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二章
6、二人の旅路【汽車】
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わたくしの家は平安の頃から、山神に仕える家系だったそうです。
神職というのとは、少し違います。
なぜなら、山神の怒りを鎮める為の生贄を産み育てる。それが山藤家の務め。
山神の怒りは、天災そのもの。子ども一人の命で多くの民が救われるのならと、かつての山藤の当主達は考えたのでしょう。
文明開化を迎えて、元号も変わり世は大正になり。山藤家の現当主であるお父さまは、そのような因習は過去のものだと考えていらしたそうです。
ええ、そうですよね。人柱だの人身御供だの、今の時代にはまったくそぐわないもの。
「ねぇ、お父さま。うちにはお兄さまもいるんですもの。そんなに嘆かないで」
無理に明るい声で告げたのですが、お父さまは逆に目に涙を浮かべてわたくしを抱きしめました。
「そういう問題ではない。どの子も愛しい私の子だ。冨貴子、お前には幸せになってほしいのだ」
お父さまの腕の力はあまりにも強く。わたくしは、こんな風に抱きしめられたのは子どもの頃以来だと、ぼんやりと考えました。
苦手だった煙草の匂い。でも、もうかげないのだと思うと……今も匂っているのに、とても懐かしくて。
「嫌。冨貴子は人身御供になんてなりたくないです」という言葉を、無理に飲み込んだの。
◇◇◇
山には静生が付き添ってくれることになりました。
これが気楽な旅なら、どれほど楽しいことでしょう。
汽車に乗り、硬い木の座席に向かい合って座る静生の顔も、沈痛な陰を宿していました。
「ねぇ、そんな暗い顔をしないで。静生はちゃんと帰れるのよ」
「別に帰りたくもありません。お嬢さんの居らっしゃらない屋敷に、何の未練もありませんから」
むくれたような不愛想な表情。木の窓枠に肘をかけて、流れていく田園の景色を静生は眺めています。
春の午前の陽射しは柔らかく、森の木々も淡い緑で水彩画のように彩られています。
なのに、静生だけが墨汁で殴り書きした世界にいるかのように見えるの。
そうね、仕方ないわよね。帰りの汽車にはあなたは一人で乗るのね。向かいが空席なのを、きっと気に病んで涙が零れそうになって、それを拳で押さえて。
ねぇ、あなたにも家族にもこれだけ愛されているわたくしは、幸せではなくて?
「平気よ。わたくしはもう覚悟を決めたもの」
「お嬢さん……」
「だから笑って頂戴。そんな寂しい顔を見ながら、旅立つのは嫌。いつだって静生はわたくしの我儘を聞いてくれたでしょう? だから今も……最後のお願いもちゃんと聞いて」
わたくしは笑顔を浮かべました。
静生が大好きなこの笑顔。彼に抱っこされて、お庭の木々の花を摘んだり、螢を追いかけて捕まえたり。そういう憂いのない満面の笑みを。
ええ、知っているの。わたくしが貴方を好いているように、貴方もわたくしのことを好いてくれていることを。
言葉にしなくても分かるものよ。
だって貴方の瞳は……視線はとても雄弁なんですもの。
向かいの席に座る静生は、どこかがひどく痛むような表情をしています。
その切なそうな顔が、徐々に滲んで。まるで雨に濡れた硝子の向こうに彼がいるようで……。
静生が半巾を差し出してくれたことで、ようやくわたくしは自分が泣いていることに気づいたの。
隧道に入るから窓を閉めてください、という車掌さんの言葉すら聞きそびれ、視界が暗くなり乗客がほとんどいない車両に黒煙が流れ込んできました。
神職というのとは、少し違います。
なぜなら、山神の怒りを鎮める為の生贄を産み育てる。それが山藤家の務め。
山神の怒りは、天災そのもの。子ども一人の命で多くの民が救われるのならと、かつての山藤の当主達は考えたのでしょう。
文明開化を迎えて、元号も変わり世は大正になり。山藤家の現当主であるお父さまは、そのような因習は過去のものだと考えていらしたそうです。
ええ、そうですよね。人柱だの人身御供だの、今の時代にはまったくそぐわないもの。
「ねぇ、お父さま。うちにはお兄さまもいるんですもの。そんなに嘆かないで」
無理に明るい声で告げたのですが、お父さまは逆に目に涙を浮かべてわたくしを抱きしめました。
「そういう問題ではない。どの子も愛しい私の子だ。冨貴子、お前には幸せになってほしいのだ」
お父さまの腕の力はあまりにも強く。わたくしは、こんな風に抱きしめられたのは子どもの頃以来だと、ぼんやりと考えました。
苦手だった煙草の匂い。でも、もうかげないのだと思うと……今も匂っているのに、とても懐かしくて。
「嫌。冨貴子は人身御供になんてなりたくないです」という言葉を、無理に飲み込んだの。
◇◇◇
山には静生が付き添ってくれることになりました。
これが気楽な旅なら、どれほど楽しいことでしょう。
汽車に乗り、硬い木の座席に向かい合って座る静生の顔も、沈痛な陰を宿していました。
「ねぇ、そんな暗い顔をしないで。静生はちゃんと帰れるのよ」
「別に帰りたくもありません。お嬢さんの居らっしゃらない屋敷に、何の未練もありませんから」
むくれたような不愛想な表情。木の窓枠に肘をかけて、流れていく田園の景色を静生は眺めています。
春の午前の陽射しは柔らかく、森の木々も淡い緑で水彩画のように彩られています。
なのに、静生だけが墨汁で殴り書きした世界にいるかのように見えるの。
そうね、仕方ないわよね。帰りの汽車にはあなたは一人で乗るのね。向かいが空席なのを、きっと気に病んで涙が零れそうになって、それを拳で押さえて。
ねぇ、あなたにも家族にもこれだけ愛されているわたくしは、幸せではなくて?
「平気よ。わたくしはもう覚悟を決めたもの」
「お嬢さん……」
「だから笑って頂戴。そんな寂しい顔を見ながら、旅立つのは嫌。いつだって静生はわたくしの我儘を聞いてくれたでしょう? だから今も……最後のお願いもちゃんと聞いて」
わたくしは笑顔を浮かべました。
静生が大好きなこの笑顔。彼に抱っこされて、お庭の木々の花を摘んだり、螢を追いかけて捕まえたり。そういう憂いのない満面の笑みを。
ええ、知っているの。わたくしが貴方を好いているように、貴方もわたくしのことを好いてくれていることを。
言葉にしなくても分かるものよ。
だって貴方の瞳は……視線はとても雄弁なんですもの。
向かいの席に座る静生は、どこかがひどく痛むような表情をしています。
その切なそうな顔が、徐々に滲んで。まるで雨に濡れた硝子の向こうに彼がいるようで……。
静生が半巾を差し出してくれたことで、ようやくわたくしは自分が泣いていることに気づいたの。
隧道に入るから窓を閉めてください、という車掌さんの言葉すら聞きそびれ、視界が暗くなり乗客がほとんどいない車両に黒煙が流れ込んできました。
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