家族も無く、人権の無い彼女等を養う【義理】は何処にも無い。
 奴隷には給料もないので、売られた金額を稼ぐ事もできない。
 そして娼館は慈善事業では無いのだ。

 気に入られて囲われる事はあっても、一旦奴隷になった者は一生奴隷のままだ。
 皮膚移植も再生や治癒魔法も無い世界では、刺青を消す事はできず、皮を剥いでも胸元に傷が残って勘ぐられる。

 奴隷制度の行き着く先は、基本的に【死】のみとなる訳だ。

「では、寝室を【見学】に参りましょうか」
「見れるのかえ?いや、見られたい客でも居るのかえ?」

 話には一般人の中にも、そういった性癖の人間も居ると聞いているが。

 エリーシアもだが、貴族の寝所には寝ずの番として同性の使用人などが夜通し同席する。
 アーバン王族バルド公爵の夜の営みにも、万が一の為に必ず側仕えが部屋に同席するのだ。
 夜中の急病や暗殺に対する対処である。
 一部の国では、産まれてくる王子が正統なものが確かめる為に、国王と王妃の性行為を家臣が同室で確かめる国もあると言う。

「いえいえ。危機管理の為に、こっそりと覗く場所が有るのですよ」

 商品である娼婦に、手荒な真似をされては、商売としてはあがったりだ。

「ただし、声は勿論ですが物音も立てません様に」
「承知した」

 【暗殺ギルド】の手引きが無ければ、とてもできる行為ではなかっただろう。

 娼館の従業員控え室スタッフルームの奥に案内されたエリーシア達は、人ひとりが通れる様な狭い通路へと導かれた。

「ここから先は最低限の人数で、お静かにお願いします」
「承知した」

 案内人、ガズズ、エリーシア、シンシア、影の五人が、この順番で入っていく。
 壁の所々に小さな穴が開いており、わずかな光が通路を照らしている。

 しばらく進むと、壁越しに人の声らしきものが聞こえ、案内人が足を止めて壁の一部を手で動かした。

 明り穴より大きい穴が二つ、二組見え、案内人がエリーシア達を手招きした。

「(これは、覗き穴じゃな)」

 エリーシアの自宅にも、換気用の隙間や配管を使った【影】用の通路が、床や壁、天井などに内蔵されている。
 この娼館の場合は、天井近くにある絵画の人物像や動物の目の所が開閉式になっていた。

 眼下では、男に上から乗られて声をあげる女の姿が繰り広げられていた。

「(うっ!・・・・)」

 思わず視線をそらしたシンシアだったが、彼女を睨むガズズに気が付き、唇を歪ませながら目を戻した。
 横に居るエリーシアが夢中になっているので、先に進む事もできない。

 しばらく見ていたが、エリーシアの合図で次の部屋へ向かう合図が来た。

「イヤッ!痛い!やめて、お願いだから許して!い、痛い!痛い!」

 次の部屋は、様相が変わっていた。
 太った醜い男が、まだ若い女を押さえ付け、泣いて痛がるのを無理矢理に犯していた。

「(あれは、話に聞く処女喪失じゃろうか?それともよほど男のモノが特種なのか?)」

 恐らくは前者だと思いながらもエリーシアの眼は、まばたき一つもしない。
 バルドの屋敷では、挿し絵と話でしか見聞きできなかった【ナマ】の行為が繰り広げられていたのだ。
 やがては自分も通らねばならない道を、見聞きできるコノ機会は、通常では有り得ないのだから。

「(あの痛みを無くす、せめて和らげる手段は無いものじゃろうか?【愛】があれば受け入れられる痛みじゃと書かれた本もあったが)」

 必ずしも激痛とは限らないらしいが、痛みは無い方が喜ばしい。

 やがて、苦痛に顔を歪めながらも静かに泣き崩れる女に、流石のエリーシアも目を背けた。

 その後、数件の【観察】をしたところで、同行していた影が案内人に合図して、一行は元の従業員控え室へ戻ってきた。

「もう、時間なのかえ?」
「申し訳ありません御嬢様。あまり暗くなりますと、スケジュールに差し障りますので」
「仕方がないのぉ。もっと色々と見たかったが」

 あくまで、【領内の視察】が名目で外出しているので、暗くなるまで見ている訳にはいかない。
 対して、娼館も賭博場と同様に夕方から明け方が営業時間なので、エリーシア達に利用できる時間が短く限られるのだ。

「やっと、解放される」

 元気なエリーシアに比べて、性行為の基礎知識の無かったシンシアはゲンナリしている。

「店の者に聞きたいのじゃが、行為の最中に客の顔を見ている者と、顔を背ける者がおるようじゃが?」
「良く見てらっしゃいますな?娼婦の側にも男の好みというものがありますので」
「そういうものかのぅ?」

 貴族の婚姻と子作りも、ある点では娼婦と似たものがある。

「少しでも、心通わせればマシということかえ?」

 今日は個人的にも多くの事を学んだと思うエリーシアだった。

「次の【社会勉強】が楽しみじゃて」

 エリーシアは意気揚々と馬車へと向かったのだった。
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