病弱令嬢の戦略

二合 富由美(ふあい ふゆみ)

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26 病床のソライト

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 何かのたたりなのだろうか?城内を中心に病気が広まっている様だ。
 一部には職務を病欠する者まで出ていて業務に差し障っている。

 かく言う私、ソライト・クス・リゼートも高熱と咳が止まらず寝込んでいるのが現状だ。
 主治医の見立てでは肺炎が進行しているそうだ。
 新種の病気らしく、薬も効果が無い様だ。

 幸いな事に、例の計画に関係している者には影響がないと聞く。
 この計画は、我が家三世代に及ぶ悲願。
 それが今やっと成就しそうなのだ。
 有能であったにも関わらず、長男でないが為にバルドになれなかった祖父の無念。我等一族の願い。
 百年近く秘密裏に準備してきた、我が家がバルドに返り咲くチャンスがやっと来たのだ。

 現在のバルド・ノウルには後継者が一人しか居ない。
 現バルドのフェラルドは事故で子供ができない体になったらしい。
 一粒種となったエリーシアが死ねば、家督は近親者である当家が引き継ぐ様に根回しもできている。

 だが、屋敷から滅多に出ない貴族の娘を確実に狙うには、成人の儀を狙うしかない。
 通常の外出では、時期もルートも急に決まるので襲撃の人員集めや準備が間に合わないのだ。
 実際に前回は、それで失敗している。

「ゴフッ、ゴフッ!ゼーゼー」

 医者の話では城内で死人も出ており、既存の薬や治療法では回復の見込みが薄いらしい。
 私の命も危ない様だが、あの計画が成就すれば息子のパーシャルには次期バルドを継がせる事ができる。

「旦那様、バルドの屋敷からエリーシア様を乗せた馬車が出発し、例の者達が動きだしました」
「・・・・・」

 侍従長である叔父が夜長にも関わらず報告に来た。
 後ろには侍従長の後継者たる私の弟も居る。

 興奮を抑えていても声を出すのも辛いので、頷いて了解した事を伝えた。

 目配せで側仕えと護衛を退出させ三人だけとなった部屋で、弟が扉の外も確認している。
 ここからは一部の者しか知ってはならない内容となるのだろう。

「しかし、行動に移す前にバルド・ノウルの者達によって殲滅されたそうです。こちらの行動が全て筒抜けだったようで」
「!!!ゴフッ、ゴフッ、ゴフッ、ゴフッ」

 企ての失敗を耳にして気が高まり、咳が止まらない。
 血圧が上り、全身が熱を持って思考力が落ちる。
 そんな状態でも視力はしっかりしているので視界を上げると、この企てを教えていた侍従も弟も慌てた様子がなかった。
 この件は、この場にいる三人しか知らない筈の内容だ。

「!!!ゴフッ、ゴフッ、(どう言う事だ?まさか、コイツ等が裏切って)お前・・・らか?」
「まさか!我々も知ったのは先程です。しかし、その後に先方より提案をされましたので方針が決まりました」
「私・・・を・・ゴフッ、う・・裏切・・る・・・のか?ゴフッ、ゴフッ」

 侍従長は首を横に振った。

「私達は黙認するだけでございますよ。下手に反抗すればパーシャル様にも罰がおよびます。パーシャル様と御家おいえの安泰が旦那様にとって一番重要と考えますが?」

 侍従長は『全て筒抜けだった』と言った。実行部隊にバルドの密偵でも潜り込んでいたか?後から雇った暗殺ギルドが裏切ったか?
 どちらにしても私に見る目と人徳が無かったのだろう。
 事が失敗してからされた提案というものも気になるが、恐らくはその結果を私が見る事は無い。

 家臣には二通りが存在する。
 あるじに仕える者と、家に仕える者だ。
 主に仕える者は、主の為には仲間も家をも犠牲にする。
 家に仕える者は、家を維持する為には現在の家長すら犠牲にする。
 歴史ある貴族の家では、圧倒的に後者が多数派となる。

「我々の報告は以上でございます。では、次に・・・・・」

 そう言って侍従長達は部屋を出ていった。
 代わりに仮面を付けた者達が十数人入ってきた。
 服装をみる限りは下賎の者達の様だ。

「(なぜ、この様な者達が?・・・そうか!そう言う事か?」

 仮面の一団の中には、護衛装備の者や使用人服の者も居た。
 配下の中にも、私を恨んでいる者が居たのか?
 隠蔽の為に領内からも奴隷を集めさせたが、裏目に出たのだろう。
 奴隷には見目麗しい娘が重要視される。
 使用人基準も同様だ。
 平民の縁者親族が調査もされずに拐われたか?

 私の死に様を見せたいと言うのだな?

 では他の下賎の者は、私に娘を奴隷として奪われた農民か?
 だが、それの何処が悪い?
 領民は貴族に利益をもたらす為に存在している
 平民など貴族の財産の一つに過ぎない。
 自分の財産を切売りして何が悪いと言うのだろう?

 仮面を付けた者の一人が、ベッドに近付いてくる。
 顔は隠しているが、主治医のドノバンだ。

「申し訳ありません旦那様。娘が人質に獲られているのです。苦しまずに逝けますから」

 震える手で、私に薬を飲ませようとしている。

 侍従長達と同様に搦め手で従わされたか?可哀想に。
 城の中だけで流行っている病気が誰かの企みとしても、それが直らないのは脅しをかけられていたのか。

 抵抗する体力も、気力も失せた。
 抵抗しても息子のパーシャルにもとがが及ぶというしな。
 侍従長が、この期に及んで嘘を言うとも思えない。

 薬が胃の腑に染み渡るのを感じると、急に睡魔が襲ってきた。
 もう、何も・・・・・・



「御臨終です。病死という事でバルドには御報告下さい」

 主治医のドノバンが脈を測って口にした。
 仮面を付けた使用人姿の男が二人、ベッドの脇までやって来て、脈と呼吸を確認して頷いている。

「「「おおっ!」」」

 仮面の者達から声が上がった。

「我々の力でも、皆さんの御家族は救い出せませんでした。しかし、その元凶は、この様に裁かれたのです」

 部屋の外では侍従長とソライトの弟が顔に手を当ててうつむいている。
 その横を、仮面の使用人二人が通りすぎて姿を消した。

「あの様な使用人は、当家に居たか?」
「さぁ?顔は分かりませんし、何とも・・・・」

 たった今、主人を失ったリゼート家にとっては、些細な事だ。
 彼等には、次々と部屋から出ていく者達の姿を見送る事しかできなかった。

「私の父親が始めた事の、ツケが回って来たのだな。まぁ、我々にはどうしようも無かったが」

 侍従長は、このバルド乗っ取りに同意していた訳ではない様だ。
 土地や財産など幾らかの物を失うだろうが、御家が存続できただけでも幸いな事だと彼は感じていた。

 向上心がある事は悪い事ではない。
 ただ、その為に他者が何かを失う事があれば、その報復は戻ってくる。 
 例えソレが公明正大な試合で勝ち取った地位であっても、地位を奪われた者の心には怨みが生まれるのだ。
 だが社会は、個々人の利益や感情よりも、向上心の成果だけを評価する傾向がある。

 それが倫理的に歪んでいると分かっていても、自分の欲望に勝てずに『相手も同じ立場だから【仕方ない】』で済まそうとするのだ。

 だがソレは、本当に【仕方ない事】なのだろうか?
    
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